第7話:父の仇
――建安四年(一九九年)、荊州江夏。
江東を固めると、孫策には、まだ、済ませていない一事があった。
父の、仇である。
孫堅を峴山の木立で死なせたのは、劉表の将、黄祖だった。その黄祖が、いま、長江の中ほど、江夏の地を預かっている。孫策は、西へ、兵を向けた。父を殺した男を、討つために。
程普は、その出陣を、複雑な思いで見た。
七年前、孫堅は、まさにこの黄祖を追って、峴山の木立へ、供も待たずに駆け入り、伏兵の矢に斃れた。勝ちを追う御せぬ武が、そのまま死地へ、主を運んだ。いま、その息子が、同じ黄祖を討ちに行く。父と同じ轍を踏むのではないか――程普の胸に、あの木漏れ日の下の亡骸が、よみがえった。
だが、孫策の戦は、父とは、少し違っていた。
孫策は、勝ちの匂いに逸って単騎で駆けるのではなく、水軍を整え、地の利を計り、黄祖の陣を、沙羨の地で、正面から押し包んだ。父譲りの疾さに、江東を切り取るうちに身につけた、束ねる目が、加わっていた。
黄祖の軍は、大敗した。
水を渡ろうとして溺れる者、討たれる者で、江夏の岸は埋まった。溺れ死んだ者だけで、数万に上ったという。孫策は、黄祖の妻子や、幾千の兵を捕らえ、六千あまりの船を、奪い取った。長江の水の上に、それだけの船が、主を失って浮かんだ。父を死なせた男の力を、根こそぎ、削り取った。
だが、黄祖その人は、川を越えて、辛くも逃げのびた。
程普は、逃げる黄祖を、孫策が深追いしなかったのを見た。父なら、あの木立のように、供を捨てて追っただろう。だが孫策は、そこで、兵を収めた。仇を、討ちきれなかった。あと一歩で、父の仇の首は、取れなかった。
完全な仇討ちは、次の世代へ、持ち越された。
程普は、まだ知らなかった。この黄祖を、最後に討ち取るのが、孫策ではなく、その地味な弟の孫権になることを。父の仇一つ取るのにも、二代と、十年近い歳月が、かかることを。孫策の疾い風は、仇を追い詰めながら、その首には、あと半歩、届かなかった。




