第1話:東へ来る帝
――建安元年(一九六年)、許。
麦は、その報せを、水を運びながら聞いた。
天子が、飢えている、というのだ。
麦は、その年から、許にいた。荀彧が、兗州の鄄城を離れ、曹操とともに、この許へ移ったからである。主の任地が移れば、荷を担ぐ者も、それに従って移る。麦は、鄄城の土を、また置いてきた。潁川、冀州、鄄城、そして許。荷をまとめては担ぎ直すことが、麦の暮らしでは、いつのまにか当たり前になっていた。
麦には、はじめ、その言葉の意味が、うまく取れなかった。天子といえば、世のいちばん上に座る、聖なる身だ。空のように遠く、誰も手を触れられぬもの。麦は、村にいた頃、そう思っていた。その天子が、飢えている。粟の一椀に、困っている。
話は、西から、切れ切れに流れてきた。
長安で、李傕と郭汜が、天子を奪い合って争った。
その争いの隙に、天子は、わずかな供に守られて、東へ逃げた。飢えながら、野を、山を、幾月もかけて、焼け落ちた洛陽へと落ちのびた。だが、帰り着いた洛陽には、宮も、蔵も、無かった。かつて董卓が焼いた都は、そのまま、草の生い茂る廃墟になっていた。
天子は、崩れた壁の下で、雨露をしのいだ。
供の公卿たちは、食べるものが無く、城壁の隙間で草を摘み、餓えて死ぬ者さえ出た。位の高い官が、痩せて、道端に倒れて死ぬ。天子の周りで、それが起きていた。麦は、その話を、荷を担ぐ手を止めて、聞いた。
村で見たのと、同じだった。
飢えて、痩せて、目だけが大きくなって、死んでいく。
麦の母が、隣の女の子が、潁川の村で、そうやって死んだ。それと同じことが、天子の玉座の、すぐ足元で、起きていた。空のように遠いはずの聖なる身が、麦の村の百姓と、同じ飢えの中に、いた。
麦は、思った。天子とは、これほど、飢えるものだったのか。
拝まれ、あがめられ、世のいちばん上に置かれながら、その身は、一椀の粟に困り、供の者が餓えて死ぬのを、止められない。重いと言われるものほど、いざとなれば、こんなにも軽い。宦官のときも、廃立のときも、そうだった。そして今、天子その人が、飢えていた。
その飢えた天子のほうへ、曹操が、手を伸ばそうとしていた。




