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「我が天使よ! こんなに早く会えるとは今日はなんと素晴らしい日なのだ!」
……なるほどそういう人物か。
礼服をかっちりと着込んだ見事な白髪の父親氏は娘の前でくるりと美しいターンを決め両腕を広げて停まってみせた。きっと娘が抱き付いてくれると信じて疑わない挙動だ。
フェリシアは控えめに近付くと父親の腰にそっと抱き付いた。……期待に応える娘である。
「ただいま帰りましたわ、お父様」
「さあフェリシアちゃん。皆を紹介しておくれ」
フェリシアは頷き私達を順番に紹介していく。流れ的に本日飛び入り参加のフロッサとアリシアが最後の紹介となった。
「――獣人? おお! 君は獣人かね!」
「そうニャ? よろしくニャン!」
夜にフロッサと一緒に練習していた可愛い挨拶とやらを披露している場合か。フェリシアが言っていた通り、父親氏は大喜びである。あの反応だとさては珍しいものが好きだな。
ううむ。ならば害は無さそうか……?
「ヴィラウド。客人に最高のもてなしを!」
「もちろんでございます。元より手抜きをするつもりなど毛頭ございませんとも」
家令に該当するのであろう人物は迎えに来た3名の内の、私から見て右奥に居る燕尾服の男性だ。どうやら一言多いタイプの人物である。
「……」
「……」
恐らく護衛だと思われる男性は、無言でキュリオと睨み合っていた。キュリオが護衛の息子という話だったのでアレが彼の父親であろう。
なぜ睨み合っているのかは謎だが、確執がありそうな雰囲気ではなく何らかの意思疎通が行われているかのような真剣な眼差しだ。
本当にあれで意思疎通しているなら驚きである。
「後ろが家令のヴィラウドと護衛のフレイル。そして私のお父様、カーツェル=ランバートですわ」
ふむ。主人のエイラに関わる限り、今後何度となく私の前に登場するであろう人物たちだ。しっかりと覚えておかねば。
……よく考えたらリーゼロッテの親類に面会した事が無いかも知れない。家令とはよく話すのだが。
ううむ。それは良くない。今度挨拶しておこう。
私が反省している間に双方の紹介が終わり、家令の案内に従って移動が開始された。
門の中の広場を囲む生垣の間を抜けると立食パーティが開けそうな芝生の庭が少し広がり、奥には豪邸と呼ぶのすら少し言葉が足りないように感じる2階建ての立派な屋敷が見えてきた。
深めの赤系レンガと、白塗りに統一された木材で造られた落ち着きのある家である。良い感性の家だ。
「すごい。アメリカンドリーム」
フロッサがまた良く分からない感想を言っている。恐らく前世に存在した建築様式に似たものがあるのであろうが、素性が露見しかねないのである意味失言である。
まぁ子供が謎の単語を使用するのは別に珍しくもないので今のところは慌てて注意する方がむしろ怪しい。後で静かに忠告するようにしよう。大人になるまでには治るといいが……。
◇ ◇ ◇
案内された屋敷の中は木造の落ち着いた雰囲気であった。
――ただし広い。玄関ホールは言うに及ばず、廊下もワゴンを押したメイドが3名並んで通行できるほどに広い。何か理由があるのだろうか、まさか戦闘に備えているわけでもあるまい。
ご歓談の後に昼食と聞いて一斉に目が泳ぎ始めた女性陣の中のフェリシアに近寄り理由を訊いてみた。
「フェリシア。廊下が広いようだが何か理由があるのか」
「廊下ですか? 調度品の搬入に備えて広く設計していると聞いたことがあります」
「調度品?」
首を傾げる私にフェリシアは少し笑って見たら分かる、と回答を控えた。謎解きならばすぐに答えを教えるのは無粋というわけか。
ならばその調度品を吟味して答えを探るとしよう。
「それではこちらの部屋でしばしお寛ぎくださいませ。可能であれば……」
家令のヴィラウドはそう一礼して去って行った。
案内された客室は、大型の獣の剥製がずらりと並んでいるという圧迫感のある大部屋であった。
「そそそそれではアタシはこの辺で失礼するニャ」
「大丈夫ですわ。獣人は毛皮の部分が少ないので剥製にはあまり向いておりません」
「それあまり大丈夫じゃないニャ⁉︎」
アリシアで遊ぶのはやめてあげて欲しい。念のため彼女は今夜飲酒を控えた方がいいかも知れないな。
それよりも、廊下が妙に広い理由はこの大型の調度品を運び込む想定だったからのようだ。フェリシアの父親は珍しいものが好きというよりも珍しい獣が好きなのであろう。……んん? そういう意味では獣人も珍しい獣と言えなくもないか。
私がアリシアをこっそり逃がすべきか検討していると、皆は着席して用意されていたお茶に手を伸ばし始める。香りからすると疲労回復に効果のある種類の野草茶のようだ。
馬車に揺られていたのが2時間も無かったような短い旅ではあったが、皆それなりには疲れているようでホッとした表情になる。
無事、寛ぐことには成功したようだ。
「ポン君といったか。娘達の護衛に親として感謝を述べさせてくれたまえ。――ありがとう」
唯一空腹の猫獣人がお茶受けのお菓子に感激しているのを眺めていると、父親のカーツェル氏が話し掛けてきた。礼を述べられたが私は使い魔として趣味で隷属している身である。本来それを受け取る筋は無いのだが、親として感謝したいのならば話は別だ。
「あなたの感謝を受け取ろう。そして礼は土産物屋の情報でお願いしたい」
もちろんそんな情報はわざわざ頼まずとも家令にでも訊けば複数候補を挙げて教えてもらえるはずだ。
これは私なりの冗談であり、かつ言外に礼など要らないと言っているに等しい。
人ならぬ私もこのくらいの事は言えるようになった。
カーツェル氏は楽しそうに笑うと満足気に頷いた。
◇ ◇ ◇
翌朝、借りた本を与えられた部屋で読んでいるとエイラが呼びに来た。早速遊びに行くらしい。ついでにアリシアとフロッサを冒険者ギルドまで送って行くようだ。宿屋を探すならあの辺りが最適だという判断だろう。アリシアは剥製にならずに済んだ様で何より。
女王への謁見は4日後に元々設定されており、早く着いたからといって早まるものでもない。失礼にあたる心配は必要ないだろう。
今日の予定を尋ねてみると、東部地域に美味しいものが集まっているので、まずはそこを目指すそうだ。その周辺部に観光客向けの店が集まっておりあとはフェリシア任せのようだ。案内が居るというのは有利だな。
「私も同行して構わないだろうか?」
「だからこうして呼びに来たじゃない。あなたは荷物持ちよ?」
……なるほど。きっと財布も兼ねていそうだ。
預かった荷物は空間収納に入れておけば苦にもなるまい。
