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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第5章 王の帰還
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第4話 静かなる帰還

 その日アレクは久しぶりに、部屋で銃の手入れをしていた。

 部屋と言っても、もちろんゾルフィの邸宅の一室に勝手に居座っているだけなのだが。

 鈍く光る銃身を見ていると、心がおどる。

 イルーシは朝から空中庭園へ買い出しに出ており、ゾルフィは“御言葉みことば”を発令する段取りを話し合うため、魔法大臣フラウと近衛軍隊長であるファダリオの二人に会いに行っていた。

 そして、アレクが銃の手入れを終え、気がついた時にはもうとっくに日は高く昇っていた。


「ただいま、戻りました!」


 イルーシの声に気づき、アレクは手入れを終えた銃を腰に戻す。

 部屋を出ると、アレクはのんびりと台所へ向かった。


「お腹すいた」

「は、はいっ。すみません。少々お待ち下さいっ」


 そう言いながら、イルーシはあわただしく買ってきた物をしまう。

 イルーシが買ってきた物で適当に昼食をすませると、アレクはベルンに“使い”を送った。

 宰相の件が片付くまで、しばらく時間がかかりそうだから、と。

 それから午後はイルーシをからかって過ごす。

 だがその日、夕刻になってもゾルフィはなかなか戻ってこなかった。


「遅いな」

「そうですね。何か難しいことにでも、なっているんでしょうか?」


 そこへふわふわと、親指ほどの小さな黒い“使い”が机の上に現われる。


「あ、師匠の……!」


 四角いその“使い”は黒く、尻尾が生えていて、悪魔のような顔つきをしている。

 ふわふわと舞い降りたゾルフィの“使い”が伝えてきた言葉に、アレクは眉をひそめた。


「ゾルフィが捕まった」

「え……?」


 アレクの言葉に、イルーシが固まる。

 用件だけを伝えた“使い”は、パチンとその場で消えてしまった。


「ど、どういうことですか?」

「ゾルフィだけじゃない。魔法大臣のフラウも一緒だ。ファダリオとは別らしいけど」

「どうして……」

「宰相の仕業だな。大臣クラスの人間は、勝手には捕縛できない。どうやら他の大臣も抱き込んだようだ」

「でもっ……! 師匠は何も悪いこと、してませんよ!?」


 アレクは冷やかに動揺するイルーシを見返した。


「“御言葉”ねつ造の罪」

「ねつ造って……」


 イルーシは眉間にしわをよせた。


「ねつ造って……、何ですか?」


 カクっと肩を落としたアレクは、ため息をつく。


「つまり、僕が“御言葉”を発したんじゃなく、ゾルフィたちがそれを自分たちの都合のいいように勝手に作ったと言われてるんだ」

「そんな……! そっちの方がネツジョウじゃないですかっ!」

「熱情じゃなくて、ねつ造」


 イルーシは顔を赤くして、黙った。

 アレクはそれを横目で見ながら、考え込む。


(厄介なことになったな……)


 魔法が使える二人が捕まったとすれば、おそらく魔法を遮断する特別な隔離室だろう。帝国の地下に、そういう場所がある。

 “使い”が奇妙な形で消えたのは、魔力がそこで途切れたせいだ。

 救出するのはそれほど難しくないが、それでは宰相たちの件は片付かないだろう。


(ファダリオはどうしただろう?)


 いかに宰相といえども、近衛軍隊長である彼を捕える権利までは持たない。

 近衛軍は国王直属のものだからだ。


(ファダリオを使うか……)


 そして、目の前にいるゾルフィの弟子であるイルーシ。


「ゾルフィは、“遠見の水晶”を持ってたよね?」

「はい。でも、あれは特別な部屋にあって、普段はカギがかかってて、魔法もかけられてるって聞きました」

「カギの場所は知ってる?」

「いえ……」


 アレクは眉をひそめた。

 “遠見の水晶”でファダリオの居場所が分かればと思ったのだが。


「あのっ。でも、僕のでよければ、ちょっと小さくて見にくいですけど、練習用の物があります……!」

「よし。じゃあそれ、ちょっと見せて」

「はいっ!」


 案内された部屋で、アレクは“遠見の水晶”を使う。

 しかし、久しくそんな物にふれていなかった上、イルーシの水晶はくすんでいた。表面上はもちろんきれいにみがかれているのだが、水晶の質が違うのだ。


「見にくいな」


 アレクが水晶の集中しながらも、眉をひそめる。


「す、すみません……」


 なんとか意識を集中し、ファダリオを探す。

 ぼんやりと見えてきた景色に、アレクは見覚えがあった。

 ファダリオの屋敷だ。門には見張りが立っている。

 だが、敷地内に人影はない。

 そこから一気に景色が移り、ひとつの扉が見えた。

 おそらく屋敷の中の一室。

 部屋の前にはやはり、監視役のような者がいる。


(捕縛できない代わりに、軟禁状態にしたわけか……)


