第8話:迎える虎
――興平二年(一九五年)、徐州下邳。
その虎は、西から、傷ついて流れてきた。
呂布である。
兗州で曹操を裏切り、一度は一州を奪いかけながら、曹操に敗れて、行き場を失っていた。長安を追われ、袁術に容れられず、袁紹に警戒され、こんどは兗州も失って、東へ東へと流れ、ついに、徐州の劉備を頼ってきた。
陳到は、その呂布の一隊が、下邳へ入ってくるのを見た。
馬上の呂布は、噂に違わぬ、堂々たる大男だった。従う并州の騎兵も、高順という寡黙な将の一隊も、目に見えて精強だった。当代に並ぶ者のない武。だが、その武を、支える土地が、呂布には無かった。強い兵を連れて、寄る辺なく、流れている。
陳到は、奇妙なものを見た気がした。
土地なき武の呂布が、土地なき徳の劉備を、頼ってきている。
根を持たぬ者が、根を持たぬ者のもとへ、転がり込む。劉備は、その虎を、受け入れた。小沛に置いて、客将として遇した。かつて自分が公孫瓚や陶謙にそうされたように、こんどは劉備が、呂布を客として抱えた。
陳到は、それを危ぶんだ。
呂布は、丁原を斬り、董卓を斬った男だ。仕えた主を、二人までも殺している。そんな男を、懐に入れて、無事で済むはずがない。
関羽と張飛も、同じことを言った。陳到は、その場に居合わせた。
「あれの目は、飼い犬の目ではない」
張飛が、そう言った。関羽は、髭に手をやってから、答えた。
「門をくぐるときの足音を、聞いたか」
「聞いた」
「客の足音ではない。間取りを、覚える足音だ」
「主公は、承知で入れておられる」
「承知で入れるほうが、たちが悪い」
二人とも、それ以上は言わなかった。言っても、主公の決めたことは、動かない。
だが、劉備は、呂布を受け入れた。
なぜ、と陳到は思った。徳からか。それとも、無双の武を、手元に置いておきたいという、欲からか。あるいは、同じ土地なき者への、憐れみからか。劉備の顔は、いつものように、その境目を、見せなかった。ただ、陳到には、一つだけ、分かることがあった。
根なし草が、根なし草を、迎え入れた。
二つの、土地に根を持たぬものが、いま、一つの徐州という、脆い土地の上で、身を寄せ合っている。その土地が、二人分の重みに、耐えられるとは、陳到には、とても思えなかった。




