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「――ポン! ちょっと来なさい」
数日後、冒険者ギルドで依頼を眺めていると頭の中にエイラの声が響いた。初の呼び出しである。
渡してある指輪――私の分身体――に対して呼び掛けを行ったらしい。
私は即座に転移門を作成しエイラの隣へと数歩歩いて到着した。
分身体に意識を移す事も実は出来るのだが、その場合今使っている肉体が消え、その場に腰の片手剣が落ちる羽目になる。
周りに居る者たちはさぞ驚くことであろう。数秒しか変わらないのならば歩いた方が平穏である。
「呼び出しとは珍しいな。どうした」
「は、早いわね……」
見回すといつもの教室の様だ。この時間帯ならば授業の合間の休み時間であろう。生徒たちは仲の良い者同士で集まり談笑している。平和だな。
尤も、呼ばれた時点でエイラの指輪から魔力の探知波を放っており、周辺の地形と状況は立体的に把握していたりする。そうしないと転移門を作成する地点の選定に困るのだ。
「ふむ? 私が早く移動できるようになったことは伝えておいたはずだ」
「思ってたのよりだいぶ早かったのよっ。そんなことより! 王都にお呼ばれしてるのよ! どうしよう!」
私は眉根を寄せる。
「行けば良かろう。危険はあるまい」
「そうなんだけど! そうじゃなくて!」
……要領を得ないな。
私が困っているとフェリシアが楽しそうに笑いながら答えを教えてくれた。
「帝国の撃退に貢献したということでお褒めの言葉を賜れるそうなんです。エイラちゃんはお城に入るのが初めてらしくて」
ほうほう……!
それはそれは。平民であるエイラにとっては大事件というわけだな。
見るとパニックを起こしているのはエイラだけのようだ。他の2人は落ち着いているが、リーゼロッテの方は別の理由で頭を抱えているらしい。今日も頭に当てた右腕と腰に当てた左腕が美しい点対象を描いている。
「それよりも女王様に報告する内容が無い事が問題ね」
「確かに! お風呂が良かった事とご飯が美味しかった事と枕投げが楽しかった記憶しか無いわ!」
「お布団も良い寝心地でした」
「また遊びに来る? 冬休みはどう?」
「絶対行く! 今度は街も回りたい!」
「それでしたら王都に行った際に私の実家に招待するのが先ですわ。王都の店を案内して差し上げます」
「それ採用」
この子たちは放っておくとどんどん話が逸れていくな。
報告内容が無い件についてはもう良いのか……。
帝王を双方誤解の末に撃沈したのは私なのだ。事情を知る私が報告すれば良い話か……やれやれ。
◇ ◇ ◇
用件を把握し学園を出た。
出発は明日の朝とのことだったので、今日の内に準備しておかねばならない。
学園長から回ってきた話であるためカトー氏への外出連絡は特に必要ないそうだ。
まずは冒険者ギルドに遠出する旨を伝えておこう。
学園を出て山を降る道すがら、王都と王家についてカインズ氏の知識から予習しておく。
リステリア王国の王都ツァールは、ここから見て南南東に位置する大都市である。小高い丘の上に王城を構え、その丘と周辺の平野部を含め近くの河岸まで市街地を伸ばしており広大な面積を誇る。
カインズ氏の知識には他にも学術本の本屋の位置と1人でも入りやすくて美味しい定食屋の位置情報が入っていたが、残念ながらあまり今回の旅に有効利用できそうにないな。
王家については、君主が代々女性であるようだ。珍しいが無い話ではない。次代に確実性を期するためか出産を経験することが王位継承権を手にする条件となっている国である。
……と、いう事は地位目的で婿入りしてきても王位が得られる保証はどこにも無いということか。流石は異世界、奇抜な仕組みを考えるものだ。
女王の仕事は行政よりも司法寄りのようだ。
もちろん法令の発布などの儀礼的な仕事はあるが、立法と行政のほとんどを上院と下院と呼ばれる機関に担わせているようだ。そのため女王の力は直属の組織である『白銀の盾』の運営に傾注されている。
ちなみに事務作業は王配が主に受け持つのだそうだ。
『白銀の盾』とは女王の指示を受けた地域で冒険者活動を行いつつ人脈構築を行い、有事には治安維持とその陣頭指揮をも行う特殊な部隊のことである。
