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「ポン様。もうすぐ開始時刻になります。入場口までご案内致しますので準備が出来ましたらお出で下さい」


 武器を作り終えてしばらくすると係の者が呼びに来た。前座が終わって片付けも済んだようなのでそろそろだとは思っていた。

 私はすぐに行くと声を掛けて立ち上がる。


「頑張ってね」

「やりすぎに注意して下さいニャ」


 アリシアからの評価が酷い。だが確かに気を付けよう。

 軽く手を挙げて彼女たちに応じると部屋を出た。




 来たルートとは逆を辿り魔獣の搬入路に戻ると、そのまま出場するのかと思っていたのだが大扉の前で制止される。


「ここで少々お待ち下さい、待機完了を報告して参ります。このあと女王陛下からのお言葉を賜り、その中でポン様を紹介をすると伺っております。呼ばれたら出ていく形ですね」


「なるほど。了解した」


 私は頷く。女王直々に紹介してもらえるとは私も偉くなったものだな……。


 冗談はともかく辺りを見ると入場門代わりの檻の近くにベンチが置いてあったので、そこで座って待つことにした。

 普段は魔獣が頻繁に通る場所のはずなので、このベンチは元々先ほど居た部屋にでもあったものを持って来て設置してくれたに違いない。気が利くものだ。


 案内の男性は私が落ち着いたのを見届けると報告をしに離れて行った。




 ――ここは客席のざわめきが届くほどには内部に近い場所のようだ。閉め切られた扉ではなく格子状になっている檻なのも理由ではあるだろうが、本を読むのに適さない程度には騒がしい。


 少し待っていると大音量の声が響き始めた。


「皆さま大変長らくお待たせいたしました! 本日実況を担当させていただきます皆さまお馴染みクーネルです! これより本日の目玉! 帝国の帝ランク保持者達による特別闘技会を開催いたします!」


 ドッ! と観客達の大歓声が巻き起こる。

 音の勢いで体が傾いたような感覚がするほどだ。

 いやはや帝ランク保持者は人気があるものだ。


「賭け札の購入はお済みでしょうか⁉︎ まだの方は締め切りまでにお買い求め下さいね! ですが先ずは本日特別にご観覧されておられます女王陛下から一言お話があるとのことですのでそちらをご清聴ください!」


 実況のクーネル氏が水を向けると、少し雑音が響いたあと女王の声が聞こえ始めた。何かそういう道具を使っているらしい。


「――これでよいか? おほんっ。盛り上がっているところを済まんな。なに……ひとつ皆に耳寄りな情報をくれてやろうと思うてな」


 堅苦しい挨拶が始まると思っていたのだが違うようだ。この国ではいつもこんな調子なのだろうか。


 戸惑いに騒めく観客達の様子を見る限り、普段はもう少しお堅いのかも知れない。


「今から開催する特別闘技会だが『帝ランク保持者対強力な魔獣』と銘打っておる。――が、しかし。関係者の一部にしか明かしておらなんだが帝ランク保持者達の相手は実は――魔獣ではない」


 観客達の騒めきが大きくなる。既に賭け札を買ってしまった者達が困惑しているのだろう。


「話を聞くより見た方が早かろう。入場させよ」


 おや、説明が入るかと思ったがもう入場の段取りのようだ。

 檻の向こう側の両脇から係の者が現れて解錠する。どうやら外側からしか開かない仕様になっているらしい。魔獣と人員の間に檻を挟むことで安全を確保しているのだろう。


 ではせっかちな性格らしい女王陛下の為にもさっさと出場してしまうとしようか。




 ◇ ◇ ◇




 私は『高速飛行』の魔術を発動し、数秒で円形闘技場の手前半分の中央へと着地した。

 明らかに魔獣ではない人型の姿に観客席の反応は様々なようだ。


「うむうむ。迅速な対応に感謝する。さて、見ての通り魔獣ではない。だが、アレは人でもない――」


「げっ!」とか「まさか!」などの声が聞こえ始めてきた。勘のいいのが居るらしい。


「聞いて驚け。最近使い魔として我が国の国民が召喚に成功した魔王級の魔物だ!」


 闘技場内を大歓声が暴れ回る。中には悲鳴も混じっているので真面な感性の持ち主もしっかり居るようで安心である。


「安心せよ。きちんと余が出場を交渉済みである。無闇に暴れるような事は無いと確約しよう。なお、この魔物はかの帝王を単騎で撃退した戦績を持つ。どうだ、面白くなって来たであろう?」


