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ワイバーンを回収後、高速飛行を再開し王都を目指す。
最も荷台に近かった1体を進呈し、残りを貰ってきた形である。
王都に到着するまでと考えていたが、到着した後に冒険者ギルドへ行き解体と売却の委託までした方が良さそうだ。まだ夕方にもなっていない時間帯なので余裕もあろう。
それにしてもなぜワイバーンなどという物騒な生物が急に現れたのか。いや、操っている者が居ることまでは分かっている。分からないのは狙われた理由である。
尤も、襲われた方には身に覚えがありそうではあったのでそこまで深刻に捉えてはいない。彼らの正体というか組織には敵が多そうではある。犯人探しを頑張ってもらいたいものだ。
――城壁が見えてきた。
やはり先程見た際は高度がおかしかったらしい。
低空から見ると、高く厚い城壁が右も左も地平線まで連なっている。学園の麓の町とは比べ物にならない規模だ。時間帯的に日陰になっているのが少々残念だが、明日の朝に皆で見た際はきっともっと美しく見えるはずだ。それを楽しみにしておくとしよう。
さて、そろそろ一度着地して転移門設置のために座標の観測を行わなければならない。あまりにも城壁に近い位置では混雑している可能性がある上に城壁の観光にも適していないのだ。
私は高速飛行を続けながら街道の付近の良い地点を探す。馬車での移動であるはずなので、街道からの離脱と復帰を馬車で行える地点が望ましい。
街道脇の、馬車を数台停められる休憩所の様な広場を見つけたので、そこの端を転移門の設置地点として私の家との相対座標を記憶しておく。分身体を拠点装置として仕込んでおいてもいいのだが、楽をするときっと上達しないのでやめておこう。
私は独り頷くと再び高速飛行を開始した。5分も飛ぶと城壁の前まで到着する。馬車なら30分くらいの距離であろうか。
暗く見えていた城壁は少し土の色を含んだ白色で、光が当たるときっと美しいのだろう。もちろん今の時間帯でも裏面から見たらその光景を見られるのだが、やはりこういうものは遠くから眺めたい。今日のところは我慢せねば。
通過すべき城門はというと、学園の校舎と同じくらいの高さを持つ巨大な木造の門であった。尤も、城壁自体の高さがその倍ほどあるので相対的には小さく見える。
門の上の空間から格子の先端のようなものが見えているので、あの空間は格納スペースでもあるらしい。
城門の通過は容易なようだ。一応馬車と徒歩では通るべきルートがそれぞれ決まっているようなので着地し右側に寄って歩く。
馬車と徒歩の者は大部分が素通りであり、見張っている兵士が検査を行っているのは中身が見えないようにしてある馬車など目立つものだけらしい。
中には何やら札のような物を見せて通過する、馬車に乗った商人の姿もある。商品に直射日光を当てたくない者などはああして札を発行してもらうのだろうか。私はそれらを横目に見つつ、トンネル状になっている城門区画を通り過ぎた。
◇ ◇ ◇
家が3軒建ちそうな距離を持つ城門という名のトンネルを抜けると、最初に目に飛び込んで来たのは街の中心に聳える王城である。
丘の上に建てられているだけあって凄まじい存在感だ。と、いうのも丘の頂上だけ城なのではなく中腹から城が始まっているので見た目が超高層建築物となっているのである。城内の移動が大変そうだ。
実を言うと城壁の向こう側にこの城だけは見えていたのだが、それに注目してしまうと城壁に対する印象が薄れてしまう。そのため意図的に無視していた。
転移門の設置地点をもう少し城壁に寄せるべきか。
素直な私の主人などは一目で「凄い城ね」となりそうなので、物語に沿った段取りとしてまずは凄い城壁ねとなって欲しいところではある。
ううむ。無理そうな気がするな……。
思案しながら市街地を進む。目的地は冒険者ギルド王都東支部である。王都の街並みは石造と木造とレンガ造りが混在する雑然としたものだ。近くに山脈も森も河もあるので建築材料が偏っていない。
そして冒険者の活動範囲は王都の北側が大河に囲まれている都合上、南半分に集中している。北側から街を出られない上に持ち帰った獲物を持ったままずっと街をウロウロするのは辛いのだろう。冒険者ギルドはそのため城門のある南西部と南東部の2箇所に設置されているようだ。
尤も、カインズ氏の知識では冒険者ギルドの場所は分かるものの内部構造の情報などは全く無い。立ち寄る機会が無かったのであろう。場所が分かるだけでも助かるので土産でも買ってやるべきか。
しかし今はとりあえず冒険者ギルドである。
南東の門から入って城へと真っ直ぐ続く大通りは家が5軒は建てられそうな広さをしており大都市の風格を表している。
