第2話:玉璽と渡河
――興平二年(一九五年)、揚州。
程普は、孫堅の頃から、この家に付いてきた。
下邳の県庁の前で名を呼ばれてから、もう十年あまりになる。その孫堅を、三年前、荊州の峴山の木立で亡くした。程普が付いた御せぬ武は、勝ちを追って駆けるその途中で、あっけなく止まった。
残されたのは、まだ二十歳の、長子の孫策だった。
程普は、その若い主を、はじめは危ぶんだ。父の武は継いでいる。だが、父ほどの重みが、あるのかどうか。ところが、廬江を二年がかりで落とし、陸康を倒した頃には、程普の危ぶみは、消えていた。この若者は、父の動く武を継いだうえに、父には無かったものを、持っていた。人を、明るくさせる何かだ。孫策が笑うと、陣が、つられて明るくなった。
孫策は、江東へ渡る、と言い出した。
父祖の地は、もともと江東だ。袁術の犬でいるのは、もう終わりだ、と。だが、渡るには、兵が要る。その兵を握っているのは、袁術だった。
そして、父・孫堅が洛陽の井戸で得た、あの伝国璽が、まだ、手元にあった。
天子が代々受け継ぐ、あの玉の璽である。母の呉夫人が、箱に納めて、守ってきた。父が、焼けた都の井戸の底から掬い上げ、手のひらに載せて、長いこと見つめていた、あの玉だった。
その箱を、孫策は、みずから、開けた。
そして、袁術のもとへ、持っていった。この璽を差し上げる、代わりに、父の遺した旧兵を返してほしい――そう、頼んだのである。袁術は、その玉を、喉から手が出るほど、欲しがっていた。話は、たやすく、まとまった。袁術は、孫堅の旧部のうち、千余人だけを、孫策に返した。
程普は、それを、苦い思いで、見ていた。
あの日、洛陽の焼け跡で、玉を手にした父の顔を、程普は、長く見ていられなかった。御せぬ武の手のひらに、天命の証が乗っている。その絵の重さに、耐えられなかったのだ。その玉を、子は、兵千余と引き換えに、みずから手放した。惜しむ様子は、微塵も、なかった。
孫策は、その千余を、渡河の元手にした。それが、孫策のやり方だった。過ぎ去った父の栄光より、これから切り取る、自分の土地のほうを取った。
孫策の傍らには、周瑜がいた。
孫策と同い年の、廬江の名家の子だ。二人は、若い頃からの盟友で、背丈も、器量も、並んで立つと、まるで一対のようだった。周瑜は、私財と兵を率いて、孫策の渡河を助けた。土地を持たぬ淮水の子らが、二人、江東へ渡って、そこに新しい国を切り取ろうとしていた。
いよいよ、長江を渡る日が来た。
対岸を守るのは、劉繇だった。漢の宗室の出で、朝廷から正式に揚州刺史を任じられた、名分ある長官である。血筋と、任命と。土地を治める根拠を、二つながら備えていた。土地も名分も持たぬ孫策が、その正統の守る岸へ、切り込もうとしていた。
程普は、渡し船の舳先で、対岸の篝火を見ていた。若い主は、その火を前に、少しも臆していなかった。むしろ、口の端で、笑っていた。
疾い風が、いままさに、大江を渡ろうとしていた。




