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自由落下してきた火帝を空中で受け止め闘技場へと降下を開始する。あれだけの大質量の体当たりだったのでさすがに意識を手放したようだ。
受け止めた感触が妙に軽かったが、それはさておき治療を開始する。少なくとも全身打撲は免れまい。
火帝の体に魔力を浸透させ状態を診断。
幸い致命傷は負わなかったようだが軽傷でもない。
最初の衝突の瞬間に突進力の大部分を消費したとはいえ、それから押し負けないため互いに全力で推進を続けていたのだ。その勢いで最終的に衝突したのだから軽傷で済むはずがないのだ。
箇所が多いので列挙はしないが端的に言うとあちこち骨折している。しかし緊急性は低いようなので頭部と胴体を優先して癒すことにした。
診断のため浸透させた魔力をそのまま利用し治癒魔術を発動する。
治療中に気付いたのだが女性のようである。
確か何度か男性だと言及されていたような気がするのだが、それは誤情報のようだ。
――と、いうことは今回出場していた帝ランク保持者は顔を知られている者ばかりという話だったはずだが、それに火帝は含まれないのだろう。その辺りをアリシアにもう少し詳しく聞いておくべきだっただろうか。
いや、特に魔法の腕の良し悪しに関して性差は無いので、必要な情報だったかと言うと微妙なところだ。
少なくとも誤情報を訂正していない点を見るに女性であることを隠している可能性は高い。ここは黙っておいてやるのが良さそうである……。
骨折含め全身の治療が完了した。
いくつか古傷のような妙に治り難い箇所はあったようだが区別が面倒なので強引に癒しておいた。まぁ、治る分には問題なかろう。
「戻ってきました! ぐったりとした様子の火帝様をポンさんが抱えています! 魔王級の魔物、ポンさんの勝利です!」
実況担当の勝利宣言が聞こえる。遠すぎて判別が難しかったようだ。
遠くから見ると火の鳥が消えて白い光が残った形になったはずではあるが、その直後に白い光も霧散しているため確信が得られなかったことは容易に想像できるところである。
闘技場の選手入場口付近に着地。係員の運ぶ担架に火帝を預けた。
治療は完了しているのだが意識はまだ回復していない。隠し事もあるようであるし、早めに自陣営に返してやるのが無難だ。
「さぁ皆さま、見事的中させた方は居ますでしょうか!? 結果は『魔獣側の全勝、および死者数無し』となります!」
観客席が阿鼻叫喚の渦である。
そうか……そういえば死者数も選択に入って来るのだったか。
聞いている感じでは帝ランク保持者相手に魔獣側が全勝し、かつ死者数がゼロというのは予想として薄い部類に入りそうだ。
これは観客たちに悪いことをしたなと見回していると、先ほど逃げ出したはずの猫獣人が控室で小躍りしているのが目に入った。戻って来ていたらしい。
私の強さと性格を知っていれば簡単な予想だったようだ。あやつめ……。
◇ ◇ ◇
「それでは表彰に移ります! 今回は特別闘技会ということで女王陛下より締めのお言葉を頂けるそうです!」
実況の宣言に伴い、選手入場口が開く。
女王が出て来るのかと思ったら表彰台と本のようなものを持った係員たちであった。本はやたらと大きいが報酬の目録か何かだろうか。
観覧席に居たままだったらしい女王の声が響き始めた。
「んん! よいか? ――皆の者。我が国に召喚された魔物の力は存分に目に焼き付けただろうか。――どうだ? 帝国の最強たちを次々と打ち負かすその力は、これからは我が国を守る力として使われることが決まっておる」
決まっているのか。私は聞いていないが断る見通しが立たない以上、決まっていたようなものか……。
「今回は特別にお披露目という形だったのでな、残念ながらこの魔物がまた闘技場に現れることは基本的には無く、別の仕事をさせる予定である。今日観てもらった通り、出場しては賭けにならんという理由もあるがな。ククク……」
会場が少し騒めく、小さめの声で文句を言っている者も居るようだ。
次の機会があれば私に賭けて儲けられると考えていたのだろう。
「それはさておき表彰であったな? 勝者は表彰台に上るように」
指示を受けて私は係員たちの運んできた表彰台に上る。3位まで表彰できる仕様のようだが、今回は1人なので一番高いところに立った。
「――魔王級の魔物、ポンよ。ここに特別闘技会の勝利を、リステリア国王レディア=エル=リステリアの名に於いて認め、金貨500枚を授与するものとする」
神妙な顔つきの係員が近寄ってきて本のようなものを差し出してきたので礼を言って受け取る。やはり目録だったらしい。
私の感覚では大金なのだがいいのだろうか?