王都というと戦時に備え城下町が迷路のようになっていることも珍しくないのだが、ここはそれには当てはまらないようだ。城自体の防衛力が高いからであろうか。
しばらく歩いた最初の広場に冒険者ギルドの建物は設置されていた。交差点の北側の角を丸々占拠する石造の砦は、王都の冒険者ギルドの機能を半分引き受けているだけあり著すのが難しいほどに大きい。
敷地面積だけでも学園の運動場並みに広い上に、窓の数を見るに恐らく4階建てだ。なるほどこれは中に入った事のない者が場所だけは知っているわけである。
大口を広げるエントランスから中に入ると、多数の受付窓口に少数の相談窓口、また多数の納品窓口に少数の解体受付と視界の端から端まで壮観な光景が広がっていた。依頼の掲示板は受付窓口側の手前の壁一面に展開しているようだ。どのような依頼があるのだろうか。
あ、いや違うな。そうだ解体を依頼するのであった危ない危ない……。
なんとか軌道修正に成功する。もう夕方が近いので手早くいかなければ。趣味に走っている場合ではない。
◇ ◇ ◇
解体受付は他の窓口と違い、申し訳程度に小さいデスクが設置された巨大な加工場の入口のような場所だ。元の町では物置の入口のような場所だったので比べ物にならない位に広い。処理する量も桁が違うのであろう。
「おい。手ブラのあんた。解体する獲物が無いなら窓口が違うぜ」
ちょうど暇な時間帯だったのかデスクの椅子に座って頬杖をついていた男性が気怠げに忠告してくれる。野暮ったい作業着に無精髭の見た目によらず親切な男だ。
「ああ、すまない。獲物はここに入れている――」
私が横の空間に腕を差し込みワイバーンの頭部を引っ張り出すと、男は目と口をだらしなく開いた。
そしてハッとして仕事に戻る。
「あー……こいつぁ失礼した。ここで合ってる。獲物はワイバーンか。大したもんだ。手続きすっからギルドカードを出してくれ」
私は再び空間収納に手を差し込みギルドカードを取り出して手渡した。男はカードを見ながら必要項目の少なそうな紙に記入していく。少し心配だったが問題なくカードが使用できるようだ。
「獲物はワイバーンだな。1体か?」
「3体だ」
「3体⁉ ……ちなみに狩ってからの経過時間は?」
「1時間弱だな」
それを聞いた男は用紙に素早く記入すると木札を1枚取って立ち上がる。渡された木札には3桁の整理番号が記載されていた。3桁無いと管理できないという事だろう。彼の言ではないが大したものだ。
「おい! 5人寄越してくれ! 鮮度の高いワイバーン3体だ! ポンさんとやら、あそこの巻き上げ機の所に行ってワイバーンを出してくれ。こいつぁ楽しくなってきやがった!」
男は浮き浮きと私を先導し歩き始める。受付業務はいいのかと気になり振り返ると、次の者がデスクに近寄っていくのが見えた。どうやら固定ではなく交代制のようなシステムらしい。大丈夫そうだ。
武骨な金属製の加工場の奥に、素材不明の頑丈そうな縄の先にフックが付いたものが数本天井から下がる場所が見える。視線で辿るとそのフックを巻き上げる手動の機械が壁際に設置されているのが分かった。アレが巻き上げ機だな。
巻き上げ機に到着し、ワイバーン3体を取り出してセットまで完了させる。
「ありゃ。1体は潰れちまってんな。勿体ねぇ。アレはバラして皮として売るか剥製にして競売に賭けるか選べるがどちらがいい?」
ふむ。私が王都に滞在する期間は長くない。手っ取り早く換金してしまった方が都合がいいかも知れない。
「皮として売ってしまおうと思う。それよりも、鮮度の高いワイバーンは何に使われるのだ?」
「あん? 亜竜の中身は薬になるんだとよ。竜の力が詰まってるとか何とからしいが俺は薬屋じゃねぇから詳しい事までは知らねぇな」
なるほど。シオーネ姫一行が欲しがっていたのもソレの可能性が高いな。追求する気は無いが。一応薬のレシピに出会った時のために、そういう出来事があったことだけ覚えておこう。
◇ ◇ ◇
「全部買い取りでいいんだな? 明日までには査定を終わらせといてやっからよ。明日以降にその木札と交換してくれ。他に何か質問あるか?」
狩ったワイバーンはなかなかいい額になりそうだ。相場を知らないが担当者の口ぶりから判断できる。
ならば土産を買うのに不自由はしないかも知れないな。
「交換については特に無い。それより小麦粉を売っている店を知っていたら紹介して欲しい」
「そうかい。なら俺の馴染みの店を紹介してやるよ。ただし、俺の家に帰る途中にあるってだけで別に高級でも何でもねぇ店だからな」
「ああ。新物の小麦粉が出回り始めているか訊きたいだけだ。それで問題無い」
「それなら今年は豊作らしいぜ。昨日1袋担いで帰らされた奴が言うんだから間違いねぇ。がははははッ!」
それは有力情報だな。別に有って困るものでもないのでこの際買って帰るか。アンナ達も喜ぶだろう。
