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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第5章 王の帰還
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第3話 定例会議

 その日、宮殿で大臣たちの定例会議が開かれるというので、アレクははりきって早起きをした。

 ここは大臣たちの顔と名前を覚えて、どこのどいつが文句をつけているのか、しっかりと見届けてやらなければならない。

 そのために支度した姿は、なかなか様になっている。


「失礼します。今日は定例会議に……」


 そう言って部屋に入ってきたイルーシが、アレクの姿を見て固まった。


「ひゃあっ!」


 さらにすっとんきょうな声をあげて、そのまま後ろに尻もちをつく。

 ゾルフィはそんなイルーシを見て、その日何度目かになる、ため息をついた。


「この通りですよ、アレク様。目立ちすぎます」

「そうかな?」


 アレクは自分だとバレないよう、頭を使用感のある包帯でぐるぐる巻きにしていた。

 さらに薄暗い色のフード付きの長い服が、頭から足首までをすっぽり覆っている。

 赤い石のついた指輪は外すことができないので、両手にも包帯をぐるぐると巻きつけてあった。


「あ、アレク様……?」

「うん。いい感じに分からないだろう?」


 そう言って、アレクはわざと外れかけた手の包帯をゆらゆらと揺らしてみせる。

 するとイルーシは気味悪げに顔をゆがめた。


「設定は、『呪いでみにくい姿にされた少年。解呪はしたんだけど、すぐには姿が戻らないから、包帯を巻いてる』ってことで」

「それを私が弟子にした、と?」

「そうそう」


 景気良くうなずくアレクを見ても、ゾルフィは眉間にしわを寄せて「うーん」とうなっている。


「もう少し別の方法ではいけませんか……?」

「魔法で見た目ごまかすと、むしろバレる可能性があるからさ。こういう原始的な方がいいんだよ」

「それはそうですが……」


 すると、イルーシが恐る恐る声をかける。


「あのう……。やっぱり、王様だって言っちゃったほうが、早いんじゃ……」

「だから、それは論外。バレないように、もぐり込む方法が必要なんだよ」

「でも、その、すごく目立ちますよ……?」

「それは問題ない。僕だってわからなければいいんだから」



 そういうわけで、アレクは包帯をぐるぐる巻いた怪しい格好のまま、ゾルフィについて定例会議に出ることになった。

 もちろんアレク一人では不自然なので、本物の弟子であるイルーシも一緒だ。

 会議の行われる広間に入る前から、誰かとすれ違うたびに、アレクは薄気味悪そうな顔で見られる。

 無言で眉をひそめていく者たちとすれ違う中で、唯一、声をかけてきたのは、あの魔法大臣のフラウだった。


「ゾルフィ殿。そこの……」


 アレクの見た目が見た目だけに、聞きづらいのだろう。

 最後まで言わずに、「察しろ」とばかりに彼はアレクの方をちらちらと見る。


「ああ。新しい弟子です。イルーシだけでは心もとないので」


 いざとなると、ゾルフィは澄まし顔だ。

 それもなかなか、堂にっている。

 声をかけた魔法大臣のフラウは、澄まし顔のゾルフィにそれ以上何も聞くことができず、「そうか」とだけ言って、あきらめて広間に入って行った。


 広間に集まったのは、大臣とその補佐官を含めると二十人ほど。

 大臣たちが席に座り、その背後に補佐官たちが従う。

 アレクとイルーシも、ゾルフィの少し後ろの位置に用意された椅子に腰かけた。

 緊張のせいか、イルーシの体がかたくなっているのが、隣にいてもよく分かった。


「これより定例会議を始めます」


 上座に位置する席に座しているのは、おそらく宰相。

 そして、その少し後ろに座っている男が開会を告げる。

 位置的に、彼は宰相補佐官といったところか。

 男は一同にさっと視線を走らせた後、アレクの方もちらりと見た。

 そして一瞬、嫌そうに眉をひそめたが、すぐに取りつくろったような顔になる。


「それではまず、宰相ダロス様よりお言葉をいただきます」


 そう言われて立ち上がったのは、やはり一番上座に座る男。

 壮年を少し過ぎたぐらいの年頃の、やや小柄な男だった。

 宰相と呼ばれるのにふさわしい、豪奢ごうしゃな服に身を包んでいる。


「我が国は今、重大な岐路にたっているものと、私は認識している。そこで今日は、皆さんの忌憚きたんなき意見を求めたい」


 それを聞いたアレクは、秘かに鼻白んだ。


(早速、出だしからこれか)


 重大な岐路というのはそもそも、一体何を指して言っているのか。

 議題には様々な国内の課題があがったが、最も時間を割かれたのはやはり、対外政策だった。

 海を隔てた隣国アヴィナスから、再三空路の解放を求められているというのだ。


「何度も申し上げるが、これは話し合うべき余地はないと存ずる。空路が開かれれば、国王が施された結界にほころびができるだけでなく、空中庭園もその存在が知られることとなってしまう」