私は借りた本をサイドテーブルに置き主人に同行すべく立ち上がった。
――なるほど。
少し見積りが甘かった様だ。
王都の東部は港が近い関係上、流入する食材の鮮度を確保しやすいようで水産物農産物問わず様々な店が展開されていた。王都自体が広大なため街1つ分ほどの範囲がそれに該当するようだ。
店が多すぎて競合が凄いのではないかと心配になるが、人口もまた多いのでその心配は要らないそうだ。
エイラたちは朝食後に出発、フロッサ達を送った後東部に向かい市場を冷やかし屋台で買い食いをし、昼食後にデザートを求めて店を回り、今はおやつの時間なので次の店を検討しているようだ。
……体調は大丈夫であろうか。
男性陣は早々に降参し私と共にベンチで遠い目をしている。早くも後悔しているようだ。
女性陣は次の店が決まったらしく、お供のメイド3名を連れて移動を開始した。あのメイドたちは財布係であり、護衛であり、荷物が発生したら馬車と往復する係でもあるそうだ。
考えてみればランバート家が世話係を用意しないわけがないのだ。私が同行する意味はあまり無かった。
「ポン! 何してんの次行くわよ!」
呼ばれたので立ち上がる。
今日で東部の地理はある程度把握できたので、明日からは単独行動を申請してみよう。美食巡りにはあまり興味が無い。土産を探す必要もあることであるし日程の前半の内に確保しておきたいところである。
後半、つまり謁見の後には厄介事が発生しているかも知れない可能性を考えると――いや、私の強さを知っている者たちがあそこには揃っている事を考えると間違い無く何かしら仕事が増えるであろう。
やはり今の内に土産を確保しておく必要があるな……。
私は明日からの予定を思案しながら主人を追って歩き出した。
◇ ◇ ◇
翌日、許可を取り食材が集まっている地域へと出掛けることにした。一般的なものは門に近い南東や南西付近、高級品になると中央から北部に店が多いそうだ。高級品が富裕層狙いになってしまうのは納得である。
ちなみに今日のエイラたちは服や小物を見に行くそうだ。男性陣の苦労が偲ばれる。
それはともかく私も買い物をせねばなるまい。香辛料や砂糖、蜂蜜の類いは高級品になるそうだ。乾燥豆は安価な品なので門の辺りまで出向く必要がありそうである。
私は馬車を断り徒歩で教わった店へと向かう。幸い時間はあるので疲労しない私には必要ないと判断したのだ。
暗めの色彩の石で舗装された歩道を歩く。高級住宅街だけあって綺麗な道である。落ち葉以外に塵などが落ちていることも無い。
見ると各屋敷の使用人達が清掃している様子が散見される。美しく保つのは屋敷の周辺にまで及ぶらしい。大変な仕事だな。
王都中央から少し南下すると高級品を売っていそうな商店街に突入する。
洒落た店構えが多いのは伝わって来るのだが、どこがどう洒落ているのかと言われると私には説明が難しい。落ち着いた色彩と広めの間取りが多いような気もするが自信が無いところだ。
さて、最初は香辛料から探してみよう。
教えてもらった場所には木造の店があった。扱う品が品だけに入口は風が入らないような締め切った扉であったが、開けて中に入れば意外と広々としている。種類も豊富なようだ。……困ったことに。
「すまない。香辛料が欲しいのだが……」
幸い店内に他の客が居なかったので陳列棚を整えていた店員らしき女性に尋ねてみた。我ながら曖昧な注文である。
「いらっしゃいませ。冒険者の方ですか?」
私が頷くと彼女は案内をしてくれる。
「こちらが冒険者御用達セットになります。お肉に合う香辛料を中心に、携帯に便利なように少量ずつ小分けにしてあるものですね」
「すまない。言葉が足りなかった。土産で家庭用に使う物が欲しい。同様のオススメがあれば助かるのだが……」
「なるほど。それではこちらへどうぞ」
案内された棚へ向かうと携帯用ではない大きさの容器に入った粉末状の香辛料が8種類セットになったものが販売されていた。これは助かる……。正に私のような者のために用意されていると言っても過言ではないだろう。
嬉しかったので4セット購入する事にした。一般的な感覚では高級品だが、それだけ買っても金貨1枚もしない程度ならば許容範囲である。冒険者をやっていればその内使う事もあるだろう。
見ると8種類の中に砂糖と塩が含まれていない。不思議に思ったので尋ねてみると、砂糖と塩は国が直接管理する品目なので認定業者でないと扱えないのだそうだ。そうなのか……。
支払いを済ませて香辛料セットを空間収納に仕舞うと、砂糖を買える店の場所を訊いて店を出た。
さすがランバート家が勧める店だけあり、良い買い物が手際良くできた。
私は機嫌良く次の店へと向かう。
◇ ◇ ◇
砂糖と塩が買える店は大通り沿いにあるらしい。塩は別に頼まれていないのだが、必需品なので買っておくのが無難であろう。
店に到着すると先日の小麦粉の店のような倉庫中心の店構えになっているようだ。確か砂糖と塩には消費すべき期限が無いので小麦粉のように昨年のものが余っていたとしても安売りされてはいないであろう。行って買うだけなので気楽なものだ。
店に入ると特に陳列などは無いようだ。普通なら殺風景だと顔をしかめそうなものだが、私にとっては選ぶ余地が無いというのはむしろ助かる。岩塩などの取り扱いは無いようだな。
背後の壁にドンと価格表の貼られたカウンターへと近づき厳格そうな男性店員へと話しかけた。
「砂糖と塩が欲しい。家庭用に使うものを土産にしたいので小袋になっているものを頼む」
「おう。らっしゃい。数はいくつだ?」
「そうだな……10ずつ欲しい」
折角なので多めに抱えておこう。何度も買いに来るのは面倒である。
「そりゃまた大盤振る舞いだな。ちょっと待ってろ」
男性は片眉を上げて小さく驚きを表現すると倉庫に繋がる扉の向こうに消えて行った。土産用と申告したので近所に配って回るとでも思ったようだ。勘違いだが訂正する必要性は感じない。
しばし待つと台車に山と積まれた袋と一緒に戻ってくる。
……思っていたより小袋が大きい。最小単位が高めに設定されている品目らしいな。
「表に馬車が無ぇが持って帰れるか?」
言外に台車は貸さないぞと言っているのであろう。私は空間収納から財布を取り出してみせ、問題ないと回答した。
「ほー。便利な魔法があるもんだ。初めて見たぜ。なら代金は後ろの価格表の通り全部で金貨1枚と銀貨2枚だ」
ここは内陸部なので塩も結構高いが一般家庭には手が出ないほどではない。砂糖は輸入品ということで塩の5倍ほどの値段がするようだ。エイラが甘味に常に飢えている原因はこの辺りか?
