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7

 

 ――登城する日がやって来た。


 私の方は元の世界で王城に入ることも王族に面会することも何度かあったので別に大丈夫なのだが、エイラの方が緊張しすぎて倒れそうだ。


 服に化粧に髪型に装飾にとある程度気が紛れている内はまだ良かったのだが、馬車に黙って揺られている内にソレ以外考えられなくなってきたのか何とか謁見を回避できないかと悶絶し始めた。


「無理だから諦めなさいな。考えるだけ無駄よ?」


「そうですよ。お褒めの言葉を賜われるのですから多少礼を失しても怒られませんわ」


「だ、だよね……大丈夫……大丈夫……うぅ……」


 やれやれ、我が主人ながら肝の小さい事だ。


 竦み上がるエイラを余所に馬車は順調に進み王都の中央へと向かう。王城の入り口と言うよりは登山道の入り口のような雰囲気になってきたのだが実際に山なので仕方ないのかも知れない。


 幸い馬車で入れる道はあるようで、緩やかな坂が城壁のすぐ内側に沿うように続いている。どうやらそのまま1周しながら登ってやっと城の入り口らしい。近道用の階段や急坂もあるようだが、そちらはさすがに馬車では通れないだろう。


「流石に第1層では降ろされないわね。良かった」


 リーゼロッテが胸を撫で下ろしている。

 耳慣れない単語だったので訊いてみた。


「リステリア城はこう……馬車が通れる道が渦巻き状になっている城なの」


 リーゼロッテは右手の人差し指を伸ばしくるくると回す。


「城壁の内側を回って辿り着けるのが軍事区画の第1層。その屋根を走って着くのが政務区画の第2層。さらにその屋根を走って王族の住まう第3層に行けるのは特別な方々だけよ。逆に第1層で降ろされていたら恐ろしい段数の階段を登らされる羽目になっていたわ」


 言ってげんなりとした顔をする。

 実家が武家だけに登らされた経験があるのかも知れない。だが今回は招待されているのでそのような苦行をさせられるはずが無い。と、いうわけか。


 最悪私が運ぶ必要があるかも知れないが、少し運動する位がエイラにとってはいいかも知れない。

 数日前に採寸したはずのドレスがきついと大騒ぎしていたくらいだからな……。


 ふと脳裏を過ぎった忠告を辛うじて呑み込み、リーゼロッテに礼を言って窓の外へと視線を戻した。

 車輪の奏でる音が土に触れるものから確かに石に触れるものへと変わっている。少し高くなった標高からは城下町の様子が見て取れた。まだ第1層の屋上だがなかなかの壮観である。


 またしばらく走り、少々成金趣味と感じる政務区画の入口を通過して馬車は進み続けた。どうやら第3層まで運んでもらえるようだ。

 フェリシアの父親氏ですらこの道は利用させてもらえないらしく、その娘は珍しく興奮していた。見える景色を教えてやるのだと窓に張り付き始めてしまう。


 ……意外としっかり特別待遇のようだな。

 その実質的な中身である私について先方はある程度把握しているはずではあるのだが……。


 まぁ、楽が出来るに越した事はない。こちらは招かれた立場なのだから先ずはお手並拝見と行こう。




 ◇ ◇ ◇




 たどり着いた王族区画は意外と大人しい外見であった。生活区でもあるので派手だと落ち着かないのであろうか。

 よく見ると細かい彫刻などはあるようだが外壁の色彩は全体的に白く統一され大人しい外観となっている。


 しかし尖塔の先端部分だけは不思議と青く塗られているようだ。その青は意図的にか空の色に溶け込む濃さに調整されているようで、もしかすると視界を邪魔しないようになっているのかも知れない。……曇りの日は目立ちそうだ。


 数台分しか無い馬車停めで降りて案内を受ける。第3層からが生活区とは言うものの、ここから入れる階層には王族への謁見に用いる部屋ばかりが多数用意されているように見える。


 第4層、第5層と呼ぶべき階層も上に見えていたので本当の意味での生活区はあちらなのであろう。ここ第3層は「王族の私的空間に招かれる」という栄誉に浴させるためだけに用意された空間、という理解が恐らく正確だ。

