世界1位の美女と、大富豪からの宣戦布告
「ちゃんと答えて。私、いつからハジメくんのマネージャーになったの!?」
サツキちゃんが空のタッパーを胸に抱え、顔を真っ赤にして俺をジト目で睨みつけている。
タッパーにはまだ煮汁が残っている。先ずはサツキちゃんからそっと取り返しつつ、なんて答えようかと考えたが、何も思いつかない。仕方ない。素直に、正直に。
「あ、いや、とっさに口から出た言い訳っていうか! ごめん、迷惑だったよね」
「め、迷惑じゃない、けど・・・・・・。急にそんなこと言われたら、心の準備が・・・・・・」
お? まんざらでもなかったか? これ、ネガティブなモジモジではなさそうだ。
サツキちゃんが視線を泳がせ、モジモジと指先をいじり始めたその時だった。
トン。トントン。トン。
築40年、家賃2万のボロアパートの薄い木製ドアが、信じられないほど上品なリズムでノックされた。
「はーい、どちらさまで――」
ドアをガラリと開けた瞬間、廊下からまばゆいばかりの黄金の光が差し込んできた。
ま、眩しい。
そこに立っていたのは、栗色の長い髪を輝かせ、モデル顔負けのスタイルを完璧なオーダーメイド戦闘服に包んだ異次元の美女だった。
世界ランキング1位。SSSランク探索者、通称『戦乙女』のリン。
「・・・・・・見つけたわ。あなたが、あの《神速パリィ》の主ね?」
彼女の背後には、最高級の隠密型空戦ドローンが音もなくホバリングしている。
つまり、今この瞬間のすべてが彼女のチャンネルで「生配信」されているということだ。
リンは有無を言わさぬ圧倒的な圧で狭い玄関を一歩、一歩踏み込んできた。
「桐野ハジメ。私と、世界一のダンジョンを攻略しに行きましょう。報酬はすべてあなたに譲るわ。だから・・・・・・私のパーティに入って」
世界1位からのまさかの直球スカウト。
「もちろん厚遇するわよ。ちょっと待って、契約書を出すわね」
そのとき、俺のボロスマホの画面が、リンの配信経由で人類史上最速のスピードで大炎上を始めた。
名無しの探索者: はあああああ!? リン様がボロアパートの男にスカウト!?
暇人A: しかも報酬全譲りってマジかよwww
探索ビギナー: カルビ女に続いて世界1位まで乱入してきて草
「いや、あの・・・・・・俺、ただのFランクですし、遠慮しときます」
「・・・・・・え?」
「聞こえませんでした? 今、ハジメくんはお断りします、って言ったんです」
ちょっとした優越感をにじませたサツキちゃんが言う。
世界1位の美女探索者、リンが、生まれて初めてフラれたような顔で硬直したその時――。
ブルブルブルブルブツッ!!!
今度はリンの持つ最高級スマホと、俺のボロスマホが同時に爆音で震え始めた。
画面に割り込んできたのは、
「日本語に翻訳しています。お待ちください」との緊急自動翻訳通知。
サツキちゃんも俺も、もちろんリンも、素直にお待ちした。
そしてBGMつきでデデーンと登場したのは――
画面いっぱいの、見覚えのある金髪の男の大きめの顔のグラフィックだった。
【緊急割り込み通信:ダンジョン巨大企業役員、ドニー・ポーカー】
「ハロー!! ジャパンの偉大なる英雄、ハジメ!!」
画面の向こうで、かのドニー・ポーカー氏がド派手な金髪を振り乱しながら、
大富豪オーラ全開で叫んだ。
「我が社の中間選挙は、お前を引き抜くことで完全なる大勝利を収める! Make It Great Againだ! Yeah!」
一瞬、画面から見えなくなる。どうやら手をグーにして踊っているようだ。昔のゴーゴーってやつか?
誰か別の人の声が聞こえる。ため息交じりの女性のようだ。
『ああた、またはみ出しちゃってるわよ。配信中に動くと映らないって何度言ったらわかるの?』
『だって、ティラニア、私のノリの良さは君も知ってるだろ?』
『ああたが今しようとしていることは何? ダンスの腕前を披露することじゃない筈よ。ちょっとは考えてみたらいかが?』
『悪いのは私ではない。そうだ、私を撮っているこのレンズがいけないのだ! おい、公カメ!』
『は、はい? なんでございましょう?』
『レンズの不備。すぐに何とかしろ』
『とおっしゃいますと?』
『私がダンスをしてもはみ出さないよう、もっとワイドな広角レンズにするのだ!』
『承知しました!』
『むろん、私のハンサムなどアップもバッチリ撮れるようにな』
『・・・・・・ボス。広角レンズでどアップは難しいかと・・・』
『何だと!? オー、シッ〇! ファッ○○ット! ふざけるな! やれといったらやるんだ! できないと言うのであれば、お前はクビだ!』
『・・・・・・承知しました。善処してみ・・・いや、いたします』
金髪のおじさん――いや、おじいさんかな? 彼はふんっと勝ち誇ったように笑い、再びこっちに向かって話し始めた。
「リン、お前がそこにいることを、俺はわかっている。その男から離れたまえ! ハジメ、君は今すぐ我が社と独占契約を結ぶんだ。高級タワマンと専属の美女奴隷・・・・・・いや、専属秘書を100人くれてやるぞ!!」
あまりの破天荒な暴走っぷりに、リンのチャット欄がさらに加速する。
暇人B: ドニー・ポーカー乱入キターーーー!!wwww
ギルド職員(偽): 「Make It Great Again」ワロタwww 中間選挙にハジメを利用する気満々じゃねえかwww
裏情報通: あ、ドニーの隣で妻のティラニア様が「そんなFランク、私なら10秒でクビ奴隷契約にさせるわ」って冷たい目で見てるぞ。怖え~ マジで冷え冷えだわwww
世界1位の美女からのパーティ勧誘。
アメリカの大富豪からのタワマン&超巨額オファー。
常人なら卒倒するような大騒ぎの中、俺は肉じゃがの残った汁を静かにすすりながら思った。
(タワマン? 奴隷契約? 怖い怖い。そんな怪しい話、絶対に裏があるに決まってんじゃん)
中学時代にロンたちに騙され続けた俺の「陰謀察知センサー」が、激しく警報を鳴らしていた。
「えーと、ドニーさんでしたっけ? すみません、俺、英語よく(てゆうかぜんぜん)わからないですし、そういう怖い契約はお断りします」
「ファッ!? この私のアプローチを拒絶する男がいるだと!?? あり得ない! いいか、私はね――」
なんか言ってるけど、今言ったように、俺には英語なんてさっぱりわからない。伊達に赤点とってたわけじゃないんだよ。
ピッ。通信を切る。
リンも、画面の向こうの大富豪も、完全に言葉を失って固まった。
世界を揺るがす大物たちを秒でフッた俺の後ろで、サツキちゃんだけが、空のタッパーを受け取り、握りしめて「ふふん」と勝者の笑みを浮かべていた。
しかし当然ながら、これで引き下がるような大物たちではなかった――。




