第9話「精神層の迷宮と、触れられた指先の熱」
1
レオンとの夜を過ごした翌朝。
雪菜はまだ胸の奥がじんわりと熱いまま、
騎士団本部の廊下を歩いていた。
(レオン……あんなふうに本音を聞いちゃったら……
意識しないわけないよ……)
頬が熱くなる。
その時――
背後から静かな声がした。
「雪菜。少し時間をもらえるか?」
振り返ると、アーヴィンが立っていた。
白いローブをまとい、書物を抱えている。
いつも通り冷静で、どこか影のある瞳。
「アーヴィン……どうしたの?」
「昨日の騎士の“精神層の乱れ”について、
解析を進めたい。君の協力が必要だ」
雪菜は胸を押さえた。
(精神層……昨日の騎士の声……
境界の声と同じだった……)
アーヴィンは雪菜をじっと見つめる。
「雪菜。君の能力は、精神層の歪みを“感じ取れる”。
これは、私の研究にとって決定的な鍵だ」
雪菜は小さく頷いた。
「……分かった。行くよ」
アーヴィンはわずかに口元を緩めた。
「助かる。では研究所へ」
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2
王宮の奥にある研究所は、
騎士団本部とはまったく違う雰囲気だった。
壁には魔力の流れを示す図。
机には精神層の構造を描いた書物。
魔力装置が淡い光を放っている。
「ここが……アーヴィンの研究所?」
「そうだ。精神層と魔力の関係を研究している」
アーヴィンは雪菜を奥の部屋へ案内した。
「雪菜。まずは君の精神層を“視る”必要がある」
「視る……?」
アーヴィンは雪菜の手を取った。
触れた瞬間――
雪菜の脳にアーヴィンの思考が流れ込む。
『雪菜の精神層……美しい……
触れると……心臓がうるさい……
なぜだ……』
(アーヴィン……)
雪菜は頬が熱くなる。
アーヴィンは気づいていないようで、
淡々と説明を続けた。
「精神層は“心の層”だ。
君の能力は、この層に直接触れている」
雪菜は息を呑んだ。
(私の能力……そんな深いところに作用してるんだ……)
アーヴィンは雪菜の手を離さず、
魔力装置の前に立たせた。
「雪菜。目を閉じて、深呼吸を」
雪菜は言われた通りにした。
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3
魔力装置が淡い光を放つ。
雪菜の胸がふっと軽くなる。
(……何かが見える……)
暗い迷宮のような空間。
無数の糸が絡まり、震えている。
(これ……精神層?)
アーヴィンの声が聞こえる。
「雪菜。君の精神層は“二重構造”になっている」
「二重……?」
「異世界の精神層と、この世界の精神層が重なっている。
だから君は“境界の声”を聞ける」
雪菜は息を呑んだ。
(私……境界に呼ばれた理由……
精神層が二重だから……?)
アーヴィンは雪菜の肩に手を置いた。
触れた瞬間――
アーヴィンの思考が流れ込む。
『雪菜……この肩に触れるだけで……
感情が揺れる……
どうしてこんな……』
(アーヴィン……)
雪菜は胸が熱くなる。
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4
その時だった。
雪菜の精神層の奥で、
ふっと黒い影が揺れた。
「……っ!」
雪菜は胸を押さえた。
「雪菜!」
アーヴィンが雪菜の手を握る。
「精神層に“裂け目”がある……
昨日の騎士の症状と同じだ」
「裂け目……?」
「境界の声が流れ込む原因だ。
君はそれを“感じ取れる”」
雪菜は震える声で言った。
「アーヴィン……怖い……」
アーヴィンは雪菜の手を強く握った。
「大丈夫だ。私がいる」
触れられた瞬間――
アーヴィンの思考が流れ込む。
『雪菜……守りたい……
誰にも触れさせたくない……
この手を離したくない……』
(アーヴィン……)
雪菜は胸が甘くなる。
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5
その時、研究所の奥から叫び声がした。
「アーヴィン様! 魔力装置が暴走を!」
アーヴィンは雪菜の手を離さず、走り出した。
「雪菜、来てくれ!」
研究所の中央にある巨大な魔力装置が、
黒い靄をまとって震えていた。
「これ……精神層の乱れと同じ……!」
アーヴィンは雪菜の肩に手を置いた。
「雪菜。君の能力で“乱れの根”を探せるはずだ」
雪菜は装置に手を伸ばした。
触れた瞬間――
黒い靄が雪菜の脳に流れ込む。
『境界を……開け……
精神層を……裂け……
選ばれし者を……』
「っ……!」
雪菜は膝をついた。
アーヴィンが抱きとめる。
「雪菜!」
雪菜は震える声で言った。
「装置の中に……“境界の声”が……
精神層の裂け目が……繋がってる……」
アーヴィンは雪菜の手を握った。
「雪菜。君なら止められる。
私が支える」
雪菜は頷いた。
「……やってみる」
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6
雪菜は装置に両手を添えた。
(精神層……裂け目……
境界の声……)
胸の奥で魔力が揺れる。
(私……できる……)
雪菜は精神層の裂け目に意識を集中した。
黒い靄が雪菜の脳に流れ込む。
『開け……開け……開け……』
「……やめて……!」
雪菜は叫んだ。
その瞬間――
精神層の裂け目がふっと閉じた。
黒い靄が消え、装置の光が安定する。
研究員たちが歓声を上げた。
「止まった……!」
「精神層の乱れが消えた!」
アーヴィンは雪菜を抱き寄せた。
「雪菜……よくやった……」
雪菜は胸が熱くなる。
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7
研究所が落ち着いた後、
アーヴィンは雪菜を静かな部屋へ連れていった。
「雪菜。君の能力は……
精神層を“修復”できる」
「修復……?」
「境界の声に侵された精神層を、
君は“閉じる”ことができる」
雪菜は息を呑んだ。
(私……そんな力が……)
アーヴィンは雪菜の手を取った。
触れた瞬間――
アーヴィンの思考が流れ込む。
『雪菜……
この手を離したくない……
誰にも渡したくない……』
雪菜は胸が甘くなる。
「アーヴィン……ありがとう。
あなたが支えてくれたからできたんだよ」
アーヴィンは目をそらした。
「……支えたかっただけだ」
(嘘だ……本音はもっと甘い)
雪菜は小さく笑った。
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8
研究所を出る頃には、
空は夕焼けに染まっていた。
雪菜は胸に手を当てた。
(アーヴィン……
こんなに優しいなんて……)
その時――
背後から声がした。
「雪菜!」
振り返ると、ガルドが走ってきた。
「仲間の症状が悪化した!
来てくれ!」
雪菜は息を呑んだ。
(ガルドの仲間……
精神層の乱れ……
境界の声……)
アーヴィンは雪菜の肩に手を置いた。
「雪菜。行け。
君の力が必要だ」
雪菜は頷いた。
「……うん。行くよ」
夕焼けの中、
雪菜はガルドの元へ走り出した。
アーヴィンは静かに雪菜の背を見送った。
その瞳は――
雪菜だけを見ていた。
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第9話 終
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