 ひとまず身柄を確保したとしても、そのあと簡単に裁けるわけではない。それは宰相たちにも分かっているだろう。

 ならば目的は限られる。

 奴らの狙いはおそらく、反対するゾルフィや魔法大臣のフラウ、ファダリオを隔離することで、今のうちに空路解放をはじめとした対外政策を臨時会議で承認させてしまいたいのだ。

 アレクは外に目をやった。

 既に日は暮れはじめている。


「イルーシ。日が暮れたら出かける」

「え……? どこにですか」

「ファダリオと話をつける。それから宰相たちの動きを止めなきゃならない。まずは、ファダリオだ」

「でも、どうするんですか?」

「屋敷にもぐり込む。イルーシはここにいてくれていいから」


 するとイルーシは珍しく難しい顔をした。


「僕も……! 僕も行きます!」


 今度はアレクが眉をひそめる番だった。


「――悪いけど、イルーシが一緒に行っても役に立たない。ここで待ってて」


 そう言われると彼は一度シュンとうなだれたが、すぐにまた顔をあげる。


「屋敷にこっそり入るんでしょう? なら、アレク様の後ろは僕が見張ってます! それぐらいは僕にでもできますから、お願いですから連れて行って下さい!」


 思いがけないイルーシの反応に、アレクはため息をついた。妙なところで彼は頑固なようだ。

 そんなところまでソフィアに似ていて、思わず天井をあおぐ。


「まあ……、いいか。ファダリオと会うだけだからね? ゾルフィをすぐ救出するわけじゃないんだよ?」

「はい!分かってます」


 何とか役に立ちたいのだろう。いかにも子どもが考えそうなことだが、そういうのは嫌いじゃない。


「じゃあ、支度して。目立たない服装に変えて、顔は念の為に隠したほうがいい」

「何か、持って行った方がいいですか?」

「任せるよ……。邪魔にならないようにしていてくれたらいい」


 アレクがそう答えると、イルーシは目を輝かせて「支度してきます!」と言った。

 イルーシはどこまで本気で、どこまでが好奇心なのだろう?

 はねるように部屋を出て行ったその後ろ姿を見て、アレクは大きなため息をひとつついた。




 夜の闇がおり、冷やりとした空気がほおをなでる。

 アレクとイルーシは、樹木間の移動魔法を使ってファダリオの邸宅の庭に入り込んだ。

 二人は暗い色の服に身を包み、口元を大きめの布で隠していた。

 闇夜にまぎれた二人の姿を誰かが見たら、きっと小さな強盗か何かの類だと思うだろう。

 いくつかある窓の一枚をそっと割り、二人は中に侵入した。

 人影はない。

 イルーシは落ち着かない様子で、キョロキョロと周囲を見回す。

 部屋までのルートは水晶で確認した。部屋の見張りは一人だけだったはずだ。

 アレクはイルーシを促し、廊下に出た。

 しんと静まった廊下を、足音を立てないように慎重に進む。

 目的の部屋は二階の奥、南側。

 長い廊下を南方向に歩き、廊下のつきあたりにある、ゆるやかに曲がった階段の前で立ち止まる。

 イルーシに階段を指さし、アレクは音をたてないようにゆっくりと階段をのぼりはじめた。

 そして、階段をのぼりきったところで周囲の様子を確認する。

 やはり人の気配がする。

 廊下のつきあたりに、人の姿が見えた。


(水晶で確認した見張りだな……)


 それほど警戒していないらしく、男は椅子に座ったまま大きなのびをしていた。

 だが、ここからだと姿を隠したまま部屋の間にたどり着くのは難しい。

 かといって、彼がこのあといつ交代するのかもわからない……。

 アレクが思案していると、不意に小さな物音が聞こえた。階下で何か音がする。

 振り返るとイルーシが眉をひそめて、こちらと階下を心配そうに見比べていた。


(誰かいる……。見張りの交代か、それとも使用人か。どうする?)


 アレクは思わず、左手をぎゅっとにぎった。左手には魔法を発動するための魔法陣が描かれている。

 アレクはゆっくりと階段を数段下り、ゆるやかなカーブを描く手すりに身をひそめる。

 イルーシも同じように、身をかがめた。


(そのまま通り過ぎて行ってくれるといいけど)


 そんなアレクの願いもむなしく、小さな物音は足音になり、はっきりとこちらに向かってくるのが分かった。

 小さな明かりがうっすらと見える。


(見事なタイミングだな)


 迷いのない足音。おそらく女の物ではない。

 どこか遠慮気のないそれは、使用人のものとも考えにくかった。


(見張りの交代か)


 近づく足音と、オレンジ色の明かり。


(あと、四歩。三、二、一……)


 ぱっと明かりがアレクたちを照らした瞬間、男は手にしたランプを持ち上げ、瞬間、驚いた顔を作った。

 アレクは男を見下ろす形で、左手を男の額にあてる。

 小さく呪文を唱えると、男はその場にどさりと崩れ落ちた。


「あ……」


 イルーシが小さな声をあげる。

 男の手を離れたランプを、アレクは素早く拾い上げた。

 だがそれは、静まり返った屋敷にランプの落ちた音が驚くほどよく響いた後だった。


(気づかれた……!)


