第3話「暴走する思考と、寄り添う手」
1
城下町の広場は、すでに騒然としていた。
人々が逃げ惑い、叫び声が響く。
その中心に――ひとりの男が立っていた。
「……あれが、精神を蝕む病の患者?」
雪菜はレオンの背に隠れるようにして覗いた。
男は肩で息をし、目は焦点が合っていない。
周囲の人々の思考が、黒い靄のように男の周囲に漂っている。
(……見える。黒い……靄?)
雪菜は思わず胸を押さえた。
アーヴィンが雪菜の肩に手を置く。
「雪菜、あれは“思考の乱れ”が具現化したものだ。
君の能力なら、何か分かるかもしれない」
「……触れたら、分かるかも」
レオンが雪菜を見た。
「危険だ。私が先に行く」
ガルドが剣を抜く。
「暴れたら俺が止める。雪菜は無理すんなよ」
三人の優しさが、雪菜の背を押した。
「……行く。私、できることをしたい」
レオンが頷き、雪菜の手を取った。
「なら、私が守る。絶対に」
その言葉は、雪菜の胸を強く揺らした。
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2
男に近づくと、黒い靄が雪菜の周囲に広がった。
「……っ」
頭が痛む。
思考が流れ込んでくる。
『怖い……怖い……誰か……誰か……』
『助けて……助けて……』
『声が……声が……止まらない……』
(この人……苦しんでる……)
雪菜はそっと男の腕に触れた。
瞬間――
雪菜の脳に、男の思考が一気に流れ込む。
『助けて……誰か……誰か……!』
『声が……声が……全部聞こえる……!』
『もう嫌だ……消えたい……!』
「……っ!」
雪菜は膝をついた。
レオンがすぐに抱きとめる。
「雪菜!」
ガルドが男を押さえつける。
「大丈夫か!」
アーヴィンが雪菜の背に手を当てる。
「雪菜、深呼吸だ!」
三人の声が重なる。
(……優しい……)
でも、雪菜は男の思考を読み続けた。
(この人……声が聞こえすぎて……壊れそうなんだ)
雪菜は男の手を握りしめた。
「大丈夫……あなたは一人じゃない……」
その瞬間――
黒い靄がふっと薄れた。
男の呼吸が落ち着き、目の焦点が戻る。
「……あ……れ……?」
雪菜はゆっくりと手を離した。
「大丈夫。あなたは、まだ戻れる」
男は涙を流しながら頷いた。
レオンが雪菜を抱き寄せる。
「よくやった……雪菜」
ガルドが笑う。
「すげえじゃねえか!」
アーヴィンが目を細める。
「やはり……雪菜の能力は治癒の原型だ」
三人の優しさが、雪菜を包み込んだ。
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3
広場の騒ぎが収まった後、雪菜は騎士団本部へ戻った。
レオンが雪菜の手を握ったまま離さない。
「雪菜……無茶をしたな」
「でも……助けられたから」
「それでもだ。君が倒れたら……私は……」
レオンの思考が雪菜に流れ込む。
『怖かった……雪菜が倒れた時のことが頭をよぎった……
もう二度と、あんな思いはしたくない……』
(レオン……)
雪菜はそっとレオンの手を握り返した。
「ありがとう。レオンがいてくれてよかった」
レオンの耳がわずかに赤くなる。
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4
アーヴィンは雪菜の額に手を当てた。
「精神の負荷はまだ残っている。
君は人の思考を受け取りすぎる傾向がある」
触れた瞬間――
アーヴィンの思考が流れ込む。
『雪菜は危うい……優しすぎる……
このままでは、誰かに利用される……
だから私が守らなければ……』
(アーヴィン……)
雪菜は少しだけ笑った。
「ありがとう。アーヴィンも優しいね」
アーヴィンは目をそらした。
「優しいわけではない。必要だからだ」
(嘘だ……本当は優しい)
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5
ガルドは雪菜の肩をぽんと叩いた。
「よく頑張ったな。怖かっただろ」
触れた瞬間――
ガルドの思考が流れ込む。
『雪菜は強い……でも、無理してほしくねえ……
守りたい……あの子を守れなかった俺が……
今度こそ……雪菜は絶対に守る……』
(ガルド……誰かを守れなかった過去があるんだ)
雪菜はガルドの手をそっと握った。
「ありがとう。ガルドの言葉、嬉しいよ」
ガルドは照れくさそうに笑った。
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6
三人に囲まれたまま、雪菜は椅子に座った。
レオンは雪菜の手を握り、
アーヴィンは雪菜の肩に触れ、
ガルドは雪菜の背を支える。
(……なんか、すごい状況だな)
でも――嫌じゃない。
むしろ、胸が甘くなる。
レオンが静かに言った。
「雪菜。君はこの世界に必要だ。
だが、それ以上に……君は大切だ」
アーヴィンが続ける。
「君を失うわけにはいかない。
君は……特別だ」
ガルドが笑う。
「雪菜は雪菜だ。俺たちが守る」
三人の本音が、雪菜の胸に流れ込む。
(……こんなふうに思ってくれてるんだ)
胸が熱くなる。
雪菜は小さく息を吸った。
「……ありがとう。みんな」
その言葉に、三人の表情が柔らかくなる。
雪菜は思った。
(この世界で……私は一人じゃない)
そして――
胸の奥で、何かが静かに芽生え始めていた。
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第3話 終
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