 まぁ、もしかすると下が騒がしいので間に1層挟みたかったのかも知れないな。そのくらいの我儘を通す経済力はあるであろうし。


「あれ、中は意外と木造?」


「いや、これは石造の壁の内側に木を使用しているだけだな」


「そうなの?」


「見てみろ。そこの角の部分から石が見えているであろう? そして柱が石のままだ」


「へぇー。でもなんでわざわざ?」


「恐らくこの階層ではパーティや式典などが開催されるのだろう。防音のためではないか? あとは木が柔らかい印象を与えてくれるから来賓を迎えるのにも都合がいいのであろう」


「2人とも。案内の方が悲しそうな顔しているから仕事を取らないでやってちょうだい」


 む。リーゼロッテの言う通りのようだ。

 案内係の男性は慌てて表情を取り繕ったが仕事を取られて寂しそうな様子であった。これは申し訳ない。


 案内係に誘導されて内部を進む。

 最初に真っ直ぐ中心を目指したので会場がそちらにあるのかと思っていたが、どうやら中心部は城で働く下働きの者たちのための空間のようだ。


 上位の者たちが使用するための部屋は、全て円を描く階層の外縁部に当る位置に作られている。確かにそうしなければパーティ会場に全く光が入らなくなってしまうわけだ。


 私たちは中心部付近にある巨大な回廊を半周し奥へと向かう。

 これだけの距離があるということは来賓向けの大会場ではなく小さめの部屋が用意されているのであろう。

 あまり事を大きくすることを先方も望んでいないということであろうな……こちらにとってもそちらの方が助かる。


 ――部屋が見えてきた。扉の左右にメイドが控えているのできっとあそこだろう。案内の男性の合図を受け扉が開けられる。促されて皆で入るとどうやら控え室のようだ。

 女王が居るなら部屋の外に控えているのはメイドではなく近衛だったであろうから予想通りではある。


「ではこちらでしばらくお待ち下さい。陛下の準備が整い次第お迎えに上がります」


 結構な距離があったので皆の体力的にも一旦休憩が入るのはありがたい。

 私は早速ソファに群がる主人たちの代わりに頷くと、扉の近くの壁際に寄って一応の警戒を開始した。まぁ、何も無いであろうが……。




 ◇ ◇ ◇




 お茶とお茶菓子が振る舞われた。

 しかし想定よりもお腹周りが苦しかったようで残念ながら高級お茶菓子は空間収納行きとなった。

 食べないという選択はどうしても採れなかったようで、必死の懇願をついに断り切れなかった。やれやれ……。


 そんな事をしている間に準備が整ったらしく先程の男性が戻ってきた。あまり王族を待たせても良い事が無いのでさっさと行くとしよう。


「ああ……ついにこの時が……」


 ここだけ聞いた分には待ち望んでいたかのように聞こえるのだが、実際は真逆の反応だ。


「エイラたちは心配ないであろう。恐らく手短かに終わるはずだからな……」


 独白に近い私の助言を聞き、エイラは不思議そうな顔をする。


「誰か長引く人が居るの?」


「……帝王の撃退を実際におこなった者は詳細な報告を求められるとは思わんか?」


「そ、それはあるでしょうね……」


 言ってスッと目をそらすエイラ。少し目が泳いでいる。

 これは先に帰ってしまおうと考えているな。


「そして有能であると認められた場合は度々呼び出されて便利に使われる可能性が高いわけだ」


「あなたそういうの断りそうよね」


「断っていいのか? その場合は指示が飛んで来るのが私ではなくエイラになるぞ?」


「あっ。無理。ポンが頑張って!」


「やはりそうなるか……」


 私を直接縛り私に命令することは人間には簡単なことではない。だが私がエイラの使い魔であり、エイラがこの国の国民である以上、間接的に命令する事は実はそこまで難しくは無いのである。特に王族には。


 一応抵抗する方法としてこの国を滅ぼすことも可能ではあるのだが、それはさすがに最後の手段だ。女王の仕事が司法であり懐に警察組織を抱えているのならば、変なことをさせられる可能性は低い。余程性根が腐っていない限りは大丈夫であろう。治安の維持に協力する程度の労力は必要経費だと思っておいた方が良さそうだ……。


