-775話 姫巫女降し 51-
挟み撃ちの挟み撃ちなんてレアな状況はない。
エセクター伯が、自軍の兵にマジックシールドを唱えて強化を図り、幼帝の護衛であるシャフティ族が懸命に戦っている。こんな状況は、機会としてももう何度も巡り合いそうにない。
それだけ仕掛けている側に、些細な焦りがあった。
仕留めきれなければ――という焦りだ。
ラインベルクの胸中には、摂政を害するとは考えていなかった。
今思えば、甘い判断だったと思う処はある。
死ぬ気で戦っているシャフティ族と、幼帝との温度差があったことは否めなかった。
ラインベルクにとって、摂政は、やはり初めての腹を割って話せる友だったからだ。
◇
「降伏せよ!」
幼帝イングヴルムから、上ずった感じの声が発せられた。
彼自身、この状況でならイケると感じた結果なのだろう。
「親も同然の私に手を挙げるとは...情けない。いや、放蕩が過ぎますね4歳児とは思えませんが。ま、この場で冗談が言えるようななら、これが終わった後でちょっと調教が必要ですかね?!」
摂政のトーンは変わっていない。
むしろ少し凄みが増したように思える。
伯爵も妙味ニヤついているように見えた気がする。
「ちょ、ちょう...いや、摂政の手勢はもう、」
「ええ、今、見えている残りの駒は数える程度ですが...それは、私が戦えない前提の数ですよね? どういう計算をすれば、私が非力な文官と一緒にされるのですかね。幼帝も自我がおありなら、赤ん坊の時点から、私が戦場に立っていたことを知らされているのではありませんかね?」
侍女たちの話から察すれば確かにそうしたフラグはあった。
が、彼にはそれを回収する気がなかったのだ。
そう、幼帝はジャンルの違うゲーマーだった。
乙女になりきりロールで、美青年らと甘い恋愛を楽しむ手合いのゲームをこよなく愛する。
二次作品ではそれら攻略対象の青年らと、濃密で甘美ならぶらぶ枕同人ゲームに嵌っていたおっさんである。
その彼の目に映ったのは、他愛もない話に花を咲かせる、侍女たちの方だ。
身分の低い貴族の令嬢たちが、王宮で宮遣いをしている――これが侍女で、家でも次女、三女などの立場の子が出仕している状況だ。
それでも、皇帝の目にとまり、お手付きともなれば“爵位”を得て〇〇夫人なんて呼ばれもするだろう。
家にとっても、本人とっても悪い話ではなかった。
幼帝は、ただ自分に正直に生きてきた。
4歳になるまでにラッキースケベの数だけ、十分な人生をおくれてたそれだけの話だ。
「あ、れれれ?」
「ふぅ...」
摂政は、頭を抱え込み、暫く不思議な沈黙が流れる。
転生者には色んなのタイプがあることは、知識だけならわかっているつもりだった。
知識で得ているだけで、出会う確率はかなり低い。
だから、レアケースの召喚者の時は、興奮もした――どんな化け物が来るのかと。
「いや、あれは正直がっかり...っ違うな、残念か...」
摂政は再び、ラインベルクから視線を外して幼帝を見直す。
「まあ、中身はどうあれ...その御身を傷つけるつもりは毛頭ない。それに、これだけ大きな音で騒げば王城の兵も押し寄せるわけですが?」
耳を澄ましても、甲冑の擦れる足音が聞こえない。
この場にある人の気配は少なすぎた。
「なぜ」
「何故って、そりゃあ“サイレント”が放たれているからだよ」
伯爵の笑みはこれだった。
マジックシールドを唱え終わった時点で、サイレントを範囲内にかけておいた。
これで一部の回廊で起きている、只ならぬ騒動というイベントに追加介入者が入らないよう仕向けていた。暗殺するにしても、襲撃にしてもだが、サイレントの準備は普通にしておく常識的なものだ。
足音を消すような類のものではない。
「よそ見をするな!」
伯爵から摂政に向けての忠告――。
◆
マルは、7歳の少女の上で馬乗りになっていた。
体格とボリュームが7歳の少女と同じくらいというのは、正直、残念なことが多いが。
マルとしても、ちょっとはお姉さん的なところを見せたくて、得意でもない体術の特訓に付き合っていた。これは、コバルド族のババさまにから“稽古をつけておくんじゃ”という言葉で起きている事態だ。
そうなった経緯は、いくつかあるが。
戦闘技術のスキル相性に“槍”があって、これの伸び代が高かったからだという。
「まあ、こやって腹の上で馬乗りになれば、マウントを...」
マルは、少女の上で顔を赤く染め始める。
「ちょ...」
「スライムさんて、全身よわよわそうですもんね!」
原因は、エリアスの手だ。
マルのお尻を摩りながら、スカートの中に滑り込んでいる。
マルは口を両手で覆いながら、身をよじるばかりだ。
「私も長い事、あの盗賊窟に居ただけでありませんから、見よう見まねはありますが...少しは技の一つや二つ、持ってます。どこのツボを突けば、堕ちるかくらいはね」
と、マルから変な声が漏れる。
本人が赤面しているのだから、挙げたことのない声なのだと分かる。
エリアスの指は、別の生き物のように動き回る。
ぷっくりとしたお腹の周りを這いつくばり、腰や背筋や、胸筋の近くまで寄って焦らして去る。
ねっとりとした声で鳴くマル。
あと、数分でもツボを押されでもしたら、吹くか、或いはスライムになってドロドロに溶けてしまっていかもしれない。
という途中で、エリアスは指を止めた。
――生殺しだ。
「え?!」
ものすごく残念そうな声で啼く。
マル自身も驚くような声だ。
「あ、おしまいです...」
エリアスはマルの身体を横に倒すと、素早くその場を立ち去った。
《いやあ、やりすぎました...マルさん耐性無さ過ぎです...》
馬乗りの跡が分かるくらいのが、エリアスの服にしみこんでいる。
マル本人にはその自覚はない。
「この技は封印します...たぶん、でも、可愛かったなあ~ マルさん♪」