 魔法大臣フラウは堂々と持論を展開したが、それに対して、先ほどの宰相補佐官が鼻で笑った。


「大臣は国王と言われるが、そもそも国王が姿を隠してもう何年になりますか? 私は生まれてこの方、その姿をお見かけしたことすらない。そもそも結界というものも、大災咎のためと言われるが、大災咎などもう何年も起っておらぬというのに、それに固執して、国内の発展を置き去りにするのはいかがなものかと……」


「ブリゴ殿。口を慎まれよ。国王はご健在であるぞ。私は何度かお会いしている」


 近衛軍隊長のファダリオが、ブリゴと呼ばれた宰相補佐官の男をにらむ。

 近衛軍隊長のファダリオとアレクとは、面識があった。

 彼は近衛軍出身のベルンとも親しいのだ。


「ファダリオ殿のおっしゃる通り。しかし、それにしても王家への予算配分には、私も疑問を呈する。そもそも、王は国政に携わっておられぬというのに、いくら予算を使われるのか」


 そう発言したのは、財務大臣と思われる男。


「それほど過大に使用されておらぬと思うが?」


 実情を知るゾルフィが口を挟んだ。


「確かに個人的な予算は少ないかもしれませんが、王宮の維持費、王家の敷地管理だけでも莫大な費用が使われておるのですよ。もはや住まわれておらぬというのに……」


 大臣のくせに、ケチくさい男だとアレクは思った。

 帝国ミリエニオの国庫は、他国と比べても、かなり豊かなはずだ。

 それを代弁するように、魔法大臣のフラウが口を開く。


「王宮の保持は必要だ。あそこにも、国王が直々に施された秘術がある。国庫もそれほどひっ迫してはおらぬはずです」


 すると今まで黙っていた、体格のいい壮年の、魔族の男が手をあげた。

 見覚えはなかったが、帝国の軍服を身にまとっているところを見ると、彼が軍務大臣だろう。


「そもそも、それは今回の争点ではない。空路を開くのか、開かぬのか。空中庭園が危険にさらされるのは反対だが、それは空路の設定次第であろう。結界の問題は、国王に進言し、何とかならぬものか?」


 それに対しては、ゾルフィが応えた。


「進言しても良いが、この国上空に張り巡らされている結界はそれほど単純なものではない。安易に解いてしまえば、再度構築するにはかなりの手間と時間がかかる。そもそも、大災咎まであまり猶予はない。ブリゴ殿はもう何年も大災咎が起こっていないとおっしゃるが、それはもう間近にせまっておる」


 するとそれまで黙っていた、宰相ダロスが口を開く。


「大災咎、大災咎というが、他国ではそれほど恐れるものではないと言われていると聞く。我が国は過剰に反応しすぎなのではないか?むしろ竜をうやまい、それを迎え入れることで災いは抑えられるという流れが、国外では一般的なようだ」


 それを聞いたゾルフィは鋭く彼をにらんだ。


「愚かな! これまでの蓄積を無にするとおっしゃるのか? 我々は確固たる歴史の事実に基づいて動いております。必要ならばいくらでも資料を提供しましょう、ダロス殿。他国の言葉に流されてはなりません。人の記憶とは風化しやすいもの。しかし、我々の研究では……」


「人間は確かにそなたら異種族より寿命が短い。だが、それだけに過去の記憶に固執せず、先に進むことができるのだ。国政に興味を示さぬ国王にいつまでしがみついているつもりか?」


 宰相ダロスの言葉に、会議室の空気は一気に凍った。


「それは国王だけでなく、この帝国に住まう人間以外の種族、全てに対する暴言かと存ずるが」


 近衛軍隊長のファダリオがその空気をさらに冷やすような低い声で発言した。

 彼もまた、魔族の一人だからだ。

 すると、人間である宰相ダロスはひるむことなく静かに口を開いた。


「――そのような意図はない。気にさわったのなら謝罪しよう。だが、いつまでも国王をあてにしていてはならぬのではないかと私は言いたい。王宮に予算を割くならそれはそれで結構。王が健在であるなら、それも結構。だが、国政に興味を示さぬ王のご機嫌を気にして、いつまで国政を停滞させるつもりか?」


