16.サシ飲み
報告書を夜までかかって書き上げた所で、時計を見ると21時を回っていた。
桃瀬がまだ何かやっているが、他は帰っていた。
「終わったから上がるが、桃瀬はどうする?」
「異黒隊長、さっきみんなで話していたんですが、明日は強制有給です!」
「……は?」
意味がわからず口を開けてしまった。
にこやかに桃瀬が告げる。
「この前の非番も休んでないじゃないですか! 明日は、パァっと休んでくださいよ! ねっ!」
「そうかぁ? じゃあ、お言葉に甘えるか! 上への報告は明後日だ!」
「そうだぁ!」
拳を挙げてノリよく休ませてくれた。みんなに感謝しないとな。
酒でも買って帰るかぁ。
そんなことを考えていたら、横から桃瀬が上目遣いで見上げてきた。
「これから、時間あります?」
「ん? あぁ。別に何もねぇからな」
「飲みに行きません? 明日が非番だったら、今日くらい飲みすぎてもいいですよね?」
「あぁ。明日は、三番隊が非番だったな」
桃瀬と二人で飲みに行くのなんて、本部に配属された時に行って以来じゃねぇか?
本部のセキュリティをかけて、ビルを出る。
「どこがいいですか?」
私服姿になった桃瀬の姿は見慣れない。薄ピンクのシャツにスラッとしたロングスカートだ。大人の女性って感じだな。
いつもは、頼りにはなるが、どこか抜けててちょっとイカレたやつだと思っているんだが……。
「おう……そうだなぁ。この前の合同の食事会は、居酒屋行ったし、今日は中華にするか?」
「はいっ! 中華好きでーす!」
なんだか、いつもより声が明るい気がするけど、そんなに酒が飲めるのが楽しみなのか?
まぁ、そういう所はおっさんの俺と変わらねぇな。
それは、失礼か?
「あっ、ここにしますー?」
桃瀬が指した店は、【中華一番】と書かれている。なんか、そういう漫画あったよなぁ。なんてことを思いながら頷く。
「あぁ。ここでいいぞ」
暖簾をくぐって入る。
「おっ! 実ちゃん! 久しぶり!」
「おじさーん! 来ちゃいました!」
「嬉しいねぇ! おっ、これかい?」
俺を見て親指を立てながら、そう聞くおやっさん。こんなオヤジ捕まえてそれは、さすがに桃瀬に失礼だろう?
「えっ? そう見えますー?」
満更でもない様子の桃瀬。
おい。否定しろよ。
変な噂が広まったらどうする。
「なぁーんて、この人は、ウチの総隊長でぇす」
「おぉぉぉ。じゃあ、あの最強と名高い隊長さんだな?」
「でぇす!」
いやいや。桃瀬よ。
お前、ここ来てどんな話してんだ?
めちゃくちゃ気まずいじゃねぇか。
「いやいや、そんな事なんですよ。今日はお世話になります」
俺が一応大人の男性として挨拶をすると、微笑みながら、手を挙げてくれたおやっさん。良い人だなぁ。
「おじさん、麻婆豆腐と、唐揚げと、生二つねー!」
「あいよ! 今日は安くするよ!」
「ありがとっ!」
コイツ……。
あざとさで色んな飲み屋のおやっさんキュンキュンさせてんじゃねぇだろうなぁ?
なんて奴だ。
「あいよ! 生ねー」
奥から出てきた奥さんと思しき人が生ビールを持ってきてくれた。
「ありがとっ!」
「ありがとうございます」
ニコニコして奥へと去っていく女性。
「ここ、よく来んのか?」
「一人で来やすくて、たまに来てるんです」
一人で飲む店があるのか。
コイツも一人前だな。
「最近、ダンジョンが変で、忙しいですねぇ」
「そうだなぁ。まぁ、何者かの仕業かもしれないって感じだが……」
ホントになんでこんなことになっているのか……。
探索者たちだって、命を張って探索しているんだ。
こんな人の命を弄ぶような真似は許せねぇ。
「周りからは、本部はヤバいって聞いてたんですけど、毎日忙しくてヤバいですね」
笑いながら、ビールを一口飲むとはにかんだ桃瀬。
「そうだよなぁ。ただな、俺はぁ、桃瀬がいてくれていつも助かってるよ。ありがとな」
恥ずかしくなってビールを飲み干す。
「おやっさん! 生一つおかわり!」
おやっさんが返事をしてくれたので、視線を桃瀬へ移すと顔が赤くなっていた。
小っ恥ずかしいよなぁ。
あまり礼なんて言わねぇから。
「そう言ってもらえて……凄く……嬉しいです」
運ばれてきた麻婆豆腐を一口頬張ると辛味の中にもしっかりとした旨みがあって、めちゃめちゃ美味かった。
「うまっ!」
思わず声をあげると、桃瀬は嬉しそうに微笑んでいた。
「ここの麻婆豆腐は絶品なんですよ!」
桃瀬がレンゲで掬って一口食べる。
「んー! これこれぇ」
そう言うとビールを一気飲みした。
おいおい。桃瀬ってたしか……。
「……ひっくっ! 異黒たいちょぉぉ」
急に眼がすわる。
こりゃ、まずいかもな。
「な、何した? おい。桃瀬、そんなに飲んで大丈夫か? たしかお前──」
「お酒弱いと飲んじゃいけないんですかぁ? えぇぇ?」
「いやぁ。そんなことはねぇが、あんまり酔っぱらうと帰れねぇんじゃねぇか?」
「今日は帰りません!」
おいおい。
もう駄目じゃねぇかこれ?
「私はね! 異黒たいちょぉ! 異黒たいちょぉのことがぁ!」
「ん? 俺が何かしたのか?」
「…………ぐぅぅぅ」
俯いたと思ったら、コイツ寝てる⁉
「おい! 桃瀬!」
名前を呼ぶが、起きる気配がない。
これは終わった。
俺も帰れねぇじゃねぇか。
残った料理とビールを飲み干すと、お会計を済ませる。
「隊長さん、実ちゃん、大丈夫かい?」
「あー。本部の仮眠室で寝かせますんで。ご心配なく」
「そうかい。実ちゃんはねぇ、娘見てるみたいでねぇ。可愛くて……隊長さんの話をよくするんですよぉ。すごい人なんだって、憧れの人なんだってねぇ」
おやっさんが言うには、桃瀬の憧れの人らしい。
さっきのは、それを言ってくれようとしていたのか。
ありがたいなぁ。こんなどうしようもねぇおっさんを。
「ごちそうさまでした。桃瀬がまた来たら、お願いします」
「あったりめぇよぉ」
桃瀬をおぶって店を後にする。
こいつ。デカいな。
どこがとは言わねぇが。
まぁ、ちゃんと食って鍛えている証拠だな。
元来た道中を戻り、本部の鍵を開ける。
仮眠室のベッドに寝かせる。
表に使用中の札を下げて、俺は自分のデスクへと腰掛けた。
「ふぅぅぅ。まぁ、たまにはこういうのも悪くねぇなぁ」
端末を起動させて、桃瀬がまとめてくれている調査報告書を確認し、自分の報告書に記載されていない事項を付け足して報告書の精度を上げていく。
どうせ明日は休みなんだ。
朝まで仕事してもバチは当たんねぇだろう。
と思っていたが、いつの間にか机に突っ伏していたのは見逃して欲しい。
朝起きた桃瀬にめちゃくちゃ謝られて、笑いながら最寄り駅まで送っていき、俺はなんでもない平凡な休みの日を過ごした。
ただ、その休みは、皆がくれた束の間の平穏だった。