 見上げると観客席の上部に張り出した特別席のような個室があり、そこで女王が客たちからの賛辞と罵声を浴びて満足そうに頷いているのが見えた。


「この魔物は我が国民の使い魔ではあるが、防衛戦力としてのみ使用することをここに宣言する。ただし、国内での有事の際は便利に使うつもりであるので、ここでしっかりこの魔物の実力を確かめておくがよい」


 んん? なるほど。一見不穏分子への牽制に見えるが、私のためでもあるらしい。


 あのように女王と私の繋がりを宣告しておくことで私を取り込もうと近付いて来る連中への牽制にもなるわけだ。


 こういう策謀をするりと混ぜてくる辺り本当に油断のならない人物である。だが王族に面会する上で緊張感が全くないのも問題なので、それくらいが丁度いいのかも知れない。


「では存分に楽しむがよい。賭け直しの時間は設けるように指示してあるからの。余からは以上だ」


 観客席は大混乱の様相である。

 ああ、これは時間がかかりそうだな……。

 普通に考えれば帝ランク保持者に賭ければ金が増えるような思考停止モノの試合だったはずが、一気に分からなくなったわけだ。


 数万人が揃って頭を抱える様子は見ていて少し面白いのだが、これからしばらく待たされる身としては手持ち無沙汰で仕方ないところである。


 いっそ戻ろうかとも思ったが入場口の檻は閉められてしまっていた。破壊するわけにもいかんな。


 仕方ないのでその場で魔力を物質化させて椅子を創り出すと、空間収納からカインズ氏へのお土産用に購入した本を取り出し腰掛ける。カインズ氏には悪いが、元々立ち読みされたのか新品と言うには少し古ぼけていたので大丈夫であろう……。






 ――ふむふむ。上級魔法の上には超級魔法、そして禁呪と定義された魔法があるようだ。そういえば光帝や闇帝がそんな感じのことを叫んでいたかも知れない。


 一応禁呪の方が上らしいので闇帝は結構凄い人だったようだ。


「さぁ締め切りのお時間となりました! お茶目な我らが女王陛下のイタズラのせいで闘技場関係者は皆涙目だ! いいぞ、もっとやれ! 泣いても笑っても賭け札の変更はもう受付終了です! あとは手に汗握って観戦するしかないッ!」


 うお。読書に集中していたら大音量の実況が始まって少し驚いてしまった。前言撤回、読書は可能だ。


「さて、めっちゃくつろいでる魔物の人――えっ、ポンさんっていうの? その魔王級の魔物と対戦するのは――拳の固さに定評あり! 岩より硬い拳を持つ男! 拳の帝王――拳帝様だぁぁぁ!」


 私が急いで本と椅子を空間収納へと片付けている間に、私から見て正面にある大きな扉がゆっくりと開いてゆく。

 さて、どんな人物が現れるだろうか。




 ◇ ◇ ◇




 選手用の入場口は魔獣用とは違い檻のようになっていない大きな扉であった。

 人の身長の何倍もの高さが必要とも思えないのだが、見映えも大事であるので開閉に苦労している係の者には頑張ってもらうしかないところだ。


 両開きの中央から泰然と歩み出て来たのは鎧代わりなのか皮の上下を着た男性だった。


 中年に差しかかろうかという年齢で、筋肉質ではあるが隆々とはしていないしなやかな肉体をしている。


 素手かと思ったら拳の部分に金属製のナックルガードを装着しているようだ。私としてはフード付きの外套を着ていないことに驚きである。


 拳帝は短く刈った前髪の下からぎろりと私を睨め付けると、ゆっくり開始位置へと進んだ。


「――……!」


 む? 拳帝が右拳を突き出し何か言っている。


 だが困ったことに一段と高まった歓声に消されてしまって全く聞こえない。私は人並み外れた聴力を持ってはいるのだが、周りがこの音量では無理だ。


 物語などではこうして向かい合った対戦者同士が舌戦を繰り広げるものなのだが……ううむ。現実は厳しいようだ……本当に何を言っているか分からん。


 溜め息を吐いて頭を振る私を見て拳帝の顔色が見る見る赤くなっていく。……もしかすると今の溜め息を回答と受け取ったのかも知れない。これは対応を間違えたな。


 どんな発言だったのか少し気になるが、怒らせてしまったものは仕方ない。挑発に成功したということにしておこう。


「さぁ! いよいよ第1試合の開始だ! 今日の拳帝様は鉄製のナックルガードを付けてるそうだ! そりゃ岩より硬いだろって? 普段は付けてないんですよぅ! 私がテキトーなこと言ったみたいな感じになってますが嘘じゃないですからね⁉︎」