 案内の男性に連れられ廊下を進む。少し距離を歩いたように感じたが扉の有無を見るに隣の部屋で女王は待っているようだ。


 扉の左右にはメイドが待機している。……近衛ではないところに異世界を実感してしまうのはきっと私だけであろうな。


 もしかするとこの国だけの風習かも知れないので常識の違いはさておき、到達するしばらく前に中へと合図が送られ寸前に扉が開けられる。見事に洗練された所作である。


 部屋の中は50人程度のパーティが開けそうな広さを持つ部屋であった。

 ダンスを含まない立食パーティに限定されそうな辺りの広さなので城の部屋としては狭い方なのであろうが、待合室の数倍はあるのでこの人数のために用意するにはかなり広いと感じる。


「どうぞあちらの絨毯の上までお進み下さい」


 案内の男性が最後の仕事をして離れていく。

 部屋の中は掃除のしやすそうな固めの毛織物が敷いてあるが、それとは別に上座の方に細長く赤い絨毯が敷かれてあるようだ。恐らく子どもたちが王族との距離を間違えないように目印として敷いてくれているのであろう。


 優しさなのか警備上の誘導なのかの判別は難しいが、少なくともエイラにとっては助かる仕様に違いない。




 ◇ ◇ ◇




 緊張した様子で進む子どもたちの後ろについて行く。

 一応、こちらの警備の都合上素早く部屋の中の人員配置を確認しておいた。


 扉のすぐ内側には通常近衛が配置されているものだが今回は居ない。子どもたちに威圧感を与えない配慮なのかも知れないと思い当たった。

 ――なるほど扉の外のメイドも同じ理由かも知れないな。


 壁際を見ると先日会った連中と同じ板金鎧をまとう女性たちが緩めの等間隔に並んでいる。

 厳つい男性よりは良いが微笑を浮かべた鎧姿の女性が並んでいるのも結構非日常的な光景だ。

 中身まで先日と同じ人たちかどうかは顔を覚えていないので分からない。


 部屋の一番奥は少し高くなっており、玉座と呼ぶべき豪華な椅子に座った夫婦が1組、玉座と呼ぶべきか少し迷う豪華さの椅子に座った女性が1名。その脇にヒルダとイーヴァが控えているのが見えた。


 王族と目される3名は皆金髪に純白の衣装である。

 司法を担うだけに清廉さを求められているのであろうが、王族なのでもう少し飾り立てられていても構わないのではないだろうか。

 確かに意匠を凝らした服装ではあるがそれで充分なのか、私には服装のセンスが無いのでその辺りはよく分からない。


 あまり注視し過ぎるのも良くないので情報収集を終え次第目線は下げておく。


 一行は赤い絨毯の定位置へと到着し、横一列に並び直すと王族の方を向いて跪いた。私もそれに倣う。


「――楽にせよ。顔を見せておくれ」


 あまり長々と跪かせる趣味は無かったようですぐに声が掛かり一行が立ち上がる。声を掛けたのは女王の方だ。

 王配の男性は笑顔で頷くばかりであり口を開く気配は特に無い。

 きっとこのタイミングで発言しても何も良い事が無いのであろうな……。


「では報告会を始めます。進行役はわたくしイーヴァが務めさせていただきます。よろしくお願いします」


 これはただの謁見ではなく、体裁としては報告会になるらしい。

 ただ、子どもたちにこの場でスラスラと報告させるのは辛かろうということで事前に書面の提出を求められていた。

 それを読み上げ本人が承認する事で報告完了とする旨が伝えられている。


「では、右手の彼女から始めます。彼女の名前はリーゼロッテ=クルーガー。辺境伯カール=クルーガーの3番目の子で長女です――」


 順番に名前と素性と一連の行動内容が読み上げられていく。

 改めて聞くと里帰りに友達を連れて帰って故郷を満喫してきたようにしか聞こえないのだが、リーゼロッテが行動を起こさなければ事態は進展せず、国家間が緊張状態に陥っていた可能性は高い。


 そのため彼女らの功績というものは本人たちが懸念するほど低くはないのだ。


 分かりやすく言い換えれば「使い魔の能力をしっかり把握し国のために適正に運用した」という評価になるわけだ。

 勲章に値するとまでは行かないであろうが、接待されて褒められるくらいは当然と言えよう。




 ◇ ◇ ◇




「――報告は以上になります」


 イーヴァが読み上げを完了した。

 ちなみに事前の報告書の提出を求められていたのは子どもたちだけで使い魔には要求が来なかった。もちろん来れば普通に書いて提出したのだが来なかったものは仕方ないので提出していない。


