第5話:宛の降伏
――建安二年(一九七年)、宛。
降るしかない、という勘定であった。
賈詡が仕えている男は、張繡という。もとは、涼州の将・張済の甥である。張済は、食い詰めて南陽へ流れ、城を一つ攻める途中、流れ矢に当たって死んだ。張繡が、その兵を引き継ぎ、宛に拠った。賈詡は、長安を出たあと、いくつかの手を渡って、この若い男の傍らに落ち着いていた。
勘定は、簡単だった。
曹操は天子を奉じている。従えば天子に従うことになり、背けば逆賊になる。天子を奉じて、従わぬ者を令する――許で誰かが説いたのであろうその一手が、こうして、目に見える形で効きはじめていた。宛の兵は、多く見ても数千。まわりに、助けに来る者はいない。戦って勝つ目は、無い。
降って、様子を見る。それだけの話であった。
張繡は、その言に従った。門を開け、印を差し出した。
曹操は、上機嫌だった。
賈詡は、その顔を、少し離れたところから見ていた。
戦わずして、南陽の一角が手に入ったのである。天子を得てからというもの、この男のもとには、こうして降る者が増えている。名分の力であった。
降った日の宴で、曹操は、張繡の肩を叩いた。叩き方が、慣れていた。人を手に入れ慣れた手であった。
賈詡は、その手つきを、覚えておくことにした。
三日目に、勘定が狂った。
死んだ張済の未亡人が、宛にいた。器量のよい女である。曹操は、それを、己の妾に迎えた。勝者が、降した側の女を、当たり前のように、手元に置いた。
その女は、張繡の、伯母であった。
報せを受けたとき、賈詡は、しばらく動かなかった。
降るという勘定に、この一手は、入っていなかった。土地も、兵も、位も、数えることができる。だが、若い主が、伯母を奪われてどんな顔をするかは、数えていなかった。
張繡の顔つきが、その日から、変わった。
賈詡は、主が何も言わぬのを、じっと見ていた。
言わぬのが、いちばん悪い。言えば、怒りは口から出ていく。出ていかぬものは、腹に溜まる。溜まったものは、いつか、いちどきに出る。
幾日かして、張繡が、賈詡を呼んだ。人を払わせてから、低い声で言った。
「あの男が、私を殺す算段をしている、と聞いた。向こうの陣の者から漏れてきた」
「漏れたのなら、本当です。嘘は、漏れませぬ」
張繡は、卓の縁を、指で押さえた。押さえた指が、白くなっていた。
「伯母を取られ、次は、この首か」
「あの方は、あなたを、兵を持った降人としか見ておられませぬ。降った者が、二度、刃を持つとは、思っておられぬ」
「……思っておらぬのなら、思わせてやる」
賈詡は、止めなかった。
止める言葉なら、いくつも持っていた。いま背けば、天子を奉じた者に背くことになる。逆賊の名がつく。追われる身になる。数えれば、降ったときと同じで、勝つ目は無い。
それでも、止めなかった。
勘定に入らぬものが、人を動かすことがある。長安の陣で、散ろうとしていた将たちに逆へ向かえと言ったときも、そうであった。ただ、あのときは、己が死なぬための勘定だった。今度は、勘定ではない。
賈詡は、陣の見取り図を、卓に広げた。
曹操は、宛の陣で、その夜も、心地よく、酒を飲んでいた。
賈詡は、灯の下で、その陣の門の数を、指で数えていた。門は、四つあった。人が一人で塞げるだけの幅の門は、そのうちの、一つだった。