 ふむ。言われてみれば確かに。と、いうことは拳帝は最初から様子見なしの全力で来るということか。

 意外と実況も役に立つものだ。


「では試合開始の合図は僭越ながらわたくしクーネルが務めさせていただきます! 他の人がやるとよく聞こえませんからね! 審判はきちんと闘技場の方が行いますのでご安心ください」


 む。そういえばルールはどうなっているのだろう。


 帝ランク保持者たちが招かれた者たちである以上、息の根を止めなければ勝利判定されないというルールではないと予想される。


 舞台は無く露地の会場なので場外判定という線も無さそうである。ならばとりあえず戦闘不能になるまで叩きのめすしか無いか?


「それでは定刻になりました! 両者構えて――第1試合――開始!」


 あ、いや私はまだ構えていないのだが……。

 むう。女王だけではなく実況もせっかちなのか。




 ◇ ◇ ◇




 開始の合図とともに拳帝が突っ込んでくる。

 確か戦い方を合わせるのだったな。

 私は両腕の硬度を上げ腰を落とした。


 拳帝は様子見をせずに殴りに来るようだ。

 さすがに素人のように大振りで殴り掛かってくるようなことはなく、体を小さく屈めてするすると近寄って来る。


 ――この者は本当に強いな。

 頭を振って小さく入れてくる偽攻一つとっても計算され尽くしているのが分かる。それに反応するだけで私の体の軸がブレるように誘導されているのだ。


 その動きの組み立てを行なえるだけの頭脳も素晴らしいが、それを実戦で使用できるほどに体に刻んでいると、容易に想像できるほどの凄まじい練度だ。


 近寄って来た拳帝は小さく右腕を数回繰り出してくる。左利きなのだろうか。

 少し親近感を覚えるが今は親交を深める時ではないのでそれはともかく回避するべく足を動かした。


 ――拳帝の表情が険しいものに変わる。

 普通ならば回避不能なほどの素早い攻撃が容易く躱されたことに驚きを覚えたのだろう。その足は私の動きをなぞるように追いすがり次々と拳を繰り出していく。


「速いッ! 拳帝様が攻めていることだけは分かりますが私には全然見えません! しかし音がしないので恐らく全部当たっていません! これは思っていた以上に高次元な闘いです!」


 どうやら実況者には動きの詳細が分からないようだ。文字通り目にも止まらぬ速さである。


 私は後ろに引いて間合いを外しつつ、場内を左回りに移動する形で後方移動していた。右腕からの攻撃を躱すとなるとそうなりがちなのである。


 ただ、その速度は拳帝が突っ込んで来る速さに合わせてかなりのものになってしまっている。観客席からは2人が素早く動きながら場内を回っているだけのような光景になっているだろう。


 拳帝の動きに左腕が入り始めた。

 ここからが本番ということか。


 真っ向から殴りに来る拳帝の動きに、私は円の動きで対抗する。避け切れない攻撃を内から外に打ち払い無効化しつつ反撃を始めた。


 ――徐々に移動速度を落とし、足を止め、高速の打ち合いへと移行する。


 互いに急所へ容赦の無い打撃を見舞いながらも、同じく互いに有効打には至らない激しい応酬が開始された。


 腕と拳がぶつかり合う破裂音と轟音が次々と鳴り響く。受け止めると腕を破壊されかねない威力の拳を捌き続けるのはなかなかの作業量だ。


「は……激しい打ち合いです! 速すぎて解説ができないんですが私クビになりますかね!? りょ、両者ともに一歩も譲らず足を止めての殴り合いになりました! しかし! 凄い音がしていますがどちらも吹き飛んでいかないということはまともに当たっていないということでしょうか!? この打ち合いを制するのは果たしてどちらなのか!?」


 拳帝が突如仰け反る。そのまま右足1本で体を支えると左足が凄まじい速度で打ち込まれてきた。


 ――足も使えるのか……!


