17.ダンジョンの異変報告
「じゃあ、行ってくるなぁ」
ビジネスバッグに端末を入れて、気合を入れて皆へと宣言する。
「異黒さん。オレがいなくて大丈夫っすかぁ?」
「お前いた方が危険だわボケェ」
近寄ってきた黄虎の肩をどついて突き放す。
アイツは絶対合わせられねぇ奴がいる。
会ったら一触即発。というかたぶん黄虎は手が出る。
それ程に、こちらの神経を逆なでする奴らがそろっているからなぁ。
「異黒隊長。私がお供しましょうかぁ?」
「まぁ、いたら心強いんだが。今回は一人で行かないと、かなり言われると思うからなぁ」
「大丈夫ですかぁ?」
桃瀬が眉を下げて心配そうな顔をしてくる。
そんなに心配させるなんて情けねぇ隊長だな。
「まぁ、大丈夫だっての。行ってくらぁ」
「……行ってら」
蝶子が見送ってくれた。
本部で待機してるのが珍しいのに、いたんだな。
「おう。蝶子か。行ってくる」
ヒラヒラと手を振って見送ってくれた。
後の奴らは仕事が忙しくてここにはいない。
みんな大体外に出て調査していたり、装置の解析をしていたりするからな。
◇◆◇
「……いっちゃった」
そう呟く蝶子を後ろから抱きしめて上げた。
細いけど、筋肉がしっかりある。
鍛えている証拠ね。
「……むぅ。桃瀬さん、なに?」
「ねぇ、蝶子ちゃん。異黒隊長のこと心配?」
「……そりゃね」
あまり自分の感情を表に出さないのに珍しいなぁ。
これは、ライバルかなぁ?
「気になってるの?」
「……気になる? なにが?」
あぁ。これは、天然かぁ。
これはこれで手強いわね。
でも、蝶子ちゃんも可愛いから敵とは思えない。
「ううん。なんでもないわ。そのままの蝶子ちゃんでいてね?」
「? ……ウチはウチ」
頭を撫でて頬ずりする。
「うんうん。それでいいの。それでいいよぉ」
はぁ。可愛い蝶子ちゃん。
異黒隊長も罪な人だわぁ。
こんなに可愛い女の子を二人も虜にするなんて。
あぁ。ダンジョン探索庁で啖呵切る異黒隊長、見たかったなぁ。誰か動画に収めてくれてないかしら?
こんなことを考えている人など誰もいないであろうダンジョン探索庁の会議室には、十人ほどのスーツ姿の男女が着席し、一人の立っている男を見つめているところだった。
◇◆◇
「えぇぇー。最近の救助隊の出動要請の数は異常値にあります。その調査段階で、ダンジョン内にこのような装置が取り付けられている部屋を発見しました。ご覧ください」
端末を操作してプロジェクターへと画像を映す。
桃瀬が撮ってくれた写真だ。
次に、黄虎が発見したダンジョンコアの欠片に付いた装置を映す。
「そして、これがダンジョンコアに付いていた謎の装置です。これは関西の技術部へと解析をお願いしています」
「なるほど。この機械のせいで、救援要請が多発しているということですね?」
「はい。そう思われます」
正面に座っている一番年をとっている白髪の男性が大きく頷いた。
この人が、ダンジョン探索庁のトップだ。
「それは、探索ギルドに通達を出して、探索者たちに周知しないといけませんねぇ」
「しかし、これが何者かによるものかどうかもわかりませんよ? 元々ダンジョンがそのような部屋を生成しているのかもしれません。改変の時期だからかもしれないじゃないですか!」
横にいた眼鏡をかけて片頬を吊りながら話している男。
この男が俺は大っ嫌いだ。
いつも癪に障ることしか言わねぇ。
「過去の資料に何か記載はありましたか?」
トップの男が聞いてくる。
それも調査済みだ。
「過去のダンジョンに関する資料を調べましたが、そのような記載はなかったです」
「ふむ……」
トップの男は腕を組むと少し考えている様な素振りをする。
今後の方針を考えているのだろう。
探索者達の命も関わってくるからな。
「それは、全部記載されているわけではないでしょう。昔の話ですよ? 記載漏れかもしれないじゃないですか」
これには、俺は眉間を痙攣させながら反論する。
「へぇぇ。そんなに適当な資料の残し方をされてたんですか? 当時のダンジョン探索庁って?」
