22. ブレスレット
慈善晩餐会から数週間後、エルシア王国から使節団が訪れることとなった。
今回の目的は、両国の交易協定の更新と、今後の交易についての協議だ。
使節団は七日ほど王宮に滞在し、その間に幾度かの協議や会食が予定されている。そして到着初日の夜には、国王陛下主催の歓迎晩餐会が開かれることになっていた。
今回の晩餐会には私も出席するようお達しがあり、私は久しぶりにヴェルネ離宮を離れ、王宮へ向かうこととなった。
王宮までは、途中で一泊して向かう。そのため晩餐会の二日前に離宮を発ち、途中の宿に泊まり、前日の夕刻に王太子宮へと到着する日程を組んだ。
出発のために玄関ホールへ向かうと、そこにはレナートが立っていた。
「待っていてくれたの? ありがとう、レナート」
「はい。まいりましょう、アウレリア様」
「ええ」
歩み寄りそう答えると、彼がこちらへ右手を差し出してきたので、つい自分の手を重ねてしまった。
玄関扉を抜け馬車へと向かいながら、頭に疑問符が浮かぶ。
(……エスコートにしては、少し早くないかしら?)
そう思いながら、私の左手を握る彼の手に、何気なく目を向ける。
鉛色の石がついたブレスレットは、相変わらずそこにあった。
「……ねぇ、レナート。そのブレスレットだけど、最初からその色の石だった?」
「……え?」
ふいにレナートが、足を止めた。
「なぜ、そのようなことをお聞きになるのですか?」
(あ……、あれ? 聞いちゃダメだったかしら……)
見上げた彼の顔には、先ほどまでの優しい微笑みがない。まるで、何か重大なことを問われたかのように、その表情は強張っていた。
前回の人生では、美しい空色の宝石がついていたのに、今回はなぜかそれが鉛色の石に変わっていた。
そのことがずっと心の片隅で気にかかっていて、つい尋ねてしまったのだ。
予想外に緊迫したレナートの表情に戸惑いながら、私は言い訳めいた言葉を口にする。
「勘違いだったらごめんなさいね。ほら、あなたそれを子どもの頃からずっと身に着けているでしょう? でも、昔は違う色だった気がしただけよ。私の記憶違いね、きっと」
それでもレナートは、しばらく立ち止まったまま、私の顔をじっと見つめている。
気まずくなって目を逸らそうとした、その時。彼の顔に、ようやく優しい笑みが戻った。
「アウレリア様にも、記憶違いなどあるのですね。俺のブレスレットは、以前からこの色ですよ。亡き母の形見だそうです」
「……そう」
微妙な空気に気圧され、私はそれ以上詮索するのをやめた。
ミアや他の侍女たちと馬車に乗ると、レナートたち護衛騎士がその周りを固める。こうして私たちは、久方ぶりに王宮へと向かったのだった。
王宮に隣接する王太子宮へと到着すると、以前私が使っていた部屋ではなく、ジョセフ様の私室からはかなり離れた一室が与えられた。ダーナ妃への配慮だろうか。まぁ、私は寝泊まりできればどこでも構わない。
そして、使節団歓迎の晩餐会当日。
夕方少し前から、私はミアたちの手を借りて支度を始めた。
髪は丁寧に結い上げられ、腰から裾にかけてふわりと大きく広がる淡い水色のドレスをまとう。胸元や袖口には、銀糸の刺繍が贅沢に施されている。さらに髪の色とよく似た濃紫色の宝石をいくつか身に着けた。
支度を終え部屋を出ると、レナートが待っていた。
彼も今日は、白を基調とした正装用の騎士服に身を包み、腰には儀礼用の剣を佩いている。ただでさえ目を引く容姿が一層際立ち、思わず感心する。
「お待たせしたわね。会場へ行きましょう」
彼のもとに歩み寄りながらそう声をかけてみるけれど、レナートは私を見つめたまま、ぴくりとも動かない。
「……レナート?」
再び呼びかけると、はっとしたように目を見開いたレナートが、わずかに視線を逸らす。
「失礼いたしました。……あまりにお綺麗で、見惚れてしまいました」
「え? あ、ありがとう。……でも私の正装なんて、これまで何度も見てきているでしょう? ふふ」
彼の反応が何だかおかしくて小さく笑うと、レナートはやけに熱のこもった真剣な目で、私を見つめる。
「久しぶりだったものですから。離宮でのアウレリア様は、簡素な装いをなさっていることが多いので。……綺麗です、とても」
噛みしめるようにもう一度そう言ったレナートに照れてしまい、今度は私がそっと目を逸らした。