帝ランク保持者6名撃破の報酬と考えれば妥当かも知れないが……。
ともあれエイラたちと違って褒美は自力で得なければならない私にとってやっと報酬を受け取れたことになるわけだ。
帝王撃退の報酬を受け取るために帝ランク保持者たちを撃破するというのも本末転倒な気がしてならないが、きっと必要なプロセスだったのだろう。『女王の専属』という厄介事からの庇護も得られたことであるし。
まぁそれ自体が厄介事を運んでくる可能性も高いので手放しには喜べないのが悩ましいところではある……。
――ちなみに金貨500枚と言っていたが、銅貨1枚を1エルフェリアとする単位が存在する。
お金の単位に創世神の名を使用するのには若干の抵抗を感じるが、恐らくそれは異世界由来の違和感なので気にしてはいけない。
そういう『私の常識とは違う』という主張をしても首を傾げられるだけなので諦めるしかないのが歯がゆいところだ。
よって金貨500枚というと50万エルフェリアということにはなるのだが、算術の得意な者でないと数字が大きくなりすぎて分かりにくいという理由により貨幣の枚数で呼称するのが一般的である。
個人的には単位の名称が長すぎて使い勝手が悪いのが主な原因ではないかと推測している。
む? 係員から目録を掲げるようジェスチャーが入った。
観客からよく見えるよう頭上に持ち上げると大きく歓声が上がる。
豪雨のように包んでくる音が意外と心地よい達成感を与えてくれた。たまにはこういうのも悪くないものだ。
◇ ◇ ◇
表彰を終えて控え室に戻ってきた。
目録は使い回しらしく通路に戻った際に係員が回収して行ったが、報酬を届けるので控え室で待っていてほしいとのこと。
私もどの道アリシアたちを連れて出ないといけないので特に異論はないところである。
「ポンさんお疲れ様でした」
「ポン様お疲れ様ですニャ! なんですかあのピカピカ!」
2人は片付けをしながら待っていたようだ。ちょうど小さな樽を元の位置に戻していたアリシアは少し呆れ混じりの声色だ。
「説明すると長くなるが……本気を出したらあのようになる」
吸魔の奥義の『超新星』と呼ばれる、発光するほどの超密度魔力が――と説明してもいいのだが恐らく人間には想像が難しいだろう。本気を出したら光る、くらいの理解度で問題ない。
「説明雑ですニャア……でも多分結局よく分からない予感がしますのでそれでいいです」
「ええー。私はちょっと気になるなぁ」
フロッサは気になるようだ。確かに彼女のように前世の知識があればある程度想像できるのかも知れない。
私は試合前に作成した椅子などを空間収納に片付けつつ何と説明したものかと少し考える。
「なるべく簡潔に言うと――魔力を大量に放出して、炎を吹き飛ばしつつ、体当たりしたというところだな」
「思ったよりゴリ押しだった?」
「……絶対その何倍もすごいことしてますよね。明らかに必殺技的な何かでしたニャ」
吸魔の奥義の評価が酷い。
だが的を射ている辺りきちんとイメージできているようだ。さすが転生者である。
アリシアの方も意外と把握しているが、何倍もではなく何万倍くらいの話なので規模の想像が追いついていないようだ。
「まぁそんなところだ。――それよりフロッサ。双剣の件について話があるのだが」
「せっかくつくってもらったけんのでばんがなくてざんねんです」
「大笑いしていたのが見えていたぞ」
「もうしわけありませんでした!」
ひどい棒読みの謝罪であったが非難は眉間の皺のみで受け入れる。気が付かず勘違いしていたのは私も同様である。
あの時は考え事をしていて双剣を取り出すのが遅れたから良いものの、危うく手遅れになるところであった。よく咄嗟に杖を作成できたものだ。
まぁ手遅れになっても勘違いが露見する程度の話ではあるのだが、あの場には実況者が居たので勘違いを実況される可能性が高い。それは勘弁願いたいところである。
「そういえばポン様、なんで杖2本だったんですかニャ?」
「……無意識だな。恐らく空間収納に両手を突っ込んでいた流れで両手に1本ずつ作成したものと思われる」
「ポン様でも慌てることあるんですねー」
「急な変更だったからな……」
そこはあまり突っ込まないでほしい。
◇ ◇ ◇
「そうだポンさん! スキルって何か分かります?」
フロッサから助け舟が出た。話題を変える好機である。よし双剣の時に大笑いしたことは許してやろう。
