アメリカ・ドニー氏から手付金1億ドル、ギルド本部長の土下座、そして炎上するネット
自称・世界を揺るがす大物たちを秒でフッた翌日。
俺はいつも通り、時給700円の荷物持ちの仕事を探すため、地元にある「初心者用:常盤ダンジョン」の前に立っていた。できれば100円・・・いや、10円でも20円でも時給が高いといいな、と祈りつつ。
このところやけに俺の周囲が騒がしくなった割に金銭面では相変わらず厳しい状況とあり、「ハーイワーク」さんに出向いて仕事探しをした結果だった。
流石に「ハーイワーク」さんの紹介なので、怪しげなことはないだろう。
そう思ったのだが、しかし。
「はぁ・・・・・・。やっぱりどこのパーティも、昨日の配信のせいで俺を警戒して入れてくれないなぁ。いざ来てみると、『ごめんね、大人の事情で来てもらったけど、実は働き手は足りているんだ』って」
スマホを開けば、チャンネル登録者数はいつの間にか200万人を突破している。だが、俺の財布の中身は変わらず数百円だ。画面の中の数字なんて、1円の足しにもなりゃしない。騒がしくて面倒臭くてわけがわからないだけだ。ああ、もうすぐサツキちゃんの誕生日だというのに、何とかしなくては。
「おい、そこのFランク」
えっ? 俺?
「お前だよ、お前。荷物持ちが足りないんだ。ついてきな」
「はいっ!」
声をかけてきたのは、いかにも成金タイプの重装備に身を包んだ男。
成金でもなんでもいいや――と張り切ってついていったが、
背後には、なぜかアメリカの国旗マークがついた最高級の撮影ドローンが浮いている。
・・・・・・・嫌な予感しかしない。
念のため、言ってみる。
「あの、俺、ただのFランクですけど・・・・・・・」
「フン、そんなの知ったこっちゃねえ。お前の切り忘れ配信のイカサマを暴いてやるだけさ。アメリカのドニー・ポーカー氏からハジメの実力を生配信でテストしろと、1億ドルの懸賞金がかかってるんでな!」
やっぱり裏があった!
だが、背に腹は代えられない。今日の飯代のために、俺は彼らの後ろをついてダンジョン1階層へと足を踏み入れた。
もちろん、この様子はリンの「戦乙女チャンネル」と、ドニー・ポーカーの「メガ・コーポレーション公式配信」で同時ミラー生中継されていた。
名無しの探索者: おいおいハジメ、またダンジョン入ったぞ!
暇人A: 今度のパーティ、ドニーの息がかかった、息巻くBランク探索者じゃねえかwww
裏情報通: リン様もステルスドローンで上空から監視してるぞ。マジで世界中が見てるwww
ダンジョンを進むこと数分。
突如、地響きと共にダンジョンの壁が激しく崩落した。
ゴゴゴゴゴゴゴ!!!
「な、なんだ!? 1階層だぞ!? なんで壁が――」
崩れた壁の奥から現れたのは、初心者用ダンジョンには絶対にいないはずの、漆黒の巨躯を持つ最凶の魔獣――「冥府の門番・ガルム」だった。
「ひっ・・・・・・!? ア、アビス級のボスがなんでここに・・・・・・!?」
成金探索者は腰を抜かし、武器を放り出して逃げ出した。
(おいおいおい! また天井の崩落に巻き込まれたのかよ!?)
俺の「陰謀察知センサー」が過去最高レベルで赤色灯を点灯する。
逃げる成金男の背後に、ガルムの巨大な爪が迫っていた。このままだとあいつ、やられる!
「危ないっ・・・・・・!」
俺は無意識に、手元にあった一番頑丈そうなもの、成金男が落とした盾を拾い上げ、ガルムの爪の軌道へと滑り込ませた。
キィィィィィィィィィィン!!!!
鼓膜を突き刺すような金属音がダンジョンに響き渡る。
隠しユニークスキル【神速パリィ】が火を噴いた。
ガルムの超重量の一撃は、俺の持つ盾に触れた瞬間、完全にその軌道を真上へと逸らされた。
凄まじい衝撃波が天井を直撃する。
ズガガガガガガガアン!!!
