-774話 姫巫女降し ㊿-
マルの下に“ラインベルが幼年王に降る”という報せが舞い込んだ。
が、彼女は微笑むだけで別段、憤慨するわけでもなく水桶の底に深く沈んだ。
彼女にはもとより“国”をつくるという考えが、あったわけではない。
たとえ、それがなくなったとしても、領国経営が損なわれるものでもないからだ。
そもそも、敵対的な行動をしているという認識は、摂政個人が抱いているものにすぎないからだ。
帝国と地方領主の間には、ある種の契約が存在している。
それは、貴族たちの意志で王と認めたものを支えるというものだ。
例えば、皇帝の叙勲で与えられた爵位には、土地が含まれることはない。
仮に辺境を守る場合などでも、それは荘園ではなく借地である。
帝国は純然たる空白地をほとんど持ち合わせていないのだ――皇族たちの地は、帝国皇家の直轄地なのだ。が、これを世界帝国までにのし上がった帝国の土地とは言えない。
だから、からっぽの爵位だけを与えるのだ。
荘園を持つ貴族と帝国の関係は、平たく言うと、かつて王侯に等しかった豪族たちと敵対者だったという関係だ。荘園の大きさや規模などの状況で爵位を得た関係だ。だから、気に食わないなどと貴族側が不満を募らせれば、いつでも離脱が可能だった。
しかし、睨まれればただでは済まない。
「まあ、そういうことです」
水桶の中で水面に浮いているスライムは講釈する。
相手はエリアスとと名乗った少女にだ。
「帝国が二分するのに、なんで衛星国も今まで帝国に与してた人たちは...」
と、口を噤む。
「そう、その態度こそ答えですよ。帝国が二分化する、それだけ力のなくなった国は亀裂の入ったガラスのようなものです。あとは何がきっかけでバラバラに崩れるかによるところなのでしょう」
◆
幼帝王が部屋に戻ると、側近である侍従らが、兵士に抗っている状況と鉢合わせした。
シャフティ族も数名が護衛として4歳の子供の付き添いにあった。
「やべぇぜ、これは?!」
元来た隠し通路に走り出す。
「どこへ行く、今、帰ってきたばかりではないか」
他の兵も沸き、その中に摂政の姿もある。
乳母の女性は半ば半裸のような状態で、首輪とロープでつな流れていた。
「ちょ、...と、これは?」
明らかにペットです――という雰囲気しかない。
「ああ、これですか...躾が必要だと思ってたんですよ。もともと私の情婦だったのですが、乳母となって陛下のお世話をしているうちに、子を欲しがるかわいい女になるとは予想外でしたので、己が何者かであるかを今一度、調教で知らしめておったわけなのです」
乙女ADVゲームを鬼畜エロゲーっぽく愛でいた、幼王でも吐気がこみあがる。
乳母のうち太ももが、赤黒く変色しているように見えた。
乳房の蚯蚓腫れは、ロープなどで縛り上げたものか。
尻にはしっぽが生えているようにも見える。
《あいつめ、大好きな尻まで壊しやがって》
「いいですな、その目ですよ。最初は何の冗談かと疑ったものですがね...そう、転生者ならば、幾ばくかの記憶があっても、不思議ではない――子供にしては、いささか欲望に忠実すぎたのです。女の裸体を見て股間を腫らすなど、思春期も未だのガキが...見せるものではない!」
この変態が! という言葉が続いた。
55歳ひきこもりニートのおっさんも、胸中で『お前もな!』と、言い返していた。
変態の尺なら、どんぐりの背比べといった具合だ。
「だが、ボクはロープではない!」
「うん?」
「ボクなら、スライムや触手のある魔物を使うさ!」
性癖を押し付けてきた。
摂政は鼻で笑い――
「スライムは賢くはない。彼らを説得できるとは思えない。触手がある時点で捕食動物だ。調教するんだから、辱めながら複数の者とともに回せばよい。最後に必ず俺の巨根に戻ってくるのさ...そして、自我を奪う!」
顎を持ち上げ、乳母の俯いていた顔を見せる。
瞳の奥にハートが灯っているように見えた。
「ほれ、4歳の王に観ていただけくのだ...乳母のお前のを...」
ひたひたと歩いてくると、幼帝と護衛の前でしゃがみこみ、開いて舌をみせた。
《これは酷い...》
画面越しに見える2Dの作品ではない。
生で見える人の女性だ。
彼女の母乳をのんで育てられた――が、今は見る影もない。
怒りが沸き上がる。
「...っちくしょー」
「夜遊びも大概にしろ転生者!」
大体、何をしていたのかも何となくの目星はついているようだ。
流石に摂政まで上り詰めた者、ただものではない。
「勧誘した相手は大方の予想がついている。が、お前には未だ早すぎる!」
◇
「へえ、早すぎるってか?!」
聞き覚えのある声だ。
対峙していた摂政の背後を200名ほどの兵が廊下いっぱいに広がって、布陣していた。
それら声がした方向にも、乳母は尻を向けて、催促を促していた。
「調教のしすぎだろ、もう誰にでも尻穴をみせる、女になっているぞ?!」
「そうだな、確かに壊しすぎたが...まさか、この王宮になぜ、お前がいる――ラインベルク?!」
摂政とともに兵の半分も振り向いた。
その一瞬で、シャフティ族が接近戦に持ち込んだ。
幼帝には、ふたりの護衛を残すのみとなっている。
「そうだな、こういう可能性があるからかな」
幼帝は摂政に睨まれていた。
一挙手一投足、思考までも覗かれるような状況だと話していたから、使者を送った時点でバレていると思った。結局のところこういう形で決着をつける必要があったのだ。
それならば、白の抜け道から侵入できる、この機会しかない。