 しばらくの沈黙ののち、ゾルフィが宰相ダロスを見つめ、問う。


「ダロス殿は、現状を停滞だとおっしゃりたいのですか?」

「違いますかな?」


 奇妙な沈黙がおりる。

 そして、それを破ったのはゾルフィだった。


「ならば、『勅師ちょくし』である私が王に問いましょう。王の御言葉みことばがあれば、それでよろしいのでしょう?」

「王から御言葉をいただけるというのか?」

「もちろんです。そのための『勅師』ですから」


 宰相ダロスとゾルフィがにらみあう。

 そこに割って入ったのは、魔法大臣のフラウだった。


「それでは、この話はゾルフィ殿が王に直接御言葉をいただいてからということでよろしいでしょう」


 宰相ダロスは魔法大臣フラウをちらりと見、そして、宰相補佐官のブリゴを見た。

 宰相補佐官ブリゴは黙ってうなずき返し、立ち上がった。


「では、そのように。それでは次の議題にうつります」


 黙って見ていたアレクは、なんとなく大臣たちの構図を把握はあくしつつあった。

 そのあともいくつかの議題があがり、話が勧められたが、それほど大きな衝突はなかった。

 アレクがちらりとイルーシの方を見ると、彼は長く続く会議の間に緊張を通り越してしまったらしく、こっくりこっくりと船をこぎ始めていたのだった。




 会議が終わってゾルフィの家に戻ると、アレクは早速、びろびろと長い包帯をほどきながら、ゾルフィに愚痴をこぼした。


「あれ、何? 何であんな奴を宰相にしたの?」


 包帯はかなりの長さがあるので、床に、ほどかれた包帯の山が築かれていく。


「仕方ありません。宰相は人間から選出される決まりですから。それでも、先々代の宰相は人格者だったのですが……。どうもあのダロスという男は、国外にばかり目を向ける傾向がありますな」

「国外に目を向けるなとは言わないけど、流されすぎだろう? あの補佐官の男も同類みたいだし」

「近頃、悪い風潮が国外から入ってきておりますね。やはりここは、アレク様にお言葉をいただかなくては」

「ああ……、そう言っちゃったんだっけ。まあそれぐらいは仕方ないか」


 すると、紅茶を入れたトレイを持ったイルーシが部屋に入ってくる。


「どうして直接おっしゃらないんですか? 王様の権力で、首にしてしまえばいいんじゃないですか?」

「僕は国政からなるべく手を引いてく方向でいるんだ。大災咎までは出入りするけど、それが終わったら国政からは完全に手をひく」


 アレクの言葉に、イルーシの手が止まる。


「え……? どうして……?」


 そんなイルーシの反応を半ば楽しげに見ながら、アレクはだらしなくソファに座った。


「僕がそうしたいからさ。だけど、僕が生きた神様扱いにされたままの方が、国内はまとまるだろうと思ったんだ。王という重石がなくなれば、大臣たちがどう動くか分からないからね」

「だから、表に出ないんですか? まだいると思わせておいて、いつの間にかいなくなるつもりで?」

「そういうこと。姿を見せずにちょくちょく口出ししておけば、存在はアピールできる。まあ、それもそのうち止めるけど」


 するとゾルフィが皮肉気に口を歪めた。


「それでも、前に御言葉を出されてから、もう百年ほどになりますよ?」

「あれ? そうだっけ」

「そうです。空中庭園の方に顔を出されていると話に聞いていましたが、こちらには一向にお寄りになりませんし」

「いろいろ用事が……」

「下手なごまかし方はおやめ下さい。空中庭園とこことは目と鼻の先だというのに。近衛軍隊長のファダリオが、ベルン殿に会ったという話も聞いておりますからな」


 そこまで言われると、アレクは黙るしかなかった。

 近衛軍隊長ファダリオがベルンと会ったというのはおそらく、ソフィアをエルフの村に連れて行った時だろう。

 ゾルフィは大きなため息をひとつついて、はげあがった頭をなでた。


「ともかく、御言葉を発しましょう。明日、魔法大臣のフラウと近衛軍隊長ファダリオの二人と会う約束をしておりますから。万が一にでも宰相たちの反発を受けぬよう、段取り良くやらなくてはなりません」

「――わかった」


 珍しく、アレクはゾルフィの言葉に大人しくうなずいたのだった。




 夕刻、アレクは一人で王家の墓を訪れた。

 広大な敷地に築かれた、アレクの両親の墓。

 それより前の王たちのものもある。

 墓というよりはむしろ、手入れの行き届いた広大な庭と言ったほうがいいような美しい光景が広がる。

 きれいに刈りそろえられた木々が整然と並んでおり、白い高貴な花が咲き誇っていた。

 巣穴へ帰る鳥の声が、遠くに聞こえる。

 そんなのどかな場所を歩き、そしてその名を刻まれた石碑の前まで来ると、アレクは立ち止まった。


 父王の名が刻まれた石碑。


 遺体が眠っているのはそのさらにずっと奥になる。

 アレクはふとわき上がってきた怒りにまかせて、その石碑を足でけり飛ばした。


「――お前の望み通り、国は守る。だけど、それが終わったら自由に生きてやるからな」


 その言葉に、帰ってくる返事はない。

 アレクにかけられた特別な魔法――、それは自分にとって呪いでしかなかった。


 成長することのできない体。

 竜の力を得なければ、失われる魔力。


 だがそれも、神竜に会い、その力を手に入れることで解呪できるかもしれない。

 神竜の力を手に入れ、呪いを説き、再び止まった時間を動かすのだ。

 そして今度こそ、自由に生きる。

 他の人間と同じように歳をとり、いつか死ぬのだ。

 ミリエニオの王家はアレクの代で絶えてしまうが、そんなことは自分の知ったことではない。

 自分はもう十分、王家の人間として国に尽くしてきた。

 その為の布石もしてきたつもりだ。


「死んでお前に会ったら、ぶちのめしてやる」


 アレクはもう一度暴言を吐くと、石碑に背を向けた。

 今後ここを訪れることは、もうないだろうと思いながら。


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