代金を支払い空間収納に品物を収めていると、それを眺めていた男性が再び口を開いた。
「ソレはたくさん入るのかい? あんたに余裕があれば紹介したい店があるんだが……」
私は作業を完了させると首を傾げる。
「余裕はある。品目にもよるな?」
「そうかい――なに、俺の姪っ子が東門の辺りで冒険者向けの干し肉を売っていてな。塩を卸してやったりしているんだが。最近肉が大量に入ったとかで在庫を抱えて困ってるみてぇなんだわ」
「なるほど……」
「場所は教えるからよ。もし良かったら寄ってやってくれねぇか。もちろん強制とかじゃねぇんだが」
「いや、良い情報だ。ぜひ教えて欲しい」
干し肉ならば日持ちの面でも買い溜めに向いているであろう。困っているという話であるし散財先として申し分無い。店の場所を教えてもらい礼を言うと、私は店を出た。
◇ ◇ ◇
さらに蜂蜜の小瓶を2つ入手した後、王都の南東部にある東門付近へ向かう。蜂蜜は想像していたほど日持ちしないそうなので多目に買うのは控えておいた。希少品でもあるようなので買い占めてしまうのは良くなさそうだ。
あとはナッツ類と言っていたので乾燥豆を探せばいいはずだ。ついでに干し肉を買いに行こう。土産に追加しても良さそうであるし、アリシア辺りが喜びそうな気がする。
昨日馬車で通った道とは1本隣の大通りを南下すると、城から見て真南の方角に進むことになるようだ。
このままでは若干遠回りになってしまうのだが、前方に何やら巨大な建造物があるのでその正体を確かめるためこのまま進んでしまおう。カインズ氏の知識に引っ掛からないということは何らかの娯楽施設である可能性が高い。
巨大な建造物に近付くと喧騒が聞こえてきた。街中の様なものではなくこれは観客の歓声か。遠くから見ると四角に見えていたが、近付いていくにつれて円柱形であることが分かる。真円ではなく楕円形をしているようだ。どうやら競技場の類いらしい。
今日は何の試合をやっているのかと通り過ぎる際に見てみると、魔獣討伐を見世物にしているようだ。そんなに盛り上がるかと不思議に思っていると、どうやら賭けも行われているようである。
倒せるかどうかではなく、討伐完了までの死者数と怪我人を正確に予想する必要があるようだ。……思ったより野蛮な催しだな。
私は独り眉を寄せると立ち去る事にした。健全にスポーツなどを開催してほしいものだ。関わらないに限る。
私は通りを曲がり進路を東へと修正した。
ちょうど冒険者ギルドのある通りだったらしく、しばらく歩くと東支部が見えてきた。乾燥豆を売っている店はこの近くの大通り沿いにあるはずである。
少し迷ったが教わった店に着くと、意外と広い内装の店だった。見てみると様々な乾燥豆の入った樽が高い天井に届かんばかりに積まれている。産地は分からないが水運で入荷しているようだ。
どれを買えば喜ばれるか分からないので香辛料の時の様に人気のものを集めたセットが無いか店内を探してみると、少し違うがミックスナッツを発見。
量り売りをしているようなのでミックスナッツに使用されている5種を小袋に1袋ずつとミックスナッツ自体も5袋購入しておいた。
この作戦ならば間違いはあるまい……!
