-746話 姫巫女降し ㉕-
エルフの王国、ハイランド。
ハイエルフを頂点としたエルフの王国だ。
各地に散るエルフの里なども、この国が頂点に立つような構成である。
それでも、そこには大きな差がある。
比較的東にあるエルフたちは、穏やかに過ごしたいと願っている、大人しい種族だということだ。
それらとは別の種族となったのが、ハイランド王国の民ということになる。
彼らは人族を下に見ている。
例えば、魔法への理解度とか、肉体的な優劣などだ。
あらゆる面で人への対抗心を燃やした。
そして導きの担い手としての責務をも、放棄したのである。
「我らこそが完璧な種族なのだ!」
と、唱えた。
完璧が何を指すのかは、おそらくは色々であろう。
高次元的な高みに上り詰めたというのならば、その先に未来は果たしてあるのだろうかとも思える。
人は未完成ゆえに、より多くに分野を開拓してまい進するのではないか。
ある賢者はそういう理屈で、人の進化について論じた――魔力の根源への飽くなき探求と旅路という著書の中でだ。
ラインベルクには少し難解な書物だった。
「いや、そうじゃなくて...俺には読めなかったと言ってほしいな」
ナレーションに食ってかかる。
理解度ではなく読めなかった?
「そう、古代語ほどじゃないけど、この帝国の古い言葉は、口伝を拾いながら速記しているレベルなんだ。このミミズが這ったような字を読ませられる身にもなってみろ、ちょっとした拷問だぞ、このレベルは」
と、吐き捨てた。
◇
「マルはあれだろ、その避暑地とかってところで水浴びしてるんだろ」
エセクターの話を聞いて興奮気味なのは、彼女の休暇のことばかりだ。
数か月前から衣装ケースを物色していたが、水着らしい気配は全くなかった。
と、なればこっそり買ったに違いない。
「いや、待てよ...自作か。乳隠しの布は、縦長の布を横向きにしてひとつ捩じれば、乳房を覆うのに必要なカップを確保できよう。なれば腰巻の布であるな! ああ、ここは大事だな...俺としては偶然にもTバックになったというような褌姿にあこがれる。尻のクレパスに挟まれる布、フロント側もその緊張にスジを浮かび上がらせる...くぅー堪らんなあ」
子供の世話に係り気味の母である、エセクターには今、突っ込む余裕もない。
――パパさんは、変態ですねえ~とあやしていた。
「失敬な、変態ではない。探求心である!! マルみたいな成長しきっていない体の観察もとい、スライム娘の成長記録は、生物の進化の神秘である!!」
上手いこと言ったようなドヤ顔にも、突っ込む気力がわかない。
「やっぱりパパさんは、変態ですねえ~」
「むう、この高見がわからんか」
理解できるのは投獄されている、学寮にて研究室を構えていた賢者のみであろう。
研究の内容は、聖水の成分分析である。
教会としては、神秘や奇跡への冒涜と考えられているので、およそそちらの方面で拘束されたきらいがある。
第四皇子は蟄居させられていた。
「あんたさ、なんで私のプライベートな家にいるの?」
ふと、母親としてお暇中のエセクターは、居間でくつろぐラインベルクに気が付いた。
どちらかというと、今まで置物くらいにしか気をまわしていなかったからだ。
「いや、なんていうか...えっと、処理を頼む!」
腰に手を乗せ、開脚したまま突き出していた――エセクターの眉間に皺が寄る。
「ま、契約では確かに子種を要求していたが、だ...」
...ゴクっ、のどが鳴る。
「私は、お前が気持ちよくなるために奉仕すると、一文でも添えていたか?」
豪胆な子である。
母親の怒気が高まるの中でスヤスヤと寝ているのだ。
これは必ず、大人物になるだろう。
ただし、女の子であるのだが。
「いや、ほら...溜まりすぎて~ 今ヌクと漏れなくすご~く...こ、」
「いらんわ! リフルのところへでもいってヌイて貰えばよかろう。そもそも夫婦だろうに!!!」
と、吐き捨てたのちにやりと微笑む――はは~ん、たまったから...ミルクを絞ってみようかとか、そういう話を振ったら拒絶されたクチだな。お前はやはり自分の立場を理解していないと見える...あたしらにとっては種馬、アレはどう思っているかは知らんけど。ま、恐らくのところ...マル2号ちゃんを襲ったから、さ。それで未だ、怒ってるんだよ――と、逆に肩をたたいて励ましていた。
それでも萎えることのない堤の方は、今にもズボンから飛び出しそうな張れ具合である。
「ま、処理は...自分でしろ、な!」
◆
マルとコボルトの一行は、ネヴァ川のちかくで目撃されていた。
エルフたちの旧い言葉では“レニングラード”と呼ばれている地域に入っており、別のエルフの手引きによって、さらに古い教会で密会を果たしていた。
ハイランドのエルフたちは狡猾な生き物であるため、いわゆる強い霊脈と、結界の中でないと監視される恐れがあるからだ。
これまでのマルとコボルトたちの調査によって、十中八九という高い割合でエルフ族の王シャルルマーニュは、ハイエルフを頂点に仰いだ形で、第二世界帝国を渇望していることが分かった。
もっとも、エルフ側からすれば、生物の頂点にたつべくして立つのだから、ハイランドこそ世界で唯一の世界帝国であるという自負があるらしい。
ブルーメル・イス帝国が、地平線の彼方、最果ての海までを目指して領土拡大路線を突き進んだと考えれば、逆にエルフたちの方が、もっとも合理的でかつ知性的に国家運営をするのではないかという期待する声もある。
あくまでも、より良い未来を模索しているならばだ。
人が飽くなき欲望のために、目に見えるすべてを手に入れようとしたのと同じのを原動力としていると知れば、話もまた変わってくるということだ。
マルが調べた結果、後者である。
「今回は少し、危ない橋を渡って貰いましたね...」
小さな手には“宝石貝”という希少な貝が詰まった革袋がある。
マルから、エルフの族長へ送られた。
「いえ、姫さまのお手伝いができたことは一族の誉れにございます」
「いや、もうその名で呼んでくれる人は、少なくなりましたね」
やや、照れ隠しながら微笑む。
普段、その名で呼ばれるのは嫌いだ。
だが、古き良きを知る者たちにとっては、マルはその名を冠する特別な存在なのだ。