「おお私も訊こうと思っていたのだった。この世界特有のものだと思うのだがアリシア。何か知ってはいないだろうか」
訊かれた猫獣人は少し考えて回答する。
アリシアは別に豊富な知識を持っているわけではないが、その分一般的な知識かどうかを判別するには適しているともいえる。
「スキルですかニャ? 『強い人が使える強いヤツ』ってイメージですけど……噂によるとダンジョンで手に入るとか?」
「ダンジョンにあるの!?」
「ダンジョンとはなんだ……?」
知らない単語が出てきたな。
元の世界に存在しない単語のため原語のまま翻訳されずに聞こえるようだ。
カインズ氏から奪った知識を検索してみると『冒険者が入るような危ない場所』という認識で止まっている。魔法言語学の教師には縁が無く、冒険者のアリシアにとっては既知の場所ということか。
「ダンジョン知らないニャ? そういえばポン様って別の世界から来たんでしたっけ」
「うむ。初めて聞く」
「ダンジョンっていうのは――世界中のあちこちにある魔獣の巣みたいなヤツですニャ」
「それは物騒だな。潰して回ったりはしていないのか?」
魔獣の巣があちこちに在っては生活に困るであろう。
「冒険者ギルドが依頼を出してますニャ。でも中には街の生計に関わるから潰したらダメなヤツもあったりしますニャ」
「んん? 魔獣を飼っているようなものか? 危険に感じるが……」
「階層式になってるので滅多なことでは出てこないらしいですニャ。むしろ勝手に魔獣が補充されるらしいので、魔力石の採取場所という扱いになってますニャ」
階層式になっていても出口があれば出てきそうなものだが……。
まぁ現地の人がそう言うならそうなのであろう。
この世界には野生の魔獣が少ないと感じていたが、その原因はその辺りにありそうである。
そしてまた知らない単語『魔力石』が出てきた。再び検索してみてもカインズ氏は興味が無かったようで『魔力の詰まった石』くらいの認識のようである。
そのくらいはさすがに字面で分かる。
「魔力石とは?」
「魔力石ですかニャ? 魔力石は魔獣を倒したら手に入る石で、魔法製品の動力源に使われてますニャ。ウチにあるのは食卓の照明くらいですけど」
ふむ。エネルギー資源ということか。私の食事としても有用かも知れない。
「有ったか……? 帰ったら見てみよう。つまり魔獣の巣の形をしたエネルギーの採掘場みたいなものか。解体して取り出すのが大変そうだな」
「ところがそうでもないんですニャ。ダンジョン内の魔獣は倒したらこうブワッと黒いモヤみたいになって消えて、後には魔力石が落ちているみたいな事になるんですニャ」
「なんだそれは。面妖な……では肉などは取れないのか」
「たまに魔力石と一緒に落ちてるらしいですニャ?」
「肉片という意味か?」
「いえ、販売用のブロック肉の形らしいですニャ」
「親切だな。意味が分からない」
「意味を考えたら負け、みたいなところがありますニャ」
「スキルも肉のような入手法だろうか?」
「そういう噂ですね。光る玉が出たらスキルらしいですニャ」
「手に入れたことは?」
「もちろんありませんニャ」
伝聞形だったので予想はしていたが、やはりそう簡単に手に入るような代物ではないようだ。フロッサの強化計画はのんびりやることになりそうである。
◇ ◇ ◇
控え室で反省会をしていると賞金と手紙が届けられた。
手紙の方は女王から冒険者ギルドの担当者宛てだったので例の強権が詰まっているのだろう。街に戻ったらツェシカ嬢に渡すことにする。
「では戻るか」
「あっ。出る前に換金所に寄っていいですかニャ?」
「構わないが……私も行くと目立ちそうだな」
猫獣人は驚愕の表情をする。想定外だったようだ。
「仕方ない。魔獣側の出口で待っておくから行ってくるといい」
「申し訳ないニャ!」
「アリシア……」
遠い目をするフロッサを私に預け、アリシアは控え室から飛び出して行った。
忘れ物がないか確認して控え室を出る。
そのまま魔獣側の搬入口に行くと賭けに負けた観客が文句を言いに押しかけてはいないかと心配になったのだが、角を曲がる際に覗いてみた限り特に誰も居ないようで安心した。確かに魔獣を出待ちする者など居ないであろう。要らぬ心配であった。
賭け札を換金し終えたアリシアが戻ってくるのを待ち帰路へ就く。外から戻ってきたということは一般席との間に関係者以外立ち入り禁止の扉でもあるのであろう。もしや購入の際も外から戻ってきたのだろうか……?