 よく考えたら当たり前のような気もするが、この場面においては意表をつかれた形になる。


 ちょうど左腕を伸ばした体勢だったが右肘で打ち上げることに成功、腰を落として拳帝の下を潜り、空中で逆さになっている胴体へと反撃の掌底を叩き込んだ。




 ◇ ◇ ◇




 弾性の高い物体をひしゃげさせるような感覚の次の瞬間、拳帝の体が吹っ飛んでいく。斜め上方向に打ち上げるような角度になったためか想定よりも遠くに飛んだ。


 咄嗟にうっかり現在の身体設計で発揮できる全力で打ち込んでしまったのだが大丈夫であろうか。

 ――地面に叩きつけられる際に受け身を取るのが見えたので問題無いと思いたい。


 拳帝は数回のバウンドを経てやっと止まったが――仰向けに倒れたまま起き上がって来ない。

 どうやら腹を押さえて悶絶しているようである。

 そんな状態で受け身を取れるとは大したものだな。


「拳帝様ダウン! まさかの一撃だぁぁぁ! 審判がカウントしているのが見えます! 現在カウント5、6、7!」


 なるほど。倒れた際は審判が時間を数え、立ち上がれなければ敗北するというルールらしい。

 その時間をどこまで数えるものなのかが分からないのが難点だが、まぁ見ていれば分かるか。


 拳帝はしばらく悶絶していたが、やがて痙攣を始めカウント10で敗北の宣言を受けた。


 ……やはり少しマズいかも知れない。人があれほど吹っ飛んで無事でいられるはずがない。


「勝者! 魔王級の魔物ポンさん! 拳帝様と体術で真っ向勝負しておきながらも見事打ち破りました! さすがは連戦が組まれているだけはあるといったところでしょうか!」


 私は拳帝に近寄るとその場でしゃがみ、魔力を浸透させて診断を開始する。

 ――やはり内臓へのダメージが大きいようだ。


 体表に打撲や擦過傷が多数見られるが、そちらは大した怪我ではない。しかし内臓の方はこのまま放置すると死亡してしまうくらいには深刻だ。


 私は空間収納を開いて下級の回復薬を2本取り出し拳帝に飲ませる。1本だけでは体表の治療が優先されてしまい内臓まで効果が届かないかも知れない。


 中級の回復薬ならばまとめて癒してくれるようなのでその心配は要らないのだが、下級の回復薬がそろそろ期限切れを迎えるためここで中級を使うのは少々もったいないのである。


 診断を継続し、回復薬が癒していくのを確認しつつ治療が及んでいない部分を追加で治癒魔術で補足して完了である。

 外交面から見ても帝国の構成員を死なせるのは非常に良ろしくない。危ないところであった。


「なぜだ……」


 身を起こした拳帝は不思議そうに私を見た。

 恐らく魔物に命を救われた経験が無いのであろう。

 一瞬素直に外交問題がどうのと回答しかけたが、さすがに無粋すぎるかと思い直す。


「――目の前に苦しんでいる者が居て、助ける手段があるのならば、助けるのは不思議なことだと私は思わない」


 拳帝はしばし意外そうに私を眺めていたが、ふっと嬉しそうに笑うと右手を差し出した。


「ゾンダーグだ」

「私はポンという」


 握手し、そのまま引き起こすと、拳帝ゾンダーグは救護の担架を断り自分の足で控え室へと帰って行った。

 ……意外と悪役みたいな名前である。




 ◇ ◇ ◇




「拳帝様が退場されました! それにしても対戦相手を治療するとは驚きです。理性的な相手だとの女王様のお言葉を信じても良さそうで安心しました!」


 解説のクーネル氏は女王の発言に対し半信半疑であったようだな。自国のトップの発言とはいえ無理もない――。


 そんなことを考えながら私は自身の開始位置へと戻り、次の試合に向けて準備をする。


 確か次の試合は剣帝との組み合わせだったはずなので空間収納を開いて剣を取り出した。フロッサの要望の通り、大きさとしては人の身長よりも長い剣である。


 取り出した瞬間、闘技場に低くどよめきが溢れた。


「なんと! 大きな剣です! どこからともなく取り出されたのは巨大な剣でした! しかし大剣とは違った不思議な形をしています!」


 この剣は軽量化を図るためほぼ外枠だけになっている。

 例えるなら洗濯した服を干す際に使用する道具に近い。ハンガーといっただろうか。


 片刃にして背の部分を持てるようにしてあるため重心の近くで把持できるのと、刃と背の部分を途中で3本繋いでありそこを持つことで複雑な振り方もできる剣に仕上がったが、いかんせん狭い場所では使えないのが難点である。


