第1話:英雄は二人
――建安四年(一九九年)、許。
麦は、その日、司空の府へ、炭を運ばされた。
荀彧の屋敷から、府までは、目と鼻の先である。炭の籠を、二度に分けて担いだ。府に客があるという。荀彧の家の者が幾人か、手を貸しに出されて、麦も、その中に入った。
客の名は、聞かされなかった。門で聞いた。
劉備という人だ、と門番が言った。呂布に敗れて流れてきた男で、この頃、曹操が手厚く遇している。同じ車に乗り、同じ席で語る。土地も城も持たぬのに、行く先々で人が付いていく。そういう男だ、と。
麦は、籠を担ぎ直しながら、その話を、途中まで聞いた。
土地を持たぬ者に人が付いていく、という一点だけが、耳に残った。麦の村では、人は、土地に付いていた。地主の田が誰の手に移るかで、そこにいる者の一年が決まった。土地から人が剥がれて、人だけが人に付いていくというのは、麦の知らない付き方だった。
その日、麦は、酒を運ぶ役に回された。
府の奥に、青物を作らせている一角がある。囲いの内に、卓が一つ出ていた。坐っているのは、二人きりだった。曹操と、その客である。
青葉の濃くなる頃だった。空が低く曇り、遠くで、雷が鳴りはじめていた。
麦は、温めた酒の器を持って、囲いの内へ入り、卓の脇へ置いて、退がった。退がって、囲いの外の柱の陰に控えた。次に呼ばれるまで、そこにいる。呼ばれるまでのあいだ、話は、聞こえてしまう。
「いまの世に、英雄と呼べる者は、誰だと思う」
曹操の声だった。
客が、幾人かの名を挙げた。袁紹、袁術、劉表――麦でも聞いたことのある名だった。みな、土地と兵を持っている。曹操は、その一つひとつを、静かに退けた。声は、高くなかった。それから、少し間があった。
「いまの天下で、英雄と呼べる者は、君と、この私だけだ」(天下の英雄は君と操のみ)
かたん、と乾いた音がした。
麦は、そちらを見た。客の手から、匙が落ちていた。折しも、雷が、大きく鳴った。客は、慌てて匙を拾い、雷に驚いたふりをして、笑ってみせた。
曹操は、笑わなかった。
笑わずに、客の手元を、見ていた。見ていた時間は、長くはない。息を二つ吸うほどである。それから、盃を取って、干した。
麦には、その二人が何を遣り取りしたのか、分からなかった。
分からなかったが、一つだけ、分かることがあった。匙が落ちたのは、雷が鳴る前だった。麦は、柱の陰で、それを、黙って自分の胸に置いた。
雨が来る前に、二人は、席を立った。
それから数日して、麦は、また府へ呼ばれた。
こんどは、水である。廊の隅に桶を置いて、待っていると、部屋の内から、声が漏れてきた。程昱と郭嘉が、そろって来ているのだという。
「あの男には、人を惹きつける力があります。人の下に、長くつく男ではありませぬ。早めに、始末なさるべきです」
曹操の声は、短かった。
「いまは、英雄を集めている時だ。一人を殺して、天下の心を失う。それは、割に合わぬ」
二人は、それ以上、言わなかった。
麦は、桶の縁を持ったまま、その言い分を、自分の分かる言葉に直してみた。
村で、一度、来た者を騙した家があった。次の年から、その家の田には、誰も手伝いに行かなくなった。手伝いに来ない田は、穫れない。人が来る家であり続けることのほうが、目の前の一人よりも、高くつく。曹操は、たぶん、それと同じことを言っている。
一人の首と、これから歩いてくる幾百人と。
どちらが重いかを、数えたうえで、置いておくのだ。麦は、桶を担いで、廊を出た。
まもなく、動きがあった。
南の袁術が、追い詰められて、袁紹のもとへ落ちようと、北へ向かい始めた。曹操は、それを迎え撃つ将として、あの客を選んだ。郭嘉と程昱が止めたという話は、府の下役のあいだで、すぐに回った。兵をつけて外へ出してはならぬ、と二人は言ったのだそうだ。
