第2話:仲(ちゅう)という国
――建安二年(一九七年)、揚州寿春。
閻象は、袁術の主簿として、その帳面を預かってきた。
袁術は、四世にわたって三公を出した名門の当主である。淮南の肥えた地を抱え、兵も穀も、豊かに持っていた。孫堅が洛陽の井戸で得た、あの伝国璽も、いまは袁術の手にあった。天子が代々受け継ぐ、あの玉の璽である。
その璽を掌の上で転がしながら、袁術は、近頃、同じことばかり口にした。
「漢に代わる者は、当塗高である。当塗高とは、道に当たって高き者。私の字は公路――路とは、道のことだ。この璽も、私の手にある。天が、私を選んだのだ」
当塗高、というのは、古い予言に出てくる言葉だった。
漢の世が尽きたとき、それに代わって天下を取るのは、当塗高なる者だ、と。袁術は、その謎めいた言葉を、自分の字に、無理やり結びつけていた。閻象には、それが、こじつけにしか聞こえなかった。だが、袁術は、本気だった。帝を、名乗るつもりだった。
閻象は、諫めた。
「昔、周の文王は、天下の三分の二を持ちながら、なお殷に臣として仕えました。明公のお家は代々栄えておられますが、周の盛りには及びませぬ。漢室は衰えたとはいえ、殷の紂王のような暴虐は、ありませぬ。いま帝を名乗るのは、早すぎます」
袁術は、聞かなかった。
その年、袁術は、寿春で、帝位に即いた。国の名を、仲といった。玉座を据え、百官を並べ、后妃を置いた。名門の当主が、ついに、天子を名乗った。
だが、その日から、人が、離れはじめた。
閻象は、帳面の数が、月ごとに痩せていくのを見た。
名分のない者が帝を名乗れば、天下は、それを認めない。認めないどころか、討つ口実にする。呂布が離れ、曹操が兵を向けた。袁術は、戦うたびに、負けた。負けて退くたびに、領内の穀を、后妃と百官の贅沢に注ぎ込んだ。玉座の周りは、絹と肉で溢れ、その外では、領民が、痩せて死んでいった。
閻象は、思った。
璽は、天下の証ではなかった。ただの、玉の塊だった。それを掌に乗せた者が、自分を天に選ばれたと信じ込み、名分のない帝を名乗って、国ごと、痩せて枯れていく。孫堅が命がけで得たあの璽は、いまや、一つの名門を滅ぼす、呪いの石になっていた。
閻象は、痩せていく帳面を、黙って、書き続けた。




