-384話 エルザン統一戦争 ⑤-
「ブルー、何匹集まった?」
マルは、手綱を短く握り、前傾姿勢で馬の背にしがみつくように跨っている。
彼女が声を掛けた、同じ姿勢のスライムナイトは、冑の一部が青く塗られていた。
これが彼の名に由来している。
「320騎を少し超えたようです...屋敷内の約2/3が参加したと思われます」
エサ子の想定の3倍以上だ。
屋敷にあるスライムナイトらも臨戦態勢にある。
これは、マルの言伝によるところ、『メグミさんを守ってね』という一言が原因だった。
スライムナイトの性能は、簡単に言うと魔人級に匹敵ると言い表すことが出来る。
腕に覚えある冒険者、中でも“英雄”とされる規格外の人間も、種を越えた力強さが確認されている。
彼らの能力も、英雄ひとりにつき、魔人一体に相当するという話だ。
マルの眷属たちの強さは、ネームドエネミーや、ダンジョンの階層守護で存在する、フロアマスターというボス級魔物とも渡り合える。騎士1体で、この有様だから、300以上も集結したのは、ひとえにマルの人徳か或いは皆、暇だった可能性がある。
「レッドには60を先鋒として兵を与え、包囲を敷く敵陣を襲撃させろ! 恐らく、その60で事が足りるやもしれないが...イエローに残り60を与えてレッドの背後とつゆ払いを命じる」
御意という言葉が聞こえそうなやり取りだ。
ブルーがマルの傍から離れると、今度は変わってパープルが彼女の傍に寄せてきた。
パープルの甲冑は、カイトシールドがやや大きめに作られ、両手剣を片手で操る雰囲気の装甲騎兵だ。
「御身の傍に...」
200匹のスライムナイトが、装甲騎兵が目立つ集団になっていた。
うち一部、ブルーの騎兵はマルの近衛でわりと軽装だった。
「このまま、シズレから進発した兵の頭を取る」
「と、いいますと?」
「エサちゃんから、“埋伏の兆しあり”という短い伝文を貰った」
こめかみを指さした。
テレパシーのようなものを受け取ったことを仄めかす。
「我らが、その伏兵を蹴散らすのですね!!」
200匹から『応っ!』という掛け声が漏れる。
「恐らくは、エサちゃんもその伏兵を狙ってる筈だから、挟撃...って感じで驚かせたいんだよね」
鼻を鳴らして微笑んだ。
予想以上に多くのスライムナイトが参加したが、結果次第では、世界中に警戒すべき集団の存在を知らしめることになるだろう。
帝国は勿論のこと、魔王軍でさえ態度は硬化し警戒する。
この場合の敵は、暇だったことになる。
◆
エサ子は、シルナクの西門から城兵の静止を振り切って、1万の軍と共に飛び出していく。
ハティ将軍は2千人の銃士隊指揮の為にお留守番である。
「あれ?」
彼は腕を組んで考え込んでいる。
自分の配下、側近を含む100人いや、100匹の魔狼族も根こそぎエサ子と共に城外へ出ていった。
残されたのは、銃士隊の方々。
彼らは『将軍は行かないんですか?』と心配そうに声を掛けてくれている。
「えっと...」
やや涙目になりつつあるハティと共に、銃士隊は城壁の上へあがった。
既に弓兵たちが、大公軍の相手をしている。
包囲網の薄かった西門付近の兵は、エサ子らが蹴散らかして逃亡兵が出ていた。
「あれ、私もやりたかった...」
なんて情けない言葉を呟くなか。
エサ子と入れ替わるように、白銀の甲冑を身に着けた馬群に目を奪われた。
丸い楯とハルバードで武装した、軽装鎧の騎士である。
冑から吹き流しのように流れる飾り毛が特徴的な連中――それが、スライムナイトであることは、エサ子麾下の兵であれば分からない者はいない。
レッドが城壁の上にあった、ハティ将軍に腕を振ってみせている。
「何だあいつは...余裕があるじゃないか!?」
何となく釈然としない。
いや、不覚にも羨ましいと思ってしまった。
◆
伏兵していた兵団は、後方から迫るエサ子の1万の強襲に気が付き、咄嗟に対応してきた。
彼らが大公軍にとって、切り札の精鋭部隊だったからである。
エサ子の騎兵を長槍兵を敷いて、突撃の威力を封殺すると軽弓兵による斉射、弩弓兵による狙撃が行われる。エサ子が将帥だと理解した大公軍は、執拗に彼女を狙い始める。
「閣下、ここは下がって態勢を!」
盾を掲げてエサ子を守る。
兵がひとり、またひとりと落馬していく。
「あれ? こんな筈では...」
少し性急し過ぎたのかと、悩んでいる――こういうエサ子は珍しい。戦場では常に即断してきた傾向だが、迷いを見せたことは多くは無い。
「閣下を下げろ、此処は俺たちが!」
下馬をして楯を構え、陣形を整える豪族らがある。
その『応っ!』と叫ぶ声の中に馬の嘶きが聞こえた。
馬上のエサ子や、取り巻きの騎士らも目撃した光景。
伏兵の後方で、豪快に血飛沫や首、撫で斬りにされた胴が飛ぶ。
それは紛れもない援軍の到来だ。
《氷塊衝撃弾!!!!》
特大サイズの雹が敵兵の頭上に降り注ぐと、余裕の無かったエサ子の顔に微笑みが浮かんでいた。
「マルちゃん...」
来てくれたんだ――という言葉を押しとどめた。
ハティ将軍の側近を纏めると、下馬を促し白兵戦を指示する。
久しぶりに、エサ子自身もニ刀の大戦斧を振って、戦場を謳歌した。