 恐らくそれは意図的なものだろう。謁見が終わった後に個別に呼び出しされる意図が透けて見える。

 だがそれは別に構わないので敢えて対策を取る必要性を感じていないというわけだ。


「イーヴァご苦労。今読み上げた報告に違う箇所がある場合は申し出るように。……居ないな?」


 イーヴァの後を女王が引き継いだ。

 いささか尋問慣れしているように感じるが威圧を与えるほどではないように加減してくれているようだ。あくまで柔らかい口調である。


「今報告にあったように、帝国の撃退という結果はそなたたちの愛国心に基づく行動が生んだものだ。よってその素晴らしい働きに対し、個別に褒賞を与えるものとする。控え室に目録を運ばせるので目を通しておくように——良くやった」


 女王はそう言って頷いてみせる。

 子どもたちは顔を見合わせると笑顔になった。

 実感が無いのかまだ少々困惑気味だが、どうやら本当に褒めてくれているらしいと分かってきたようである。


「では以上で報告会を終了とする。入って来た時とは逆の順で退出し控え室に戻るように」


 おや、そんな事まで女王が案内してくれるとは意外だな。王位にあるにもかかわらず気が利く人物のようだ。

 そして一瞬彼女の眼差しが鋭くなったように感じた。


「――あとそこの使い魔は残るように」


 ……やはりか。

 エイラたちは役目が終わり安堵した表情で退出して行く。

 ――ある意味ここからが本番である。予想通りではあるのだが当たって欲しかったわけではない。


 子どもたちと、仕事が忙しいのかついでに王配の男性も退出し、私の他には女王と姫と白銀の翼だったか盾だったか直属の連中だけになった。


「長くなりそうだ。椅子を持って来てやれ」


 壁際の者が頷き部屋の端に寄せられていた椅子を1つ運んでくれた。立ったままでも私は別に疲労したりしないのだが、せっかくなので大人しく座っておく。


「まずは直近の話からだ。先日シオーネの窮地を救ってくれたそうだな。母として感謝する」


 確かそこに居る姫様の名前がシオーネであったな。ワイバーンの一件であろう。


「いえ、大した事はしておりません」


「ここには口煩い堅物は居らぬ。そう堅苦しい話し方はせずともよい。其方が『そういう存在』であると私は理解している。咎め立てはせぬゆえ警戒は解くように」


 ううむ。物語などではありがちな展開だが本当に王族から言われると不安しか無いな。私も牢屋に入るのは嫌なのだが、まぁ……さすがにそれは無いか。


「あれはどちらかと言えば着地地点にたまたまワイバーンが居た、という表現が近い。現に1体踏み潰してしまった」


「ふふ……助ける気は無かったと?」


「助ける気はあったがシオーネ姫一行という認識は無かった。母親としての礼に留めるのなら素直に礼を受けよう」


「ふむ……変わった奴よの」


「よく言われるな」


 私は肩をすくめた。




 ◇ ◇ ◇




「さて……では自己紹介といこう。私はこの国の王位を戴いている者、レディア=エル=リステリアと申す」


 なるほど。報告会は終わり、話し合いにシフトしたと言外に含ませているようだ。つまり私からだけではなく先方からも何かしらの話があるので心の準備をしておけと言っているのだ。


「私の名前はポン。先ほどのエイレリア=ノールドによって異世界より召喚された魔物だ。魔力を根源とする魔力生命体で、種族名としては吸魔という魔物になる」


 とりあえずは私の方も自己紹介をしておく。強力な魔物が召喚されたことくらいは把握しているであろうが、詳細までは知らないだろう。


 現に女王の態度も慎重なものである。そうは見えないがもしかすると先程のエイラよりも緊張しているのかも知れない。


「ふむ……もう少し詳しく知りたい。構わぬか?」


 やはり説明不足か、仕方ない。


「ああ、構わない。危険視されると私はともかく主人の方に迷惑が掛かりそうだからな。要らぬ誤解は生じさせないに限る」


「ほう。『私はともかく』と来たか……大した自信よの。では単刀直入に訊こう、この国に仇なすつもりはあるか」


 私は頭を振った。


「今のところ予定に無いな。主人の家族が暮らす国に対し攻撃を行う意義を感じない」


「可能ではあるのだな?」


「その議論をしても良い事は無さそうに感じる」


 私は肩をすくめた。可能かどうかではなく意志があるかどうかが重要なのだと私は思っているのだ。


「ふふ……それは強者の理屈ぞ。弱者は単純な強さで危険度を測りたがるものなのだ」


 それは私も経験則で知ってはいるが、それだと私はとてつもなく危険な存在になってしまう。それは悲しい。


「そうよな……先日亜竜を瞬く間に倒したと聞く。では竜であれば討伐は可能か」


 私は少し考えてから口を開く。言葉を選ぶ必要があるかも知れない。


「私が元居た世界には竜が居なかったので回答が難しいのだが、その竜とやらがおおよそ首を斬り落とせば死ぬような生き物であれば大して変わらない結果になるはずだ」


 女王は吹き出した。面白かっただろうか?


