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「遅いね……」

「女の子の準備は時間が掛かるのニャ」


 フロッサとアリシアは仲良く広場の段差に腰掛け欠伸を噛み殺している。主人のエイラたち一行を出迎えるために待っているのだ。背中に担いだリュックが妙に大きく見える。


 別に彼女らに関しては先に王都に送り届けても良かったのだが、せっかくだから私の主人に挨拶しておきたいとのことだったので、こうして一緒に待っているわけだ。


 同様の理由でアンナとメリルも見送りに来ようとはしたのだが私が止めた。石畳の上に長時間立っているのも座っているのも胎児にとって良くないと判断したのだ。運動も必要らしいが、それは家ですれば良いのである。


 さて、エイラたち一行であるが事前に聞いていた時刻になっても現れない。現在位置を探査すると学園の階段辺りで右往左往しているので、フロッサたちと同じく荷物が多くて階段に苦戦しているか、既に荷物が転がり落ちた後か、荷物の中身をぶち撒けてしまったなどであろう。半泣きの顔が目に浮かぶようだ。


 これは時間が掛かりそうだとは思うが図書館の本は返却期限が7日である。返せなかった場合のペナルティ――7日間貸し出し禁止――を考えればふらりと本を借りに行くのはリスクが高い。図書館を目の前にして胸の高鳴りを抑えるのは歯痒いが、ここは大人しく待つが上策であろう。


「何か凄い決意してない?」

「どうせ大した事じゃないニャ……あふぁ」


 私にとっては断腸の思いなのだ。失礼な。






 しばらく待つとキュリオの操る2頭立ての馬車が山を下って現れるのが見えた。今回も彼はこき使われている様だ。いや、彼にとっても里帰りになるのだからそうでもないのか。隣にはアランの姿が見える。


 今回の馬車は学園が用意した外出用のものらしく木造の箱馬車である。乗り心地も良さそうだ。ギルド前の広場で待つ私達の前でゆっくりと停車した。


「お待たせポン。一緒に行く2人というのはその人達かしら」


 馬車の扉を開けてエイラが颯爽と出現した。階段のところで荷物をひっくり返した件は言わなければバレないと思っているようだ。演技派め。

 追及して意地悪をすると益々遅くなるのでやめて差し上げるとして、2人を紹介することにする。


「エイラ。猫獣人の冒険者のアリシアと、冒険者見習いのフロッサだ。私が購入した家の空き部屋に住まわせている。アリシア、フロッサ、私の主人のエイレリアだ。商人の娘だから畏まる必要はない」


「あなたはもう少し畏まってもいいのよ?」


「――と、このように冗談も上手い朗らかな人柄だ」


「本気で言ったんだけど⁉︎」


 馬車の中からクスクスと笑い声が聞こえる。皆揃っているようだな。


「はじめまして。フロッサといいます。冒険者だった父を亡くし、母に連れられこの街までやって来たところをポンさんに拾われました。冒険者見習いをやっていますが魔法にも興味があります。良かったら教えて下さいエイラお姉様」


「お、お姉様……!」


 エイラの顔が見る見る赤くなっていく。あれは喜んでいる時の反応だ。エイラは確か末っ子だったか。

 ……扱いやすいな。




 ◇ ◇ ◇




 アリシアの紹介も終え、早速出発することにする。

 キュリオとアランには馬車の中に入ってもらい、アリシアに手綱を握らせその横にフロッサを設置した。


「ではここから王都が見える辺りまで一気に移動する。景色が急に変わるので驚きすぎないように」


「ポンさん」

「どうしたフロッサ」


 フロッサが突如右手を挙げた。

 何か意見があるらしい。


「長距離移動を短縮してしまうと、途中で発生するであろう『襲われているお姫様を助けるイベント』が起こらなくなってしまう可能性があります」


 なぜ起こると確信しているのか。

 確かに物語に於いてお姫様とは襲撃されるために存在していると言っても過言ではないが。


「その心配は要らない。そのイベントは昨日下見に行った際に終わっている」

「じゃあ大丈夫ですね」

「それ全然大丈夫じゃないニャ……」


 遠い目をし始めた猫獣人は置いておいて、私は馬車の前方の空間に干渉を開始する。昨日目を付けておいた地点と此処を結ぶのである。そして馬車が通れるくらいの広さまで転移門を拡大した。