私は隙の無い土産選びに満足すると次の店を目指して移動を再開した。あとは干し肉だったな。もっと門に近い辺りに店があるという話だったので大通りを門に向かって歩き始める。非常に順調だ。
◇ ◇ ◇
門の近くの裏通り。少し雰囲気の悪くなってくる辺りに干し肉の店はあった。加工場と倉庫と店舗が繋がっているようなので広い土地が必要だったのであろう。別に治安が悪いとまではいかない程度の雰囲気なのでそれはいい判断だったと見る。
肉を加熱しているのか燻しているのか細く煙の立ち上る木造の長屋のような加工場の横を抜け店舗に入ると、微かに鉄の香りが漂ってきた。香辛料の類いは使用していないらしい。
劣化を防ぐためなのか束ねられた干し肉たちは無数の紐で天井から吊り下げられている。通路は確保されているので歩きづらくはないのだが圧迫感が凄い。壮観である。
「いらっしゃい。どのくらい必要だい?」
カウンターに居た女性がやや大きい声で話しかけてきた。何を、とは訊かないところを見るにここには干し肉しか無いのであろう。
「塩を買ったらこの店を紹介されたのでな。迷惑にならない程度に多く売って欲しい」
「あら! 伯父さんの紹介ってこと⁉︎ あんな無愛想な人の案内でよくもまぁ……。ともあれよくこんな所まで来たね! どのくらい買ってくれるんだい?」
「価格にもよるのだが、数量的な上限は考えていない」
私はそう言って空間収納から財布を取り出す。こういうものは実際に見せた方が話が早いだろう。
女性は物珍しそうに目を見開き、1つ確認してきた。
「干し肉は保存食だけどそれでも30日くらいしかもたないからね。買いすぎたらダメにしちまうよ? 本当にいいのかい?」
「――心配ない。劣化を防ぐ魔法で対応する」
正しくは儀式魔術だが講義を行うわけではないのでここは魔法ということにしておこう。心配してくれる良い人間に嘘をつくのは良心が咎めるが、分かりやすさ重視である。
「ほー。便利な魔法があるんだねぇ。多めに買っても大丈夫ってことかい」
私は周囲を見回した。言わずもがな肉だらけである。
「そうだな……在庫の半分ほど買い取ろう」
「そんなに! 在庫は400束くらいあるから200束くらいになるよ!?」
「迷惑なら減らそう」
「まさか、ありがたいさ。そんなに買って何をする予定なんだい?」
「予定はまだ立てていないな。欲しがる者や場所が見つかればいつか提供しようかとは思っている」
「……えらい悠長な話だね。それならこの後神殿にでも行くのかい?」
「む? いや、特にその予定は無いが。……神殿に行くと何がある?」
「あそこは定期的に炊き出しをしているのさ。ウチも協力を求められた時は端切れ肉をあげたりしてるんだよ。あそこはいつでも食材を募集しているから善行を積みたいならちょうどいいんじゃないか?」
ふむ……別に善行を積みたいわけではないのだが、散財先として優秀なようだ。私自身が料理をしなくても良さそうなところが特にいい。
私は良い情報に感謝すると代金の金貨6枚を支払い大量の干し肉を手に入れた。
ちなみに何の肉か訊いたら「ワイバーン」という回答であった。肉が大量に入荷したとはそういう事だったか。世の中意外と狭いな。
◇ ◇ ◇
神殿が見えて来た。
正式名称は王都東エルフェリア大神殿。
創世神とされる神エルフェリアを祀る神殿で、ここ王都東の端と西の端に建てられているらしい。
ちなみに干し肉屋の女性店員に世界神ユーフェではないのかと聞いてみたが不思議そうな顔をされた。聞いたことが無いらしい。
もしかすると信者がロクに居ないのかも知れないが、それは不憫なので彼女に再度会った際には訊かないでおいてやるか……。
神殿は『大』が付くだけあって広大な前広場を伴う壮大な造りである。
特にこの国は王城の標高が高いせいか城下町の建物の高さにあまり遠慮が無い様だ。石造りの高い基礎の上に、やはり石造の大神殿がドンと載っている。
水害を見据えているのか基礎の部分だけでも民家の屋根を越す高さだ。
――と、いう事は災害時の避難所にもなっているのだろう。道案内の看板の位置が妙に高かったのは恐らく水害の際に看板が水没しないように、という事か。
神殿と地域との関係性を考察している内に神殿の前まで到着した。そのまま家数軒分ほどの横幅がある階段を上って巨大な礼拝堂へと入っていく。特に魔物の侵入を阻む結界の類いは無いようで安心した。
礼拝堂に入ると少し気温が下がる。まだ昼前なので夜間の冷気が石に残っているのであろう。
興味を持って眺めてみたが礼拝堂の内装は意外と落ち着いている。さすがに前方の壇上には多少の装飾があるようだが、参拝者用の椅子は特に装飾の無い木造であるし、窓には何も嵌っていない。
尤も、窓の向こうには大きく張り出した屋根が見えるので雨が吹き込んで来る心配は無さそうだ。
学園の運動場並みの広さを持つ礼拝堂と清掃する数名の子どもたちを眺めていると、側面の通路から現れた女性が私に気付いて話し掛けてきた。
「参拝ではなさそうですね。どうされましたか?」
「私は下級冒険者のポンという。参拝ではないとよく分かったな……」
「これはご丁寧に。私は巫女の末席を務めさせていただいておりますソピヤと申します。ええ、参拝者の方は立ち止まらず前の方に行かれますので、それ以外の用件の方かなと」
ああ。確かに挙動を見たら判別できるな。
そこまで難しい話ではなかったようだ。
「なるほど。それで用件だが、臨時収入があったので炊き出しの食材提供を募集していると聞いてやってきた。受付のような場所はあるだろうか」
「まあ……! ありがたいです! では折角なのでご案内いたしますね。あなたに神の御加護がありますように――」
巫女は花が咲いたような満面の笑みを見せると祈りを捧げ始めた。魔物に加護を与える神など居ないような気もするが、何かとトラブルに遭いやすいのは事実なのでありがたく祈られておこう。時間に余裕もあることであるし。
――その場で数十秒祈りが続き、ちょっと長いなと思い始めた辺りで案内が開始された。短いと御利益もなさそうなのでコレ位が丁度いいのかも知れないと思い直す。祈りの文句を考えた者はこの辺りまで考えて決めたのであろうか。大したものだ。
◇ ◇ ◇
巫女のソピヤが現れた通路の先に案内される。ここまでは外部の者も入れる事務処理区画になる様だ。
この奥には神官や巫女の居住区や学校に孤児養護施設まであるらしいのだが今回は特に用事は無い。炊き出しの食材を提供したら街に観光にでも行こう。