女王直属だけに構成員は全員が女性、ということになっているが末端の協力者まで含めると、女王に謁見を許されない層には男性も実は居るらしい。
やはり男性も居ないと不便な事もあるのだろう。
女王への面会は他国に比べると比較的容易なようだ。もちろん危険人物が簡単に会えるわけではないが、きちんと手続きすれば数日以内には面会の予約が取れる程度には容易らしい。
今回に関して言えば、既に面会の日時が指定してあるため予約の必要は無いようだ。間に合うように辿り着かねばならない件の方を心配すべきなのだが、転移門を使用する想定ならば日程の心配は必要ないだろう。
立ち並ぶ針葉樹の森を抜けると平地に差し掛かる。平地になると落葉広葉樹が広がる辺り不思議な植生をしていると感じるが異世界の事なので今更である。何らかの理由があるのであろう。
◇ ◇ ◇
「王都の銘菓は王都饅頭がお奨めです。王都煎餅は硬いので好みが分かれるところですね」
……買って来い、というニュアンスで合っているのだろうか。王都の名物を尋ねたら銘菓の情報が返ってきたのだが。
私としては景勝や名勝の情報が欲しくて尋ねたつもりだったのだがツェシカ嬢にとってはお土産の話題だったらしい。
ううむ……。まぁいい。お土産の情報もそれなりに有用である。それに甘味を期待する輝いた瞳には抗い難いのも事実。とりあえず涎は拭いて欲しい。
ともあれギルドへの報告は完了したと判断していいだろう。景勝地の情報はフェリシアの実家に到着後に集めても遅くはあるまい。
私はお土産を約束しつつ振り返り、通り過ぎ様に募金箱へ金貨を1枚投入した後ギルドを後にした。留守にする日数を考えると多い金額だが、なぜか予定通り帰れるような気がしないので多めに投入する位できっとちょうど良い。
仕事関係への連絡はこれで良いとして、次は自宅関係だ。王都に行くと伝えれば、行きたいと言い出す者も居るのではないだろうか。
出産を控えた母親とその補佐に集中している羊獣人はきっと残るとして、猫獣人とフロッサは旅行に行きたいと言い出す可能性が高い。野草の採集に飽きたと言っていたことであるし。
……まぁ王都に行ったところで特段楽しい仕事があるわけではないだろうが気分転換くらいにはなるに違いない。何事も経験である。
軍資金を渡して採算を気にせず色々と挑戦させるのも良いであろうし、買い出しに行ってもらうのも勉強になるだろう。
例の迷子札を渡しておいて、帰る段になったら転移門で回収すれば問題あるまい。
――ふむ、行きたいと言われても大丈夫そうだな。
私は家への道を歩きながら思案を続けた。
あとは家にどの程度金を置き、王都に行く者にどの程度金を渡すべきだろうか。家の生活費は1日で大銅貨1枚ほどの費用が掛かっていると報告を受けている。これに獣人たちへの薄給と適宜発生するであろう追加の雑費を足すと、旅程の10日だと経験則から逆算して銀貨3枚ほどあれば足りる計算にはなる。
母親のアンナがいつ病院の世話になるか分からないので、メリルには非常用の入院資金を持たせてはいるのだがそれに手を付けるような事態になってはいけない。少し多めに渡しておくとしようか。
王都に行く者には少なめに渡すべきだろうか。
自分で稼ぐ事も可能であるし、最悪私を呼び出せば路頭に迷う事も無いわけである。しかしそれでは充分に観光ができなくなる。
そこが問題視されるかどうかによって判断すべきかも知れない。
さて、どういう反応が返ってくるか――。
◇ ◇ ◇
「王都に旅行?」
「うむ。私の主人がこの国――リステリアの女王に呼ばれたそうでな。私も当事者として同伴することになったのだ」
「主人……エイラさんだっけ?」
問うフロッサに私は首肯を返した。
家に帰ると今日の分の作業を終えたのか全員揃っていたので丁度いいと話を始めることにしたのだ。
「女王様に呼ばれるような事何かしたの?」
「そういえば話していなかったか。――先日帝国が宣戦布告してきた騒ぎがあったのは知っているか?」
「はい。数日で取り下げられたようですが、ギルドに通知が貼り出されていましたね」
騒ぎに関しては羊獣人が把握していた。