「ふはっ! そなたにとってはその程度の違いか。これは質問の仕方が悪かったようだ。――では質問を変えよう。帝王と対峙してみてどう感じたか率直に答えよ」


 少し態度が軟化したか?

 私は再び少し考える。


「――真っ直ぐな男だったな。つまるところ彼の目的は魔王退治であったようであるし……。他国に遠征してでも被害を抑える気概は大したものだ。機会があればゆっくり雑談でもしたい人物だな」


 女王は少し眉を上げ面白いものを見るような表情をした。


「ほう。機会を設けてやろうか?」


「いや、それには及ばない。その内また会うだろう」


 私は急いで否定した。何日も拘束されてはかなわない。


「ふふ……これは話が早いかも知れん。今回そなたに残ってもらったのは頼み事があったからだ」


 私は眉を寄せる。


「帝王の一件の報告は必要ないのか?」


「要らぬ。謝りに来た時に本人から聞いておるでな。変に脚色する性分の者でもなさそうであるし再度同じ話を聞くのも無駄であろう?」


 それもそうか。そして話を変えるのに失敗したようだ。




 ◇ ◇ ◇




 女王は姿勢を直した。話している間に少し前傾してしまっていたらしい。


「さて……先に断っておくのだが、今回の件においてそなたに対する褒美は無い。主人のエイレリア嬢の功績として扱われるからだ」


 私は頷く。まぁ妥当なところであろう。


「しかしそれでは不満もあろうと思い、こちらの方で闘技場の予約を取っておいた」


 むう。あの騒がしい場所か。


「闘いの観覧は別に好きではない」


 私は頭を振って否定する。書庫の閲覧許可の方がよほど私にとっては魅力的だ。


「まあそう言うな。それに観覧ではなく出場ぞ」


 ……今何と言ったか。

 ああいや聴覚は正常だ。

 褒美の話ではなかっただろうか。闘技場への出場が褒美になる意味が分からなかったのですんなり頭に入って来なかったのだ。


 首を傾げる私を見て女王は悪戯が成功したような顔をして笑う。


「フフッ……それで頼み事の話に戻るわけだ。我が国の闘技場は見たか? それなら分かるであろうが最近は盛り上がりに欠けておっての。賭博の熱狂はあれども見せ物としてはしばらく目玉が無い状態が続いておるのだ」


 そういえばああいう場所にありがちな、大々的な呼び込みの類いが無かったような気もする。強力な闘士も強力な魔獣も簡単には手配できないのであろう。


「そこで……私は帝国の謝罪にかこつけて闘技場への帝ランク保持者の派遣を確約させる事に成功したのだ」


 その交渉力は素直に凄い。

 では私に頼まずとも闘士の手配は……。

 あ、いや。これは違うな。逆だ。


「つまり私に魔獣側として出場してほしいと」


 女王は満足気に笑う。


「その通り……! その辺の魔獣では帝ランク保持者の相手にはならぬ。見世物としては上々でも賭けにならぬのではつま……収益が安定せぬのでな」


 今少し本音が出たな。いや、わざとか……。

 この頼み事はあくまで詰まる詰まらない程度の話だと言っているのだろう。遠回しなことだ。


 さて、話は分かったが受けるべきか否か。

 私は少し考えると回答する。


「分かった。この依頼受けよう。ただし――」


「何だ? 言うてみよ」


「――帝ランク保持者を1人撃破する毎に、冒険者ランク3の依頼を2つ消化した扱いにして欲しい」


 どの道断るのが難しいのならば、自分に有利な条件を付与する方針に転換した方が良い。確かあと10件消化すれば私はランク4の中級冒険者に昇格できる。この条件が通るなら5名も倒せば昇格なので現実的な数字でもあるのだ。