「ギャオン!?」
ドサッ。
ガルムは自分の放った一撃の反射エネルギーと、崩落してきた天井の巨大な岩石に押しつぶされ、一歩も動けないままピクピクと痙攣し始めた。
「ふぅ・・・・・・。ラッキー! 間一髪だったな。それにしてもここのダンジョン、地盤が緩すぎて危ないな。ほら、早く逃げましょう!」
俺は腰を抜かしている成金男の襟首を掴み、出口へとダッシュした。
自分が「世界最強のボス」を盾一枚で無力化したことなど、微塵も気づかずに。
その瞬間、全世界の同時視聴者数が合計1000万人を突破し、チャット欄が物理的にフリーズした。
暇人B: 嘘だろ・・・・・・ガルムの一撃をノーモーションでパリィした・・・・・・!?
探索ビギナー: 天井崩落のせいにしてるけど、明らかに狙って反射させてるだろwww
リン(公式): 「・・・・・・信じられない。あれは神の領域よ。ハジメ、やはりあなたは私のものになる運命だったのね」
ドニー・ポーカー(公式): 「オーマイゴッド!!! ハジメ、1億ドルの懸賞金はお前のものだ! 今すぐアメリカに来るんだ!!! フロリダで待ってるぞ。ティラニアも会いたいと言ってる」
ティラニアって誰?
まったく、どいつもこいつも説明不足で、なに言ってんだかさっぱりわからない。
ま、いいか。俺には関係ないことだ。
アパートで帰りを待つサツキちゃんが、スマホ画面を見ながら「もう、またやってる・・・・・・」と頭を抱えていることなど、この時の俺は知る由もなかった。
*
初級ダンジョンの地盤沈下(と俺は思っている)から逃げ出してアパートに帰宅した直後のことだった。
「・・・・・・ハジメくん。テレビ、見てる?」
玄関を開けると、サツキちゃんが出迎えてくれて俺のハートはストップモーションだったが、サツキちゃんは歓迎する間もなく、引きつった笑顔で俺のスマホを指指した。
テレビのニュース番組。緊急特番が組まれていた。
『速報です! アメリカのドニー・ポーカー氏が、日本人探索者・桐野ハジメ氏に対し、公約通り1億ドル――日本円にして約150億円の契約手付金の支払いを正式発表しました!』
「ひゃ、ひゃくごじゅうおく・・・・・・!?」
俺の頭は完全にフリーズした。時給700円の荷物持ちをしていて、なおかつ、現在職なしでトホホの男の口座に、国家予算レベルの金が振り込まれる? そんなことあるわけないじゃん。詐欺だ。絶対に国際的な振り込め詐欺の類に違いない。騙されるか。伊達に義務教育受けてないんだよ。
しかし、解せない。なんで貧乏人の俺をこうも騙そうとするんだろう?