私は店の場所を教えてもらい礼を言うと加工場を後にした。
ギルドを出て北側方面にしばらく行った大通り沿いに小麦粉の店はあった。そこらの店より2回りほど大きい店だと思ったら大部分は倉庫のようで、店舗の部分は意外と小さい。
「――すまない。新物の小麦粉は買えるだろうか」
店に入り、店長らしき店番をしていた男性に声を掛けると一瞬だがガッカリした表情をした気がした。
「いらっしゃい。今年の新物ですね。パンに使う方とお菓子などに使う方のどちらですか?」
……知らんな。2種類あるのか。
お菓子作りは確かしたいと言ってはいたが、主食に使う方も必要に決まっているか。
「両方を1袋ずつで頼む」
「ありがとうございます。計2袋で銀貨2枚です」
「……安いな。豊作という噂を聞いたが本当のようだな」
「はい。本当はもっと暴落するくらいの豊作なのですが、農家を守るための最低価格がありまして」
「なるほど。豊作といっても良い事ばかりではないということか」
「ええ。特に昨年の商品よりも値下がりしてしまっているのが問題ですね。昨年の物が全く売れないです」
農作物の世界ではそういう不良在庫の発生の仕方があるのか。勉強になる。私も主人の実家が商家である以上、そういう知識がいずれ必要になる場面が来る可能性が高い。触れる機会があれば知識を仕入れておいた方がいいだろう。
「ちなみに昨年の品は1袋いくらだ?」
「限界まで落としていますね。1袋当たり銀貨2枚と大銅貨1枚です」
限界まで落としてその値段か。それでも元の町よりかなり安い価格ではあるのだが、それでは確かに新物と勝負にはなるまい。
新物が来年まで大量に余るであろう事を考えると、昨年の物は価格が落ち着くまで貯蔵に回される以外になさそうだ。劣化をいかに防ぐかという論点まで進んでいても不思議ではない状況である。
私のように時間を止めて貯蔵する技術がある者ならともかく、それが無い者には頭が痛かろう。
◇ ◇ ◇
「店主。昨年の品を100袋購入した場合、金貨20枚に負けてもらえたりはしないだろうか」
私が今持っている金貨がその枚数である。銀貨も集めれば支払えなくもないのだが、せっかくなのでキリのいい数字まで値下げ交渉してみた。
「変わった方ですね。私としてはありがたい話ですが一応用途をお伺いしても?」
「貯蔵用だ。在庫を抱えて困っているようだったので良い機会だと判断した。時間を停止して貯蔵する分にはいくら抱えていても問題ない」
「なるほど、時間停止の当てがあるのですね。ではそれを新物で行わない理由は何ですか?」
「意味が無いからだ。豊作である以上、新物が売れたところで次が入荷するだけ。不良在庫の解消には全く繋がらないまま状況が改善されないであろう」
私の話を聞いている途中から店主の頬が緩み出した。嬉しいというよりも面白く感じている表情である。
「私の店の立場に立って考えて下さったのですね? 本当にありがたい話です。お受けしましょう」
おお。値下げ交渉に成功した。
商売人にとっては普通の1歩でも、私にとっては偉大な1歩である。これも経験だ。
私は金貨20枚と銀貨2枚を支払い、昨年の小麦粉の強力粉を100袋と新物を2袋入手した。
例によって空間収納を見せると驚かれたが、商人からすると少し見方が違うのか興奮気味であった。思い付く用途が色々あるらしい。
確かに低コストで大量輸送が可能ではあるのだが、金を稼ぐ事そのものを目的に私が動くことなどありえない――こともないか。エイラなら言いそうだ。
可能性を言えば、特に利益を出さない大量輸送を行うことならばありそうである。食糧の無い地域に食材を届けるなり、散財の一手として活用するのは有り得る。
まぁ困窮情報をどうやって入手するか、や仕入れ先の確保など課題は多い。とりあえず当面は余っている食材などあれば積極的に購入するようにしてみることから始めてみようか。
ただし、値下がり品の買い占めになってしまっては買いたいのに買えない者が出てきてしまうので、量には気を付けるべきだ。私が購入しても消費のタイミングは未定である。それならば直近の需要が優先されるべきなのだ。
私は店主に礼を述べると店を出る。少々予定外の買い物をしてしまったが、食材なのだからいつかは無くなるであろう。ロスが出ない運用をする以上無駄になることは理屈上ありえない。最悪でも原価以上で買ってくれる地域を探して売却してしまえばいいのだ。
私は買い物の成功に満足しながら帰路についた。転移門の設置は街の外に出てからが良いであろう。流石に人目がありすぎる。
帰宅するような時間帯なのか早足で歩く者が多い印象だ。見れば太陽はかなり傾いており橙色を帯び始めている。建物から伸びる長い影を辿ると黄金色に輝く長大な美しい城壁が目を楽しませてくれた。
おお……!
明日の楽しみが1つ減ってしまった。