時期からして怪我をする直前辺りになるのだろうか、冒険者ギルドの掲示を彼女も見たらしい。猫獣人の方は覚えが無いらしく不思議そうな顔をしているがそれは考慮に入れなくても問題なかろう。
「その通りだ。――詳細は省くが、帝国の目的は魔王の討伐だったようでな。私が狙われ、帝王を返り討ちにして一件落着した経緯がある。その報告をしに王都へ行く流れだ」
「どこから突っ込んだらいい?」
「世界最強を返り討ちにしたのはかなりの大事なのですが……」
「今更ながらヤバい人に買われたニャ」
三者三様の反応である。
ちなみに母親のアンナは夕飯の仕込みとして穀物で作った皮の中に肉と野菜を捏ねて作った餡を詰め込む作業を座りながら行っている。話は聞いていたようだが今一つピンと来ていないようだ。確かに一般市民には縁のない話か。
「そういうわけで暫く留守にするという連絡だな。お前達はどうする? ついて行くなら王都で放流して帰りに回収する。さすがに城までは連れて行けないのでな。行かないならば希望の土産を買って来てやろう」
私の言葉に4人は顔を見合わせた。
「私行きたい」
「じゃあアタシが付き添うニャ」
アリシアはフロッサによって語尾にニャを付けるようお願いされている。本人はそういう言葉遊びだと捉えているようで特に抵抗していないが、多分フロッサは本気だ。癖にならなければいいが。
「アリシアお願いね。では香辛料の類いがあればお願いします」
「私も今はやめておこうかしら。落ち着いたら行ってみたいですけどね。お土産は新物の小麦粉が出回っていたら買って来て欲しいです」
「ああ、いいですね。ついでにお砂糖があればお菓子を作りたいので一緒にお願いします」
「そうなってくるとナッツ系も欲しいわ」
「個人的には蜂蜜も欲しいところです」
どんどん増えているのだが……。
頑張って覚えておかねば。
◇ ◇ ◇
連絡会が終了した後、私は家の外に出た。転移門を作成するにあたって予め王都に行っておき、目ぼしい地点を探しておかねばならないのだ。
さすがに全く知らない土地に準備なく移動できるほど便利ではない。
出発は明日の朝と言っていたので今日の内に調査を済ませておかねばならないというわけだ。
私は家の前庭に出ると少し家から距離をとった。
今から適当な場所に開門するという若干の危険を伴う作業を行う。無いとは思うが門から大量の水が逆流してくる等の可能性を考慮すると、練習場所も適当に選ぶわけにはいかない。
家から充分に離れたところで準備を開始、現在地と南南東のかなり離れた距離の場所の上空を無作為に繋ぐ。
――結局、アリシアと留守番組には金を多めに渡し、フロッサには小遣い程度にすることにした。ついでに例の迷子札も4人全員に渡してある。有事などそうそうあるわけもないが、結局のところ素早く連絡が取れるというのは何かと便利なのである。
ふと意識が転移門から逸れた瞬間、背中側から突風が吹いた。あまりの風力に体が浮いてしまうほどである。
――しまった。気圧差を考慮するのを忘れていた。地上と上空をほぼ直接繋いでしまえばこうなるのは当たり前の話だ。
原因が脳裏を過ぎるも門を作成したのは私自身の目の前である。飛行の魔術を発動させる間もなく私の体は一瞬で門の中へと吸い込まれてしまった。
まずは二次被害を抑えなければ。体が門を通過した直後、私は転移門の維持を解除し消滅させる。
突風は収まったものの今度は体が落下を始めた。こちらは想定通りだったので無難に飛行の魔術を発動して対応を完了させる。
ちなみに周囲の空気を魔力によって支配する手法は風の強い環境では支配した側から吹き散らされてしまうので効率が悪くなってしまう、この場合は風属性の飛行の魔術を発動させるのが正解だ。
さて、少々想定外であったが移動自体は問題なく完了したはずだ。私は空中に停止し周囲を確認する。
……想定よりかなり上空に出たようだ。山の上くらいの高さに設定したはずなのだが現在地は遥か雲の上である。なるほど、惑星表面の歪曲具合も計算に入れなければこういうことになるらしい。勉強になる。
やはりもう少し慣れが必要だと感じつつ地表の観測を開始した。高度が想定外であったがお陰で眺望は文句なく見渡せる。確か大河沿いにあるという話であったから河を探すのが……あれか?