 重量に関しては普通の大剣の倍くらいの重さになんとか収まっている。辛うじて私にとっては実用的と言えなくもない。


「それでは時間になりました! 次の対戦相手である剣帝様の入場です!」


 観客の歓声と共に剣帝とやらが入場してきた。

 真っ黒の厚手のコートに身を包んだ長身の男性である。


 確か戦場で出会ったら逃げろ、などと言われているらしいが、なるほど目立つ格好だ。もしかすると意外と親切なのかも知れない。


 剣帝は左手に鞘に入ったままの剣を持っているようだ。どのような剣か気になって見てみたが、普通の長剣を使用するようである。


 特別製の剣を準備した私がまるで凄く張り切っているように見えてしまうので合わせてもらいたかったところだが……まぁ知る由も無いことか。


「両者ともに開始位置へとつきました! 準備はよろしいでしょうか!? それでは――第2試合、開始!」


 剣帝は鞘から剣を抜き放った。やはり普通の剣のようだ。

 そしてそのまま走り込んで来る。

 私の剣を見て間合いの不利を悟ったらしい。


 私は大剣の柄と背を握り大きく振り回す。

 牽制の意味と、フロッサからなるべく大きい動きで観客からよく見えるように動くべしと注意を受けていたからである。


 剣帝は間合いを見切って私の大振りをやり過ごすとそのまま詰めて来る。大型の武器に対する順当な対応である。――しかし私が人外ということを忘れているようだ。


 私は振り切る前に大剣をピタリと止め、そのまま逆方向に振り回した。間合いの内に入り込んできていた剣帝を大剣の背が襲う。

 剣帝は目を見開きつつも長剣で受け止め、それに押されるように跳び退った。


 様子見兼自己紹介はこれで充分だろうか。




 ◇ ◇ ◇




 剣帝は一瞬視線を左右に揺らしたあと再び突進して来た。


 私が普通の相手ではないと正確に理解はしたが、結局武器の間合いを考えると接近しなければ始まらない、という結論に達したのだろう。正しい判断である。


 想定よりも素早い一閃を刃を後ろに傾けて受け流す。

 腕にかかる重さはかなりのものだ。速度だけでなく力もあるようである。


 しかし力に頼って弾き飛ばせるほど軽い武器を振ってはいない。それは彼も分かっているようで無駄に剣を叩きつけてくるような真似はして来なかった。


 大剣に守られていない部分を狙って突き込まれてくる剣戟を、私は大剣の角度を変えながら次々と捌いていく。なかなか速い。


 私の方も反撃を試みるが、まさか真っ二つにするわけにもいかないのでこの距離から振り抜くのはまずい。


 そして細かい動きばかりでは盛り上がりに欠ける。このままではフロッサから苦情が来ること請け合いである。


 私は後ろに少し跳び、大剣を頭の後ろまで振りかぶる。そしてそのまま大きく薙ぎ払った。

 大きい隙に飛びこもうかとしていた剣帝は間合いの外に逃れて無事だったが、派手な動きで会場がどよめくのを聞くに観客への受けはいいようだ。


 折角の攻守交替なのでもう少しサービスしよう。


 私は薙ぎ払いの勢いそのまま横に回転。後方から前方に戻す際に跳ね上げて袈裟斬りの要領で上から叩きつける。


 さすがにこの重量をまともに受ける気は無いようで躱されてしまうが、私は大剣を叩き付けた地面への反動を利用して跳び上がり、地上に触れている剣先を空中で更に跳ね上げた。


 意表をついた動きのはずだがそれも躱される。さすがは達人だけある。力まかせの私とは違うようだ。


 私が空中に居るのを見て好機と捉えたのだろう、剣帝は即座に間合いへと踏み込んでくる。――速い。


 私は大剣の先を再び地面へと叩きつけ、それをつっかえ棒代わりに空中で体勢を変える。大剣を遮蔽物として剣戟をやり過ごし、そして返礼代わりの一振りは彼の剣の上を滑って行った。


 着地と同時に振り返ると剣帝はなぜか間合いを詰めてきていなかった。既に目の前に来ていてもおかしくないような場面だけに一瞬とまどう。


 ――横薙ぎの一閃。


 剣帝が間合いの外で振るった剣閃は、若干景色を歪めながら一瞬で私の許へと到達する。

 なんだこれは……!


