3. 美しい公爵令息
結局その夜は、国王陛下が「アウレリア・シャロン侯爵令嬢は、予定どおり王太子の正妃とする。他家の令嬢を側妃として迎えるか否かについては、後日改めて協議する」と宣言され、ひとまず収められた。
その後、何事もなかったかのように祝賀会が再開されたが、大広間のあちらこちらで、貴族たちが囁き合っている光景が見られた。
私の方へ向けられる数々の視線から、誰もが先ほどの一件について話していることは容易に察せられた。
夜も更け、祝賀会はお開きとなり、私は控え室に待機していた侍女たちを連れ、馬車寄せへと向かうため大広間を出た。
貴族たちはまだ次々と声をかけてくるし、誰もが私の一挙手一投足を凝視しているようで気が抜けない。何せついさっき、長年の婚約者である王太子から「他の女を愛しているからお前は側妃になれ」と言い放たれたのだ。
シャロン侯爵令嬢の本心はどうなのだろう。さぞや辛いに違いない。そう言いたげな好奇の色が、一部の人たちの目の奥に透けて見える。立ち去る瞬間まで、毅然としていなければ。笑いものにされるのはごめんだ。
そう思い意識して顎を少し上げ、真っ直ぐに前を向いて歩く。
回廊を抜け、王宮を出たその時だった。
耳に心地よく響く低音が、夜風に乗って私の耳に届いた。
「失礼。シャロン侯爵令嬢」
(……?)
振り返ると、そこにいたのは優美なオーラを纏う美青年だった。
「あら、フルニエ公爵令息様。ご無沙汰しております」
私がそう挨拶をすると、彼は黄金色の目を伏せ、礼をする。胸元に添えられたその右手に、空色の宝石のついたブレスレットが光った。月光を紡いだ絹糸のような美しいホワイトブロンドが、さらりと揺れる。
レナート・フルニエ公爵令息。彼は国王陛下の従兄弟であるフルニエ公爵の次男で、私の三歳上の二十一歳。フルニエ公爵と私の父は親交が深く、レナート様とは幼い頃からたびたび顔を合わせていた。
子どもの頃は一緒に遊んだこともあったけれど、互いの立場もあり、今では他人行儀な挨拶を交わす程度の仲だ。
彼は顔を上げ私と視線を合わせると、唇の端をゆっくりと上げた。
「お呼び止めして申し訳ない。今夜はご挨拶する機会がなかったものですから。……慌ただしい夜でしたね」
遠回しに、今日の騒動のことを言っているのだろう。
気遣ってくれているのだと察し、私は苦笑する。
「ありがとうございます。お騒がせいたしましたわ。せっかくの祝賀会でしたのに、卒業生の皆にも申し訳なく思います」
「あなたのせいではありませんよ」
レナート様は間髪を容れずに、そう言った。そして束の間、何かを逡巡するような仕草を見せる。
けれど、すぐにまた美しい笑みを浮かべた。
「お変わりないご様子を拝見し、安堵いたしました。どうぞお気を付けてお帰りください」
「ありがとうございます。フルニエ公爵令息様も」
それだけの会話を交わすと、彼は「失礼」と言い、私の前から去っていった。
すらりと背の高い彼の、惚れ惚れするような後ろ姿を見送りながら、ぼんやりと考える。
レナート様は六歳を過ぎた頃、フルニエ公爵家の養子として引き取られてきた方だ。何でもフルニエ公爵の遠縁の一人息子だったけれど、ご両親が流行り病で亡くなり、たった一人残されたのだとか。フルニエ公爵家にはすでに実子の男子がおり、彼はその義弟となった。
今は王宮で政務官をしていて、伯爵家の令嬢と婚約している。
(歳とともに疎遠になったとはいえ、昔も今も、変わらずお優しい方なのよね)
心配してわざわざ声をかけてくれたことに、心が温かくなった。
深夜。シャロン侯爵家のタウンハウスに帰り着き私室に足を踏み入れた途端、私の口からは特大のため息が漏れた。疲れた。がっくりと肩が落ちる。
真っ先に湯浴みを済ませ、寝支度を整えてもらった。
「お疲れ様でございました、アウレリア様。今夜は何やら大変だったようですね」
他の侍女たちが退室し二人きりになると、私の専属侍女の一人であるミアが、そう声をかけてきた。
黒髪をシニヨンにまとめたミアは、子爵家の次女だ。
私が十二歳の時に、父が我が家の侍女として雇用し、その後しばらくして私の希望により専属となった。
以来六年間、一番近くで私を支えてくれている。私にとって、今や家族以上に何でも話せる大切な存在だ。
ミアも祝賀会の間は別室で待機していたので、騒動の細かい内容は知らない。私は事の顛末を彼女に話したのだった。
「……なるほど。王妃殿下は、かつて旦那様とのご縁が叶わなかったことを、今でも恨めしくお思いなのでしょうね。アウレリア様へのご対応が、あまりにもひどすぎますわ」
ミアは、緩く波打つ私の濃紫の髪を梳きながら、小さな声でそう言う。私は化粧台の前に座ったまま、少し愚痴をこぼした。
「確実に私怨よね。だけど、まさか私を王太子の正妃から外して、子爵家の令嬢を正妃にするというジョセフ様の宣言に同意するなんて。お立場にあるまじき行為だわ」
父が若かりし頃、まだ外務大臣に就任する前のことだ。
使節団の一員として、ベルグレン王国という大国を訪問した際、当時その国の第三王女だった王妃殿下が、父に一目惚れなさったらしい。
王妃殿下──当時のカーリーン第三王女殿下は、何度も熱烈な恋文を送ってくるとともに、あの手この手で父を籠絡しようと動きはじめたそうだ。けれど、父にはすでに母という婚約者がいたし、母への想いを断ち切る選択肢はなかったらしい。
今でも仲睦まじい私の両親は、執拗に婚姻を迫ってくるカーリーン第三王女殿下に危機感を覚え、すぐさま婚姻を結んだという。
その後カーリーン第三王女殿下は、我がセレナ王国の現国王とご婚約なさり、今に至る。
けれど今でも彼女は、我がシャロン侯爵家を敵対視しており、私がジョセフ様の婚約者に決まる際にも最後まで一人反対し続けていたらしい。