通路の先には受付用の窓口が設置してあった。外壁と同様に石造のためやや冷たい印象の場所だが、担当者が笑顔の女性のためか幾分和らいだ印象へと変わっている。よく見るとこちらにも外への出入口があるようだ。
「リラさん。食材提供の方をお連れしました!」
「本当!? やった! 何とかなるかも!」
む? 想像していたより余裕が無さそうだ。
私が窓口に近付くとリラと呼ばれた担当者が嬉しそうに話し掛けてくる。
「この度はありがとうございます。食材提供ですね?」
「――うむ。干し肉を持って来た。もし必要なら小麦粉や塩の提供も可能だが、どうだ?」
「食べられるものならいつでも何でも幾らでも大歓迎です!」
「なるほど? では炊き出しが数回まかなえる位はそれらを提供しよう。1回の使用量がどの位なのか教えて欲しい。現物はこれらだ」
私は空間収納を開き小麦粉を1袋、塩の小袋を1袋、干し肉を1束取り出してカウンターに置いた。
数回分に留めるのは保存期間の問題があるからである。腐らせては意味がない。
巫女たちは空間収納を見て少し驚いたようだが、私が見た目以上に食材を持っていそうだと気付いたらしく真面目に考え始めた。
「うーん。干し肉は1回で1束あれば足りるくらいです。炊き出しはあまり豪華なものを作ると飲食店のご迷惑になりますし……。小麦粉と塩は本音を言えば頂けるだけ頂きたいです」
「ちょ、ちょっとリラさん!?」
「ソピヤ……補充できる時に補充しておかないと。こんな機会はそうそう無いわ」
「それはそうですが……」
そんなに気遣わしげに私を見ずとも別に怒り出したりはしない。余裕が無さそうな様子を見るに想定の範囲内の反応である。むしろ判断材料が円滑に提供されて助かるくらいだ。
「では小麦粉は50袋提供しよう」
「おおっ!」
「塩は10袋しか無いな。それを出そう」
「ぜ、全部ですか!?」
「干し肉は期限があるので10束にしておこう」
「ありがとうございます!」
「香辛料のセットがあるので1組追加しておこう」
「ええっ!?」
「ついでに資金として金貨10枚だ。不足するものがあれば購入するといい」
「現金まで——!」
反応がいいのでつい次々と取り出してしまった。人を乗せるのが上手くないと巫女は務まらないということだろうか……。積み上げた食材達は奥から前触れなく現れた男性たちによって手際良く運ばれ始めた。……本当に手際が良いな。
大喜びする巫女たちに辞意を告げ、私は神殿を後にした。あれだけ喜んでもらえるならば提供した甲斐があるというものだ。
試しに窓口近くの出入口から出てみると搬入しやすいようにか坂になっている場所へと繋がっているようだった。荷物を抱えている者は普通こちらを利用するわけだ。
さて、うっかり塩を全部あげてしまったので再び仕入れに行くとしよう。西神殿にも足を伸ばす可能性を考えると多めに買っておいた方が良さそうだ――。
◇ ◇ ◇
再び塩を売っている店に行き、今度は小袋を20購入する。代金の銀貨4枚を支払う際に干し肉の店を紹介してくれた礼を言っておくと喜ばれた。彼の観察力が姪の店を助けたのだからもっと誇っても良いのだがな。
――店を出てそのまま少し東寄りの道へと戻る。時間もあることであるし、優先する必要のあった塩も補充が完了した。ならば以前行った店で小麦粉も再度購入しておこうと考えたのだ。今ならもっと多く買えるはずである。買う余裕の無い者に提供する分には市況を変に圧迫することも無かろう。
「――ポン様。助けて欲しいです――」
む。誰かがアクセサリーに呼びかけを行った様だ。声からして猫獣人のアリシアだろう。
即座に彼女の指輪から魔力波を発振して周囲の状況を取得する。どうやら小部屋のような場所に居り、周囲にはフロッサ以外に人は居ない。
その状況で救援を要請するということは閉じ込められたか拐われたかのどちらかだろう。旅行3日目にしてその展開は早いと思うのだが、それに関してはあまり他人のことが言えないので文句を言うのは止めておくか。
人通りの少ない道へと素早く入り、転移門を設置。彼女らの元へと移動を完了した。事故を防ぐために転移門はすぐに消しておく。
「ポン様。……面目ありません」
「モゴモゴ!」
見ると口も含めて全身縛られたフロッサと、何とか口だけ拘束を外したらしいアリシアが仲良く床に転がっていた。犯人は獣人の牙の切れ味を舐めていたようだな。
「構わん。ちょうど土産用の買い物を回り終えたところだった。今縄を切ってやるから少し待て」
私は2人を解放すると話を聞くことにした。念のため扉の所に魔力で作成した物理障壁を設置しておく。これで一先ずの安全は確保できるだろう。別に移動してしまってもいいのだが、それはなぜか拒否された。怪我も無いようなので構わないだろう。
「――状況の報告を頼む」
「はい。実はギルドで依頼を受けまして。下級向けの情報集め程度の依頼ではあるのですが、調査する先が想定よりも過敏に反応したようでして……」
「なるほど。嗅ぎ回っている者を片っ端から排除しているというわけか」
「そうです。幸いこちらが女性でしたので拉致監禁で済みました。抵抗せずに捕まってポン様に助けてもらう方がダメージが少ないと判断しましたので、アジトの割り出しも兼ねて大人しくしておいた次第です」
私は眉を寄せる。
「フロッサが居ない状況ならばそれで正解だが、フロッサが居たのだから拉致されそうになった時に呼ばなければダメであろうに」
「早計でした。申し訳ありません」
「私が提案したの。アリシアを責めないで」
「いえ、結局それを判断したのは私です」
「分かった。あまり騒ぐな。結果論だが怪我が無かったのだから今回はもう責めない。次は本格的に危なくなる前に呼ぶように」
「承知しました」
「はい」
やれやれ。無茶をしたものだ。
さすがに常時監視を付けるのは過保護であろうし、帰らせるのも可哀想だ。何よりアリシアを信用していないと思われてしまうであろう。
その案を頭の中で却下し、話の続きを聞いた。
◇ ◇ ◇
「それで、調査内容とはどのようなものだ?」
見ると武器を奪われているようだったので、先日頼まれて作った物と同じ型の剣を2振り作成して渡しておく。猫獣人は嬉しそうに受け取った。
「はい。とある病気をバラ撒いている組織があるという噂の裏取りです」
「ああ。例のワイバーンか……」
