21. 王太子夫妻の失態
離宮での生活が始まりひと月が経った頃、新たな書類を持ってきたジョセフ様の侍従から伝言があった。
数日後に行われる慈善晩餐会は、ダーナ妃が正妃として初めて取り仕切る公務となるため、私は出席せずヴェルネ離宮で引き続き仕事にあたるように、とのことだった。
さすがに驚き、私は侍従の顔を凝視する。
「出席することさえダメなの? 毎年必ず参列していたのに」
側妃に非難されたと焦ったのか、侍従の顔が強張る。
「は……。その、アウレリア妃殿下がいらっしゃると、招待客の関心が分散する恐れがあるとの、王太子殿下の仰せでございまして」
「……」
言いたいことが分からないわけではない。正妃となったばかりのダーナ妃にとって、初めての大きな公務だ。 長年王太子妃となる予定だった私がいれば、彼女と私を比べる者も出てくるだろう。
(毎年開かれるこの慈善晩餐会には、幼い頃から両親とともに出席してきたわ。ジョセフ様が主催を務めるようになった三年前からは、婚約者として準備にも携わり、彼を補佐してきたし……)
招待客の選定や席次決め、招待状の発送などは当然終わっているとしても、不安が頭をよぎる。
当日の進行や晩餐会にかける費用、寄付の募り方などを、ジョセフ様は去年もきちんと把握してはいらっしゃらなかった。本当に、私の手助けは何も必要ないのだろうか。 ダーナ妃は進行の仕方を教えてもらっているのかしら。
(……ううん。王太子宮には経験豊富な家令や侍女長をはじめ、毎年この晩餐会の準備に携わってきた者たちが大勢いるものね。だから私がいなくても問題はない、ということなのでしょう)
わざわざ出席しないよう伝言されたのだ。これ以上こちらから口を出すのも差し出がましいだろう。私はあくまで、側妃なのだから。
そう考え、私は素直にその指示に従うことにした。
「分かったわ。ジョセフ様に、承知しましたと伝えてちょうだい」
そう告げると、侍従は分かりやすく安堵の表情を浮かべた。
けれど、書類の束を置いた彼らが帰っていくと、ミアが目を吊り上げた。
「アウレリア様とて、正式に王家へ嫁がれた妃でいらっしゃるというのに……。王家主催の晩餐会に出席なさることすら許されないとは。あまりに横暴ですわ」
「いいのよ、ミア。慈善晩餐会はジョセフ様とダーナ妃にお任せしましょう。こちらはこちらで、山ほど仕事があるんだもの」
こめかみをピクピクさせるミアを宥めるように、私はそう言って苦笑した。
そして迎えた晩餐会当日も、私はいつもと変わらずヴェルネ離宮で過ごした。
それから数日後の午後、執務室で書類に目を通していた私が休憩に入ると、お茶を運んできたミアが眉をひそめながら口を開いた。
「アウレリア様。先日の慈善晩餐会ですが……芳しくない結果に終わったようでございますよ」
「……何か聞いたの?」
ミアの言葉に、ティーカップに伸ばしかけた手が宙で止まる。
「実は先ほど、いつもの王太子殿下付きの侍従と話したのですが……」
ミアの話によれば、王太子宮から頻繁に書類を届けに来るうちに、その中の数人とすっかり顔馴染みになったらしい。どうやら彼らも、最近の王太子宮のあり方には思うところがあるようで、近頃では受け渡しのついでに王太子宮での出来事をあれこれ話してくることもあるのだという。
「今年の慈善晩餐会開催にかかった費用が、例年のおよそ三倍だったそうです」
「……え? 三倍ですって!? なぜそんなに?」
ますます驚き、鸚鵡返しに問う。
「例年になく、大層豪華な設えになったようです。ダーナ妃殿下が隣国から珍しい食材や花を取り寄せ、大広間の調度品も新しく揃えられたそうで。名のある楽団まで、隣国から招いたのだとか」
「何ですって? 宮廷楽団の演奏ではなく、わざわざ?」
「はい。さらに困ったことに、肝心の寄付総額は例年を大きく下回ったそうです」
「まぁ……何てことなの。どのくらい集まったのかしら」
ミアが口にした金額を聞いて、私は呆然とした。頭の中でざっと計算する。
例年ならばかかった経費を差し引いても、集めた寄付の大部分を施設への援助に充てることができた。けれどその数字では、今年はとても無理だ。
「一体、何のための慈善晩餐会なの」
「王妃殿下は、『初めての公務だったのだから』とダーナ妃殿下を庇われたそうですが、国王陛下は王太子殿下をひどくお叱りになったようで」
「そうでしょうね……」
王家の威信を損なわないだけの格式を保ちながら、支援を必要とする者たちのために、より多くの善意を集める。それが、この慈善晩餐会の目的なのだ。それなのに、集めた額に迫るほどの金を使ってどうするというのだ。
豪華すぎる晩餐会に反感を覚え、寄付額を減らした貴族も少なくないのだろう。さらに話を聞くと、例年ならば主要な支援者一人ひとりに前年の寄付への感謝を伝え、今年必要としている援助について説明してきたのだが、ジョセフ様はそれさえも行わなかったらしい。
「家令や侍女長は例年通りの規模で開催するよう進言したようですが、ダーナ妃殿下が『初公務だから皆様に喜んでいただきたい』と押し切り、王太子殿下も『好きにさせてやれ』と許可したそうです。信じられませんね」
「……はぁ」
思わず大きなため息が漏れた。
初めて公務を任されたダーナ妃が張り切りすぎてしまったのは、まだ分からなくもない。けれど、ジョセフ様まで一体何をしておられるのか。呆れてしまう。
「まあ……、今回のことで、お二人も学ばれたでしょう。次からは同じ失敗をしないことを願うわ」
そう言って、私は冷めかけた紅茶に口をつけた。
今回の失敗を糧に、二人がこれから正しく務めを果たしてくれることを願うばかりだ。
(次は使節団のもてなしがあるけれど、大丈夫かしら)
慈善晩餐会とは違い、今度は他国との関係にも影響する。
さすがに同じような失敗はないだろうと思いながらも、胸の奥に小さな不安が残った。