「いやー儲かりましたニャ。ポン様ありがとうございます」
「私に礼を言われてもな……。稼いだ分は奴隷解放資金にするのか?」
「いえ? おみやげが豪華になります!」
それでいいのか……。
まぁアンナが出産を控えている今は彼らとしても辞めるような気が起きないのであろう。それに買い物をして回るのも良い経験になる。
――そうだ。贈答用に酒類を仕入れようと考えていたのだった。
学園に帰るのも半日あれば充分なのでまた数日余裕がある。今日の昼からの時間を消費するくらいは特に問題ないわけだ。散財がてら私も買い物しておくとしようか。
2人を冒険者ギルドまで送っていった。
昼過ぎという時間帯もあり冒険者ギルド内がやや閑散としているので、ついでに依頼を眺めてみると上級の掲示板からエイラたちが話題にしていたタウロスの討伐が消えている。どうやら誰かが受注したようだ。
怪しい依頼であったので無事に完遂できることを祈ろう。
掲示板を通り過ぎ受付へ。お奨めの酒屋を教えてもらおう。
「すまんが質問いいだろうか」
「はい。どうされましたか?」
「贈答用に酒を購入しようと考えているのだがいい店を知らないだろうか」
受付の女性は『なんだ仕事の話じゃないのか』という表情を一瞬で取り繕い笑顔で地図を取り出した。
「贈答用でしたら品揃えの幅が広い店が良いでしょう。ギルドの近くにも酒屋がありますが、そこは冒険者向けなので価格帯の安いものしかありません。中央の方――地図でいうとこの辺りですね。ここが卸店街になっていますので、この辺りで探すといいです。あとは看板を見て探してみてください」
「なるほど確かに。ありがとう、行ってみるとしよう」
案内された地域に到着した。中央というよりもやや東寄りである。
高い酒を取り扱っている割に中央ではなく東寄りに店を構えているのは中央の地価が高く、河港が近い東寄りに流れているのだろうかと余計な考察をしつつ酒屋を探すと、酒瓶の看板を掲げた大店があったので訪ねてみる。
間口が広く、荷物の搬入搬出をしやすそうな入口を通ると、目に入るのは店内にいくつも並んだ陳列棚である。まるで大型の本棚が並んだ図書館のようで好印象だ。
店の規模のわりに1本ずつしか並んでいないので、これらはサンプルとして置いてあるのかも知れない。
「おや、いらっしゃい。何をお求めだい?」
奥から台車で荷物を運んできた女性が私に気付き声をかけてきた。重い物を運び慣れていそうな立派な体格をしている。
「贈答用の酒を何本か。それと樽で購入できる酒があれば何種類か欲しい。予算は全部で金貨50枚程度を予定しているが多少増えても構わない、といったところだ。見繕ってもらえないだろうか」
女性は金額を聞いたところで少し驚いた顔をした。やはり多かっただろうか。
「いくつか確認してもいいかい?」
「ああ。問題ない」
「届け先はどの辺りになるんだい? ――というのも予算から輸送費を引いておかないと予算を越えちまうからね」
「なるほど……。輸送の必要は無い。このように――収納して持ち帰る予定だ。容量の心配も必要ない」
私は空間収納を開いて本を出し入れして見せた。
「へぇ……! 便利なものもあるもんだねぇ……! じゃあ輸送費の心配はいらないと。あとは――金額の比率はどうするかい? 高いのと安いの半々くらいで組んでみようか?」
「構わない。それで頼む」
「了解。在庫見てくるからちょっと待ってな!」
私が頷くのを確認し店員の女性は奥の倉庫に引っ込んで行った。
ただ待っているのも暇なので今の内に金貨50枚を数えておこう。
――しばらく待っていると女性が戻ってきた。酒類を特に何も運んでいないのは量が多いのでやめておいたのであろう。代わりに書き物をする用の板を抱えている。
「待たせて済まないね。ちょうど金貨50枚分の組み合わせを考えてきたよ」
「ちょうどなのは助かる。では先に支払いを済ませてしまおう。倉庫に入っても良ければ現物の前まで行ってそのまま引き取る。量が多いだろうからな」