他に大河が無さそうなのでアレがそうであると仮定し、河の曲がり具合から上流がどちらなのかを判別する。確か東から西に流れる河だったはずなので、時間帯的に背後に太陽が――見えるな。あの河で間違いなさそうだ。
王都の近辺には隙間を空けて2列に並んだ大きな山脈が、まるで王都から真っ直ぐ南に向かう回廊のように並んでいるそうである。少し離れたところにそれらしき特徴的な山脈が見えるので、あそこの河沿いに行けば王都があるはずだ。よしよし。
ちなみに山脈によって形成された回廊は凄まじく補給の便が悪いらしく、村すらなければ道も整備されていないため誰も寄り付かない酷い地域らしい。両側が常に絶峰の環境がひたすら続くならば仕方ないであろう。緊急時の避難経路としては――敵の襲撃がありえないという意味で――意外と優秀なのかも知れないな。
◇ ◇ ◇
魔術を『飛行』から『高速飛行』に切り替え、目標の二列縦隊山脈(仮称)の端へと飛ぶことしばし。
高度が高すぎてよく分からなかった地表の様子が見えてきた。
件の山脈の端を大きく回り込むように大河が湾曲しており、そのカーブの内側全てから山脈の端まで巨大な円形が出来ているように見える。あれが王都に違いない。
この高度からでないと全体像を眺めるのは無理だな。カインズ氏の知識が『広大で、河岸まで全部市街地』という漠然とした感じであったのも頷ける。
王都といえば厚く長大な城壁に主人公達が感銘を受ける、というのが物語の定番なのだが、見た限りではそうでもなさそうだ。
いや……私の高度がおかしいのかも知れない。現に高速飛行というよりも斜め方向への落下に近いのだが一向に地表まで到達できない。
まぁ、それは次回への反省として置いておくとして王都の守りは半円部分が大河によって為されているようだ。
残りの半円に山脈の端が突き刺さっているため、期待の城壁は山脈と大河の隙間を埋める形でしか存在していない。
そのため東西合わせて円の3割程度しか城壁が無いというわけだ。どこを守るべきなのか分かりやすくて意外と良い立地かも知れないな。
私が転移したのは王都の南東辺りの位置だったようだ。
少し行き過ぎたので王都に対し東側から接近している形だ。
実際に学園から陸路で向かうとすれば、クルーガー領を経由して街道を南下し同じく東側からのアプローチになるはずである。
その噂の街道はと見てみれば、北から伸びてきた街道は王都から離れた位置で河にぶつかり港湾軍事施設を備えた小さな港町を両岸に形成している。王都の対岸は密林のまま敢えて開発していないようだ。
河を渡った街道は緩やかに曲がりながら王都の城壁の東部へと延びている。山脈の裾野に広がる森と大河に挟まれた河岸段丘に沿ってゆったりと幅を取った道には冒険者か商人か、はたまた吟遊詩人か、点にしか見えない人々が文字通り点在している。
……さすがにそろそろ真面目に高度を下げよう。このままでは王都の上空を通り過ぎてしまいそうだ。
私は落下に向いていない『高速飛行』の魔術を一旦解除し、しばらく自由落下を享受する。
さてどの辺りで水平移動に移行するかと落ちながら腕を組んで思案していると、眼下の景色が若干騒がしい事に気付く。こちらに音は届いていないが戦闘のような激しい動きが見られるのである。
――いや、ようなではなく戦闘中だな。
指先ほどの大きさの塊に見える集団が、爪の先ほどの大きさに見える飛行物体数匹に群がられている。この距離であの大きさならばかなり大きいのではないだろうか。