 移動先をミスして馬車ごと空中に投げ出されるのはマズいので、私が先に通って安全を確認しておく。

 ふむ。都合良く広場には誰も居ないようだ。

 門の座標もイメージ通りである。上手く行った。


 私は再度門を潜り皆の元に帰る。


「安全確認が完了した。アリシア頼む」

「はいニャー」


 猫獣人は馬車を操り転移門へと消えて行った。馬を怖がらせずに制御するとは使える奴だ。故郷に居た頃から頻繁に乗っていたと言うから任せてみたが、それで正解だったようだ。


 私も後を追って転移門の向こう側へと戻り、維持を解除して消滅させた。見遣ると馬車は広場の中央まで進んで停止している。わざと王都に横を向けて停めることで景色を見せてやっているようだ。


「凄い! あんな大きなお城どうやって建てたのかしら」


「あまりこういうの言ったらいけないのだけれど、アレは外側だけよ。中身はほとんど山」


「そうなの⁉︎」


「そうなんです。ですが山の中にまで入り込んで部屋が造られていますので、登っても登っても地下に居るような不思議なお城なのです。見応えはあると思いますわ」


「へええー楽しみー!」


 遠くの下の方に小さく見える城壁よりも、やはり城の方に目が行くようだ。城壁が威容を誇るのは近付いてからである。がっかりするのはまだ早い。


「……あっ。まずいわね」


 リーゼロッテが何か思い出したようだ。

 何か不備があっただろうか。


「実家に『泊まるからよろしくね』って手紙を出してしまったわ。こんなに早く着くとは思ってなかったもの」


 そういえば移動手段について連絡していなかったかも知れない。移動してもらっている間にクルーガー家に行って連絡しておいた方がいいな。




 ◇ ◇ ◇




 クルーガー家の近くに転移門を開き、シャナクに繋いでもらうとすぐに会えた。事情を説明すると「準備を進めていたので残念ですが承知しました」と笑顔で了承と「王都をご満喫下さい」と伝言までもらった。


 よく考えてみたら学園から2日の距離であるこの街に昨日出した手紙が届くのは明日のはずである。

 ……有能を通り越して少し怖い。本当にクルーガー家の人はどうなっているのか。家令というのはあのくらいで普通なのだろうか。


 考えても答えの出ない疑問は仕方なく棚上げし、主人たちの元へと戻る。エイラの位置を基準に転移門を開き戻ると城壁の近くまで進んでいたようだ。少しシャナクと話し込み過ぎたか。


 飛行の魔術で御者台まで飛んでいき、姿勢を制御して空いている席に着席する。


「ただいま帰った。異常はなかったか?」


「順調な物ニャ。さっきまでみんな『城壁スゲー』って騒いでましたけど飽きたみたいニャ」


 そうか。間に合わなかったか。

 見るとフロッサは、アリシアを挟んだ私の反対側でアリシアに寄り掛かって寝ている。そのためアリシアは片手運転を強いられているようだが、街道が整備されていることもあり危なげなくこなしていた。


「フェリシアの実家の位置は分かるか?」

「ご心配なく。さっき聞き出しておきましたニャ」


「そうか。任せた」

「任されましたニャ」


 クルーガー家ほどではないかも知れないが、ウチの人員もなかなか有能ではないか?


 馬車は街道を進み王都の東門へと呑み込まれていく。午前中の光を反射する白み掛かった城壁へと近付いていく様はまるで光の海の中に沈んでいくかの様な感傷を想起させた。実に心地よい。


 城門では道の左側に寄り通過して行く。検査を受けるかと思っていたが、背後で窓に張り付いて騒いでいる人が居るおかげか特に怪しまれることは無かったようだ。私も騒ぎこそしなかったものの昨日はエイラと大差ない反応だったかも知れない。反省しよう。