「さすが、ご存知でしたか。話が早いです」
何しろワイバーンの提供元だからな、とは言わないでおくとしよう。話の腰を折りそうだ。
関わらないでおこうと思っていたのだが、アリシアたちが関わってしまっていたようだな。
「病気自体は寄生虫の類いらしいので無闇に広がる危険性は無いそうなのですが、症状が重く特効薬の入手難度も高いそうでして……」
「そちらは問題ない。特効薬の製造が始まっている」
「そうなのですね」
「それよりアジト内について分かる範囲で教えて欲しい。命の危険が迫っている者が居そうな様子だったか?」
「いえ、情報の拡散阻止を優先しているらしく次々と人が拉致されて来てはいるようですが、まだ凶行に至る時間的余裕は無い様子です。夜になると危ないでしょう」
私は頷く。猫獣人は耳が良い。恐らく足音などから分析したのであろう。良い情報だ。
私は魔力による探知波を、今度は壁を越えられる程の強さで放つ。敷地内の情報を得るのだ。
「なるほど。地下に30名ほど囚われているようだ。1階の中央に見張りらしき者が2名、他には私たち以外1階に居ない。恐らく地下が満室になったので1階も使い始めたタイミングだったのだろう。そして2階の中央に2名、3階の端に2名だ」
「3階が怪しいですね。やりますか?」
「いや、まだだ。今動けば外出している連中が散り散りになってしまいかねない。まずは帰って来るのを待とう」
「拉致されて来た人を人質にされるのでは?」
「それは襲撃の開始位置にもよるな。追い詰めた際近くに拉致の被害者が居なければそれは防げる。具体的には先に地下に囚われている者たちを逃しておき、1階から地下室に向けて侵攻する形をとる」
「地下室が空になっている事に気付かれませんか?」
「地下室は既に満室になっているようだ。これ以上地下に行く用事は無いだろう。むしろ地下に行くようなら各個撃破する好機となる」
「なるほど。私たちの地下と1階の移動手段はどうしますか?」
「転移門を設置して維持しておく。救出作業後に解除するのでそれまでは自由に使って構わない」
「承知しました。では地下の解放からですね?」
「そうだ。作業は私が行うのでアリシアは地下室の入り口で1階から下りてくる者が居ないか警戒しておいてくれ。最寄りの部屋を先に解放しておくので下りて来る者が居たらその部屋に隠れ、その指輪で私に報告を入れるように。交戦は万一発見されてしまった場合を除き、原則禁止とする」
「分かりました」
「私には何か役目ある?」
「フロッサは救護役だ。被害者に怪我が無いかの確認と、私が冒険者ギルドへと繋ぐ転移門への避難誘導を頼む。怪我があるようなら私が癒すので都度報告してくれ」
「分かった」
「では行動を開始する」
宣言する私に2人は力強く頷いた。
◇ ◇ ◇
まずはこの部屋には触らず、施錠された状態のまま転移門を地下室の廊下に繋いで移動する。
半地下になっているようで、高い位置に明かり取りの小窓はあるのだがやはり薄暗い。1階に上がる階段の先には扉が設けられており、そこから見張りまで2部屋ほど離れているので多少の音ならば立てても問題ないだろう。
見ると地下には一直線の廊下と10にも及ぶ小部屋が並ぶ姿があった。
地下室と言うよりも牢屋と言った方が表現として正しいように感じる。同じ感想を持ったのかフロッサが隣で身震いするのが分かった。
アジトにしては妙に立派な建物だと思うが、そこの究明は後回しにしよう。
階段に近い位置の扉に魔力を流し解錠する。
開けると先ほどのアリシアたちと同様の姿の男性が4名転がされていた。違う点は連れて来られて時間が経っている様子である事と、酷い暴行を受けている事だ。
1人ずつ縄から解放し癒していく。しかし酷く消耗している様子だったのでフロッサ頼みにせず肩を貸し、転移門の向こう側まで連れて行って金貨1枚ずつを渡す。
「ちょっと多くない?」
「彼らは無一文だからな。多めでないと辛かろう。それに犯人から取り返せばいいだけだ」
「それもそうだね」
最初の小部屋の管理をアリシアに引き継ぎ、次の部屋、また次の部屋へと作業を続ける。一番奥の部屋には奪われたと思われる荷物が放り込まれていたので、アリシアたちの荷物だけはこちらで回収し、それ以外は冒険者ギルドに持って行って積んでおく。
ギルドでは少々騒ぎになり始めていたがそれは仕方ない。確実に犯人たちが居なさそうな場所が他に無かったのである。まさかランバート家に放り込むわけにもいくまい。
「ではフロッサ。ここから先はさすがに危険だ。金を渡しておくのでギルドで待っておくように。ついでにギルドに聞かれたら事情の説明と、必要なら被害者の面倒を見て欲しい。疲れたら宿に帰って休んで構わない」
「アリシアは?」
「済まないがもう少し借りる。あれの索敵能力は優秀なようであるし、名誉挽回の機会も与えてやらねばなるまい。独りになるが大丈夫か?」
「それは大丈夫。変なのが来たらギルドの人に泣きつく」
「それでいい。ここは任せた」
「うん」
私はフロッサに銀貨を数枚握らせると地下室へと戻る。あれは外見が子どもだが中身はそれなりに経験豊富だ。安全地帯に居る分には心配ないだろう。
地下室に戻り各部屋に再び施錠すると、ギルドへの転移門を解除しアリシアを連れて彼女らが囚われていた最初の部屋へと戻った。
「異常は無かったか?」
「地下に関しては特にありませんでした。ポン様の予想通り地下に行く者はしばらく居ないようです。……1階に関しては次の被害者が放り込まれるような音がしていました」
「なるほど。帰って来ている者が居るかも知れないわけだな。人数の変化を調べてみよう」
私は頷くと再び魔力による探知波を放ってアジト内の人の位置を探る。
空気中の魔力を揺らし互いに干渉させることで生じる、魔力的な不協和音のようなものを私の魔力感知能により分析しているので、余程優秀な魔法使いでないと探知されていることには気付かないであろう。
ふむ。隣の部屋に新たに3名が転がされており、1階の中央の部屋の人数が8名に増えている。2階と3階は2名ずつのまま変化無しだ。
状況をアリシアに教え、人数が更に増えるか拉致された者たちに危険が及ぶまでは待機と告げる。
昼食の時間が過ぎていたので試しに干し肉を支給してみると目を輝かせていた。
買って良かった。
◇ ◇ ◇
――夜になった。
先ほどアリシアがトイレ休憩ついでにフロッサの様子を見て来てくれたが、ギルドの資料室で暇つぶしの読書中だったようだ。羨ましい。