「ん? 外が急に騒がしいね」
「私、見てくる」サツキちゃんはそそくさと窓際に行った。
俺も靴を脱いで上がると、アパートの前で車が急停車する音が鳴り響く。
黒塗りの高級外車の鋭い音だった。
直後、我が家の薄いドアが激しく叩かれる。
「桐野ハジメ殿!! 日本探索者ギルド本部長の黒岩でございます! どうか、お話させてください!!」
ドアを開けると、高級スーツを着た白髪の渋いオッサン――テレビでよく見るギルドの最高権力者が、廊下で額を床に擦りつけて土下座していた。後ろにはSランクの護衛探索者たちがズラリと直立不動で並んでいる。
もちろん、上空にはリンのステルスドローンが待機しており、この国家崩壊レベルの光景も全世界に生配信されていた。
名無しの探索者: ギルド本部長が直々に土下座ワロタwwwwww
暇人A: Fランクのアパートの前が国際会談の場になったりして
裏情報通: そりゃそうだろww アメリカから150億の個人送金があって、世界1位のリンが執着してる人材を、今まで「衣服が臭い」って理由でFランク放置してたんだから、国としては大失態だよwww
「あの、黒岩さん? 顔を上げてください。俺、何もしてないですよ?」
「お戯れを! アビス級のガルムを盾一枚で消し飛ばした映像は世界中に拡散されております! ドニー・ポーカー氏からの1億ドルも、ギルドが責任を持って非課税でハジメ様のお口座にブチ込みました! 円高傾向にあるとはいえ、まだまだドルが強いのでよかったですね。お願いです、他国への移住など考えないでください!!」
黒岩本部長はガタガタと震えながら、金ピカに輝くカードを差し出してきた。
「本日付で、あなたを『特例SSSランク』へ昇格といたします! 国会からの特別要請です!!」
俺は、手渡されたSSSランクのギルドカードと、スマホに届いた【残高:15,000,000,000円】の通知を交互に見た。確かに円高で1ドル100円だったりしたら10,000,000,000円になるんだよな。赤点とり続けたやつでもちゃんと計算できるんだぞ。って、それはいいとして。
(おいおい・・・・・・ギルドの偉い人までドッキリの仕掛け人かよ。最近のテレビは手が込んでるなぁ)
中学時代にロンたちに「お前は本当は天才なんだよ!」と嘘の褒め言葉でパシリにされ続けた俺のトラウマが、全力で「これは罠だ」と囁いていた。
「すみません、俺みたいな弱者がそんな身分不相応なカード持てないです。お返しします。あと、その口座の怪しいお金も全額国庫に寄付しといてください」
「な、何を見返りに要求するとおっしゃるのです・・・・・・!? まさかギルドの・・・いや、国家予算の全てとか・・・・・・!?」
本部長が絶望の表情で泡を吹いて倒れた。
「あ、ちょっと待って。国庫はやめて、被災地支援の方に回してもらえます? 熊本と千葉に」
「・・・・・・おお!」
画面の向こうのチャット欄は、もはやお祭り騒ぎを通り越して神話の領域に達していた。
イタリア一の美少女: 素晴らしい! イタリアも地震国だから支援が大事ってよくわかるよ!
韓国のネクスト・スター: 私のヒーロー! プルコギもじゃんじゃん作ってあげる♡
ドニー・ポーカー(公式): 『オーマイゴッド!! 150億をドブに捨てる男だと!? クレイジーだ、ますます気に入った!!』
リン(公式): 『お金にも地位にも興味がないなんて・・・・・・。やっぱりあなたは本物の英雄ね。私の目に狂いはなかったわ』
サツキ: 『(チャット欄に匿名で)もう本当に意味がわからないんだけど・・・・・・』
サナヨ: 中々面白い方ですね。近々一度お会いしましょう
サナヨって誰だ? まさか、よくテレビの政治ニュースとか討論番組に出ているらしい、過激防衛論で有名な女性じゃないよな?
どうせ俺を騙そうとしているなりすまし詐欺師どもだ、こうなったら誰が出てきても不思議ではない。
と、世界(のなりすまし人たち)が俺の「無欲な聖人っぷり」に恐怖していたらしい。
しかしそんなの知ったことではない。朝からろくに食べていなかったので腹がぎゅるぎゅる悲鳴を上げていた。ようやく帰ってきて飯にありつけると思ったのに、あのギルドのおじさんが現れたり、ホントに迷惑な話だ。こんなことが続いたらガリガリにやせ細ってしまいそうだ。
俺はサツキちゃんに「ねぇ、昨日の肉じゃがのお汁、まだある?」
「・・・あ、あるけど、それは、ほら、バタバタしていて洗い物をする暇がなかったから。うちに帰ってすぐ片付けてくる」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて。もしあるんだったら、今日の夜ご飯に余った汁でうどん作りたいんだけど、いいかな?」
至極真面目な今夜のメニューの相談。俺が腕を振るう(うどんを煮込むだけだけど)と言うと、サツキちゃんスマイルが帰ってきた♡
なんだかんだ言って、今日もいい1日だった。