 馬車は城門を通り抜け、大きな通りを選んで進んでいく。北の方の中心部が高級住宅街になっているらしくそこを目指しているようだ。

 移動している間にフロッサが喧騒に気付いたのか目を覚ました。


「あれ。いつの間にか中に入ってる。色々見逃しちゃったな……」


「別に後からいくらでも見れるニャ」


「それもそっか。――あとどのくらい掛かる?」


「んー。この速さなら30分とちょっとくらいニャ。トイレかニャ?」


「大きい声で言わないでよ」


「ニャハハハ。ごめんごめんニャ」


「そこの角に冒険者ギルドがある。一旦停めて休憩すればいい」


「はいニャー」


 私は御者台の小窓を開けて中に休憩する旨を伝える。入ってみたかったようで特に反対意見は無かった。私もついでに換金しておこう。




 ◇ ◇ ◇




 冒険者ギルドに設けられている馬車の停留所に到着した。数台分しか設けられていないが、そもそも冒険者ギルドに馬車で乗り付ける者はあまり居ない様で、使用しているのは私達だけだった。


 フロッサを御者台から下ろしてエイラに託し見送る。女性の事は女性に任せるのが一番だと私は経験から学んでいるのだ……。

 本人もお姉様に任せなさいとか何とかで乗り気だったので問題ないだろう。


「ポンさん。家に先触れを走らせますので大銅貨を1枚いただけますか?」


 フェリシアが少し申し訳なさそうに話し掛けてきた。それはどちらかと言うと私のせいなので別に申し訳なく思う必要はない。私は空間収納を開き財布にしている小袋を取り出した。ついでに換金用の木札も取り出しておく。


 大銅貨をフェリシアに渡すと受け取った彼女はくるりと綺麗に振り返り、流れるような動作で金をキュリオへ渡した。


 受け取ったキュリオは一瞬引きつった顔――到着が早すぎると非難される役回りだ――をしたが大人しく馬を借りて走って行く。

 先触れとは彼の事だったか……。


「ではお目付け役も居なくなった事ですし。冒険者ギルドの探検に参りましょう」


「帰って来るのを待たなくてもいいのかい?」


 可哀想な扱いを受ける友人をアランが心配するが、フェリシアの方はゆったりと微笑んで否定した。


「良い犬は鼻も利きます。問題ありませんわ」


「そ、そうかい……」


 アランが気圧されている。馬車の中に男が独りだと心細いだろうが頑張って欲しい。


 そうこうしている間にフロッサとエイラが戻ってきた。何か良いものを見付けたらしく2人とも目を輝かせている。こうして見ると本当の姉妹の様だ。


「冒険者ギルドの酒場って昼間は甘いもの出してるみたいなの! いこういこう!」


 猫獣人を振り返ると行かない旨の仕草が返ってきた。車体を叩く動作が続いたので馬車の番をしてくれるらしい。確かに放置するわけにもいかんか。

 私は頷き了解の意思を送った。


 小さく手を振るアリシアに見送られ、一同はギルドの中へと進入する。

 まだ昼になっていない、遅めの朝というような時間帯だけに冒険者の姿は少なめに見える。元々が広いので、それでもコタンタニの町のギルドで一番混んでいる時間帯よりは人が多い。

 いやはやさすがは王都である。


 まっすぐ入口から入って左奥にある酒場兼食事処のような領域に向かって進んでいくようだ。私も同行する必要は無いと感じる。私はエイラに銀貨を握らせると、別行動して用事を済ませる事にした。

 きっとギルド内で危険な目になど遭わないだろう。




 ◇ ◇ ◇




 受付カウンターではあまり並ばずに済んだ。解体受付は本当に解体の受付しかしないので、換金する場合は受付カウンターへ行かねばならないルールなのである。ちなみに解体を伴わない納品の場合は納品カウンターで換金してもらえるので並び直さなくてもいい仕様だ。


「お待たせしました。ご用件をどうぞ」

「換金を頼む」

「お預かりしますね……んん?」


 私は木札を懐から取り出し渡す。受け取った受付カウンター嬢は対応表と木札を3度見して慌てた様子で立ち上がると、バックヤードの方へと走って行ってしまった。


 仕方がないのでぼんやりと待っておく。私の後ろに並んでいた者は訝しげな顔をしながら別の列に行ってしまった。私が悪いのだろうか。申し訳ない。


 更に待つことしばし。酒場の方から黄色い歓声が聞こえて来た頃に受付嬢が戻って来るのが見えた。エイラたちの方にも甘いものが届いたようだ。


「お待たせして申し訳ございません。お渡しは別室で行います。係の者に案内させますのでもう少々お待ちくださいませ」


 なるほど。衆人環視の場で渡せるような金額ではなかったということか。そういえば高額そうな反応ではあった。


 私は頷いて了承すると、現れた案内係に連れられ酒場側から回って奥の領域に入り、2階に上がってすぐの所にある小部屋へと移動した。案内係の女性は一礼してどこかに行ってしまう。


