第6話:二つの喬
――建安二年(一九七年)、江東。
こうして江東を切り取ると、北では、袁術が、ついに帝を名乗った。
伝国璽を手に入れて、四世三公の名門の当主が、自ら皇帝を称した。孫策は、それを聞くと、袁術へ、きっぱりと絶縁の書を送った。名分のない即位に付き合うほど、孫策は、甘くはなかった。父の栄光の証だった璽は、いまや、袁術の滅びの種になっていた。
程普は、その書が発っていくのを、門のところで見送った。
恩に背いた、という顔は、若い主にも、程普にも、無かった。背くほどの恩が、もう、残っていなかったからである。
程普は、廬江のことを、思い出していた。
二年前に落とした城である。落とすのに、二年かかった。そのあいだに、城の中では、陸家の一族が、百を超える家のうちの半ばまで、飢えと病で死んだ。老いた陸康は、城壁を離れぬまま、落城のあとに力尽きた。
落とせば、廬江はお前のものだ。袁術は、そう言っていた。
落とした。だが、廬江の太守の印は、別の男に渡った。劉勲という。孫策には、何も来なかった。同じことは、その前にも一度あった。これで、二度である。
あのとき、孫策は、怒らなかった。
怒らずに、江を渡る支度を始めた。程普が覚えているのは、その静けさのほうだった。埋めた者の数だけが、あの郡に残った。
――建安四年(一九九年)、皖城。
北の袁術は、坂を転げはじめていた。
称した帝号を認める者はなく、抱えていた将が、一人また一人と離れていった。廬江の劉勲も、後ろ盾を細らせていた一人である。
孫策は、その劉勲に、遠くに豊かな土地があると吹き込み、贈り物まで添えて、兵を出させた。劉勲が城を空けたその隙に、皖城を、一日で取った。
程普は、城門をくぐるとき、その名を、口の中で言ってみた。
劉勲。四年前、廬江の太守の印を、孫策の代わりに受け取った男である。陸家の半ばを土に埋めたのは、こちらだった。埋めて取った郡を、この男が、そっくり受け取った。
いま、その男の城に、こちらが立っている。
取り返した、とは、程普には思えなかった。埋めた者は、返ってこない。
城の中には、北の乱を逃れて流れてきた家が、いくつもあった。
喬家も、その一つだった。田も、蔵も、墓も、置いてきている。残っていたのは、家の名と、二人の娘だけだった。姉を大喬、妹を小喬といった。土地の者が振り返るほどの、美しい姉妹だという。
孫策が姉を、周瑜が妹を娶ることになった。
婚礼の席は、取ったばかりの城の中に設けられた。
程普は、その隅に坐っていた。灯が多く、酒がよく回り、若い者の声が高かった。孫策と周瑜が並んで立つと、いまだに、一対のように見えた。国を切り取り、いま嫁を迎え、この二人の前には、天下さえ開けているように見えた。
酒がひとめぐりしたころ、孫策が、周瑜のほうへ身を傾けて、笑いながら言った。
「喬公の娘たちは、流れ流れて、ここまで落ちてきた身だ。それでも、我ら二人を婿に得たのだから、まあ、喜んでよかろう」
座が、どっと沸いた。
程普は、沸かなかった。沸かずに、上座の脇へ目をやった。
二人の娘が、並んで坐っていた。姉のほうは、盃を持ったまま、顔を上げなかった。妹のほうは、顔を上げて、笑っていた。笑ったまま、袖の下で姉の手首を握り、指で、二度、叩いた。
姉が、顔を上げた。上げて、妹と同じように、笑った。
笑うまでに、二つ数えるほどの間があった。その間に気づいた者が、この座に幾人いたかは、程普には分からなかった。
その夜、膳を下げる者が廊で立ち話をしているのを、程普は聞いた。
奥へ退がる途中、姉のほうが、妹に、こう言っていたという。
「泣くのは、部屋に入ってからになさい。ここで泣けば、わたくしたちが負けた家の娘だと、みなに知れます」
「もう、知れておりますよ、姉上。とうに」
「知られているのと、口に出されるのとは、別です。口に出されたとき、こちらがどんな顔をしていたか。人が覚えているのは、そちらのほうです」
程普は、それを聞き終えてから、廊を歩き出した。
あの姉は、この先、幾度でも同じ顔をするのだろう。土地を失った家の娘が、勝った側の館で生きていくというのは、そういうことらしかった。
祝いの声が、また上がった。
程普の、杯を持つ手が、途中で止まった。しばらくして、程普は、その杯を、口へは運ばずに、卓へ戻した。誰も、その手つきには、気づかなかった。程普自身にも、なぜ止まったのかは、うまく言えなかった。