 慌てて大剣を剣閃の角度に合わせて防いだが、斬撃が飛ぶなど普通はありえない。魔法にしては詠唱している様子もなかった。


 つまり仕込み武器などの物理現象ではなく魔法攻撃でもない謎の攻撃方法が現れたことになる。

 防いだ感覚では衝撃を伴うので物理寄りの気がするが、試合中に我が身で試すのはさすがに常識に欠けるだろう。


「剣帝様とポンさん、激しい攻防です! しかし剣が大きいから見やすくて助かります! そしてついに出ましたね、剣帝様のスキル『飛斬』! 遠くから見ているので何か飛んでいるのが分かりますが、近くで見ていたらきっと何も見えません! ポンさんよくあの数を防いでいますね!」


 ほう。飛斬というのか……ところでスキルとは何だ。

 帝ランク達が人間離れした身体能力をしていることと関係ありそうだがよく分からん。だが強さの秘密を解明できればフロッサを効率よく鍛えてあげられるかも知れないところである。


 この連戦が終わったら調べてみるかと考えつつ飛斬とやらを捌き切り、再び距離を詰めてきた剣帝に向けて大剣を構え直した。




 ◇ ◇ ◇




 走り込んできた剣帝は、防ぐ体勢にあった私へと構わず剣を叩き付けてくる。


 ――うっすらと剣が光を帯びている?


 これは……!

 剣戟を防ぎつつ身をよじって剣閃の延長線上から身を投げ出した私の上を唸りをあげて例の『飛斬』が通り過ぎて行った。


 こんなことも出来るのか。なんと厄介な……!


 これではもはや距離や間合いの有利不利など存在しないに等しい。さすがは剣の世界の1位である。


 態勢を崩した私への追撃を捌き、そして反撃の大振りが空を割く。飛び退いた剣帝に連続して大剣を叩きつけるも舞い上がるのは土埃ばかり。

 見ると剣帝は突きの構えで剣を光らせ始めた。


「キタァァァァ! 剣帝様の必殺スキル『吶喊(とっかん)』だぁぁぁ!」


 実況担当が興奮している。

 教えてくれるのは嬉しいのだがよく知っているものだ。

 できれば防ぎ方まで教えてほしい……!


 剣帝が裂帛の気合いと共に突っ込んで来る。

 初めて聞いたがなかなか渋い声だ。


 輝く剣を突き出しながら超高速で突撃してくるのだが、いかんせん速度が人間離れしている。よく見ると足が地に付いていない。


 ……なるほど。色々無視して特定の現象を起こせるわけか。スキルとやらについて少し分かったかも知れない。


 とはいえのんびり分析しているわけにもいかないので大剣を立てて受け流すようにして一撃をしのぐ。


 剣の平を使えればもう少し動作が楽なのだが残念ながらそこには空間が空けてある。なんとか刃の部分で受け止めるしかない。


 2本の剣が接触し凄まじい火花が発生、それに合わせて発生する衝撃で弾かれそうになる体をなんとか支えきった。


 私の横を通過した剣帝は靴裏で地面を擦過して止まり、すぐさま再度突っ込んでくる。体勢を崩していたら対応できないくらいの速度だ、もしかするとそちらの方が真骨頂の可能性すらある速さである。