 小部屋はあまり重要でない事柄に使用するのか質素というか殺風景な部屋である。ソファと応接机と椅子が数個あるのみだ。


 椅子に背もたれが付いていないのは鎧を着ている冒険者も座れるようにであろう。こういう所が冒険者ギルドならではの面白い所だな。


 恐らく冒険者側である背もたれの無い椅子に座り数分待つと男性が2名入ってきた。

 片方は昨日解体を依頼した作業場の者だ。歯を見せて笑いつつ片手を上げたので私も片手を上げて応じる。もう片方の男がそれを観察している様子だったので彼は本人確認のために呼ばれたのだろう。


 初見の方の男性は私の向かい側の席に座ると、手に持っていた大きめの袋を応接机の上にゆっくりと置いた。


「初めまして。私はこの王都東支部のギルドマスターをやっているディアンといいます。こちらは解体担当のザレスです」


 私は頷いて自己紹介を返す。解体担当の彼の名前はそういえば昨日聞かなかったな。


「知っているとは思うが私はポン。ランク3の冒険者をやっている」


 換金の木札を確認する際にこの程度の情報は得ているであろう。かと言って黙っているのも変なのでここは円滑に話を進める事を優先しておく。


 さて、カインズ氏の知識を検索するとギルドマスターとは、その支部に於ける責任者。つまりここで一番偉い人ということになるわけだが――。


 その偉い人が何の用であろうか。

 心当たりは無くもないがまずは話を聞いてみようか。




 ◇ ◇ ◇




「用件は2つあります。1つはこの代金を間違いなくあなたに渡すこと」


 ディアンはそう言って目線を袋に向けた。見届けずに責任問題になっては彼も困るのだろう。着ている服は艶のあるきちんとした物だが、あの袋の中身が金貨だと仮定すると裕福かどうかという問題ではないほどに大きい額だ。


「そしてもう1つはあなたの情報を得ることです」


 そう言ってにこりと笑う。責任者というだけあってなかなか凄みのある笑みである。私もいつかは身に付けたいものだ。


 それはともかく、気になるのはいやに直接的な物言いである。単に直情径行型の人物である可能性はあるが、どうもそうは思えない。何か裏があると見た方がいいだろう。

 冒険者ギルドと敵対するつもりは更々無いが警戒くらいはするべきか――。


「もちろんあなたのカードに記載されている情報は得ているのですが、王城から求められていたワイバーン素材を、いいタイミングで、大量に持ち込んだ人物はどんな者か。見極める必要があるのです」


 ……なるほど。

 むしろ警戒されているのは私の方らしい。それでギルド内でも強者の類いであるマスター自ら出向いて来た、というわけか。巻き込まれたザレスはそれでいいのだろうか、可哀想に。


「ワイバーンは、シオーネ王女の一行を襲撃していた4体を倒した報酬に貰ったものだ。内1体は献上してあるので確認すればすぐに分かる」


「……えっ? ワイバーンに襲撃された?」


「そうだ。その情報は入っていないのか?」


 面食らった表情になったディアンはそのまま考え込んでしまった。「そんな都合の良い……」「いや操られていたとすればつまり独占……?」などと意味不明な独り言をブツブツと言い始めたが、突如膝を打つと立ち上がった。落ち着いて欲しい。


「ありがとう! 全て繋がりました。あとは一網打尽にするだけです!」


 いや、何を一網打尽にするのだ。


「では私は準備があるのでこれで! ポンさん。ご協力に感謝しますよ!」


 なるほどさっぱり分からん。

 ディアン氏は強引に私の手を取り握手すると足早に部屋を出て行ってしまった。何だったのか。


 行き場の無くなった手を膝に戻していると、残されたザレスが申し訳なさそうに頭を掻いた。


「悪ぃな。いつもあんな感じでよ。仕事熱心なのはいいんだがな」


 ザレスは代金の入った袋を持ち上げると私に差し出す。


「じゃあコイツの内訳は俺から説明しとくわ。1体目が金貨176枚。2体目が金貨163枚。右足の爪が折れてたからその分下がってる。3体目の中身が潰れてたヤツは皮と爪と牙で金貨67枚。合わせて金貨406枚だ。数えるなら付き合うぜ?」


