第22話 影の名を呼ぶ声と、境界に触れた妹
第22話 影の名を呼ぶ声と、境界に触れた妹
1 第二層の奥へ続く通路
第二層の壁が開いた先は、さらに深い闇だった。
湿った空気が肌にまとわりつき、足音が石壁に吸い込まれていく。
雪菜は胸を押さえながら進んだ。
ユナの声が、まだ耳の奥に残っている。
「……雪菜……」
その声は、確かに妹の声だった。
レオンが雪菜の横に立ち、周囲を警戒する。
「雪菜。決して一人で進むな。ここは危険だ」
アーヴィンは魔力装置を構え、波長を解析しながら言った。
「ユナの精神層が安定している場所は、この先だ。
ただし、精神層の濃度が高い。雪菜以外は影響を受ける可能性がある」
ガルドは雪菜の後ろに立ち、剣を握りしめた。
「何が出ても守る。安心しろ」
雪菜は小さく頷き、通路の奥へ進んだ。
2 精神層の部屋
通路の先は、広い空間だった。
天井は高く、壁には古代文字が刻まれている。
中央には、黒い靄がゆっくりと渦を巻いていた。
雪菜は息を呑んだ。
「ここ……ユナがいる」
アーヴィンが装置を操作する。
「精神層の波長が最大値だ。間違いない。ユナの精神層はここに集まっている」
レオンは剣を構えたまま、雪菜の横に立った。
「雪菜。気をつけろ」
ガルドは靄を睨みながら言った。
「ユナ……雪菜の妹なんだよな。なら、絶対に助ける」
雪菜は黒い靄に近づいた。
3 影の姿
黒い靄が雪菜の手に触れた瞬間、靄が形を変えた。
人の形。
小さな肩。
細い腕。
揺れる髪。
雪菜は震えた。
「ユナ……?」
靄の中に、少女の輪郭が浮かび上がった。
顔はぼやけているが、雪菜には分かった。
妹だ。
「……雪菜……?」
その声は、確かにユナの声だった。
雪菜は涙をこらえながら手を伸ばした。
「ユナ……私だよ。雪菜だよ」
ユナの影は雪菜の手に触れようとした。
しかし、指先はすり抜けた。
「……触れられない……?」
アーヴィンが雪菜の肩を支えた。
「ユナは精神層だけの存在だ。肉体がない。
触れることはできないが、雪菜の精神層とは“接触”できる」
雪菜はユナの影に向かって手を伸ばし続けた。
「ユナ……どうしてここにいるの?
どうして……私を呼んだの?」
ユナの影は震えながら言った。
「……雪菜……こわい……」
雪菜は胸が締めつけられた。
4 ユナの記憶
黒い靄が雪菜の脳に映像を流し込んだ。
――暗い部屋。
――ユナが泣いている。
――「雪菜……どこ……?」
――誰かがユナを抱き上げる。
――古代の研究室。
――精神層分離装置。
――ユナの体が光に包まれ、消える。
雪菜は膝をついた。
「ユナ……連れてこられたの……?
この世界に……?」
アーヴィンは装置を見つめながら言った。
「ユナは境界の向こう側から“強制的に”連れてこられた。
古代の研究者が、境界を開くための“鍵”として利用した可能性が高い」
レオンは雪菜の横にしゃがみ、静かに言った。
「雪菜。ユナは君を探していた。
精神層だけになっても、君を呼び続けていた」
ガルドは拳を握りしめた。
「雪菜を呼んでた理由……妹だからか」
雪菜は涙をこらえながらユナの影を見つめた。
「ユナ……ごめんね。
ずっと一人で……怖かったよね」
ユナの影は震えながら言った。
「……雪菜……こわい……
ひとり……いや……」
雪菜は胸が張り裂けそうになった。
「ユナ……大丈夫。もう一人じゃないよ。
私がいる。ここにいるよ」
5 ユナの願い
ユナの影は雪菜に近づき、かすかな声で言った。
「……雪菜……かえりたい……」
雪菜は息を呑んだ。
「帰りたい……?
元の世界に……?」
ユナは小さく頷いた。
「……おうち……かえりたい……
雪菜と……いっしょ……」
雪菜は涙を流した。
「帰ろう……ユナ。
一緒に帰ろう。絶対に」
アーヴィンは静かに言った。
「雪菜。ユナを元の世界に戻すには、精神層を“再接続”する必要がある。
だが、肉体がない以上、簡単ではない」
レオンは雪菜を見た。
「雪菜。ユナを救う方法を探す。必ずだ」
ガルドは剣を握りしめた。
「雪菜。ユナを助けるためなら、何でもする」
雪菜はユナの影に向かって言った。
「ユナ……絶対に帰ろう。
私が……必ず連れて帰るから」
ユナの影は雪菜の言葉に反応し、光を帯びた。
「……雪菜……」
6 影の消失
その瞬間、第二層全体が震えた。
黒い靄が渦を巻き、ユナの影が揺れ始めた。
アーヴィンが叫んだ。
「雪菜! ユナの精神層が不安定だ!
このままでは消える!」
レオンが雪菜を抱き寄せる。
「雪菜、離れろ!」
ガルドが靄を切り払う。
「ユナを消させねえ!」
雪菜はユナの影に向かって叫んだ。
「ユナ! 待って! 行かないで!」
ユナの影は雪菜に手を伸ばした。
「……雪菜……たすけて……」
雪菜は必死に手を伸ばした。
「ユナ!!」
しかし、ユナの影は光に包まれ、ゆっくりと消えていった。
7 残された声
ユナの影が消えた後、第二層は静まり返った。
雪菜はその場に崩れ落ちた。
「ユナ……ユナ……」
アーヴィンが雪菜の肩を支えた。
「雪菜。ユナは消えたわけではない。
精神層が別の場所へ移動しただけだ」
レオンは雪菜の横にしゃがみ、静かに言った。
「雪菜。ユナはまだ呼んでいる。
君を必要としている」
ガルドは拳を握りしめた。
「ユナを助ける方法を探そう。必ずだ」
雪菜は涙を拭き、ゆっくりと立ち上がった。
「……ユナを助ける。
絶対に。どんな方法でも」
第二層の奥から、かすかな声が響いた。
「……雪菜……」
雪菜はその声に向かって歩き出した。
「ユナ……必ず迎えに行くから」




