-763話 姫巫女降し ㊵-
帝都に召集された貴族は、手持ちの財産と引き換えに兵を募る。
各領地に戻った者たちも、手勢を率いて召喚に応じた。
その数は、3万だ。
ラインベルクが帰還した後、解散するはずの5万の兵を再び調達できれば、数の上でなんとかエスカリオテ王と、対抗できる兵数を整えることができる。
現実問題、今、これが帝国本土の実力だ。
外征の為に行ってきた兵役の義務は、内側からの反乱を防ぐための機能もあった。
だから、帝都中心部もそれに従って、巨大な兵力保持を禁じていたのだ。
摂政は、ラインベルク暗殺の為のシナリオで、帝都の防衛力を無駄に裂きすぎたのだ。
結局、この後に予備兵力をもかき集めてようやく、体裁を整えることに成功してみせた。
◇
エスカリオテ州が帝都の防衛力と拮抗しているのは、六皇子であった王の治世にある。
もっとも、父王の死後から準備し始めた、摂政サイドとは少し年季が違う。
父王の性格を図った上で、青年からずっと成人するまでに行ってきた政策の賜物であるのだ。
人口の増減は殆どない。
これは、純粋に兵士である人間と、生産力に直結する人たち市民の数ではっきりと分かれていたからだ。
州全体の人口から、一律約10%の範囲で定められた男手を帝国に供出する。
男手の年齢に厳格な範囲はない――戦うことを目的と定めているので、常識的な範囲が望まれ15歳~40歳前後までとされた。
口減らしみたいな名目で、ある州は老人ばかりを送り込んだという、笑えない話がある。
エスカリオテ州の兵は、国内事業で生まれた職業軍人を送り込んでいた。
無事帰還を果たした者は、後進育成の為に生き残った技術や心の在り方などを伝えるというプログラムがあったほどだ。今、その事業の成果が問われている。
「さて、新生帝国にしてみれば、とんだ寄せ集めのようだが」
皇帝になったものの、存外、今までと大した違いはない。
六皇子の下に集まった、四兄、七弟、八弟のそれぞれは身分として“大公”を名乗り、それぞれが1~2万の軍を率いる将軍となった。いや、その前からも将軍だったから、大して出世をしたイメージはわかない。
それでも、帝国内部から切り取り御免で動けば、増えた領地から好きな地域を六皇子からもらえるという点は大きい。恐らくは、摂政となったあの男からは、そういう理想的な提示は得られないだろう。
「ま、寄せ集めといえば...我が軍も将軍がそういう風に見えなくもありません」
耳元で呟くのは、エスカリオテ王の側近だ。
彼はその状態で周りを見渡している。
「余の親族ゆえ...な。ま、兵が優秀だから、その点は気に掛けてもおらん」
本当にエスカリオテの兵士は優秀だ。
今日まで隠匿した甲斐があったほどにだ。
「で、兄上! 先ずはどこから攻める?」
玉座の間と呼び名を改めた新設の空間には、3人の親族と、古参の将軍が詰めている。
それぞれが顔を見合わせるような配置で立って、玉座は横目遣いで拝いするように立礼していた。
これはこれで真面目に付き合うと、首も目も痛くなる。
誰かがちょっとした拷問だよねという。
「建国から幾ばくもなくか...」
周りからは少し拍子抜けたような声が漏れる。
「正統性を訴えるためにも、先ずは宣戦布告だろう! こちらには軍事力とそれを支える国力が漲っている。あの簒奪者から国土を守るためにもさ!!!」
血気盛んなのは八弟だ。
帝国アカデミーでも、猛々しい舌技で兵ロールの学友を奮い立たせ、圧倒的不利を覆したという逸話が残っている。本人が言うほど不利ではなかったようだが、学友の戦闘力が高く、鞭入れが上手かったというだけのようだ。
それでも実績は実績だ。
八弟の強みはその舌技なのだが――。
「ああ、それはもう外交という場で訴えてある。武力行使は、そのあとでも十分、間に合うだろう。今は、各地域の衛星国に働きかけて一人でも多くの支持者を募る時だ。国内の小貴族たちから票を集める時期はとうに過ぎ去ったのだからな」
摂政サイドでも動いている票固めだが、うまく進んでいない。
ハイランド王国の件が尾を引いているからだ――帝国に弓を引けば――だ。
◆
「ああ、彼らも...ラインベルクの名で集まったわけじゃないが、まあ、味方だよ」
やや、勢いが沈み込む。
ラインベルクの瞳に暗い影が映りこんだ。
「え、えっとなんです、今の?」
少し眩暈が襲ってきたような――落ちそうになった彼を支えて並走したのは、ラサだ。
「お館さま...」
「いやな、純粋に君のことは、私も含めてほかの将軍たちも良くは知らんのだ。だからラインベルクの下に集まれとか言われても正直、ピンとこない。ピンとではなく最早、霧向こうの世界のようにしか聞こえないと言えば、理解は苦しくないかい...そういう事で、君のところの軍師からは“リフル殿下の力添えになってほしい”という回文を貰ったのだ。いや、とにかく気の利いた名文だと即座に理解した」
マルによる火力支援であることは理解した。
オウル将軍も納得したように柏手を打つ。
「確かに、その方が...」
「少し複雑です」
「いや、悪かったな。何か気を持たせてしまったのかな」
「いえ、伯爵も俺のこと知らないって件が、心に突き刺さって...すみません。泣いてもいいですか?」
馬から落ちそうになったのは、そういう事らしい。
「いや、冗談抜きで、知己を得ていない場合は、こういう手段しかない。リフル殿下は、帝国内でも聖女的存在だ。この絶大な支持は、対立候補の連中から煙たがれることは間違いない。...だからもう一度、その覚悟を問う」
「はい」
ラインベルクの喉が鳴る。
「ドメル子爵領が本拠地でいいのか?!」
「勿論です! あれがリフルの故郷ですから!!!」




