第9話:奪われる
――建安元年(一九六年)、徐州。
崩れは、あっけなく来た。
南の袁術が、ついに徐州へ、大軍を向けてきた。劉備は、それを迎え撃つために、兵を率いて、下邳を離れ、南の前線へ出た。
留守の下邳を預かっていたのは、劉備の信じた者たちだった。だが、その隙に、呂布が動いた。
迎え入れられた虎が、その日、牙を剝いた。
呂布は、下邳の城を、内から奪った。陳群が、かつて言ったとおりだった。袁術が正面から攻め、その隙に、迎え入れた呂布が背後を突く。受けた途端に挟まれる、と諫めた、あの言葉のとおりに、徐州は、崩れた。
陳到は、南の前線で、その報せを受けた。
劉備は、下邳を失った。
妻子も、城とともに、呂布の手に落ちた。一州の主になって、まだ二年も経たぬうちに、劉備は、また、土地を失った。
軍は、東へ流れた。
広陵の海西という、塩の匂いのする土地である。陳到は、その頃のことを、あまり順に思い出せない。草を煮た。木の皮を剥いだ。しまいには、兵が、兵を食った。上の者も下の者も、区別は無かった。数千いた軍が、日ごとに、痩せて減った。
そこへ、車の列が着いた。
麋竺であった。
金銀を積んだ車と、穀を積んだ車と、その後ろに、家に仕える者が二千。徐州で代々続いた富商の家が、蔵の底までさらって、そっくり、この土地なき将のもとへ移ってきたのである。軍は、それで、息を吹き返した。
列のいちばん後ろに、輿が一つ、あった。
麋竺の妹である。
簾が、風で持ち上がった。中の女は、膝の上で手を組んで、まっすぐ前を見ていた。泣いても、笑ってもいなかった。兄が家財を車に積んだときと、同じ顔であった。荷は、荷であることを、承知している。
賭ける者が残る、と陳到は思っていた。
だが、あの輿の中の顔は、賭ける側の顔ではなかった。賭けられる側の顔であった。
やがて、袁術と呂布に挟まれ、行き場を失って、劉備は、皮肉にも、いま自分から土地を奪った呂布に、頭を下げて下るしかなかった。呂布は、劉備を、小沛に置いた。かつて劉備が呂布を小沛に置いたのと、そっくり入れ替わった形だった。
流浪が、また、始まった。
陳到は、その、削られていく劉備の軍の中に、いた。土地を得ては、失う。人を得ては、また流れる。付いていったところで、得るものは何もない、と、はじめに思ったとおりだった。徳を計れば、付く理由は一つも無い。
それでも、と陳到は思った。
下邳を失い、妻子を失い、また流れ者に戻った劉備のもとに、なお、関羽がいた。張飛がいた。麋竺がいた。陳到も、離れなかった。土地は、奪われた。だが、人は、残った。
土地を失うたびに、劉備は、それでも、人を失わなかった。
城は、奪える。田も、奪える。だが、同じ皿から飯を食い、同じ床で眠った、その絆だけは、呂布にも、袁術にも、奪えなかった。土地に根を張る者は、土地を奪われれば、根ごと倒れる。だが、はじめから土地に根を持たぬ劉備は、土地を奪われても、倒れなかった。人という、抜きようのない根が、流浪の劉備を、辛うじて、地に繋いでいた。
陳到は、次の陣へ向かう、劉備の背を見た。
何度奪われても、その背には、まだ、離れぬ者たちが従っていた。土地なき客将は、また、次の寄る辺を求めて、歩き出していた。陳到は、その、いちばん後ろを、黙って歩いた。
第五章 客将 ――完。