大規模改変が起きた時の下っ端で資料を作成していたのが、ちょうどこの嫌味な男だ。
コイツ一人で作っているわけではなかったと思うが、関わっていることは間違いない。
「なんてこと言うだ君は! だいいちだねぇ、救助隊は、黙って救助してればいいんだ!」
この言い方には、俺も込み上げてくる感情がある。
「お言葉ですが、探索者もダンジョンに潜るのに、命を懸けています。もちろん、救難信号が出されて救助に行く我々も命を懸けているんです。そんな漏れていたから関係ないだろうという訳の分からない理由で放っておかれては困ります」
嫌味な男は、眼鏡を上げるとこちらを睨みつけた。
反対側の俺より年下の男性が宥める。
「まぁまぁ。場我さんの言っていることもわかりますけど、異黒さんの言っていることは、ちゃんとこちらでも調査して、探索者ギルドに通達を出さないといけないのでは? 後からテロ組織でしたぁってなったら、ウチの面子が丸つぶれですよ?」
「央慈は、コイツの肩を持つのか?」
「肩を持つというか、今起きていることを俯瞰して見て話しています。場我さんは、自分のことしか考えてないでしょう?」
今度は央慈を睨みつけて唾を飛ばす場我。
「そうじゃない。そもそも帰還率が高すぎるのは、探索者が甘える原因でもある。危機感が足りないんだ。いっそ、一定期間救助しなければいいんじゃないか? そうすれば救助隊も休めるし、一石二鳥!」
「そんなことして死者が出た場合、どう説明するんですか?」
これには、場我も歯ぎしりをしながら口を出した。
「喧嘩売ってんのか? お前にダンジョン探索庁の方向性を決める権限があんのか? そもそも、救助隊風情にとやかく言われたくねぇ。救助だけしてろよ。それしか能がねぇ奴らの集まりなんだからよぉ」
──ブツンッ
何かが切れた音がした気がした。
俺は、頭が真っ白になって、もうどうでもよくなってしまったんだ。
だから、口が勝手に回ってしまった。
「おい! てめぇ! 今なんつったぁ⁉ 能がねぇ奴らの集まりだとゴラァ! 部下が優秀じゃなきゃ、今の帰還率を維持できるわけねぇだろうが! どこに目ぇ付けてんだクソヤローがぁ! 俺のことはバカにしてもかまわねぇ。けどなぁ。ウチの隊員たちバカにしたのは許しておけねぇ!」
「なんだとぉ⁉ 誰に口きいてるかわかってんのかぁ?」
「あぁぁ⁉ おめぇだよ! メガネぇぇ! こっちこい! ブチ殺してやるゴラァ!」
全員で身体を抑えられているが、こんなの屁でもねぇ。
すぐに押しのけて殺してやる!
「落ち着きなさい。異黒くん。……たしかに、場我がバカだった。すまないね」
トップが頭を下げた。
これにより、シンッと空気が静まる。
「場我は、当分この件には口を出させないから。というか、出す資格がない。この件は央慈くんに任せよう」
「畏まりました。しっかりと救助隊、そして探索者ギルドと協力してまいります」
これには、眼鏡も黙っていなかった。
「私を切るんですか⁉ 須和さん!」
「はぁぁ。黙りなさい。うんざりします。もう君にはダンジョン探索庁を降りてもらいます」
「私より、異黒をとるんですか⁉」
「あなた、配信見てないんですか? この前のS級ダンジョンの救助。あれは、異黒くんでなければ成しえていなかったでしょう。そういうことです」
黙った眼鏡。
意気消沈して椅子へと腰掛けて、抜け殻のようになった。
この辺から、俺は平常心を取り戻した。
「あー。取り乱しました。すみません」
「じゃあ、異黒さん、あとで報告書を端末に送ってもらえますか? ちゃんと目を通しておきます。あと、最新の情報が入ったら、逐一僕に報告してください」
「わかりました。よろしくお願いします」
こうして、物凄く啖呵を切ってしまった俺は、後悔しながらダンジョン探索庁を後にした。
まさか、この時の動画が救助隊内で出回っているとは知る由もなかった。
ダンジョンを巡る因果の歯車がゆっくりと動き出していた。