襲われている方は馬車を中心とした集団のようで――段々見えてきた。造りのしっかりとした大型の馬車の周囲に鎧を着た者たちの姿が見える。全周しっかりと守りを固めてはいるのだが空中からの襲撃者に対し攻めあぐねているようである。
◇ ◇ ◇
かなり近づいてきた。
飛行する襲撃者は羽毛の無い鳥のような姿をしている。
鋭い足の爪は猛禽類のようであり、皮膜の付いた翼は羽ばたきよりも滑空向きだ。つるりとした茶色の体表面には鱗特有の光沢が確認できる、どうやら爬虫類の類いのようである。
長い尾を引きながら素早い動きで馬車の上空を旋回し、時折牽制するかのように散発的な攻撃を仕掛けている。全部で4体居るな。
私はカインズ氏の知識から該当する生物を検索する。
種別的には風属性に分類されている『ワイバーン』という名前の魔物のようだ。前足が翼となっているために亜竜という分類をされているそうだが、竜が何か分からないのに亜竜と言われても正直ちょっと困る。詳しい説明が欲しいところだ。
私が到達する前に事態が動いた。
ワイバーンの内2体が挟み討ちのように馬車へと左右から殺到、周囲の兵達が慌てて追い払おうと馬車の近くに密集したのをいい事に、1体が孤立した指揮官らしい兵に襲いかかったのだ。
――むう? 守備側の優先順位が高いものを狙い、それを陽動として攻撃側にとって優先順位が高い標的を排除しようとする。
これが人間なら「上手いな」と感心するところだが、行ったのはあまり知性の高くなさそうな魔物である。
つまり操っている者が居る可能性が高い。
私は周囲を見回してみたが、それらしき人影は見当たらなかった。上手く隠れているのか遠隔操作か。
ならばワイバーンの方を片付けてしまう方が話が早そうである。
私は空中で体勢を変え、足を下にして加速する。
ついでに風魔術で落下地点に微調整を加えた。狙いを定めたのは指揮官に襲いかかった1体である。
地上を襲うことに特化している生物は大概上空に対する警戒が甘い。案の定私の存在には気付かず、地面をゴロゴロと転がって必死に回避を続ける指揮官を仕留めようと夢中のようだ。
ぐんぐんと大きくなっていくワイバーンの背面に、私の両足が隕石のように突き刺さる。足の下から硬い感触と、その中身が折れたり潰れたりする感触が伝わってきた。あまり気持ちのいいものではない。
一応同じ衝撃が私の方にも反動として返ってきているが、私に物理的衝撃は効果が無い。厳密には肉体の損傷の修復に必要な量としての魔力的損害はあるのだが、誤差の範囲だ。
「新手かッ⁉︎」
指揮官は余程驚いたのか武器を下ろさない。私はワイバーンの背中から飛び降りるとまずは挨拶をすることにした。加勢するにも作法が有ろう。
「横槍失礼――なんだ、ヒルダではないか。会う度に死に掛けているな。お前は……」
頭上からでは個体判別できなかったが指揮官は方向音痴の代名詞、記念すべき初の迷子札被贈呈者であるヒルダであった。確か王都に帰るとかで最近見ていなかったが、こんな所で何をしているのか。
「んん? ポンではないか! ちょうどいい。少し手を貸してくれ」
私は鷹揚に頷く。最初からそのつもりだ。
いや、使ったのは足だったか。
◇ ◇ ◇
見ると馬車を襲っていた2体も、それを阻もうとしていた兵達も呆気に取られてこちらを眺めていた。
先ほどの着弾の際に凄い音がしていたのでそうなるのも仕方ないが、2体のワイバーンの重みを支えている馬車からミシミシと嫌な音が聞こえてくるので早く何とかした方がいいのではないだろうか。
私は両手に風属性に変換した魔力を集めつつ『高速飛行』の魔術を発動させる。2体に向かって急接近しながら指向性のある強烈な突風を放った。
