-764話 姫巫女降し ㊶-
三皇子領の要塞化と、子爵領も並行して国を作り始めていた。
別段、新生帝国に放って置かれている訳ではない。
再三の兵員供出要請を打診されても、領主は、首を縦に振らずに構えている状態だ。
睨みあいも、ひと月も経つと使者側にも、ようやく苛立ちが見え始める。
ただし、暴走し掛けそうな頃合いになると、本国からの遣いが現れて担当官を帝都に戻すという処置が発生する。
結果、そのせいで今まで何も起きていない。
いや、逆だろう。
あちらから手を出してこないのだ。
マルが想定する状況では、新生帝国が痺れをきらして兵を出し、三皇子領を攻め込むシナリオだ。
いや、逆にラインベルクを名指しに、子爵領を攻め込んでもいいくらいに考えていた。
が、まったく乗ってこないのだ。
◇
帝国がおよそ後方に位置する、三皇子領と子爵領を攻めあぐねているのは、兵力がカツカツだからだ。
斥候による諜報活動では、三皇子領の守備隊は2万~3万前後となり、その殆どが領都にあるというのだ。つまり、籠城する気満々という意味であろう。
そこで、先ず早々に領都攻略素案というのがつくられた。
結果を先に出すと、攻略に掛ける兵数は割けて同数か5万未満だが、攻略にかかる日数は数年という試算がでたのだ。今ある魔法士たちによる火攻めで堅牢なる城壁が燃えるかという、机上演習をしたうえで結論を出したものだ。
「なるほど、数年とは...もうほとんど絶望的じゃないか。密偵を送って暗殺した方が、早いのではないか?」
と、教会に礼拝しに来た摂政と、大司教、軍事顧問の将軍らが諦めムードの中にある。
大司教などは、幼年皇帝の戴冠式の際に方々に尽力した功績によって、南部メンセル州“カラタンシュ”荘園を下賜された元地方司祭だった男だ。
元の教区の司教たちは、この単なる一介の司祭によって半ば、追放されるように強制収容所に送られている。その後、彼らは朽ちるまで収容所を出ることは、できなかったという。
「そういう考えをしなかったわけではありませんが、現実的に難しいと言わざるえません。傭兵稼業で生計を立てる流れエルフを使い、彼らの戦術を用いて強襲いたしましたが、これを逆手に取られ、悉く阻止されました。まあ、腐っても帝国軍人ということですな」
腐ってもというのは聞き捨てならないが、帝国がエルフに暗殺を依頼する場合は、ショートカット転移を用いて神出鬼没を狙う。混乱に乗じて、目当ての目標を排除するから、他国の将兵にしてみれば、次は自分じゃないかという恐怖で自滅するのだが。
帝国兵同士の考えは、わりと単純なのかもしれない。
狙いたいものがはっきりしている。
「対策が講じられていると...ったく厄介な」
◆
マルの仕業だと思われている。
彼女の手柄だと言いたいが、その功績はエセクター伯爵に返納したい。
十分な時間をかけて北域鎮台府を超えた。
越してくれた――鎮台府の将軍は、大将軍である伯爵に一礼を送ると、そのまま無言で国内に迎え入れたのだ。
事前に通過を願い出たわけではなく、どうやら察してくれた。
その足で三皇子領の領都に入城を果たした。
3万の軍勢は、本来、西方の“ザグライブ”山岳戦線に張り付いていた伯爵の私兵たちだ。
今現在も、信用に足る副将が、指揮棒を振って開墾中である。
「これで暫くは、皇子領の兵力は3万だと偽ることができる」
「こんな子供騙しが通じるものですね」
数と帳簿上数字が合えば、それが何者かまでは調べる者は少ない。
そもそも同国人同士だから、そこに変な甘えが出てくる。
1000人でも出身地と家族構成など戸籍を用いて調査し始めたら、何年もかかってしまうのだ。だったら、数的で不審な点が見つからなければ、それは正解だと思うほかはない。
「こちらに回せる兵力がないのだろう。帝国は外征を続けし過ぎたんだよ。荘園ごとの働き手はそのまま兵力としての頭数になる。領主は、生産力、つまり経済の発展に尽力するか、その逆かを常に板挟みになりながら自問する。帝国の悪い文化は、国内需要を満たすことをせずに、他国が開拓した農地や文化を吸収することで国内を発展させてきたきらいがある」
「えっと、それは...」
「ノミやダニと変わらない吸血生物だ。また、力が外に向いているから、国難とする事案が帝国本土で発生した場合、外征中の兵力は事業を放り投げないと、国難に対処できないのだ。いや、傭兵とか冒険者なんて制度があるから利用しない手はないが、騎士の本懐は敵前の敵に対して真っ向勝負を挑むものである――なんて古い人間の多い帝国中枢に、そんな器用で切り替えができる貴族も将軍も少ない」
伯爵の講釈を黙って、セラス太子とオウル将軍がある。
ラインベルクは外の庭で、火炎球の猛特訓中だ。
目の前にある藁人形に火を付けることが出来れば、成功である。
「ふーん、じゃ、ズルしちゃおうか?!」
と、耳元で囁くものがある。
甘い声色というより、ミルクっぽい香りのする――お子様臭だ。
「で、どうすんだよ」
「ちょっと待ってて!」
ラインベルクの目の前に飛び込んだ少女は、火打石で藁山に火を点けると、一目散に明後日の方へ走って逃げた。
ラインベルは、その少女がマルだ知った上で見送っていた。
「ほう、俺の修行は退屈なのか?! 魔法で火を点すのと、そうでない点し方では色を見ればいいという話を知っているか...その火は何色だ?」
「あ、えっと...こ、これは、俺じゃなく...て」
「言い訳はいいから、何色だ?!」
「橙色です、師匠」
伯爵は、窓の傍に立ち、小さくうなずく。
庭にあるラインベルクを一瞥して――「では、魔法の色は?」
「真っ赤です。それに...属性に対する純粋な攻撃なので、燃焼による温度などは魔法で点された火には、関係ない為です。よって、火属性が弱いとされる魔物や魔獣、人への攻撃或いは、建物や城壁にはすべて相性からなるダメージ量が決まっていると言いわれています」
再びうなづかれ。
「ならば、練習を続けろ!」
「サー、イエッサー!」




