10. 承知いたしました
祝賀会の雰囲気も、前回と何も変わらなかった。
集まった貴族たちに、王国の重鎮たち。それから、王立学園の卒業生。大広間に足を踏み入れると、誰もが華やかに着飾り、楽しげに談笑していた。
月に一度会うたびに、ジョセフ様の様子を窺ってはいたけれど、やはり変化は見られなかった。
特別優しいわけではないけれど、露骨に冷たくされることもない。勉強熱心ではなく、国政や外交の話題、民の暮らしについての話には興味を示さず、ご自分の趣味や貴族たちの噂話を語る時には目を輝かせる。
前回と同じジョセフ様だった。
それでも、何らかの変化があることを、かすかに期待していた。
もしかしたら何も起こらず、今夜の祝賀会がつつがなく終わるのではないかと。
彼が別の正妃を迎えるとさえ言わなければ、その後の全てが変わってくるかもしれないと。
けれど、やはりそれは甘い願望でしかなかった。
さり気なく注視していると、王族席のジョセフ様が突然立ち上がった。嫌な予感がし、彼の視線の先を追った私は、ため息をついた。
卒業生の集団の中にいたダーナ・ブラント子爵令嬢が、頬を染めてジョセフ様を見つめていたのだ。
案の定、ジョセフ様は真っ直ぐに彼女の方へと歩み寄っていく。
その後は、一度見た光景がそのまま繰り返された。
ブラント子爵令嬢のそばへ行き、彼女の肩を抱いたジョセフ様が、決意に満ちた表情でフロアの中央へと進み出る。
そして、一言一句変わらぬ口上が始まった。
「皆の者、聞いてほしい。この僕、ジョセフ・マクシミリアン・セレナは、ここにいるダーナ・ブラント子爵令嬢を我が正妃として迎えることに決めた。……なお、長年の婚約者であったアウレリア・シャロン侯爵令嬢は、側妃として迎えるものとする」
静まり返る大広間。戸惑いと混乱の空気。
(……結局こうなるのね)
人生を繰り返したところで、ここまでは何も変化なしだ。
「……突然何を言い出すのだ、ジョセフ」
案の定、国王陛下がそう口を開き、前回と同じようにジョセフ様が陛下に反論を始めた。私は口を挟まず、ただ黙って成り行きを見守った。
するとジョセフ様は、私が学園でブラント子爵令嬢を虐めており、そのことで相談に乗っているうちに愛し合うようになったという、前回と全く同じことを訴えはじめたのだ。
またもひそかにため息をつくと、国王陛下の隣に座している王妃殿下が弾んだ声を上げた。
「まぁ、何という愛の強さでしょう。まさかジョセフに、これほどまで深く想いを寄せる女性がいたとは……。陛下、ここは何よりも、ジョセフ本人の意思を尊重すべきではありませんか」
そして、ジョセフ様が心から愛している女性を正妃に迎えるべき、私ならば側妃になっても才を振るうだろうと、一度聞いた言葉が次々に紡がれる。
(仮にここでジョセフ様がブラント子爵令嬢を正妃にすると言い出さず、私が正妃になっていたとしても、きっと王妃殿下は気に入らなかったはずよね。いずれにせよ、前回と同じことが繰り返されたかもしれないわ)
期待していたわずかな可能性を諦め、私はいよいよ腹をくくった。
「いかがかしら? アウレリア嬢。あなたがジョセフの気持ちを汲んでくださるのならば、あとは王家とシャロン侯爵家の間で、滞りなく話を進められますわ」
王妃殿下のその言葉に、国王陛下が口を開く。王妃殿下をたしなめ、この場を収めるおつもりだ。
私はすばやく礼をし、先に声を上げた。
「承知いたしました、王妃殿下。ジョセフ王太子殿下の側妃となるお話につきまして、私個人としては異存はございません。両親ともよく話し合った上で、改めて正式にお返事申し上げたく存じます」
直後、大広間に悲鳴に近いざわめきが広がった。
顔を上げ王族席に視線を向けると、驚愕の表情を浮かべる国王陛下と目が合った。
フロア中央のジョセフ様とブラント子爵令嬢は目を輝かせ、互いの顔を見つめ合っている。
陛下の隣に座す王妃殿下は、満足げに頷き、口角を上げた。
「賢明なご判断だわ、アウレリア嬢。あなたならばきっと、ジョセフを陰ながら支える誉れある立場で、その才を存分に発揮してくれることでしょう」
「カーリーン……!」
自分を差し置いて話を進める王妃殿下に、国王陛下が非難の声を向ける。
前回の人生では、国王陛下がこの後、私を予定どおり王太子の正妃とし、側妃を迎えるか否かについては後日協議すると宣言された。
けれど今回は、苦虫を噛み潰したような顔の陛下が「この件は後日改めて協議する」の一言に留められた。
公の場で、思いがけず国王夫妻の意見対立を目の当たりにした列席者たちが一様に困惑の色を浮かべる中、祝賀会は続けられたのだった。
やがて会はお開きとなり、私は王宮を後にする。
控えの間で待っていたミアたち侍女と合流し外へ出たところで、案の定声をかけられた。
「アウレリア嬢!」
「……フルニエ公爵令息様」
振り返ると、険しい表情をしたレナート様が、こちらへ足早に歩み寄ってきていた。侍女たちが少し端の方へと移動する。
立ち止まって待っていると、目の前に立った彼が、探るように私の目を見つめてくる。
「驚きました。まさかあなたが、あのお話をお受けになるとは……」
やはり、私が側妃になる件をあっさり承諾したことが気になっているようだ。私はにこりと微笑んでみせる。
「王妃殿下がおっしゃっていた通りだと思いましたの。私は側妃として、ジョセフ王太子殿下をお支えしていけばいいのだと。殿下が心から愛しておられる方が、正妃を務めるべきですわ」
「……そう、ですか……」
納得いかない様子のレナート様は、視線を彷徨わせる。どう言葉を続けようかと思案しているように見えた。
前回はただ気遣ってくれているだけのように見えたけれど、今回は何だかやけに不満そうだ。眉間の皺がそれを物語っている。
古くからの友人として、私の処遇を心配してくれているのだろうか。その優しさをありがたく思いながら、私は言葉を重ねる。
「お気遣いありがとうございます、フルニエ公爵令息様。どうぞ、そんなにご心配なさらず。私は別に悲観しておりませんのよ。どのような立場であれ、私はこのセレナ王国のために最善を尽くすのみですわ。……では、ごきげんよう」
レナート様は、ご令嬢方に大人気だ。家柄は申し分なく、さらにこの見目麗しさ。その上王宮の近衛騎士という、精鋭中の精鋭。
剣技に優れているうえ頭の回転も速く、人格も申し分ない。そんな独身男性の彼は、いつも令嬢たちの話題の的になっている。
彼と人目につく場所で長話をして、妙な勘繰りをされたくはない。ただでさえ、今日は十分すぎるほどの話題を貴族たちに提供しているのだ。
そう思い、私は礼をすると踵を返した。そして再び歩きはじめる。
すると背後で、レナート様が妙に切羽詰まった声を上げる。
「お受けになる必要は、ないのではありませんか」
「……え?」
その言葉の意味を瞬時に理解できず、ほんの少しの間を置いて、私は振り返った。