風属性の魔物に風属性の魔術を放ってもダメージを与えることはできない。常識である。
しかし空を舞う彼らの体は良くも悪くも風の影響を受けやすい造りになっているのだ。狙い通り2体は抵抗できず打ち上げられるように馬車の向こう側へと錐揉み回転しながら弾かれた。衝撃で爪の引っかかった馬車が左右に激しく跳ね回ったが、潰されるよりマシな未来であろう。
「おい! もっと丁寧に――」
珍しく焦った声を出すヒルダを背後に置き去りにして片手剣を抜く。先ほどの足の感触からして只の鉄剣では通用しなさそうな硬さだ。
迷わず片手剣に魔力を高速循環させて切れ味を最上級魔剣と同等以上まで引き上げた。
平衡感覚を失ったのか空中で必死に羽ばたく2体へ高速飛行で泳ぐようにするりと近付き片手剣を2度振るう。どんな強大な生き物も大抵は首を落とせば生命活動を停止するものだ。
その光景を目にしたのか最後の1体は即座に逃げようとしたが、私の飛行速度の方が速い。数秒で追い付き同様の末路を辿らせた。
最後の1体は落下先が河だったので、空中で掴んでそのまま空間収納へと放り込んでおく。収納内が血まみれになりそうなので咄嗟に個室を用意した機転を自讃してやりたいところである。
「――終わったぞ」
ヒルダの近くに着地し歩み寄ると、私が帰って来るまでの間に彼女の部下たちが駆け寄ってきていたらしく人数が増えていた。指示を出したのか他の者たちは怪我の治療をする者と馬車の損害を確認する者、周囲の再警戒に当たる者に分かれて行動を開始しているようだ。優秀だな。
「隊長。彼はお知り合いですか?」
眼鏡をかけ、書類の綴じられた板を胸元に抱えた軽装鎧の女性がヒルダに話し掛ける。副官といったところだろうか。ということは苦労しているのであろうな……。
「イーヴァ。彼はほら――アレだ」
「アレじゃ分かりません」
「私の任地で知り合ったポンだ。――そういえば何でこんな所に居るんだ?」
説明が下手だな。
結局良く分からなかったのであろう副官は不満気だが一応ぺこりと頭を下げてくる。同情を禁じ得ない。
「通りすがりだ」
「そうか」
それでいいのか。
「それでいいんですか⁉︎」
おっと。彼女とは話が合いそうだな。
◇ ◇ ◇
副官のイーヴァ以外の者はヒルダの怪我の有無と私が危険人物かどうかを確認し終えると部隊を加勢しに戻って行った。結局部隊の体勢が整うまでは暇なので、この場に現れた経緯を説明することにする。
――治療が必要か申し出てもみたが、使用期限の近い回復薬がいくつかあるのでこの機会に使ってしまいたいそうだ。資材の有効利用が予算に繋がるとか何とか。
「なるほど。通りすがりだな」
「普通は上を通りすがりませんけどね」
「その滅多に無い機会に助けられるヒルダの悪運の強さも大したものだ」
「ふははは。そうだろう!」
「褒められてませんよ?」
私達が談笑していると、部隊から兵の1人が小走りで近寄ってくるのが見えた。何か報告がある様だ。
「隊長。姫様が目を覚まされました」
「おお。良かった。いや、謝らないといけないか」
「ポン様もお付き合いいただけますか?」
謝るのに付き合うのは嬉しくない……そういえば馬車が激しく撹拌された原因は私か。助けるためとは言え中身の人はさぞ酷い目に遭ったに違いない。馬車の中からは状況も分からなかったことであろうし私も謝っておこうか。
バツが悪そうに後頭部を掻くヒルダの背をイーヴァが押して歩き、私も後に続く。姫様と言っていたが王族だろうか。貴族の家臣も令嬢を姫様と呼んでいたことであるし決め付けは良くないな。
考察する私を余所に一行は馬車の横へ到着した。
