第3話:魯陽は近い
――建安元年(一九六年)八月、洛陽。
董昭は、草を分けて、宮の跡を歩いていた。
膝の高さまで、草が伸びている。踏むと、下から瓦の欠片が出てきた。六年前、董卓が火を放って西へ去ったとき、この都は焼けた。焼けたまま、誰も片づけなかった。柱の根が炭のまま残り、その炭のあいだから、草が生えている。
その草の中に、朝廷があった。
天子は、崩れた壁を屋根の代わりにして、そこにおられる。公卿たちは、城壁の隙間に住み、日が昇ると外へ出て、食えそうな草を摘んだ。位の高い官が、摘んだ草を抱えて戻ってくる。抱えたまま倒れて、そのまま起きない者もいた。
董昭は、議郎という官を帯びていた。
朝廷の議に加わる、という名の官である。加わるべき議が、無かった。天子には、蔵が無い。蔵の無い朝廷に、決められることは、何も無かった。
董昭は、二度、主を替えている。
はじめは袁紹の下にいた。鉅鹿の太守、魏郡の太守をつとめた。ある日、身内が別の陣営にいるという理由で疑われかけ、疑われきる前に、董昭は袁紹のもとを離れた。次に身を寄せたのが、河内の張楊である。そこで董昭は、東の曹操から長安へ向かう使いを、通してやった。通しただけではない。曹操の名で、長安の将たちへ、幾通も書を書いた。曹操が書いたことにして、董昭が書いたのである。
書は、届いた。届いた先で、曹操の名が、少しずつ、通りのよいものになっていった。
その筆の癖が、いま、また要ることになった。
この草の都には、四つの兵がいた。
いちばん強いのが、楊奉である。もとは白波の賊で、長安から逃げてくる天子を、幾度も追手から守った。兵は精強で、槍も弓も強い。並ぶのが韓暹で、こちらは天子を守った功をふりかざして、朝廷の官を自分で決めたがった。あとの二つは、その二人の顔色を見ている。
四つとも、兵は持っていた。
四つとも、糧を持っていなかった。
糧を持っているのは、東であった。兗州を平らげ、荒れた地に人を入れて耕させ、蔵を積み上げてきた男がいる。その男の兵が、いま、西へ動きはじめている、という報せが、この草の都まで届いていた。
董昭は、宿へ戻って、灯をつけた。
紙を広げ、筆を執った。書くのは、曹操の名である。宛て先は、楊奉。
将軍の名は、かねて聞いていた。その義を慕っていた。だから、まごころを、そのまま差し出す――そう書き出した。そのうえで、位置を分けた。将軍は外におられる。私は、内におります、と。外の兵と、内の名分と。役目を二つに割って、その両方が要るのだと書いた。
いちばん効く一行は、最後に置いた。
「私には糧があり、将軍には兵がある。有るものと無いものとを、互いに通わせましょう」
書き終えて、董昭は、灯を近づけて読み返した。
嘘は、一つも書いていない。曹操に糧があるのは本当で、楊奉に兵があるのも本当だ。ただ、この書を曹操が書いていない、という一点だけが、嘘であった。
嘘は、その一点で足りる。
書は、届いた。
楊奉は、喜んだ。喜んで、他の三人を誘い、連名で朝廷へ上奏した。東の曹操を、鎮東将軍――東を鎮める将の位に就け、亡父の爵を継がせるべきである、と。天子は、それを許した。許すよりほかに、できることが無かった。
董昭は、その上奏の写しを、宿で読んだ。
兵を一人も動かさずに、東の男は、この草の都で位を一つ得た。得たのは、位ではない。この都に自分の名を書き入れる、その一行を得たのである。名分というものは、拾いに行くものではなかった。運んでやらねば、動かない。
八月、曹操が、兵を率いて洛陽へ入った。
拝謁がすんだその日の夜、董昭は、呼ばれた。
天幕の内には、灯が一つだけ置いてあった。曹操は、書きかけの木簡を脇へ寄せて、董昭を見た。
「そなたの書を、読んだ」
「……は」
「私は、あのような書を、書いた覚えがない」
「ございませぬ」
「それで」
曹操は、それだけ言った。
咎めるでも、褒めるでもない声だった。董昭は、膝を進めた。
「この都は、もう、都ではありませぬ。蔵が無く、田が無く、囲いが無い。天子をここに置いておけば、養えませぬ。……車駕を、許へ、お移しなさいませ」
「朝廷は、長安から、やっと帰ってきたばかりだ」
「はい。だからこそ、みな、もう動きたくないと申します。ここが古い都だという一事だけを頼りに、草の中に座っております」
「動かせば、恨まれる」
「常ならぬ事を行う者にだけ、常ならぬ功があります。……多いほうを、お取りください」
曹操は、しばらく黙っていた。
それから、外のほうを一度見た。
「楊奉が、近くの梁にいる。兵が精強だと聞く。累にならぬか」
「楊奉は、兵はありますが、味方がおりませぬ。だから、こちらへ寄ってきた。厚く礼を送って、まず安心させることです」
「それだけでは、動かせぬ」
「都には糧が無い。しばらく車駕を魯陽へお移ししたい――そう申し送りなさいませ。魯陽は、許に近うございます。近いと申せば、楊奉は、自分の側へ寄ってくると受け取ります」
曹操が、目を上げた。
董昭は、続けた。
「あの男は、勇はありますが、深くは考えませぬ。疑いはいたしますまい。使いが往って還るあいだに、事は、決まります」
礼は、厚く送られた。
楊奉は、疑わなかった。疑わぬまま、返礼の使いを出した。その使いが道の途中にいるうちに、車駕は洛陽を出て、東へ動いた。魯陽への道を、途中で折れた。折れた先が、許であった。
楊奉が気づいて追ったのは、車駕が門をくぐったあとである。
董昭は、車駕の列の後ろのほうを歩いていた。
草の都が、うしろで小さくなっていく。天子を守って幾百里を歩いた者たちは、あの草の中に、置いていかれた。守った者ではなく、糧を持っていた者が、天子を得た。
二度、主を替えた男だ、と董昭は思う。
三度目は、たぶん、無い。この主は、蔵を持っている。蔵を持っている者のところには、人が集まる。集まった人が、また蔵を大きくする。そういう回り方をはじめた場所からは、動く理由が生まれない。
ただ、と董昭は思った。
名分を一度動かした手は、覚えられる。次に何かを動かしたくなったとき、あの主は、また、自分のところへ来るだろう。
そのときは、そのときだ。
許の門が、前のほうで開いていた。