「話が早くて助かるよ。本当はあまりお客さんを倉庫に入れちゃいけないんだけどね」
盗難の可能性を考えるとあまり倉庫に入れたくはないであろう。倉庫の中では彼女の視界からなるべく外れないように心掛けるとしようか。
あらかじめ小袋に分けておいた金貨50枚を手渡す。女性は一度中身を手の上に出して素早く1列に並べるとテンポよく5枚ずつ袋に再投入し、手早く計数を終わらせた。さすが本職は手慣れているものだ。
「50枚確かに。じゃあ説明しながら案内するよ」
私は頷き女性の後に続いた。
◇ ◇ ◇
買い物を終えて店を出る。
高い酒は金貨10枚ほどのものを1本、金貨5枚ほどのものを2本、金貨1枚ほどのものを5本。安い酒は座れば人が入れそうな大きさのものを5樽、抱えられるくらいの大きさの樽が20樽を2種類で合わせて40樽。と、なかなかの量であった。
種類としては小さい方の樽以外は全部葡萄酒、小さい方の樽は穀物で作られた火酒と甘い果実酒だそうだ。振舞うなら面子や状況に合わせて火酒にするか果実酒にするか使い分けると良いらしい。
確かに野営の最中に深酒をさせて戦力外を量産するのはよろしくないわけだ。
ふむ。なかなか良い買い物ができたのではないだろうか。使う機会があるかどうかは分からないが、いつか必要になることもあるだろう。
あとはそうだな……酒だけではなく茶葉なども必要だろうか。私の周りには子どもや妊婦など酒を推奨できない者が多い。贈答用としては今一つだが普段の需要としては茶葉の方が高そうである。ついでにそちらも仕入れておこう。
茶葉は高いものを買う必要性を感じなかったので冒険者ギルドの近くに戻ることにした。野営のお供に冒険者からの人気もあろう。
ギルドの近くに戻るとギルドの受付担当が言っていた安い酒しか置いていない酒屋を発見。同じ飲み物関係なので茶葉も置いているかも知れないと覗いてみると、酒屋は営業許可の関係で酒しか置いていないそうだ。茶葉や果実水などは食料品店の扱いらしい。ふむ、果実水も買っておくか……。
酒屋で教えてもらった食料品店に行き、茶葉と果実水を依頼する。
だが茶葉には葉のみの商品と、1回分ずつ小分けにされ袋ごと投入することで茶葉の片付けが楽になるものと2種類あるようだ。果実水も水袋単位での販売が多く樽で買う者はあまり居ないらしい。それもそうか。
結局果実水は別に樽で販売していないわけではなかったので小さい5樽を購入。茶葉は小分けしてあるものが詰まった大袋を2つ、香りが良いという話の少し高い茶葉を2袋購入した。
高い方は小分けされていないのだが、小分けしない方が味が良くなるらしくぜひにと奨められてしまった。どうやって淹れるのかが分からないのだが、まぁ……必要になったら分かる人に渡してしまえばいいだろう。
目的の買い物を終えたので帰ろうかと歩いていると、大きな声で価格交渉中の神殿関係者を発見。あれは確か食材提供受付のところに居た女性だ。リラと呼ばれていたか。
――どうやらパンを仕入れたいが予算が足りないようだ。炊き出し用か保護施設用か分からないが難儀なことだ。
パン屋の方も日持ちのする大型パンを売り切ってしまいたいが原価を割る価格では売りたくないらしく、交渉は平行線を辿っている模様。
交渉に割って入ってパン屋から売ってしまいたい分を購入し、必要分を女性に寄付することで解決する。解決はしたが空間収納に大量のパンが詰め込まれる結果になってしまった。ここのパン屋はちょっとパンを作りすぎなのではないだろうか。そういえば今年は小麦が安いのだったか……。
む。そういえば先日神殿に大量の小麦粉を提供したはずだがアレはもう使い切ってしまったのだろうか。数日で使い切れる量ではないはずだ。
話を聞いてみると、使い切ったわけではないが炊き出しで調子に乗って大盤振る舞いしたら一気に減ってしまい節約中なのだそうな。何をやっているのか。