イーヴァが馬車の横に控える兵に何事か囁くと、兵は頷き内部へと取り次いでくれた。ヒルダとイーヴァはその場で跪いて待機を始める。
私もそれに倣うとヒルダから不思議そうな顔をされてしまった。そういう作法であろうに。
「ヒルダ。報告をお願いします」
現れた姫君はドレスのあちこちを血染めにした痛々しい姿での登場であった。尤も、自身の血ではなく庇った侍女のものらしく、開け放たれた扉の向こうに寝かされた女性の姿が複数視える。
「はっ。ワイバーン4体による襲撃を受けました。連携の取れた動きをしておりましたので首謀者が居る可能性が高いです。しかしそれらしき影は今のところありません。戦闘の方は既に終了しており、現在隊を立て直しております。馬車への攻撃を防げず申し訳ありませんでした」
――おお。ヒルダがまともに仕事をしている。
私の驚きに気付いたのかヒルダが軽く睨んでくる。
眼球に依らない視界の取得が可能なので私の顔は伏せられたままである。なぜ分かった。
「そちらの方は?」
「コタンタニの冒険者ギルドにて知り合った人物です。協力して依頼を達成したこともあり信用できます。また、今回の襲撃では救援に駆け付けワイバーンを全て彼が撃破する活躍を見せています」
ギルドではなく森の中で、知り合ったのではなく遭難していたのを拾ったのだが。まぁイーヴァの表情からしてある程度察しているようであるし蒸し返すほどのこともないか。黙っておいてやろう。
◇ ◇ ◇
「それはご苦労様でし――ワイバーンを⁉︎」
姫様は落ち着いて話をしていたが急に驚いた表情を見せる。そこまで驚くことか。
「ヒルダ。1体確保お願いします」
「はっ。既に作業を始めさせております」
「隊長。ポンさんに断っておいた方が」
イーヴァの助言にヒルダは顔を回す。私も顔を上げた。さては言い忘れていたな。
「ポン、1体貰ってもいいか?」
「ああ。構わない」
「そういうタイプの人なんですね……」
用途が気にならないといえば嘘になるが、イーヴァが補佐しヒルダが隊長を務める連中が悪用するとも思えない。皮が丈夫なので大方防具の材料にでもするのであろう。
「ではお礼を兼ねて自己紹介を。私はシオーネ=エル=リステリア。このリステリア王国の王女です。この度の助力に感謝します」
姫様はそう言って目を閉じ少しだけ顎を引いた。王族がこの場で示す謝意としてはある意味最上級のものと言えるだろう。少なくともヒルダが羨ましそうに見てくる程度には丁寧な対応だ。私も慣れないが誠意ある対応をせねばなるまい。
「私はポン。リステリア魔法学園の生徒に使い魔として召喚された異世界の魔物です。今回は主人が王都に呼ばれたため下見に来たところ、襲撃されている集団を見かけたので助太刀に入らせて頂きました。横槍大変失礼いたしました」
私のセリフにヒルダとイーヴァが目を丸くしたのが分かる。他国ならいざ知らず、主人が属する国の王族に接するならばこのくらいはする。失礼があっては主人の家族にまで迷惑が掛かる可能性があるのだ。驚きすぎである。
「ワイバーンがご入用ならば2体差し上げても構いませんが?」
私の申し出にシオーネ王女はちらとヒルダを見たがヒルダは指で小さくバツを作る。資材を運ぶ荷台に余裕が無いのであろう。姫様が乗る馬車の屋根にくくり付けるわけにもいくまい。ヒルダも残念そうだがこればかりはどうにもならないだろう。
「有難い申し出ですが、運搬が難しいようです」
「では残りの3体は私の方で回収してギルドに売却いたします。売却せずに回して欲しい部位などございましたら今の内にお申し付け下さい」