王都のギルドは閉館時刻など無く夜通し開いているのであちらの方は問題なさそうだ。よってフロッサにはもうしばらく待ってもらうとして、問題はこちらである。
「増えましたね。30人ですか……」
ギルドの売店で買って来たのかパンを齧りながらアリシアが呟く。そう、思っていたよりも大人数の組織だったようだ。統率者はなかなかの経済力があるらしい。
「――殺さずに無力化するのが少々手間だな。もちろん不可能とは言わないが。……それよりもう少し緊張感を持った方がいいのではないか?」
「……そんな豪華な椅子にゆったりと落ち着いてる人に言われたくないです」
猫獣人が薄目でじっと見てくる。
パンを齧る手は止めないようだ。
「待ち時間が長そうだったのでな。……お前の分も創ってやったではないか」
「私のは丸椅子じゃないですか。あと肘置き要ります?」
「読書仕様だ。創り慣れている型だな。……そうではなく潜伏の最中にのんびり買い物して帰ってくる奴があるか」
危ない。危うく話が逸れるところだった。やるな。
「これはフロッサの差し入れですよ。夜中にお腹を空かせて帰ってくるだろうな、ってことで買っておいてくれたみたいで」
「む? そうなのか。それは気が利くな。言われてみれば店が開いているような時間帯でもないか……。ならば無下にするわけにもいかんな」
「そうですよー」
何やら煙に巻かれたような気もするがまぁ良かろう。どの道実害があるわけではない。
私は空間収納を開き水袋を取り出すとアリシアに渡した。1口飲んで少しがっかりした顔をされたので、今度何か水以外のものを仕入れておこう。贈答用に酒も仕入れておくか。
「それにしても緊張していないな。荒事には慣れているのか?」
私の問いにアリシアは少し考えて回答する。
「あなた様がここに居る以上危険な目に遭うとも思えませんので……」
「おだてても何も出ないぞ。そうだな……干し肉をやろう」
「出てくるじゃないですか。では遠慮なく。ムグムグ……ところでコレ何の肉ですか?」
「ワイバーンと言っていたな」
「えっ。薬の材料食べてしまっていいんですかね」
「材料になるのは内臓の方らしい。肉は関係無いのではないか? 干し肉屋に卸されていたくらいだからな」
「そういうものですか……美味しいから何でもいいですけど。さすがにワイバーンは初めて食べましたねぇ」
「干し肉は良く食べるのか?」
「普段はあんまり食べません。普通のお肉を買って来る方が美味しいですから。街を離れる時にはスープの材料として買ってから出ますね。やっぱり肉が入ってないと残念な味になります。火が焚けない場所なら仕方ないのでそのまま齧ります」
「なるほど。状況によっては必需品なわけか……」
私は魔力探知波を打ってみる。
――人数の変動はもう無いようだ。
アリシアの干し肉が消え次第そろそろ動くか。
私の庇護下にある者を拉致するとどういう目に遭うか思い知らせてやらねばなるまい。
◇ ◇ ◇
「んぁ? 何で……いや誰だぷるぁ!」
通路から普通に歩いて出てきた私を発見した男は、理解不能そうな表情をしたまま殴り飛ばされた。振り向いたところを硬質化させた拳で打ち抜いたので顔が変な方向を向いたまま気絶しているが多分死んではいないはずだ。
「――襲撃だ!」
「何であっちから!?」
「知るか!」
そのまま早足で近寄り2人目の顔面をノックアウト。3人目のガードを避け腹部に一撃、くの字に折れたところに膝蹴りで打ち上げる。
「何で素手なんだよ!?」
「いいから抜けぇ!」
悲鳴のように発せられた命令によって我に返った男たちが次々と剣を抜く。構えが整う前に4人目へと素早く接近し殴り飛ばす。そのままターンし隣に居た5人目に裏拳を叩き込む。
構えが整ったようなので今度は魔力球を3つ作成して放つ。それらは吸い込まれるように3名の顔面へと突撃し、男達の体を背後の机がへし折れる勢いで吹き飛ばした。不意打ちでとりあえず8名か。
「魔法使い!?」
「やべえ! かかれ!」
剣を振り上げて突っ込んで来た3名の少し上に棒状の空間障壁を作成する。ついでに空いている手の方にまた魔力球を作成して別の3名を吹っ飛ばした。
突っ込んで来ていた3名は武器が見えない障壁に当たって仰け反ったところを遅れて作成した魔力球により撃沈させられる。
その調子で打ち倒していくと、数秒後にはあと1人になっていた。それに気付いた男は恐怖の表情で慌てて転がるように地下へと逃げていく。
恐らく逃げるための人質を確保しに行ったのだろう。地下には誰も居ないのでどんな顔をして帰ってくるだろうか。
どうせ建物の外に出るにはここを通るしかないので逃げた男は放置し縄を魔力の物理変換で作成する。残念なことに窓という窓に鉄格子が嵌まっているのが仇となっている。獲物を逃がさないつもりが獲物となって逃げられないのでは本末転倒である。
男達を縛り上げて部屋の真ん中にまとめておく。その作業中に逃げた男が戻ってきて物陰から様子を窺い始めたので、壁の向こうに引っ込んだ瞬間に空中から無音で近付いて確保した。せっかくなので尋問でもしてみるか。
「お前たちの目的を言え」
「知らねぇ! 殺さないでくれ!」
「王都に病気をバラ撒いた目的だ」
「だから知らねぇ! 知らされてねぇんだ!」
「つまりお前に利用価値は無いと――」
「そそそそうは言ってねぇだろ。ええとアレだ! 金だよ金。薬を高く売って儲けるためだ!」
ほう。咄嗟に出た思い付きにしては秀逸な回答だ。少し男を見直したが詰めが甘いな。
「では売るための薬があるはずだ。どこにある?」
「いや、ちょっとそこまでは……」
やはりダメだな。外部の倉庫にあるなどと言って逃走のチャンスを作るくらいでないと。
「――解放の作業完遂しましうわ終わってるニャ」
私が悪人との会話を楽しんでいる内に、囚われた者たちを解放し冒険者ギルドへ送り届ける作業を終えた様子のアリシアがやって来て目を見開いている。
静かになっている事には気付いていたはずなので、拘束作業を手伝いに来たらそれすら終わっていた事にでも驚いたのだろう。早く慣れて欲しいところだ。
◇ ◇ ◇
これ以上男を探ってもまともな情報は得られそうになかったので魔力を奪って昏倒させる。電撃などでも良かったが苦しめるのは趣味ではない。
「それよりポン様。敷地外より大人数が走って近付いて来ます。迎撃しますか?」
なるほど。足音が聞こえるわけだな?
