↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志 ―正史群像―  作者: ソリトん
第八章 弔鐘(ちょうしょう)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/137

第2話:仲(ちゅう)という国

 ――建安二年(一九七年)、揚州寿春(ようしゅうじゅしゅん)。


 閻象(えんしょう)は、袁術の主簿(しゅぼ)として、その帳面を預かってきた。

 袁術は、四世にわたって三公を出した名門の当主である。淮南の肥えた地を抱え、兵も穀も、豊かに持っていた。孫堅が洛陽の井戸で得た、あの伝国璽(でんこくじ)も、いまは袁術の手にあった。天子が代々受け継ぐ、あの玉の璽である。

 その璽を掌の上で転がしながら、袁術は、近頃、同じことばかり口にした。


「漢に代わる者は、当塗高である。当塗高とは、道に当たって高き者。私の字は公路――路とは、道のことだ。この璽も、私の手にある。天が、私を選んだのだ」


 当塗高、というのは、古い予言に出てくる言葉だった。

 漢の世が尽きたとき、それに代わって天下を取るのは、当塗高なる者だ、と。袁術は、その謎めいた言葉を、自分の字に、無理やり結びつけていた。閻象には、それが、こじつけにしか聞こえなかった。だが、袁術は、本気だった。帝を、名乗るつもりだった。

 閻象は、諫めた。


「昔、周の文王は、天下の三分の二を持ちながら、なお殷に臣として仕えました。明公のお家は代々栄えておられますが、周の盛りには及びませぬ。漢室は衰えたとはいえ、殷の紂王のような暴虐は、ありませぬ。いま帝を名乗るのは、早すぎます」


 袁術は、聞かなかった。

 その年、袁術は、寿春で、帝位に即いた。国の名を、仲(ちゅう)といった。玉座を据え、百官を並べ、后妃を置いた。名門の当主が、ついに、天子を名乗った。

 だが、その日から、人が、離れはじめた。


 閻象は、帳面の数が、月ごとに痩せていくのを見た。

 名分のない者が帝を名乗れば、天下は、それを認めない。認めないどころか、討つ口実にする。呂布が離れ、曹操が兵を向けた。袁術は、戦うたびに、負けた。負けて退くたびに、領内の穀を、后妃と百官の贅沢に注ぎ込んだ。玉座の周りは、絹と肉で溢れ、その外では、領民が、痩せて死んでいった。

 閻象は、思った。

 璽は、天下の証ではなかった。ただの、玉の塊だった。それを掌に乗せた者が、自分を天に選ばれたと信じ込み、名分のない帝を名乗って、国ごと、痩せて枯れていく。孫堅が命がけで得たあの璽は、いまや、一つの名門を滅ぼす、呪いの石になっていた。

 閻象は、痩せていく帳面を、黙って、書き続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。