9. 数々の変化
父は以前と変わらず、王宮の外務局に籍を置いており、王命を受けては使節団の一員として、近隣諸国を訪れていた。
外交交渉や会談の場に私が同伴することは、もちろんなかった。けれど、式典への参列や家族旅行などの機会に、私も父に連れられ周辺諸国へ足を運ぶことがあった。
「いいか、アウレリア。外交というものは、国と国との信頼を積み重ねる営みだ。王太子妃となるお前は、決して自国の常識だけで物事を判断してはならない。諸外国の文化や礼儀、価値観をその目で見て、肌で感じ、相手を尊重し理解できる人間になりなさい」
父は私が幼い頃から、口酸っぱくそう言い聞かせ続けてきた。今回の人生でもそれは変わることなく、私は父の外交英才教育を、再度一から受けることになったのだ。今の私にとって、それらは復習だった。
十二歳になった頃、ミアがシャロン侯爵邸にやって来た。侍女として採用されたのだ。
「はじめまして、アウレリア様。このたび、こちらのシャロン侯爵邸にてお仕えさせていただく運びとなりました、ミアと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
私の部屋を訪れ、丁寧に挨拶をし頭を下げる十四歳のミアを見て、鼻の奥がツンと痛む。
(ミア……。よかった、ミアが生きてる。ちゃんとまた、ミアに会えたわ……)
胸がいっぱいになり、たちまち視界が滲んだ。無事でよかった、会いたかったと、抱きしめたい衝動にかられた。
けれど彼女は至って冷静で、自分が死んだ前回の人生の記憶などないようだった。私以外の誰も、人生を繰り返しているなどと思ってはいないのだ。
彼女が顔を上げる前に、私は慌ててそっぽを向いた。
「……そう。よろしくね。もう結構よ」
そして、前の時よりもそっけない挨拶を返したのだった。
私はもう父に、彼女を「専属侍女にしてほしい」とは頼まなかった。万が一同じことが繰り返されてしまったらと思うと、恐ろしかったのだ。
けれど結局、ミアは前回と同じくらいの時期に、私の専属になってしまった。
「……お父様、専属侍女ならもう足りていますわ。人数を増やしていただく必要はないのですが」
そう断ってみても、父は首を振る。
「ミアは若いのに素晴らしいよ。仕事の覚えも早いし、細やかな心配りができる。歳もお前と近いし、そばで仕えてくれていれば、きっとお前の心の支えにもなるさ。母様も賛成している」
その言葉を受け入れるほかなく、また始終ミアがそばにいる生活が始まった。
嬉しくて安心する反面、言いようのない不安が、常に心の片隅にあった。
(……ううん。大丈夫。今度こそもう、ミアを死なせたりはしないわ。何があっても、絶対に守ってみせるから)
月日は流れ、私は十六歳になり、王立学園に入学した。
この頃、父が外務大臣に就任した。以前にも増して多忙になったものの、諸外国へ赴く機会は変わらず多く、母とともに王家の名代を務めることも増えていった。
三年間の学園生活で最も気を配ったのは、ダーナ・ブラント子爵令嬢に一切近付かないということだった。
前回も同じクラスになったことはないし、特に親しくしていたわけでもない。けれど、徹底して接触を避け続けることで、もしかしたら何か良い変化が起こるかもしれないという期待があったのだ。
けれど、いつの間にかまたも二人は出会い、親密になっているようだった。
私の耳には複数の令嬢から、二人が一緒にいたという情報が寄せられていたし、ジョセフ様が主催される催しには、やはりブラント子爵令嬢の姿が見えはじめたのだ。
失望しつつも、私は自分の非を作るまいと、ジョセフ様に何度かやんわりと苦言を呈した。彼は面倒くさそうに、「下衆な勘繰りはやめてくれ。ブラント子爵令嬢は友人の一人だ」と、私をいなすだけだった。
卒業までの間に、大きな変化は特になかった。
私は相変わらず月に一度は王宮へ出向き、ジョセフ様とお会いし、教育係たちから王太子妃教育を受け、その後王妃殿下直々の教育という名の嫌みと、理不尽な叱責を受ける。
十八歳になるまでの間に違和感を覚えたのは、フルニエ公爵家のレナート様に関することだけ。
彼とは毎年二、三度ほど、お会いする機会があった。
フルニエ公爵家嫡男であるレナート様のお兄様は、成長するにつれ、我がシャロン侯爵邸に顔を出す機会が減っていった。レナート様も、前回はそうだったはずなのだ。
けれど今回、彼は二十一歳になった今でも、ご両親とともにシャロン侯爵邸へとやって来る。そして両家の夕食会に参加しては、以前より私に対して、積極的に話しかけてくれるのだ。私の兄とも会話はするけれど、明らかに私に話題を振ってくれる回数が多い。
もちろん、二人きりになることは決してない。その夕食会の席で、レナート様が私の学園生活について尋ねてくれたり、ご自分が最近出かけた場所について話してくれたりするのだ。
他にも、読んで面白かった本や、領地のこと、王都での催事のことなど、当たり障りのない内容ばかり。けれど、以前の時よりも私に対して、明らかに好意的になっている。こんなによく喋る方ではなかった。
もう一つ驚いたのが、レナート様は王宮の政務官を務めていたはずだったのに、今回はいつの間にか騎士になっていたのだ。それも、王国騎士団所属の近衛騎士に。
数年前の夕食会でレナート様の学園生活についての話題が上がり、騎士科に通っていると分かった時、私は内心驚いた。
さらに、今レナート様には婚約者がいないのだ。
(前回は伯爵家のご令嬢と婚約なさっていたわよね。本当に、レナート様の周辺ばかりが変わっているわ……)
ジョセフ様や私の周りはほとんど何も変わらないのに、なぜだか縁の薄かったレナート様が、一番大きな変化を遂げている。
一体何がどう影響しているのか、それとも私の死に戻りとは全く関係がないのか。
これが私にとって良いことなのか悪いことなのか、さっぱり分からなかった。
そうして、学園卒業の日を迎えた。
その翌日、ついに私はあの運命の祝賀会に参列するため、王宮へと向かったのだった。