 私は袋を受け取ると探知波を撃ち確認する。

 ――枚数に間違いは無いようである。


「これは口止め料だ。作業場の皆と飲んでくれ」


 袋から金貨を1枚取り出しザレスに放る。誠実な仕事には感謝の1つもあってよかろう。確かギルド職員は公務員ではなかったはずだ。恐らく問題ない。


「ははっ。ありがとよ。まぁ本当はあまり良くないからギルマスには黙っといてくれよ?」


 なんだ。口止め料の意味がないではないか。

 いや、そうでもないか。




 ◇ ◇ ◇




 物騒な大金は一掴み財布に流し入れて残りを空間収納に放り込み、階下へと戻る。所持金が想定以上に増えてしまった。これを散財するのは逆に大変かも知れないが、それは追い追い考えよう。

 ――思考停止も時には必要だ。


 それよりも。薬の材料となるワイバーンを操ることで独占しようとしていた者が居るようだ。しかも話の流れからすると薬を必要とする状況すらこの王都で作り出していた可能性が高い。悪い奴が居るものだ。


 しかしギルドマスター氏が動くようなので私が介入する隙は無さそうである。事件の方からやって来ない限り私が出る幕は無いはずだ。私が壮大な物語の主人公であれば話は別だが、いかんせん私は読む側である。


 大体、そういう物語であれば主人公たちが王都という舞台に登場した辺りで、悪人達が暗い部屋で親切にも悪巧みの内容を解説してくれる思わせぶりな演出が入るものだ。


 ああ、いや。現実が私以外の視点に移動できない以上それを見ることはできないのか……残念。本当に今王都のどこかで誰かが悪巧みをしていたとすれば面白い。その場合は存分に破滅してもらうとしよう。


 薬の独占計画が私の介入によって既に頓挫している点を考えると無い話ではないのだが……口止めもしておいたことであるし今は王城での謁見を優先し静観しておこうか。






 階段を降りると目の前に酒場が広がっている。酒場と言っても昼前なのでテーブルには空きが目立ち、酒臭さなどは感じられない。


 エイラたちはと見ると酒場の入り口に近い位置で甘い物を堪能している様子。アランも一緒になって喜んでいるようなので彼も甘い物は平気なようだ。


 それよりも、少し待たせた割に待ちくたびれている様子が無いなと思ったらテーブルの上が豪勢なことになっている。なるほどあれでは待ちくたびれる暇など無いであろう。


「――楽しそうだな」


「あら、ポンおかえり。どこ行ってたの」


 私が座る場所は無さそうだったので隣の空いているテーブルの席に座って話し掛けるとエイラが反応した。


「昨日依頼した野暮用を片付けてきただけだ。――それにしても凄い量だな」


「そう? 渡してくれた銀貨2枚分頼んだらこんだけ来たわよ?」


 全部……使ったのか……。

 いや、これは、予測が甘かった私が悪い。

 旅行に浮かれる女子達に際限などあるわけがない。

 目を離すのは存外危険かも知れないな。

 ……主にエイラの体重が。


 内心頭を抱える私を余所に、少女達の暴飲暴食の旅は幕を開けるのだった。

 と、言いたいところだがこれからは私がある程度調整してやらねば帰る頃には別人になっているであろう。運動でも勧めてみようか。


 これから向かうランバート家で昼食を準備していなければいいのだが、そんなわけが無いな。

 ううむ……前途多難だ。




 ◇ ◇ ◇




 恐ろしい速度で消えていくスイーツたちを眺めていると、伝令役を終えたキュリオが戻ってきた。アリシアに居場所を訊いてきたのか迷いの無い足取りである。別に匂いを辿ったわけでは無さそうだ。


