-747話 姫巫女降し ㉖-
「時に、ハイエルフの皇子ですが...」
躊躇いがちにマルが尋ねる。
もう、年十年も交流がない。
もっとも自分の方から、コンタクトを取れるような立場でもない。
「ベネルクス殿下ですか...勘当されてからの足取りは追えておりませんが、風のうわさでは魔王軍にて将をしていると聞きましたが? やはり少し気がかりですか...」
最後の言葉は少し意地悪に聞こえた。
気にならないと言えばうそになるし、とはいえ、あれから100と数十年はちかく時も流れている。
長命種としての悪い癖は、何百年経たとしても、時間経過とともに忘れはしないということだ。
「はは、ああ、あの人は魔王軍に...武の力では右に出る者もおりませんでしたものね」
「私も懐かしく思います」
と、族長の微笑みはまぶしかった。
◆
ハイランドが侵攻を開始したのは、マルが北欧から戻ってからすぐの事だ。
ブルーメル衛星国“ナルバ”城塞国家が標的にされた。
国の規模は小さいが、個々の戦闘力は規格外だと言われた――彼らは、ハーフエルフ族で構成されたせていた。丸耳が少しとんがった風貌で皆が金髪という姿をしていた。
中規模の街を高い城壁で囲み、街の目の前に川幅のある大型の河川が流れ、街の左右に湖と海岸線がある。
いわゆる難攻不落の辺境国だ。
「申し上げます」
街の正面に配置した兵は1万5千だ。
すべてが歩兵で壁が抜ければ、この地で乱戦をする構えだった。
「敵侵攻軍、“コトラフィ”王国へ再上陸を果たしました!」
「な、なに?! 背後にか???」
思わず声が裏返った。
確かに2度ほど“トレイラ”の砦に攻撃を仕掛けていたが、その2度とも同地の守備隊に海まで押し戻されていた。大型強弩の斉射による敵船舶への被害は甚大だったはずだ。
――どうやって?
「報告!」
「次は何だ?!」
陸路による侵攻だ。
“スランツェ”公国が実効支配する王城を無血開城したという報告。
その宗主国“グラスーニエ”王国がハイランドに屈服し方からだろう。
報告と物見によれば、野戦は僅か半日で決したというのだ。
ブルーメルと同盟を結んだ国々が、大小という規模に関係なく陥落している。
「援軍を?!」
「ああ、送った! 送ったが...間に合うまい」
城塞国家の執政官の見通し通りに、“ナルバ”は、ほどなくして挟み撃ちにされた。
本来ならば後方の“コトラフィ”王国から援助を受ける形で籠城するはずだった。
川を挟んだ側の防衛は難攻不落で、こちらを背にできる。
が、コトラフィ方面の防衛は、地形に合わせた防塁のようなものしかない。
「ここが抜かれるのも時間の問題。だが、ここから敵も大問題だろう...帝国衛星国の総力は...“ノグラード”古王城に集結するだろうな」
このまま南下すればだが。
ハイエルフたちは確かに激オコである。
しかし、見境なくの激オコではなく、ある種の計画を持って動いていた――。
◇
遠く離れたブルーメルの王城、執務室だ。
円卓には、帝国の治めた領土が、地図のように刻み込まれてある。
「みよ、これがわが帝国の版図だ!」
かつての皇帝が円卓の前で両腕を広げて豪語した。
そして今、宰相がその仕草を真似ているのだ――いや、その実感は、領土拡大にまい進した仮面の騎士のときの業績を自らで讃えているような感じだ。
「...」
招かれたラインベルクには実感はない。
「ま、冗談は置いといて...三皇子軍とともに北へ行ってもらう」
エルフの侵攻を今、この場で話聞かせた。
マルが拾ってきた内容に近いが、驚異的深刻度は宰相からの方が高い。
おそらく最新ニュースなのだろう。
「かき集めた兵力は?」
「仔細は伏せる――が、衛星国を含めれば、30万だろう」
かき集めすぎだ。
およそ北方地域の軍事バランスが、その一戦でぐらつくことが予想できる。
敗戦すれば、連合軍という船は転覆する。
勝利しても容易に終結を解くコトができないことになる。
《兵権の事は伏せているな》
「どうした?」
宰相に気が付かれた気がした。
が、ラインベルクが聞き手に回っている点に気が付いた形だ。
「いや、六皇子は?」
「四皇子領と、五皇子領の監視をさせてある」
ラインベルクでもこれが嘘だと分かった。
二人の皇子が謀反を起こせるほどの器量はない。
六皇子を焚きつけるかして、その気にでもさせようという魂胆なのかもしれない。
いや、ふたりの皇籍を返上するよう働きかけ、配下に加えようと動いた時点で――“謀反人”というレッテルでも張るのだろうと、予測できた。
ラインベルクに予測できのだから、六皇子にできなはずはない。
その六皇子も1万の兵を供出し、北方戦に参加すると表明してきた。
◆
「まあ、そういうことで宰相の勢力のみが、帝都に残る形だ」
マルは細い目でカルスを見ている。
「心配だから...」
「帝都に人質を置かないと、その方が心配かも」
と、マルは言う。
エセクターとその子、身重のリフル、そしてマルだ。
「え、は? 一緒に行かないのか???」
「行かないよ、ここでふたりの姐さまを守るの。で、カルス殿はラサさんに任せるから」
順番が逆といい掛けた。
が、マルの魔法力があれば、ふたりの退避が容易だ。
帝都の脱出だけでなく、撃退も容易いのだろう。
「それじゃ、頼む」
「任されたし!」




