第8話:百楼
――建安三年(一九八年)、幽州易京。
関靖は、公孫瓚の長史として、易京の楼の下に立っていた。長史とは、府の事務を統べる、筆頭の属官である。
見上げても、天が、狭かった。
易京は、城というより、土を積み上げた林だった。まず、外から内へ、十重の塹を掘る。その塹と塹のあいだに、土を盛って丘を築く。丘の高さは、どれも五、六丈あった。一丈は、おとなの背丈より、なお高い。その丘の上に、また楼を建てる。楼の上には見張りが立ち、そこから次の楼へ、鉦の音が渡っていく。
真ん中の丘だけは、特に高く、十丈あった。
公孫瓚は、そこに住んでいた。
中央の楼へは、七つより上の男子は、一人も入れなかった。
入れるのは、公孫瓚の妻と、側に置いた女たちだけである。将も、属官も、門の外までだった。関靖も、長史でありながら、この二年、公孫瓚の顔を、間近で見ていない。
書き物は、縄で上げた。
朝、関靖が帳面と文書をまとめて籠に入れると、楼の上から縄が下りてくる。籠が結ばれ、するすると引き上げられていく。関靖は、それを、毎朝、下から見上げていた。籠が小さくなり、楼の窓に吸い込まれて、消える。
しばらくして、上から、声が降りてくる。
「東の楼、明日、塹を一重ぶん深くせよ」
女の声だった。
高く、細く、それでいて、数百歩先の楼まで届く声である。公孫瓚は、楼の内の女たちに、大声を出す稽古をさせていた。腹から声を出し、遠くへ届かせる。そうして鍛えた声で、命令を、下の者へ伝えさせるのだ。
関靖は、頭を下げて、その声を受けた。
声には、覚えがあった。だが、顔は知らない。誰の妻とも、誰の娘とも知れぬ女が、主の言葉を、主の代わりに叫んでいる。関靖は、いつからか、その声を、公孫瓚の声として聞くようになっていた。
その春、袁紹から、書が届いた。
関靖は、封を解いて、目を通した。刺々しいところの、ほとんど無い書だった。むかしの恨みは、互いに捨てよう。天下はまだ定まっていないのだから、いま河北で削り合っても、得をするのは他の誰かである。兵を休め、境を分けて、もう一度、手を結ぼう。――そういう書だった。
関靖は、それを籠に入れて、縄で上げた。
半日、返事は無かった。
夕方になって、上から声が降りてきた。塹を、もう一重、外に掘れ、というのである。書のことには、一言も触れなかった。
その日から、易京の塹は、十一重になった。
救わぬ、と公孫瓚が言ったのは、まだ、楼に籠もりきる前のことである。
易京の外には、公孫瓚の置いた小さな営が、いくつも散らばっていた。その一つが、袁紹の兵に囲まれた。囲まれた将の父と兄が、易京の門まで来て、救いを乞うた。関靖は、それを取り次いだ。
公孫瓚は、庭に立ったまま、それを聞いた。そして、言った。
「一人を救えば、次に囲まれた者は、救いが来ると思う。思えば、力を尽くさなくなる。尽くさなくなった者を、また救う。そうして、こちらから兵が減っていく。救わぬ。囲まれた者は、囲まれたところで、自分の力で持ちこたえよ」
理屈は、通っていた。
関靖は、そのとき、そう思った。乱れた軍を締めるには、こういう硬さが要る。人当たりの柔らかさだけで生きてきた自分には、思いつかぬ硬さだ、とさえ思った。
それから、報せが、一つずつ来た。
囲まれた営が、落ちた。次の営が囲まれ、援けが来ぬと知って、戦わずに降った。その次の営は、囲まれる前に、兵ごと消えた。夜のうちに柵を越えて、袁紹のほうへ歩いていったのだという。
三つ目からは、救いを乞う使いすら、来なくなった。
関靖は、それを帳面につけた。営の名を書き、日を書き、落ちたか、降ったか、消えたかを書く。書いているうちに、筆を持つ手が、だんだん軽くなっていくのが分かった。書くことが、減っていくからだった。
人も、減った。
公孫瓚は、賓客を家に入れず、家柄のある士人とは、親しまなかった。策を献じに来た者は、二度目には、来なかった。そうして、知恵のある者と、腕の立つ者とが、少しずつ、易京から抜けていった。抜けた者は、たいてい、袁紹のところにいた。
残ったのは、関靖のような者ばかりである。
関靖には、他人に誇れるほどの謀は無かった。物惜しみをすると陰口を叩かれ、人の言うことに逆らわぬ男だと言われてきた。公孫瓚は、そういう関靖を、可愛がった。可愛がられた理由が何であったかを、関靖は、知っている。
自分は、一度も、いいえ、と言わなかったのだ。
その年の暮れ、上から、長い言葉が降りてきた。
女の声は、一息では言い切れず、途中で、二度、切れた。
「兵法にいう。百の楼は、攻められぬ、と。この易京には、楼が千ある。穀は、三百万石積んである。これを食いながら、天下が変わるのを待てばよい」
関靖は、頭を下げて、それを受けた。
三百万石。数えたのは、関靖である。帳面の上では、確かに、三百万石あった。この楼の中で三百万石を食い尽くすには何年かかるのかを、関靖は、一度、算えたことがある。算えて、途中でやめた。
その何年かのあいだに、外の天下が、こちらの都合よく変わってくれる。主は、そう言っている。
関靖は、帳面を閉じて、楼を見上げた。
冬の空に、楼の影が、幾つも重なっていた。数えれば、確かに、千に近い。千の楼のどこにも、灯りは、ほとんど点いていなかった。




