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三国志 ―正史群像―  作者: ソリトん
第七章 飢えた玉座

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第8話:織り機の音

 ――建安二年(一九七年)、許。


 丁夫人は、その報せを、庭で聞いた。

 朝から、屋敷の中が、静かだった。人が動いていないのではない。動いているのに、足音を殺している。そういう静かさだった。丁夫人は、その静かさの意味を、水を運んできた女中の顔で、先に知った。目の縁が、赤かった。


「宛で、何かあったのですか」


 女中は、答えなかった。答えられぬまま、地に膝をついた。

 代わりに、家の者が出てきて、告げた。殿は、ご無事でございます、と。丁夫人は、その言い方に、耳を止めた。誰が無事かを先に言う者は、無事でない者を、その後に言う。


「若君は」

「宛で、お討たれになりました」


 丁夫人は、聞き返した。

 同じ言葉が、もう一度、返ってきた。二度、聞いた。二度目でも、その言葉は、意味に、ならなかった。


 曹昂を産んだのは、丁夫人ではない。

 劉夫人という人だった。子を残して、幾年もせぬうちに、死んだ。その子を、丁夫人が引き取って、育てた。丁夫人の腹は、ついに一度も、膨らまなかった。だから、あの子が、丁夫人の子だった。乳をやったのは乳母でも、粥を吹いて冷ましたのは、丁夫人だった。字を教えたのも、熱の出た夜に額へ手を当てて、夜が明けるのを待ったのも、丁夫人だった。

 布を、幾度も、その背に当てた。

 子どもの丈は、季節ごとに変わる。冬に合わせて織った布が、夏には、もう短い。肩から腰まで当てて、まだ伸びます、と言うと、あの子は、背筋を伸ばして、笑った。それを、二十年、繰り返した。繰り返して、最後に当てた丈が、いちばん、大きかった。

 二十歳の年に、あの子は、孝廉(こうれん)に挙げられた。

 土地の長官が、親に孝行で行いの正しい若者を選んで、朝廷へ推す。その名簿に、あの子の名が載った。屋敷の者が、口々に、祝いを言った。丁夫人は、その日、新しい布を、機にかけた。まだ、織り上がっていなかった。


 骨は、戻ってこなかった。

 宛から帰ってきたのは、曹操と、傷を負った幾人かの将と、痩せた馬だけだった。あの子が、どこで倒れて、どこの土の下にいるのか、誰も、答えられなかった。丁夫人は、それを、幾度も訊いた。訊くたびに、みな、目を伏せた。

 墓の無い子のために、丁夫人は、泣いた。

 幾日たっても、止まらなかった。女中たちは、丁夫人の房の前を通るとき、足音を殺した。慰めを持ってくる者もいた。だが、その言葉は、どれも、途中で切れた。若君は、殿のお身代わりに――そこまで言って、みな、口をつぐんだ。その先を言えば、何が言えなくなるかを、みな、知っていた。

 卞氏(べんし)だけが、何も言わなかった。

 同じ屋敷の、別の房にいる人である。子を幾人か生んでいた。その卞氏が、一度だけ房の外へ来て、膳を置いて、帰った。何も言わずに置き、何も言わずに帰った。丁夫人は、その膳に、手をつけなかった。つけなかったが、置き方だけは、覚えていた。


 曹操は、幾日たっても、あの子の名を、口にしなかった。

 簾の向こうから聞こえてくるのは、次の戦の話ばかりだった。張繡がどうの、降る者から人質を取るのがどうのと、低い声が、夜まで続いた。あの一夜のことを、曹操は、備えの話に変えていた。丁夫人は、その声を、房の中で聞いていた。聞きながら、機の糸を、指でなぞっていた。織りかけの布は、当てる背を、失っていた。

 やがて、曹操が、房の前に立った。

 泣くのはもうよせ、という意味のことを、遠回しに言った。戦は、まだ続いている。屋敷の内が湿っていては、外の者に示しがつかぬ、と。

 丁夫人は、顔を上げた。

 上げて、はじめて、まっすぐに、言った。


「あなたは、私の子を殺しておいて、思い出しもしないのですね」


 言葉は、震えなかった。

 自分でも意外なほど、平らに出た。泣きながら、この一言だけを、喉の奥で、幾度も磨いていたのかもしれなかった。

 曹操の手が、一度、袖の中で動いた。

 それだけだった。曹操は、何も言わずに、背を向けて、行った。廊を鳴らす沓の音が、遠ざかった。あの音が、あの子の名を呼ばぬまま、遠ざかっていく。丁夫人は、その音が消えるまで、動かずにいた。

 翌朝、門に、車が支度されていた。


「里へお帰りいただくように、との仰せでございます」


 家の者は、そう言って、深く頭を下げた。

 顔を上げなかった。上げられなかったのだろう、と丁夫人は思った。持って出たものは、衣が幾枚かと、杼(ひ)が一つだけだった。織りかけの布は、機にかけたまま、置いてきた。

 門を出るとき、丁夫人は、振り返らなかった。


 ――建安二年(一九七年)秋、譙(しょう)。


 丁家は、曹家より、ずっと小さい。

 同じ町に、代々、並んで住んできた家である。娘の頃、丁夫人は、この家の窓辺で、機を織ることを覚えた。母がいて、その隣に座って、糸の張り具合を、手の甲で確かめる癖まで、そっくり真似た。母は、もう、いない。機だけが、同じ場所に、残っていた。