 しかしテーブルに近付くと未だ残っている甘いものを見て硬直し、口元を押さえて青ざめた顔で数歩後退った。彼は苦手らしい。


 キュリオは滑るような動きで私の居る空いたテーブルまで来ると私の向かいに着席した。甘い香りは苦手だが主人の側も離れられないというところか。ため息が深い。


「ねぇ。出発する前に掲示板を見に行かない?」

「そうですね。どんな依頼があるか興味がありますわ」

「受けられないけれど見るだけなら別にいいはずよ」


 この時間に残っている依頼は、余り物か焦げ付き案件かのどちらかなのだがそれを言うのも野暮か。あまりに心踊る依頼があって冒険者になりたいと言い出されても困るのでむしろ好都合かも知れない。ならば好きにすれば良い。


 使用されていた木の器を食器返却口に持って行くとなぜか感謝された。田舎と違ってここはテーブルに放置で良かったらしい。返却口は従業員が使用するただの返却パントリーだったようだ。処変わればルールが違うものだな。




「へぇータウロスの群れ討伐だって! タウロスって何だっけ?」

「確か頭が牛で、体が人間という魔物ですわ」

「それは牛肉なのかしら……」

「食べる用の依頼じゃ無いんじゃないかな?」


 子供たちは上級の依頼を見に行ってしまった。

 上級の方が面白そうという気持ちは分かる。しかし残っているということは恐らく、あれは群れの総数が書かれていない怪しい依頼であろう。

 上級に上がった際にまだ残っているようなら片付けてもいいが、私にはまだ手が出せない決まりだ。


 せっかくなのでランク3の掲示板を見に行く。

 私が昇格するための記録媒体は元の町のギルドにあるので、王都で数件こなしたところであまり意味は――いや、証明書を取るなり何らかの手段で情報を共有できれば、もしかすると仕事をする意味があるかも知れない。一応見てみよう。


 んん……?

 野草というか薬草の採取がランク3の掲示板に貼られているようだ。見る場所を間違えたかとも思ったが合っているようである。


 ――ああ、なるほど。品目を見ると森の奥に生える種類ばかりなのだ。入手するには山裾の森ではなく対岸の密林まで行かねばならない。

 徒歩で行くなら片道で丸1日掛かる距離だ。しかもそこから密林に分け入るとなるとランク3の経験くらいはないと厳しいのだろう。


 ううむ……。空を飛べば片道10分といったところか。私にとっては手軽な依頼に見えてしまう。

 達成回数の共有ができないか訊いてみるか。




 ◇ ◇ ◇




 受付が空いていたので訊いてみると達成回数の共有は可能らしい。ギルドカードに記載してもらえるそうだ。魔法的な手段かと思い質問してみると、それ専用のインクで手書きするとのこと。やはり専用の消す薬剤があるそうだ。意外と手作業だった。


