-748話 姫巫女降し ㉗-
ドメル子爵上屋敷の中庭には、コバルド族にまで進化した妖精たちが、片膝をついてマルの眼前にある。
「修行の成果はあったようだね」
若手の将帥が頷き、
「選抜せし30名はここに」
と、短く伝えた。
同族の工房より届けられた甲冑を、マルが手渡しで贈る。
「これは、アマダマント鉱石を鍛えた武具一式で、精鋭たる君たちの財産となる。いずれ、約束されし土地も与える故、きっと我が命に背かず、忠勤に励まれることを望む!!!」
この30名が、実質的に人質になっている、ふたりの姐を守る盾だ。
マルがこの日のために用意した、力といっても過言でない。
◆
かくして、エルフ討伐部隊が編成される。
規模は大きい。
各地に転戦していた、帝国名だたる将軍たちも参戦する予定はある。
宰相の出す召集令に対して反応してくれればという条件があるのだが――。
例えば、皇帝が遠征先にしていた東の地“オレンブルク”戦線より、側近のガラハット卿。
赤髪長髪、浅黒い肌のアメジストな瞳を持つ男狂いの大将軍のひとりだ。
帝国の大将軍制度は、方面軍につきひとり配置されている。
皇帝と同じ思考で、皇帝と同じ権限を軍事面でのみ発揮できる傑物といっていい。
政治を司る宰相と対比させるとやや分が悪い程度だ。
戦争や局地戦を政治の道具としてしか見ない、大貴族の宰相とは馬が合わないというのが本音で、結局反りが合うか合わないかで、この令状に加担の可否も変わるといううわけだ。
ま、東部方面では“静観させてもらう”という返信があったという。
次に南、膠着状態で3年間も進軍しなかった頑固者がある。
“バディン”戦線の大将軍シヴァ卿だ。
白髪で、切れ長の目、赤く光る瞳に金色の光彩を放つ。
そびえるような山と深い谷を想起させる、大きなバストは世のすべての男性を前かがみにさせる魔力を持つ。一見、腰に提げた大剣が得意そうに見えて、その実は魔法使いである。男性しか存在を認めない教会へのカモフラージュとして、剣を帯びているが使えないわけではない。
勇者や上級冒険者ほどの力量ではない。
では、やはり見せかけに近いともいえたが、彼女が剣を抜かなくても側近の4名が凄腕の戦士であるから問題はない。ただし、彼女も今回の招集に対して難色を示した――「っ、実際に正反対の立地ですので、むりで~す」だ。
北方も西と同じで竜の山とエルフの里のせいで事業がとん挫した地域だが、ふたりの大将軍が派遣されている。すでにそのうち一人は首だけの存在となって、戦地“ヴィヴォログ”砦の尖塔に串刺しにされてしまい、戦闘の激しさをうかがうことができる。
また、もう一人の大将軍は、温存していたとはいえ、6万もの兵と1000人の魔法師団でハイランド軍の南下を半月も凌いできたが、結果的に宰相の見込み違いで“サンクトペテルブルク”は陥落した。
時間を稼ぐにはもう少し必要だった。
が、将軍はさらに南下しながら“ルーガ”城塞まで逃げ延びて、残兵2000人で最後の抵抗をつづけた。希望はあったが、距離が仇となって絶望を帯び、帝国(本国)どころか衛星国の支援なく、降伏後に惨殺された。
西方は“ザグライブ”山岳戦線で大将軍が目撃されている。
黒髪を短く切りそろえた好青年だという。外見的特徴として、30代の後半に見え、全将軍の中で一番若く見られがちという特徴が、特徴だ――彼が人族であれば、帝国史上最年少の大将軍ということになるだろう。
まあ、ただし、見た目だけの話だ。
名をシェイヴァン・エセクター卿といい、家格は伯爵にして王宮魔導士団長という肩書も持つ、シスター・エセクターの実兄であるという。
かわいい妹の腹から、人の子が生まれ出でたことを未だ知らない。
各方面軍の立場と状況なら、およそ有名どころを列挙した。
帝国が全盛期であれば、もう少し多くの大将軍が台頭していた時期もある。
皇帝崩御を聞きつけたうち、数名が追い腹という習慣で自殺してしまったので、高級将校が実は少なくなっていた。
そして、それら大将軍には、帝国宰相名で――ドニエプル城へ終結せよ――と、発せられた。
◇
「今、前線を放棄してドニエプル?! 何を...いや、何も考えてないということか」
エセクター伯だ。
黒い前髪をかきあげながら、瞼を閉じる。
帝国宰相にも、彼が見ている状況を見せてやりたいとも思った。
ハイエルフが活発に行動し始めたころと同時に、くすぶっていた獣人族も同じなのだ。
玉砕も辞さない覚悟で、特攻を繰り広げている。
「魔法師団の為にもポーションと、聖水も温存しておきたい。が、その覚悟のせいで...歩兵にも甚大なる損失が出ている。今、ここで兵を下げれば“ザグライブ”山岳地域、もう取り戻すこともかなわぬぞ?!」
独り言ちたつもりだったが、使者はまだその場に残っていた。
「そのせいで遅参すれば...閣下の忠誠心が疑われます?」
「そんな些末なことはどうでもいい。俺が言ってるのは、帝国は誰の命で動いてるのかということだ! 皇帝の遺言にしたがい各地域の“乱”を治めたのちで、権威を保ち続けるのか...あるいは帝国宰相の名で国を汚すのかだが...その忠義はだれに向けるべきか」
使者には屁理屈を――と罵られた。
結果的には、この地を離れるには十分な策と時間が必要だと言い退けた。
これは時間が必要だ。
エセクター卿の軍団は足の遅い兵がい多い。
魔法使いも連戦続きで疲労だけで昏倒しそうなほど疲れている。
これらを急に動かせば、死人が増えかねないのだ。
だから遅参する方を選択した――「最悪、俺の大将軍っていう中二病みたいな恥ずかしい称号と、蟄居くらいの罰だろう。取って喰うくらいなら、今、あの場で権利はく奪なんて沙汰も会ったろうさ――とつぶやく。
兵士たちの目の前でだ。
大将軍の任を解く場合は、少なくとも帝国元老院という人々の裁可が必要になる。
宰相の一言では、議題に案件が持ち込まれる程度までになるのだ。
また、緊急解雇による反動は、そのまま方面軍の印象を悪くさせる。
結局は人なのだ。
「ほう、東と西、南も辞退...か」
狙ったことではない。
宰相の人気という問題でもない。
結果的に、どの方面軍もすぐに戻れる保証がないのだ。
だからこそ、帝国本国には後続が多数存在するというわけである。
この場合は、軍事に明るかった第二皇子と三皇子、五と、七、八皇子もだ。
九皇子は今、アカデミーに入っているので将軍でもない。
任せられる人がいないという問題。
「ま、計画に支障が出ましたが...これはそれで。カルス君がこの程度で死ぬのであれば、それもまた運命ということで、やや前後しましたが未亡人となったリフル皇女殿下を迎えに行く手間も省けるというものです」
と、宰相は暖炉の前で伝令書を破り捨てていた。