私の提案に今度はイーヴァが指でバツを作った。ヒルダは用途までは知らないようだな。必要部位が知れると用途まで類推されてしまう。それを避けた様だ。何に使うのやら。
「いえ、大丈夫です。全てポンさんが受け取って下さい」
私は了承し再び頭を下げる。話題が尽きたので後は大人しくしておくに限るのである。
「イーヴァ。上級回復薬はありませんか? 中級を飲ませたはずのゼリアが意識を失ったままなのです。頭を強く打っているので心配で……」
「申し訳ありません。今回は上級を使用する事態までは想定しておらず、本部から持ち出しておりません」
「割れたら勿体ないですものね……。仕方ありません。なるべく急いで本部まで戻りましょう」
どうやら重症かも知れない者も居るようだ。そのゼリアという侍女が頭を打った原因は、私の荒い戦闘にあるのだろう。悪い事をしたな。
◇ ◇ ◇
「私が診ましょう。治癒魔術の応用で医師の真似事くらいならば可能です」
私は治療を申し出ることにした。怪我をさせたのは私なのだからそのくらいはするべきである。
「姫様、彼は私の治療を行ったこともあります」
ヒルダがすかさず言葉を重ねる。そういえばベヒーモスにボロボロにされていたのを癒したことがあるな。
「そうなのですね。ゼリアのために打てる手は全て打ちたいと思っています。ゼリアを診て下さい」
そう言ってシオーネ王女は馬車のタラップを降りて入り口を譲った。素直な良い人柄である。
私は信用に感謝を述べると馬車へと進入する。3列のシートに2名が寝かされており、意識不明なのは1つだけ後方を向いて設置してある最前列のシートに寝かされている者のようだ。
私は迷わず近寄り血塗れの頭部に手を当てる。中級回復薬を飲ませたということは外傷・打撲・骨折の類いならば完治しているはずだ。しかし体内中枢部へのダメージは完治していない可能性があり、この場合は申告通り頭部を診るのが恐らく正しい。
魔力を浸透させて状態を探る。
――これはいかん。
頭蓋骨の中で大量の出血があったようだ。内出血の傷自体は回復薬のおかげか癒されているが、出血した後の血が脳を圧迫しており、脳が通常の8割ほどまで押し潰されてしまっている。相当強く頭を打ったのだな、即死しなかったのは彼女の運か。
私はそのまま魔力を操作し次元の壁に干渉した。脳内に溜まってしまった血を次元の狭間へと排出してしまう。作業を終えてから念のため神経系へ治癒魔術を掛けて完了させる。施術しながら精査した感じでは断線している箇所などは無さそうだ。
「終わりました。頭の中に出血が確認されましたが取り除いておきました。脳へのダメージが未知数ですので安静にしてあげて下さい。それ以外に目立った損傷は見当たりませんでしたのでじきに目を覚ますでしょう」
扉から様子を伺う3人に振り向きつつ報告すると、姫様とヒルダは顔を見合わせて笑顔になる。イーヴァは「死病をそうもあっさりと……」と引き攣った顔になったが、すぐに何かを諦めたような遠い目になった。強く生きて欲しい。
私が馬車から降りると辞意を告げてヒルダとイーヴァと共に馬車から離れた。そのままワイバーンの回収に向かう。
「そういえば先程空中に穴を開けてワイバーンを投入していなかったか?」
ヒルダが訊いてくる。イーヴァの目付きが鋭くなり集中力が上昇する気配がした。
「よく見えたな。――帝王が使っていた技を模した物だ。次元の壁を開いて次元の狭間に物を格納できる」
「なるほど分からん。だが便利そうだな」
「うむ。便利だ」
「私は段々疲れてきました……」
腰の下級回復薬を抜いてイーヴァに差し出すと断られてしまった。体は大事にした方がいいのだが。