 イルーシは青い顔で倒れた男を見つめている。

 ランプを男のそばに置くと、アレクは素早く階段を降りる。

 予想通り、階上から足音が聞こえた。


「おい、どうした……? お、おい?」


 階段の真上から、男の声が響く。

 すぐに倒れている男の姿に気づき、彼は階段を下りてきた。


「おい、大丈夫か……?」


 そう言いながら、男のそばにかがみこんだ瞬間、アレクは再び素早い動きでその男の額に左手をあてた。

 先ほどと同じ呪文を短く唱える。


「な……!?」


 男は何が起きたのか理解できないまま、既に倒れ伏している男の上に頭を垂れた。

 意識を失ったのだ。


「行くよ」


 アレクは小さな声でイルーシをうながす。


「で、でも……」

「大丈夫。死んだわけじゃない。意識を失っただけだ」


 そして、ちょっと記憶を失っただけだ。

 アレクの言葉に、イルーシはほっとしたようにうなずく。

 再び階段を上ると、アレクは二階の廊下を確認した。

 目的の部屋の前に人影はない。やはり、先ほどの男は部屋の前の見張りだったのだ。


「行こう」


 アレクは足早に部屋まで行く。

 部屋の銀色のドアノブに手をかけると、意外にもカギはかかっておらず、静かにドアは開いた。


「何があった……?」


 低くよく通る声が突然二人にかけられたので、イルーシはびくりと体をふるわせる。

 ファダリオは眠っていなかった。

 寝衣に身を包んではいたが、ベッドに腰をかけ、こちらをにらんでいたのだった。

 が、廊下の明かりを背に立つアレクとイルーシの影を見て、眉間にしわを寄せる。


「何だ? 見張りじゃないな」


 アレクは素早く部屋に視線を走らせたが、部屋にはファダリオの他に誰もいないようだった。

 ゆっくりとドアが閉じられると、部屋は薄暗くなる。

 それを確認するとアレクはふっと息を吐き、口元を隠していた布を外した。


「ここで何を……」


 そう言いかけたファダリオの元に、アレクはつかつかと歩み寄る。

 ベッド横の明かりに照らされたアレクの顔に気づき、ファダリオはハッとした。


「まさか、陛……!」


 そこまで言って、ファダリオは言いかけた口を閉じる。

 彼はすぐさまベッドの横にひざまずき、頭を垂れ、ふうっと大きなため息をついた。


「――お戻りでしたか」


 アレクはそんなファダリオを冷やかに見下ろす。


「失態だな。宰相に出し抜かれるとは」

「申し訳ございません。まさかこれほど早く行動を起こすとは想定しておりませんでした。警戒はしていたのですが」

「下手な動きをとらなかったことだけは、ほめてやる」

「相手が相手だけに、下手をすれば内紛にならないとも限りませんでしたので。いずれ期を見て、動くつもりでおりました」


 そんな二人の様子を、イルーシは所在なさそうに一応座って見ている。


「宰相の他に動いているのは誰だ?」

「宰相補佐官のブリゴです。あとは彼らの配下の者が数名。他の者はうまく抱き込まれた形のようです」

「反発する者はいなかったのか?」

「ゾルフィ殿とフラウ殿以外には。他の大臣たちも最初は消極的だったようですが、処罰ではなく、一時的に捕縛するだけであればと承諾したようです」

「使えない大臣どもだな。――部下と連絡はとっているな?」

「はい。いつでも動けるようにしてあります」

「さすがにここまで好き放題されたら、見過ごしてはおけない」

「御意」

「頭をすげ替える必要がある」

「では……!」


 顔を上げたファダリオを見て、アレクはいつもの調子に戻り、肩をすくめた。


「僕は表に出るつもりはない。それは変わらない。だけど、そのためにひと芝居打つ」

「は……」

「近衛軍にも少々動いてもらう。いいな?」

「――仰せのままに」


 恭しく頭を垂れるファダリオにうなずくと、アレクは振り返った。


「イルーシ。君にも手伝ってもらうから」


 突然声をかけられたイルーシはあわてたように座りなおし、さらに思い直して、ファダリオと同じようにひざをついた。


「はっ、はいっ。お、お、おうせのままに……っ」


 そんなイルーシの様子に口元をゆがめ、アレクはうなずいた。


「まだまだこの国を好き勝手にしてもらっちゃ、困るからね」

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