「ほう。利を求める方向が面白いの。まぁその程度の強権ならばギルドも文句は言うまい……。そういえばそなたは冒険者ランクも持っていたのであったな。趣味か?」


 むう……なぜ趣味だと断定する。


「……否定はしない」


 学園長からの頼み事に言及しないためには、無理に否定しない方が得策だ。良く知らない計画について質問でもされたら困る。

 それに半ば趣味なのもまぁ……事実だ。


 私の回答に女王は声を上げて楽しそうに笑った。これは要望が通ったと見ていいだろうか。




 ◇ ◇ ◇




 やっと解放された。

 特に問題なく私の要望は通り、利を得たければ精々頑張って試合を盛り上げてくれ、との事だった。


 試合の日時は明後日だそうだ。宣伝の期間が必要ではないのかと尋ねてみたが『帝ランク保持者対強力な魔物』の対戦自体は元々組んであったので、そこに内緒で捻じ込むだけなのだそうだ。可哀想に。


 控え室に戻るとエイラ達がまだ居た。褒賞の目録を見せ合いして騒いでいたようである。これは放置するとあと1時間は騒いだままだな。案内係の男性がまだニコニコと眺めているのでもうしばらくは大丈夫か。


「ポン! 思ったより早かったわね! もうお話は終わったの?」


「うむ。一般人には難しい類いの仕事を1つ頼まれたのだが、観光関係の仕事なのであまり言いふらさないで欲しいそうだ。明後日の実施なので当日の朝までは秘密にさせてくれ」


「ふーん? あたしに関係ありそうなヤツ?」


「恐らく無いな。明後日に私の話を聞いてみて、興味が湧いたときは見に行くといい」


「ああ、そういう感じなのね」


 私はエイラの手にある目録を見た。分厚い装丁の本のようにも見えるが、表紙だけなので実際は結構薄い。表紙に各自の名前があり、そして開くと目録が書いてあるというわけか。


「褒賞は良いものが貰えたか?」


「凄いわよ! 金貨100枚!」


 む? 少ないな。子どもには大金であろうが。


「エイラちゃん。もう1つの方が抜けてますわ」


「えぇー。もう1つの方は微妙じゃない?」


「そんな事はないと申しておりますのに……」


 聞いてみると実家のノールド商会に対する、来年度非課税の通知だそうだ。……それは凄い。金貨100枚どころの騒ぎではないな。しかも本年度ではなく来年度ならば準備する期間すらある。エイラの実家は飛躍の年を迎えること間違い無しだ。


「それそんなに凄いの?」


「つまりノールド商会から買うと、税金の分だけ安く買えるということだ」


「……注文殺到しちゃうじゃない⁉︎」


 本当に分かっていなかったのか。末っ子だけにあまり商売の勉強はさせられて来なかったようだな。


 他にも聞いてみると、各自同額のお金と実家に対する単発の優遇措置が贈呈されたようだ。家族からも褒めてもらえるようなものを選んでくれたらしい。粋な計らいである。


 例によってコソコソと渡されたお茶菓子を空間収納に仕舞うと、皆やっと帰る支度を始めた。私を待ってくれていたわけではなく、再び出されたお茶菓子を置いて帰るのがどうしてもできなかっただけのようである。やれやれ……。


 砂糖が高価なせいもあるのであろうが、甘味というものはなぜこうも人の心を捕えて放さないのか。


 ……はっ。いかん。そういえばギルドのツェシカ嬢に甘味の土産を遠回しにねだられていたのだった。

 危ない危ない、思い出して良かった。試合は明後日という話であるし、明日の内に仕入れておこう。




 ◇ ◇ ◇




 よく晴れた青空に少し赤みがかった闘技場のコントラストが映えている。今は恐らく前座の試合が行われているのだろう、観客の歓声が通りの向こうの時点から聞こえて来ていた。


 私は昨日来た使者から伝言された通り少し遅れて闘技場にやって来ていた。何でも選手側との鉢合わせを防ぐために時間をズラそうということのようである。変なところで徹底しているな。


「入口も大きい……!」


「魔獣の搬入口から入るのは突っ込む所ですかニャ?」


「いや。これで合っている」


 出場に当たって、控え室に付き添いを連れて来ていいとの事だったのでフロッサとアリシアを連れて来てみた。普通は主人が来そうなものだが、王都観光という名の食べ歩きが佳境を迎えているらしく無下に断られてしまった。


