-379話 皇女殿下、救出作戦 ⑥-
甲板で家族会議を開くことは、それほど少なくないチェーザレ一家の風景のひとつ。
40メートル未満の2本マスト、横帆組シップスタイル・スループが我が家である。どの海に行こうとも、根城は変わらず船で過ごす。
「ま、イズーガルドに皇女殿下を逃がそうっていう御仁がいない事には、俺たちが当国から命を狙われるだけで...まあ、あれだ救われねえって話になる。だが、この状態を覆せたら...」
操船に従事している船員以外を甲板に集めて会議中。
実は、操船中の連中からすると、非常に邪魔で仕方ない。
「援軍か? 呼べてたら、とっくに呼んでるだろ...」
誰とも言えない、船員の中から声が上がる。
チェーザレは、樽の一つに女尻を載せる。
温かい地域に来たこともあって、彼のパイレーツシャツの開放度も抜群に上級レベル化していた。
胸元のボタンは、上から三つあけて下は四つ解放している。
裾をウエスト辺りで縛って、色白のぽっこりお腹が露になっていた。
チェーザレ本人は気が付いていない――お腹の肉が僅かにベルトの上に乗り始めたことに。
「こりゃあ、素直に本国の依頼を受けるべきだったかな~」
チェーザレが弱気なところは殆ど見ない。
だが、ここまで来てみると詰んでいるようにしか思えない。
市民の抵抗運動に陰りが見える場面ならば、皇女殿下を救うという道を極東の大帝国“北天”が考えたものだとして、イズーガルドに吹聴できる。
同調した上で、協力もしてくれるだろう。
亡命政府待遇で付け足せばいい。
だが、彼らは今も頑強に抵抗し、バルカン半島側では攻勢が逆転し兼ねない状況と風の噂で聞くと、猶更、皇女を攫う以外に任務を全うできそうにない。
どう考えても、イズーガルドの勝ち目を潰しかねない状況だ。
「ん? 皆、どうした...」
考えこんで服にも胸にも窮屈な態勢を取っていた、チェーザレのパイレーツシャツの断末魔――最後のボタンがはじけ飛んだ。
そのボタンは目の前に陣取っていた砲術長に炸裂しダウン。
彼は今も白目をむいて気絶中だ。
押し込まれていた巨乳が服の中から飛び出して、男性諸氏を下腹部から喜ばすことになった。
「チェーザレ、ばか...乳、しまえ!」
ベスがおっぱいを掴んできた。
真っ赤な顔の船員たちは、この光景を“母娘丼”と称した。
「ノービス...」
「すいやせん...俺も、...夢にまで見た船長の乳首だったんで...動けそうにもありや...」
頭突きを喰らった。
強烈な衝撃、くらくらする鈍痛、最後に覚えているのはローブ姿のベスの怒りに満ちた形相を仰ぎ見たところだろうか。
ノービスは、そのまま気絶した。
◆
「チェーザレのは、凶器、爆弾、もっと、こう...気を付ける!」
まともな女の子からのお叱りのように聞こえる。
返す言葉もない。
「いやあ、ボタン飛ぶとは...」
「そこじゃない! ノーブラ、良くない!!」
「い゛...え?!」
「窮屈とか、そういう事は受け付けない!!」
怖い顔だ。
ベスがチェーザレの為に怒っている。
「心配してくれてるのか...」
「当たり前! ...あたしのお、お...かあ...さんだし...」
口を尖らせ、ぶつぶつ呟いている。
ただ、聞き取れなくても、チェーザレにとっていい言葉であることは分かる。
「...そうか」
◆
北天では、大規模な空間転移門の召喚実験が始まっていた。
超越者を多く有する、極東の大帝国がついにいや、本格的に西進する道を歩む野望を露にした。
もっとも、天子は傀儡であるから、実質的な意志は“月の城”を居城とする塔の連中だ。
魔法使いばかりで構成された、塔のメンバーはそれぞれ別の思惑があるが、クラン長の目的に沿って動いている。
そういう連中が北天で急激に勢力を伸ばすと、面白く思わないのが元来からある将軍たちである。
いや、先の帝国軍を撃退した将帥にとっても同じだ。
彼はお調子者だが、頭が固いわけでは無い。
ただ、釈然としないことが一つある――従妹の天子が、下種な人格の魔法使いを傍に置いている事実に、納得していない。
「殿下もお気づきでしたか...」
会合に呼ばれたので参加はしてみた。
将帥が到着すると、帝都内の不穏分子が一堂に会した雰囲気になっていた。
勘のいい彼は――
「済まないが、今日は気分が優れないようだ。君たちもひと時の気の迷いだろうが、もう少し冷静になって周りを見るといい...これでは、早くも一網打尽ではないか」
踵を返して部屋を出る。
六皇殿下と叫ばれたが、振り向かえらずに帝都の闇に消えた。
そのままの足で、屋敷に戻ることに不安を覚えたからと、言葉を変えても良い。
彼には、才能がある。
近い将来を見る能力と、緊急危険回避というものだ。
後者は、事象にも反応する為、死亡フラグの立ち難い能力と言える。
逆に解釈すると、どんなに過酷な条件でも必ず生還できる性能だと言い換えられる。
路地裏を進む。
六皇には、冒険者なら取得するだろうスキルを持っている。
敵意検索、不可侵領域などの防御スキルなどが代表だろう。
彼自身が将帥として帰参するまで、冒険者だったからだが。
「あれでは只の的でしかない...もっと...」
路地をしばらく歩いてから、都の大路に出る。
再び、路地に入って冒険宿に転がり込んだ。
六皇にとっては一番安全で、落ち着く場所である。
「殿下、こちらです」
侍が手招きをしていた。
立派な角を持つ、鬼人だ。
「どうして?」
「私には行く当てもありませんから、ここが仮住まい...」
そうか――という言葉が漏れた。
丸いテーブルの上にリキュールが注がれたカップが置かれてある。
「どうぞ、あなたが来る予感がしたので、勝手に用意しておきました」