パンを運びがてら神殿まで行き、追加で適当に提供してやるとまた喜んでもらえた。今度は計画的に使って欲しいものである。
◇ ◇ ◇
次の日はギルド『木洩れ陽の森』に戻ることにする。
エイラ達はまだ王都を満喫中なのだが、よく考えてみたら別に私だけならどこに行っても一瞬で戻れるのでどこに行っても問題ないのである。ならば中級冒険者に昇格するのを数日前倒しても全く問題ないことに気付いてしまったのだ。
――こんなことなら図書館で本を借りておけば良かった。
いや、返しに行けないほど矢継ぎ早にトラブルが発生する可能性を考慮するとやはり旅行中は微妙か……。
「ポンさんお帰りなさい! 早かったですね」
笑顔で迎えてくれるツェシカ嬢に片手を挙げて応じる。
「お待ちかねの王都饅頭だ、ちゃんと皆で分けるように。それと手紙だ」
「ありがとうございます! ――手紙? 私にですか?」
嬉しそうに王都土産を受け取り、手紙も受け取り、不思議そうに差出人を見るため手紙を裏返したツェシカ嬢の顔が一瞬で青ざめる。
「お、王家の封蝋じゃないですか! うわぁ。えっと、ぺ、ペーパーナイフはどこに置いてありましたっけ」
封蝋が封なのだから粉砕して開封すれば良さそうなものだが、王家の紋が入っているとそういうわけにもいかないようだ。私も次からああしよう。
ツェシカ嬢が手を震わせながら中身を取り出すと、3種の紙が出てきた。2枚は手続き用の書類だろうか。一番上の紙を読んでいた彼女は変な声のため息と共に顔を上げこちらを見た。
「おぅふ……なるほどぉ。帝ランク保持者をたくさん倒されたんですね……。分かりました。確かに若干の強権を感じますがランクアップ要件として不適格とも思えませんので受理します」
おお。通ったな。
少し勝手が過ぎるかと心配していたが良かった良かった。
「ところでポンさん」
「む? どうした?」
「これでランク4に昇格となるわけですが――」
ツェシカ嬢は少し言い出しにくそうに言葉を溜めた。
何かあるのだろうか。
「――すぐにランク5への昇格試験を受けますよね?」
昇格試験はそんなに早く受けていいものなのだろうか? まぁ、判断する側が勧めているなら是非もあるまい。きっと大丈夫なのだろう。
それより何を言い出しにくそうにしているのかが少々気になるのだが……。
「受けても良いなら受けようと思うが、どうした?」
「いえ、受ける場合は昇格試験の内容が指定になるらしくて……」
女王指定の試験内容か。……嫌な予感がするな。
確か中級冒険者からは指定の依頼の達成が昇格試験として扱われる、という話だったはずだ。手紙以外の2枚の書類はその依頼内容だったということか?
「ちなみにどんな依頼内容だ?」
「……タウロスの討伐です」
……やられた。
それは王都の焦げ付き依頼だ。しかも上級の焦げ付きである。
掲示板から無くなっているなとは思っていたが、まさか自分の手元の手紙の中に同封されているとは思わなかった。
便利に使う予定とは言っていたがここまで有言実行とは……。
ううむ。さすがは女王である。
恐らくそこらの冒険者が軒並み手を出さなかったような案件は、治安維持の観点から最終的には国軍に回されてくるのであろう。それをそのまま私に回してきたに違いない。
拒否するのは――やめておくか。
心情的には拒絶してやりたい気持ちで溢れているが、見方を変えればランクアップのお膳立てをしてもらったという見方もできなくは無い。
しかもここは初心者向けと呼ばれるような地域であり、高ランクになればなるほど昇格試験に使用できる依頼の選択肢が少なくなっていく事が容易に予想できる。
つまり依頼がある内にランクアップしておくのが身のため、かも知れないのだ。
ギルド内の掲示板に目を遣ってみる。
競争率が高いらしく今は朝だが中級の板には既に依頼は残っていない。
むう。やむなし、か……。
「……依頼内容の詳細を頼む」
―――――――――――――
第二話『王都漫遊編』 完




