- C 153話 極東の魔都 台州 9 -
「襲われる前に調べてたのは、戦争の理由ですね。南北が敵対していたのはもう、400年以上も前からですし。今更感はありますが、両国ともに国境線での小競り合い程度だった筈です」
東洋王国の妃となった、南洋王国の女王の姉妹だった。
その二人は寿命さえも競うように長命であり続け、とうとうくたばるのもほぼ同時だったというのだから、似たもの姉妹である。意地っ張りで、頑固でケチだったふたりの喧嘩は結局、この世を去ったあとも続いたという。
いい加減にしろと、誰か言うべきだったのだ。
それでもついぞ、1世紀前までは穏やかだった。
「戦争するとなるとパワーが必要です。個人の力ではなく、国家としての力が...そこでマナ鉱石に絡めてみました。仮説は、東洋が何らかの形で産出国になったというものです」
その考えは、ウナ部長に一蹴された。
こんなちっこい幼女にだ。
あれ、三十路だっけかな?
ボクの脇腹に、ウナちゃんのグーパンチが飛んできた。
うぐ、そこはレバー。
倒れ伏すボクを尻目に、
「甘いですよ! 東洋が産出国ならば代替エネルギー問題の解決として、世界中に宣言しているでしょう。民度の低い国ですからね...これ見よがしに南洋を嘲って自分たちが世界で最も優れた民族だと吹聴し、讃えろまで言い出す。でも、それが聞こえてこない」
アリスだけでなく、ボクも床とチューしている状態で頷く。
「情報統制というのは戦争並みにパワーが必要なものです。国のどこかには必ずお調子者がいます...彼らみたいな人間には、口を閉ざしてはいられないものですから...」
「ま、台州で暗躍している東洋の諜報員の数も尋常じゃないか」
ボクは脇腹を抱えたまま横に倒れた。
流石に暫く床と熱烈なチューはしたくない。
「カモフラージュとも考えなくもないですけど、数が多すぎる! 諜報員は仕込むのだけでも一人当たりの育成費は莫大な投資です。今のご時世、鉄の掟を忠実に守り、国家と王家の為に身を捧げられる若者は少ない。そうした諜報員が妖艶なる魔都・台州にある...情報統制するならそのスパイは国内で活躍させるでしょうね」
「別の手段では恐怖政治」
ハナ姉が入室前で引き戸と格闘り合ってた。
なかなか右にスライドしないらしく、直立のまま引くと...ガタっと何かにつっかえた様な音がした。
開いたのは5cm余り。
「......」
ウナちゃんは病院の椅子でクルクル回っているし、
ボクも床に横たわって「(;゜Д゜)」こんな情けない表情を浮かべてた。
「......」
ハナ姉が中腰に屈み、右へ引く。
ゴトゴトゴトって上下に縦揺れしてやっぱりつっかえた。
「お姉さんの顔が半分見えるね」
床のボクにアリスさんが尋ねてきた。
正直、いちいち言わんでも。
お姉ちゃんのほうがバツが悪い。
あれ、こちらは病室内から見ている分――ちょっと面白いけど。
ハナ姉の方からすると、小っ恥ずかしいに違いない。
結局、姉は片膝を突いてしゃがみ込む。
そのまま、両手で引き戸を引いていた。
和装ならちょっとした淑女にも見えただろう。
「何させるんだよ」
憤ってる意味が分からない。
◆
東洋の諜報員たちは、ある商会を根城にしていた。
“天草商会”という貿易商である。
本国から派遣された諜報員は、男女にして約200名――いずれも、マナ鉱石の輸送経路や、南洋の動き、同盟国の監視などである。
社長室の“遠見の鏡”に陸軍大臣の姿があった。
大臣は項垂れた様子で、静かに――「海軍らの暴挙は止めることが出来た。が、主戦派の勢いは、日を追うごとに増している。とうとう、我が陸軍からも南方戦略案なる世迷言を真に受ける愚か者が出てきた。嘆かわしいものだ」
と、告げた。
「のう時に三郎殿」
胸の前で手を重ねている小柄な男はやや、首を挙げた。
いや少し首を傾けていたのかもしれない。
「周辺国のことだが?」
大臣として懸念するのは周辺の諸外国の動向だ。
南蛮国は中立不可侵政策を掲げている。
いずれ、南洋と戦争状態に入ったとしても、かの国から中立政策の禁は破られない。
国力差は東洋で3分の1程度、南洋では半分だ。
とはいえ、南洋の国王派と真・王家派の対立が無くなったら...情勢は大きく変わる。
「近年に政体が変化したグラスノザルツ連邦共和国と、急成長を続けるスカイトバーク王国...この二か国の動向が気がかりです。前者の国には飛び石の領地が多数存在し、かつての君主制だった頃に得た爵位持ちの領主がおりますから」
社長は床を見ながら告げた。
目上の顔を見ることはない。
これは、東洋王国の伝統だ。
「南洋ばかりに気を取られている訳にはいかんよな」
ため息を吐くと、
「だが、これ以上は主戦派を押さえ込めぬのも事実。どこかでガス抜きが必要だが...下手なトコで勝たせると、海軍らが調子に乗るのも困る。手が付けられなくなるからな」
最早、今更感があった。
海軍は日々の訓練と称して、私掠と海上警備の両面作戦に手を染めていた。
暴走一歩手前である。
「で、あればいっそ、懸念国に恩を売ってみますか?」