 仕方なく独りで向かっていたら途中で2人と遭遇したので誘ってみたというわけである。他の人には入れない特別な場所から観戦できると言ったら簡単に着いてきた。正確には控え室なのだが嘘は言っていない。


「すまない。今日出場予定のポンという者なのだが」


 搬入口の横にある受付に到着の旨を伝える。係の者は手元の資料と私を3度見してからやっと納得したらしく案内を呼んでくれた。

 帝ランク保持者と闘うような魔物が徒歩で到着した経験など無いのであろう。気持ちは分からなくもない。


「お待たせしました。ご案内いたします」


 少し待つと打たれ強そうな体躯をした男性が案内をしに現れた。慣れていなさそうな雰囲気なので普段は魔獣の受け取りを担当しているのであろう。


 男性に連れられ移動を開始。闘技場の中は全体的に石で造られているようだ。魔法による強度の上昇も施されていると私の魔力感知能が教えてくれる。これなら少々暴れても大丈夫そうである。


 女王からも盛り上げて欲しいと頼まれていることであるし、対戦相手に合わせて闘い方を変えるくらいのサービスはするべきだろう。あとは不意打ちなどですぐに対決が終わってしまうのも避けるべきか。

 苦戦を演出するのはやりすぎであろうな……。


 私が今日の試合についての注意点を考察する内にも一行は奥へと進んでいく。魔獣が運ばれていくのであろう大きな通路から逸れて人間用の通路に入り込み、少し上って進んだ所にあるやや広めの部屋に通された。


「こちらが控え室です。開始までこちらでお待ち下さい。係の者が呼びに来るまでお出になりませんようお願いします。――なお、部屋の奥から観戦できるようになっております。軽食とお飲み物はそちらからご自由にどうぞ」


「了解した。案内ありがとう」


 私は頷き、開けてくれた扉から中に入る。

 なるほど。恐らくここは係員の休憩所を私のために空けてくれた部屋らしい。


 普段使っているのであろう大きなテーブルと椅子はそのままに、それ以外に元々あったものをどこかに移動させた形跡がある。テーブルの上にはパンやチーズや干し肉などの劣化しづらい食材に小型の樽が3つ。奥の壁には小さ目の窓がついており場内を見ることができるようだ。

 観戦用ではなく監視用なのかも知れないが用途が一緒ならば問題なかろう。




 ◇ ◇ ◇




「……なんか思ってた特別席と違う」


「そうニャ? 周りにうるさいのも居ないし食べ物も飲み物もあっていいところニャ」


「うーん。言われてみれば……?」


 アリシア。いいフォローだ。


「ポン様。観戦用に、あの良い椅子を2つとテーブルをお願いしますニャ」


 確かにそれがあればかなり楽な体勢で居られる。

 窓も正方形ではなく縦長になっているので座った状態でも観戦できる仕様だ。

 特に反対する理由も無いので要望のものを作成して窓際に設置してやる。


「これでいいか?」

「バッチリですニャ」

「奴隷ってなんだったっけ……」


 額に手を当てて悩み始めたフロッサは大丈夫そうなので、放置して私は窓から場内の方を眺め遣った。


 今は前座試合として王都の上級冒険者パーティが大型魔獣と大立ち回りを演じているようだ。魔法攻撃を行なっている者は居らず弓矢や投げ槍などが遠距離攻撃の中心らしい。やはり魔法使いが軍に取られるので冒険者にはなかなか人材が回って来ないのだろう。


 しかし彼らはよくやっている。治癒魔法を使う者は居るようで、大楯を振り回す男とペアを組んで盛んに魔獣の注意を引いている。その隙に弓矢と投げ槍が飛んで行き、刺さった痛みで魔獣が苦しんだところに剣士が駆け寄り足に剣を叩き付けて離脱した。

 あれを何度も繰り返して行動力を少しずつ奪っていく作戦なのだろう。


 ここの見晴らしは悪くないようだ。しっかり会場の端から端まで見える。客席に視界を邪魔されないのはここが魔獣の入場口の真上だからのようだ。客席の歓声も少し離れて聞こえるので、間の壁が厚めに造られているのだろう。