「ポン! そろそろ行くわよ!」


 ああ、呼ばれているな。掲示板に飽きたか。

 私は片手を上げて応じると受付に礼を言い冒険者ギルドを後にした。

 馬車まで戻るとフロッサが御者台に居らず、馬車の中でエイラたちと一緒に座っているようだ。

 そういえば魔法を教わりたいと言っていたな。時間が短いので魔力の扱い方を教わる程度か。


「やっと帰ってきた……。お腹空いてきたので急ぎます」


 アリシアの口調が素に戻るくらいに待ちくたびれているようだ。これは申し訳ない。いや、私は便乗して用事を済ませただけだから別に良くないだろうか。

 さっさと御者台に乗り込み首を傾げる私を余所に、馬車はゆっくりと走行を再開した。


 お昼時に近くなってきたせいか人通りが増えてきたように感じる。とはいえ馬車の通行に不都合なほどではない。


「ポン様。1つお願いがあります」

「む? なんだ?」


「剣が欲しいです」

「構わないが、初日に与えたものはどうした?」


「普通に持ってますがちょっと重いです」

「なるほど、希望を聞くべきだったな」


「いえいえ、私は奴隷なので希望を聞かないのが普通ではあります」

「むう。使いやすいものを持たせた方が作業の効率が上がるとは思うが……まあいい。剣の重心は手元と剣先とどちらが好みだ?」


「手元です。できれば2本」

「細剣系だな。長さの好みはあるか?」


「刃渡りで言うと支給されたものの半分くらい?」

「こんな感じだろうか?」


「そうそうそれ位……もう出来たニャ⁉︎」

「今更驚くな。鞘を作ってやるからもう少し待て」


「そーいえばこの剣も目の前でサクッと作ってましたね」

「そちらは私が愛用している型だ。故に作りやすい」


「ポン様なりの手抜きだったんですね実は」

「……作り慣れている分クオリティは高いはずだ」


「ところでソレは普通の剣ですか?」

「む? 普通の鉄剣だな。どういう意味だ?」


「いえ、ポン様が作る剣だから普通じゃないかも知れないなと思っただけです。要望ではなく」

「そんな……いや有り得るか。そういう確認は大事だな。せっかくだから魔力を通せば折れにくくなる仕様にしてやろうか」


「いいんですかニャ?」

「構わん。大した手間ではない」


 かつて使用したことのある魔剣の魔力回路を柄の部分に仕込む。鉄の魔力伝導性はあまり良くないので大幅な強化がされるわけではないが、下級の依頼をこなす程度ならば問題なかろう。


 ちなみに剣身の方に仕込むと魔力を通していない時に逆に折れやすくなる。剣身の中に穴が空くので当たり前の話ではある。


 そうこうしている内に高級住宅街に入ったようだ。外の景色に気付いたのか馬車の中が騒がしくなってきた。




 ◇ ◇ ◇




「あれですね。ランバート家は」


 アリシアが無事目的地を発見したようだ。慌ただしく準備を進める人々が敷地内を駆け回っている家が見えるがアレだろうか。広大な敷地に立派な白い門、そして格子の付いた塀の奥には芝生の敷かれた庭が広がっている。


 今にもパーティーでも始まりそうな見晴らしの良い庭にはお茶会の準備が整っているように見える。

 いや、違うな。娘を待っている父親が庭で寛いでいるだけに見える。無駄に優雅である。


「お父様!」


 フェリシアが馬車の窓から手を振っているようだ。その姿を認めた父親はこちらを見つめて相好を崩した。何かこちらに声掛けをしているように見えるが残念ながら馬車の騒音に相殺され聞き取ることはできなかった。


 馬車は門から敷地内に入り、すぐの所で停まった。厩舎はすぐ近くに見えているのだが、馬車を降りる場所が厩舎になる仕様ではないためここが実質の終点である。ここで厩舎の管理者に馬車の管理を引き継ぐのだ。

 馬車の引き継ぎはアリシアに任せ、私は御者台を降りて馬車の扉を開いてやった。


「凄ぉい綺麗なお屋敷!」

「想像していたよりも数段立派ね」

「ふふっ。ありがとうございます」


 早速目を輝かせる女性陣を余所にキュリオは周囲の警戒を開始し、アランは馬車の中から荷物を外に出そうとしていたので私が受け取ってやる。


「ではアタシとフロッサは一旦お別れニャ。また帰る時によろしくニャ」

「お姉様たちありがとう!」


 アリシアとフロッサはリュックを背負って準備が完了したようだ。


「あら? そうなのですか? 何かご予定が?」

「特に予定は無いですが王都観光ですニャ」

「それでしたら初日くらいは当家に泊まって行かれてはいかがでしょう。家の者には8名で伝えてしまいましたわ」


 アリシアは私をちらりと見た。家の者が良いと言うならば問題無かろう。私は頷く。


「では初日は王都のお宅訪問にしますかニャ」

「やった。絶対ご飯美味しい」

「ふふっ。父も喜びますわ」


 ……待て。父が喜ぶとはどういう意味だ。危うく聞き流すところだったが急な客が増えて喜ぶのはおかしい。寛容かどうかという基準の話のはずだ。


 まさかクルーガー家だけでなくランバート家も通常の感覚とはかけ離れた人が生息しているのだろうか。あまり他人のことは言えないが……。


 よくよく考えてみるとフェリシアもキュリオも時々挙動がおかしい事がある。良い家柄の娘と護衛だからと気にしていなかったが、もしかしたら気にするべきであったかも知れない。


 私が危機感を募らせていると、庭の方から多人数の出す騒めきが近付いてきた。父親たちが迎えに来てくれた様だ。さて、どのような人物か。





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