第7話:失った長子
――建安二年(一九七年)、宛。
曹操は、闇の中を、逃げていた。
典韋が門で稼いだ時に、曹操は、辛くも陣を抜けた。だが、追撃は、執拗だった。張繡の騎兵が、闇の中を、どこまでも追ってきた。
曹操の乗る馬が、矢を受けた。
名馬だった。矢を受けてなお、しばらく走ったが、やがて、脚がもつれ、倒れた。曹操は、地に投げ出された。追手は、すぐ後ろに迫っていた。馬を失えば、それで、終わりだった。
そこへ、一頭の馬が、寄せられた。
長男の、曹昂だった。
「父上、これに」
曹昂は、己の馬を下り、その手綱を、曹操へ差し出した。
曹操は、一瞬、その顔を見た。かつて、滎陽で、いとこの曹洪が、同じことをした。己の馬を差し出し、天下に洪はいなくてもよい、と言った。あのとき、曹操は、その馬で生き延びた。いま、同じことが、起きていた。ただ、差し出しているのが、いとこではなく、己の長男だった。
曹操は、その馬に、乗った。
乗るしか、なかった。乗らねば、二人とも死ぬ。曹昂を残して、曹操は、馬を駆けさせた。甥の曹安民も、その場に残って、追手を防いだ。
二人とも、その夜、宛の闇の中で、死んだ。
曹操は、生き延びた。
典韋が門で死に、曹昂が馬を譲って死に、曹安民がしんがりで死んで、曹操ひとりが、生き延びた。天子を得た絶頂の、その同じ年に、曹操は、長男と、甥と、最も信ずる虎士とを、一夜で失った。しかも、その因は、己にあった。降した者の女を、当たり前のように奪った、己の慢心にあった。
許へ戻っても、曹操は、多くを語らなかった。
息子を失った痛みを、顔には、ほとんど出さなかった。ただ、己の内で、一つのことを、噛み締めていた。張繡が降ったとき、すぐに人質を取らなかった。あの一つの油断が、典韋を、曹昂を、曹安民を、死なせた。二度と、この過ちは繰り返さぬ。
曹操は、長男の死を、悲しみとしてではなく、次への備えとして、腹に畳んだ。
痛みさえ、糧に変える。そうやってしか、この乱世は、生き抜けない。
その夜、曹操は、将を集めて、次の陣立てを割った。声は、いつもの声であった。割り終えると、人を退がらせ、灯を落とした。落としてからも、しばらく、坐っていた。
名分を拾った年に、曹操は、血で、その代償を払った。
飢えた天子を得て、曹操は、天下の名分を握った。だが、台頭は、清くも、安くもなかった。拾った名分の重さと、失った長子の血の重さと。その二つを、曹操は、同じ一年の、両の手に、載せていた。