 アリシアの言う通り別に悪くない席である。


「うげ。これは濃い酒ニャ。こっちは……薄い果実酒か何かニャ。ってことは……これが酒が入ってないヤツニャ」


「ないヤツでいいの?」


「まだ仕事中だからニャー」


「薄いヤツくらいならいいんじゃない?」


「……フロッサを抱えて逃げる必要があるかも知れないと野生の勘が訴えるのニャ」


「無いヤツにしよう」


 2人が何やら頷き合っている。仲が良いな。

 2人はテーブルにジョッキや食べ物などを運んで観戦の準備をしているので、昨日買ってきたお土産用の王都饅頭を1箱進呈しておく。昨日の夜エイラたちに1箱巻き上げられたがあと8箱在庫があるので大丈夫であろう。


 私も手伝おうかと元々あった大きなテーブルに近づくと、その上に予定表が置いてあるのが目に入った。今日の対戦相手が書かれているらしい。


 薄手の上質紙に惜しげもなく文字が書かれていることに少し違和感を覚えるも、こちらの世界は製紙技術が発展していることを思い出す。良い設備が揃っているような場所には普通にあるのだろう。


 彼女らを手伝う必要は無さそうなので私はこちらを眺めておくことにしようか。




 ◇ ◇ ◇




 どのような属性の帝ランク保持者が出場するのか少し気になっていたのでちょうど良かった。こういう準備のいい施設は好感が持てる。


 特別闘技会と銘打たれていたらしいこの会のスケジュールを確認すると、帝ランク保持者は幾人か派遣されてきているようだ。


 第1試合を見ると「拳帝」と書かれている。


 ……む? 私の認識と齟齬があるかも知れない。


 カインズ氏の知識によると「各属性に1名ずつ」という認識だったようだが、それは単なる彼の思いこみなのだろう。魔法使いに限らず、もう少し懐が広いらしい。


 認識を新たにしつつ第2試合を眺めると「剣帝」、続いて第3試合が「斧帝」、第4試合は「双帝」という2人1組、第5試合が「火帝」という予定になっている。けっこう何でもアリなのだな帝ランクとは……。

 各属性というよりは各分野の頂点に与えられる称号のようなものと考えるのが良さそうである。


「アリシア。帝ランク保持者については詳しいか?」


 分からない事はとりあえず現地の人に訊いてみるのが良いだろうと猫獣人に尋ねてみる。


「あまり詳しくないですニャ。噂話くらいなら?」


「それで構わん。これが今日の予定のようだ」


 私は頷くと予定表を差し出した。アリシアは受け取ると少し目を通し顔を引きつらせる。


「なるほど……。さすがに顔バレしてる人たちばっかり集められてますニャ。1番目の人は素手で岩を砕ける人、2番目の人と3番目の人は『戦場で会ったらすぐ逃げろ』って言われてる人たち、4番目の人はよく知りません、5番目の人は目立つのが大好きな人ですニャー」


 本当に情報が少ないな。困るほどではないのだが、ある程度対応を決めておければ後が楽である。


「試合を盛り上げるよう言われているのだが何か良い案はあるだろうか」


「誰からですニャ?」


「女王からだ」


「それはまた……ポン様は空が飛べますし一方的な試合になると面白くないですニャ。相手に合わせた方がいいと思いますニャ」


「やはりそんなところか……?」


「――変な形の武器を使ってみるとかどう?」


 おや、フロッサから新しい意見である。


「素手の人はそれに合わせるとして、剣の人には大き過ぎる剣、斧の人には大きな剣みたいな斧とか。観客が見ておおっ! となるような目立つヤツ」


 なるほど。見映え重視か……採用する価値はあるな。


「では早速創ってみよう。――剣はこんな感じか?」


「もっともっと大きく。うん、そのくらい」


 剣というよりは柄のついた鉄板のようになってしまった。しなってグラグラする。


「両刃から片刃に変えて、取手を付けたら持ちやすくなるのではないですかニャ」


「いっそ材質を鉄より硬い金属に変えてみたら?」


「じゃあ真ん中に穴を空けて軽くするニャ」


 私が造形を手早く行うせいか簡単にやっているように見えるらしく色々と好き勝手言われたが、剣としての性能と耐久性に見た目の派手さを加える事に成功した。

 軽量化を図ってなお人外の重さを持つ逸品に仕上がってしまったのだが……他人に渡さなければいいだけの話か。


 試合終了後の不良在庫化を予感しつつ、次は斧的な何かの製作に入ることにした。





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