「いや、まずは様子を見る。走って帰ってくる者が居るとも思えん。お前は念のため下がっていろ」
「承知しました」
アリシアは入口から一番遠い壁際まで移動し臨戦体勢を取る。私はそれに背を向け、捕らえた男達を壁にできる位置で侵入者たちを待ち構えた。
数秒後に見た事のある揃いのデザインの板金鎧を来た女性たちが抜剣した状態で雪崩れ込んで来る。2列で突入して列毎に左右に展開する早業は日頃の訓練をしっかりしている事を窺わせた。
最後尾で突入した人物が入口で立ち止まり訝しげに周囲を確認し始める。
「なぜ戦闘が開始されてない……ポンさん!?」
登場したのはヒルダの副官であるイーヴァだった。
病気の対策に動いている様子だったので後始末の時にでも顔を出すだろうとは思っていたが存外行動が早いな。
「数日ぶりだな」
軽く右手を挙げて挨拶する。イーヴァは困惑した表情である。しかし一目で大体の状況を把握したのか臨戦体勢の解除と警戒の継続、縛られている男達の運び出しを指示すると近寄って来た。
「ポンさんもこの事件を追っていたのですか?」
私は首を振ると親指で背後の猫獣人を示した。
「ここの奴らが私の奴隷を拐ったのでな。奪還ついでに壊滅させておくことにしたわけだ」
「さっぱり理解できませんが把握しました」
把握してもらえたなら何より。
「今回ヒルダは留守番か?」
「いえ、隊長を先頭に置くと全員で迷子になるのでこういう時は大体別働隊として動いてもらっています」
「それでいいのか」
「意外といい仕事するんですよ?」
そうなのか……。彼女は悪運が強いのできっと誰もが見落とすようなものを発見したりするのだろう。
隊員への指示はイーヴァがしっかりやっているようであるし、人望があるならそれで問題ないのか?
「ところでポンさん。確認をしたいのですが、この建物の探索はどこまで進んでいますか?」
確認のため上に再度探知波を放ちつつ口を開く。
「あと2階に2名、3階に2名のはず――しまった。騒ぎすぎたか……魔力反応が消えている」
恐らく逃走経路を確保してあったのだろう。上階の気配が消えてしまっていた。すぐさま下に向けて探知波を放つ。こういうものは地下から逃げるというのが相場だ。
「――居た。あちらの方角の地下だ。だが人数が合わない。手前に4名、少し離れて6名が地下に居るようだ」
「では6名の方は隊長たちでしょう」
「逃走経路を把握していたのか?」
「いえ、迷い込んだだけだと思います。……言いましたよね? いい仕事をする、と」
にっこりと笑うイーヴァに、今度は私が困惑する羽目になった。
◇ ◇ ◇
「それにしても駆け付けるのが早かったな。前々から目を付けていたのか?」
イーヴァは目を閉じると頭を振る。
「それもありますが、候補から絞り切れていませんでしたね。決め手は冒険者ギルドからの通報です。拉致されながらも移動経路を記憶していた方が居まして、おかげで正確な位置に急行できました」
なるほど気絶した振りをしたのか、フロッサ辺りならやりそうだ。ギルド内でも騒ぎになっていたようであるし、通報自体は遅かれ早かれ行われただろうが。
外が不意に騒がしくなってきた。悲鳴などは聞こえないのでヒルダが隠し通路から犯人を引きずって出て来たのだろう。
「後は任せてしまってもいいか?」
「いいんですか?」
「ああ。悪事の報いを受けさせるのならば、やはり本職が来た以上任せるのが筋だ。手柄にも興味がない」
肩をすくめて振り返り、アリシアの方へ向かう。
「行くぞ」
「はい」
転移門を作成し2人で通過した。
「ニャ? ギルドではないのですか?」
帰ると思っていたらしいアリシアが不思議そうな声を上げる。
「帰る前に家探しだ。事件に関係無さそうな金目のものを適当に数点もらって帰る。金そのものがあれば望ましい」
「意外とちゃっかりしてますね」
「フロッサと、悪人から経費を取り返す約束をしてしまったのでな。利益を出さねば帰れんのだ」
「ああ、そういう……。任せて下さい、関係無さそうなものを見付けるのは得意です」
そんな事で胸を張られても困る。
だが数分の家探しで隠し金庫を発見したのはお手柄である。急いで逃げたので金庫を開ける暇が無かったのか、金貨と金塊と謎の書類が入ったままになっていたので金貨だけ貰って金庫を閉じた。
「それだけでいいんですか?」
「む? 結構あるぞ。利益は確保できる」
「欲が無いですねぇ……」
「奴隷解放資金の足しにするか? 金塊1つくらい余分に減っても大丈夫であろう」
「いえ、冒険者稼業よりポン様の奴隷の方が安定していますのでその心配はしばらく要らないです。恩返しも兼ねて数年はお付き合いする予定ですし。なので私の事はお構いなく」
「そうか、遠慮はするな?」
奴隷を辞める時のために退職支援金でも準備しておくべきだろうか。次の生活を始めるのに予算も必要であろうし。
ともあれ何らかの証拠の品らしき書類には手を出さないのが得策だ。あとは隠し金庫への隠し扉を開けておけばイーヴァが勝手に発見するであろう。今は護送に掛かり切りだろうが、ここを放置するとも思えない。
「では帰るか」
「はい」
今度こそ冒険者ギルドへと転移門を繋ぎ帰還する。
「んー! 疲れたニャァァ!」
私が転移門を解除する傍ら、アリシアが大きく伸びをした。朝から夜中まで活動したのだ、お疲れ様である。
「アリシア!」
柱の根元にあるベンチから小さな影が駆け寄って来た。フロッサである。
「怪我はない?」
「怪我どころかロクに剣を握ることも無かったニャ。ポン様が動くとやる事が無くて困るニャ」
「そうでも無かったぞ。私の探知では現在位置しか分からないからな。動きが察知できるのは正直助かった」
「そ、そうですかニャ……?」
照れる獣人と連れの少女を宿まで送り、帰り際に奴らに奪われていた観光予算を補填してやって解散した。濃い1日だったな。