だが、劉備は、兵を与えられて、許の東の門から出ていった。
麦は、その列を、道の脇から見た。旗の数は、多くなかった。列の中ほどに、赤い顔の、長い髭の大男がいた。馬の上で、前だけを見ていた。
報せが戻ってきたのは、幾日も経たぬうちだった。
劉備は、袁術を防ぐと見せて、そのまま離反した。徐州へ入るなり、曹操が置いた刺史・車冑を殺し、その州を丸ごと奪って、背を向けた。
府の中が、慌ただしくなった。
郭嘉が、その報せを聞いて、一言だけ言ったのが、麦の耳にも届いた。もう、遅うございます、と。曹操は、騎を出して、追わせた。追いつかなかった。
東を討つ、と曹操が言い出したとき、府の内が、割れた。
麦は、その日も、廊にいた。戸は、開いていた。
「公と天下を争う者は、袁紹です。その袁紹が、いままさに来ようとしている。ここで東へ行けば、背を衝かれます。徐州を取り返しているあいだに、許が、無くなります」
もっともな言い分に、麦には聞こえた。
北の河のあたりに、袁紹の兵が集まりはじめている、という話は、市でも噂になっていた。東へ出れば、この都は、幾日か、空になる。
卓を、指で二度、叩く音がした。
「劉備は、人の傑だ。いま討たなければ、後の患いになる。袁紹は――志は大きいが、事を見るのが遅い。必ず、動かぬ」
その一言で、座が、静かになった。
麦は、廊で、三年前のことを思い出していた。飢えた天子が東へ落ちてきたとき、北の袁紹は、拾うか拾わぬかを議していた。議しているあいだに、こちらの主が先に拾ってしまった。麦は、その拾われた天子の車を、この都の大路で、頭を下げながら見送っている。
あの人は、決めるまでに日を費やし、決めてから、また日を費やす。
曹操が根拠にしているのは、たぶん、それだけだった。それだけを根拠に、都を空けると言っている。
郭嘉が、後を引き取った。
「公が東で片をつけて戻られるまでに、袁公はまだ、出るか出ぬかを議しておられます。あの陣は、賢い者が多い。多いぶん、決まりませぬ」
兵は、その日のうちに、東へ向かった。
許は、静かになった。麦は、空になった営の柵の前を、水を担いで通った。柵の内に、人がいない。背中を空けたまま走っていった者たちのことを、この都に残された者は、幾日か、黙って考えていた。
――建安五年(二〇〇年)正月、許。
報せは、正月のうちに戻ってきた。
曹操が自ら兵を率いて急襲し、劉備は、あっけなく敗れて、北の袁紹のもとへ走った。得たばかりの徐州を、また、置いてきた。
走り込む先は、すでに、繋がっていたのだという。
孫乾という者が、先に北へ入り、袁紹と話をつけていた。麦は、その一事に、なぜか、いちばん感心した。土地を持たぬ者は、逃げる前に、逃げ込む先の話を、つけておく。荷を担いで土地から土地へ移ってきた麦には、その手順が、よく分かった。
曹操は、それを後で知って、舌打ちの一つも、しなかったという。
そして、逃げ遅れた者が、一人、捕らえられて、許へ送られてきた。
麦は、その男が門を入るところを、見た。
赤い顔の、長い髭の大男だった。東の門から出ていくとき、馬の上で前だけを見ていた、あの男である。縄は、掛かっていなかった。掛けずに、迎え入れていた。
関羽という、劉備のいちばん古い供の一人だ、と誰かが言った。
曹操は、その男を、斬らなかった。手厚く遇して、手元へ置いた。麦は、炭を運ぶ足を止めて、その背を見送った。この府は、人を、拾う。拾って、置いておく。置いておいて、いつか、使う。
英雄は二人だと言われた男は、北へ逃げ、その供の一人が、ここに残った。