 しかし私は体勢を崩していない。大剣を構え直すと、剣帝が持つ剣の横腹に叩きつける狙いすました一撃を放った。


 ――私の剣が軽ければ軌道を変えるだけに終わったかも知れない。

 だが私が振るうのは人間が持つのが困難なほどの超重量級武器である。


 ほんの一瞬の拮抗の後、剣帝が持つ普通の剣は高々と弾き飛ばされ、くるくると空中を回転したのち客席と闘技場とを分ける隔壁に深々と突き刺さった。


 そして剣帝はスキルを中断させられた弊害なのか、突進の勢いのまま接地し盛大に土埃を巻き上げながら遠くへと転がって行く。


 体全体で擦過していかないということは受け身が取れているということだろう。私は急いで剣帝と飛んで行った剣の間に走り込み大剣を構え直した。




 ◇ ◇ ◇




 土埃が晴れると、そこには座り込んで両手を挙げた剣帝の姿があった。


「なんと降参です! 魔王級の魔物ポンさん、あの剣帝様から降参をもぎ取りました! 初めて見ましたこんな事あるんですね!」


 なるほど。あれは降参を表す仕草か。

 使う機会があるかは分からないが覚えておこう。


 剣帝はゆっくりと立ち上がると片手を上げて辞意を表し控え室へと戻っていく。剣を回収するつもりは無いようだ。やはりあの剣は安物か。


 私の勝利を告げる実況を聞き流しながら大剣を空間収納へと戻し、次の試合に備えて開始位置へと足を運ぶ。


 ――剣帝に勝利したとはいえ武器の差が大きい勝利であった。


 スキルとやらもあれで打ち止めとも思えないことであるし、そういう意味で剣帝もまだ底を見せていないはずだ。試合には勝ったが情報が抜かれてしまったか……。


 ある意味での辛勝を苦々しく思いながらも空間収納から斧を取り出す。次は斧帝との対戦だったはずだ。


 斧もフロッサ達の言うがまま変なものを創ったのでお披露目しなくてはならない。変すぎてこのままお蔵入りする可能性も高いことであるし。


 私が取り出したのはやはり大きな斧である。

 柄があり大きな刃が付いている。


 ただ、柄は槍のように長く、その柄に沿うように長い刃が付いているという代物だ。見た目としては包丁や鉈に近い。


 フロッサおすすめのタンカタンなんとかという金属で作ると重量がおかしなことになってしまったので鉄製に戻すという経緯があり、それでも重かったので刃の幅を小さくして軽量化を図る必要があった一品である。


「ポンさんが大きな斧を取り出しました! いや、大剣……? 柄が付いていますのできっと斧です! どうやら相手に合わせた武器を使用している模様。帝ランク保持者に対し、彼らの得意な武器に合わせるというのは余裕の表れでしょうか!?」


 ……そういう見方もできるか。

 確かに余裕のある態度と思われてしまうかも知れない。


 もし何か言われるようなら子供にそうするよう頼まれたとでも言っておこう。ある意味事実なのでそれで何とかなるであろう――。


 私が入場口を眺めていると、ゆっくりと大きな扉が開き斧帝が入場してくるのが見えた。勝手なイメージに違(たが)わず、筋肉質な体つきをした上半身裸の男性である。


 戦場で会ったらうんぬんという話があったが、まさか戦場でも上半身裸ではあるまいな……。

 いや、それはさすがに防御面で問題があろう。


「斧帝様の登場です! トレードマークの上裸が今日も隆々ですね! 筋肉を見せつけたいとのことですが刺さる方はいらっしゃいますか!?」


 会場に黄色い声援が飛び交う。筋肉はなかなか愛されているようだ。

 なるほどそれで上半身裸というわけか……。

 世の中は広いな。


「それでは第3試合。斧帝様対ポンさんの試合を開始します!」


 私は地面に立てていた斧を持ち上げ両手で構えた。

 斧帝もかなり大きな両刃の戦斧を肩に担いでいる。


「両者構えて――それでは、試合開始!」


 開始の合図と共に私は突進する。

 力と力のぶつかり合いならば正面から行くのが恐らく正しい。




 ◇ ◇ ◇




「金剛壁!」


 斧帝の叫びが轟く。恐らくはスキルとやらが発動したに違いない。

 つまり、出し惜しみは無しということか。

 内容からして防御に関するスキルのようである。ならば小手調べ代わりにこのまま攻撃を続行するのがこの場合正しい。


 突進して振り下ろした私の斧は、甲高い音を立てて謎の壁に受け止められた。

 ――これは、物理障壁か……!


 どういう理屈か分からないが物理的なダメージを防ぐ壁が瞬時に生成されたのは間違いない。そして困ったことに強度も充分あるようだ。


「破城撃!」


 おっと……!