 丁夫人は、その前に、毎朝、座った。

 日が差す前に起きて、糸を張る。踏み木を踏み、杼を右から左へ渡し、糸を寄せる枠を、手前へ打つ。とん、と音がする。それで、糸が一本、布になる。踏み替えて、左から右へ渡して、また打つ。とん。糸が、もう一本、布になる。

 数えるものがあるのは、ありがたかった。

 数えているあいだは、ほかのものを、数えずに済む。この二十年に、あの子の背に布を当てた回数を、粥を吹いて冷ました朝の数を、額に手を当てて明かした夜の数を。数えはじめれば、際限がない。丁夫人は、糸だけを数えた。日が昇り、窓の光が床を渡り、日が傾くまで、糸だけを数えた。

 兄は、何も言わなかった。

 言えなかったのだろう。妹が返されてきた理由を、この家の誰もが知っていて、誰も、口に出さなかった。飯どきに、膳が黙って置かれる。それだけの日々が、幾月か、続いた。


 その日も、丁夫人は、機の前にいた。

 昼前だった。表が、急に、静かになった。人が動いていないのではない。動いているのに、足音を殺している。あの朝と、同じ静かさだった。

 取次の者が、土間へ入ってきて、震える声で告げた。


「殿が、お越しでございます」


 丁夫人の手は、止まらなかった。

 杼が、右から左へ、渡った。踏み木を踏み替えた。とん、と枠が鳴って、糸が一本、布になった。

 背後で、気配が、近づいた。

 沓の音が、土間を、二歩、三歩。それから、機の後ろで、止まった。丁夫人は、織り続けた。糸の張り具合を、手の甲で確かめた。母の癖のまま、確かめた。

 手が、背に、置かれた。

 厚い、乾いた手だった。幾つもの城を落とし、幾つもの首を落としてきた手が、丁夫人の背を、肩から腰へ、二度、撫でた。撫でる速さが、途中で、一度、遅くなった。


「こちらを向いてくれ。一緒に、車に乗って帰ろう」


 声は、低かった。

 人を叱るときの声でも、人に令するときの声でもなかった。丁夫人が、二十年のあいだに、幾度も聞いた声だった。夜更けに房へ来て、子は寝たか、と訊くときの、あの声に、近かった。

 丁夫人は、答えなかった。

 振り向きもしなかった。杼を、左から右へ、渡した。踏み木を、踏み替えた。とん。糸が、また一本、布になった。

 背の手が、離れた。


 沓の音が、土間を戻って、戸口で、止まった。

 床の上に、影が、細長く伸びてきた。機の脚の、すぐ手前まで来て、そこで止まった。丁夫人は、その影の先を、目の端に入れたまま、杼を渡した。


「これで、もう、だめなのか」


 答えなかった。

 間があった。長い間だった。とん。とん。機の音が、その間を、三つ、四つと、埋めていった。影は、動かなかった。


「では、本当に、これきりだな」


 影が、床から、消えた。

 外で、車の輪が、動きはじめた。轍が石を噛む音が、門を出て、道を折れ、遠ざかり、やがて、聞こえなくなった。

 丁夫人の手は、止まらなかった。

 止めなかった、というほうが、近い。一度でも止めれば、この二十年ぶんが、全部、追いついてくる。追いついてくれば、二度と、この機の前には、座れない。丁夫人には、それが、分かっていた。だから、織った。

 その日織り上がった布には、一筋、目のずれた所ができていた。

 どこでずれたのかは、自分でも分からなかった。丁夫人は、それを解かなかった。ずれたまま、先を織り継いだ。


 のちに、曹操は、丁家へ、使いを寄こした。

 この者は、どこへなりと嫁がせてよい、と伝えてきた。兄は、その使いの前で、額を地につけたまま、顔を上げられなかった。天下に令する人が、いちど正室とした女を、他家へ出せと言う。言葉のとおりに受け取ってよいものかどうか、この家の誰にも、分からなかった。丁家は、恐れて、ついに、妹を、どこへも嫁がせなかった。

 許では、卞氏が、正室になったと聞いた。

 膳を置いて、何も言わずに帰った人である。丁夫人は、その報せを、機の前で受けた。そうですか、とだけ言った。手は、止めなかった。


 後の世に、こう伝わっている。

 曹操は、晩年、近しい者に、こう漏らしたという。


「私は、これまでしてきたことに、心の負い目を持ったことが、一度もない。ただ、死んで魂というものがあるとして、子脩(ししゅう)に、母上はどこにおられますか、と問われたら、私は、何と答えればよいのか」


 だが、それは、ずっと後のことである。

 この日の譙の家にあったのは、車の音の消えた、長い昼下がりだけだった。日が傾き、窓の光が、床の上を、少しずつ移っていった。踏み木が鳴り、杼が渡り、糸が一本ずつ、布になっていった。当てる背は、もう、無かった。

 機の音は、日が暮れるまで、止まらなかった。



第七章 飢えた玉座 ――完。


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