 想定より高めの渋い声が再び響く。

 間を置かず横薙ぎに振りかぶられる斧。

 これにもスキルの力が乗っていると思った方がよさそうだ。


 咄嗟に構えた私の斧を凄まじい威力の衝撃が襲う。城を壊せるほどではないが、数歩分の距離を吹き飛ばされる程には強力だ。

 ――だがこれなら凌げなくはない。


 再び突進しては弾かれ、受け止めては飛ばされ、硬い金属同士がぶつかる大きな音が闘技場内に何度も響く。


 動きとしてはそこまで派手ではないが、音が大きいので観客へのサービスとしては悪くないのではないだろうか。

 それが十回ほど続いたあと変化が起こった。


 私が振り下ろした斧を斧帝が柄の部分を上手く使い受け止めたのである。

 斧帝は裂帛の気合を込めると、力任せに斧を振り切った。


「おおおッ!」


 私は無理に逆らわず押し返されるままに後退する。

 行動に変化があったのでまだ見せていない攻撃が来る可能性が高いと見たのだが、どうもそうではないらしい。


 ――と、いうことは謎の物理障壁スキルには使用回数のような制限が存在すると見た方が良さそうだ。

 かと言って「もう使用できない」と断定するのも危険である。

 そう思わせておいての不意打ちもあり得る。


 さて、この挙動はどちらであろうか――。

 仮にも帝ランク保持者である。油断していい相手ではない。


 私は様子見代わりに間合いギリギリからかすめるように大振り。

 見切られ軽く後退で躱される。


 くるりともう1回転してさらに攻撃。

 人間離れした速度で斧を引き戻し、風切り音を響かせつつ叩きつける。


 まるで小枝を振り回しているような速度になるよう次々と一撃を打ち込んだ。

 観客席のどよめきが聞こえる。

 なかなか良いアトラクションになっているようで何よりである。


 斧帝はというと、私の猛攻を受け止めず回避に専念しているようだ。


 反撃の機をうかがっているのか、それともスキルが尽きて反撃できないのか。

 もう少し状況を動かして判断してみようか。


 私は斧を引き戻した反動を利用してそのまま後ろの地面に斧を叩きつけ、そこから棒高跳びの要領で大きく距離をとった。


 一度大きく斧を振り上げ、そしてゆっくりと納刀するように真横に構える。

 体勢を低くして走りこむ構えを見せた。


 見るからに突撃の体勢である。

 これまでのように間合いギリギリではなく、回避不能なほどに肉薄し振り抜く動作を行なった場合、彼は一体どう受けるのか。お手並み拝見と行こう。




 ◇ ◇ ◇




 斧帝は同じくゆっくりと腰を落とし、抱えた戦斧を横だめに構える。


「斧帝様とポンさん。両者ともに動きが止まりました! 大きな武器が派手にぶつかり合う試合となっております! これからひときわ大きな激突がありそうな予感に震えが止まりません! いったいどうなってしまうのか!」


 どうやら斧帝は正面からの打ち合いを選択するらしい。

 確かにそれに勝利できるなら大きな隙を作ることができる。

 そして彼は今までそれに勝利してきたのであろう。


 ――だが、そう簡単に負けてやるわけにはいかない。


 私には物理攻撃が効かないのだが、それを利用して一方的に叩きのめすのは意味が無い。

 同じ条件で戦い、人間のルールの中で勝利することに意味がある。


 そうでなければ「手の付けられない化け物に敗北する人間」の構図にしかならないのだ。それはあまり良い結果を導かないだろう。


 充分な距離から小走りを開始、徐々に速度を上げていく。

 大剣と見紛う大斧を持つ手に力を籠める。


 斧帝は一瞬迷う様子を見せた。

 それはそうだろう。隠し玉が無いはずがない。

 見せるべきか、隠すべきか。迷って当然だ。


 だが結論を待つ時間を与えてはあげられない。

 私は素早く走りこむと至近距離から大斧を横薙ぎに振るう。


「――オオオッ!」


 ――斧帝は咆哮を上げると手に持つ戦斧を合わせてきた。

 そうか……どうやら手の内は見せない選択をしたようだ。


 低く腹に響くような音を立てて2つの斧が激突する。

 一瞬の拮抗も無く斧帝の戦斧は弾かれ、回転しながら飛んで行く。

 そして剣帝の残した剣の横に細かい振動と共に突き刺さった。


 振り抜くはずだった私の斧は戦斧を弾いた瞬間に制動をかけ、なんとか斧帝を真っ二つにする前にぴたりと止めることに成功。

 危うく国際問題になるところだった。勘弁してほしいものだ……。


 ゆっくりと斧帝の両手が上がる。

 降参の意思表示である。


「決まったあぁぁぁ! ポンさんがまたしても帝ランク保持者を撃破! 剣でも斧でも圧倒的な強さを見せてくれましたぁ! これで3連勝です!」


 大歓声に沸く場内より勝利の確定を確認し、残心を解き斧を引く。

 そして身を離そうとした一瞬に斧帝が話しかけてきた。


「――火帝には気を付けろ」


 どういう意味だ――。

 そう問い返そうと思った時には斧帝は身を翻して行ってしまった。

 この大歓声の中ではこの距離から話し掛けても聞こえないだろう。


 なんだ? わざわざ注意せねばならないほどの何かがあるのだろうか。

 私は次の試合に備えて開始位置へと歩を進めながら考える。


 この場合、火帝が帝国を裏切るだの何だのという話では無いだろう。

 そもそも私が帝国の味方ではなく、これから戦う相手だからである。

 極端な話、帝国がどうなろうと私に特に害は無いのだ。


 ならばこの試合中に何かが起こることを示唆しているのか……?

 分かっているのなら止めて欲しいのだが……?


 ううむ。

 それでも警告するに留めるということは止められないということか。


 止められない理由は何だろうか。

 帝ランク同士に上下関係などがあり止められないのか。

 それとも予測不能という意味なのか――。




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