第4話:王門の城
――建安二年(一九七年)、幽州東州県。
田豫は、低い城壁の上で、朝の靄が薄れるのを待っていた。
二十代の半ばである。漁陽雍奴の生まれで、少年の頃、幽州へ流れてきた一人の客将に、自分から身を託した。劉備という名の、土地も城も持たぬ将だった。数年のあいだ、その列に加わって南を歩いた。母が老いたので、暇を乞うて北へ帰った。暇を乞うたとき、あの将が見せた顔を、田豫は、いまも、うまく思い出せずにいる。
帰った幽州で、公孫瓚は、田豫に、東州の県令の代わりを命じた。
県令とは、一つの県を預かる長である。兵は千に足りない。城壁は低く、堀は浅い。要らぬ場所を、要らぬ男に預けた、という配り方だった。公孫瓚は、田豫の言うことを幾度か聞き、そのたびに、用いなかった。
その東州へ、万を超える兵が来た。
率いているのは、王門である。
王門は、公孫瓚の将だった。それも、厚く遇された将だった。禄も兵も、ほかの者より多く与えられていた。その王門が、去年、袁紹のもとへ走った。そして今朝、袁紹の兵、万余を借りて、かつての主の城を攻めに来た。
城の中は、朝から静かすぎた。
千に足りない兵が、壁の上に並んでいる。並んではいるが、誰も弓に手をかけていない。田豫は、その静けさの中身を知っていた。降る算段である。
県の吏の一人が、田豫のそばへ来て、小声で言った。
「万余です。ひと押しで終わります。門を開けて、命乞いをいたしましょう。王門どのは、もとは味方です。話は、通じます」
「通じるだろうな」
田豫は、そう答えた。答えてから、壁の縁へ一歩出た。
野には、旗が埋まるほど立っていた。
その旗の下に、馬上の王門がいた。距離は、声の届くところである。届くところまで、わざわざ出てきていた。城を落とすためではない、と田豫は思った。見せるためだ。厚く遇してくれた主の城を、自分の手で開けさせる。それを、連れてきた万余に見せる。そういう出方だった。
田豫は、大きく息を吸った。
「王門どの。田豫です。東州を預かっています」
王門が、馬の上で、こちらを見た。
「公孫瓚どのは、あなたを厚く遇しました。禄も兵も、あなたには多く配られた。それを知らぬ者は、この城にはいません。そのあなたが、去った。私はあの話を聞いたとき、よほどのわけがあったのだろう、と思いました。人には、どうしても曲げられぬものがある。それを抱えて出ていったのなら、責められることではない。私は、本気でそう思っていました。
ですが、あなたは今日、兵を連れて戻ってきた。それも、万を超える兵で。この城には、あなたが去年まで並んで飯を食っていた者がいます。あなたの名で作られた帳面に載った百姓が、その先で畑を耕しています。あなたが斬るのは、袁紹の敵ではない。あなたが、かつて守ると言った土地です。
それで、分かりました。あなたには、曲げられぬものなど、無かった。ただ、多いほうへ移っただけだ。人の心を持つ者は、そんなことはしません。もし、あなたが本当に義を重んじる人だというなら、教えてください。なぜ、この城の民を殺しに来たのですか」
声が、野に落ちた。
しばらく、風の音だけが残った。田豫は、壁の縁から動かなかった。動けば、答えを待っていないことになる。待つという一点だけが、いま、この城の武器だった。
王門は、馬の首を横へ向けた。
向けて、そのまま下がった。旗が、順に後ろへ引いていった。万余は、一本の矢も放たずに、野から消えた。
城の兵が、壁の上で崩れるように坐り込んだ。
県の吏は、口を開けたまま田豫を見ていた。田豫は、自分の手が汗で濡れていることに、そこで気づいた。壁の石に、手のひらの形が濡れて残っていた。
勝ったのではない、と田豫は思った。
王門は、恥じただけだ。恥じるだけの心が、あの男にまだ残っていた。もし残っていなければ、この城は今日、無くなっていた。人の中に残っているその一かけらに、千に足りない兵の命を賭けた。二度は使えない手だった。
その夜、田豫は、事の次第を書いて、北の本営へ送った。
返事は、来なかった。公孫瓚は、この頃、幾重にも楼を積んだ城に籠もって、めったに降りてこないと聞く。降りてきても、耳に入れるのは、閉じた楼の中の話ばかりだという。
田豫は、県の帳面を繰った。
王門が去り、その前にも、後にも、誰かが去っている。厚く遇された者ほど、先に去っていく。ならば、あの人は、いったい何を配り間違えたのか。田豫には、うっすらと分かる気がした。名家の子を踏みつけ、市の商人と義兄弟を結び、厚く遇した将を、その厚さだけで繋いでおこうとした。与えたのは、物ばかりだった。物で来た者は、より多くの物のほうへ行く。
北のほうで、劉虞の名を掲げた兵が、少しずつ大きくなっているとも聞いた。
率いているのは、鮮于輔という、同じ漁陽の男だという。田豫は、その名を、しばらく口の中で転がした。
自分はいま、劉虞を斬った将の県令である。
そして、いつか、その劉虞の仇を討つ側の男に仕えることになるのかもしれない。北辺というのは、そういう土地だった。誰の下にいたかで人を裁いていたら、この土地では、誰も生き残れない。
田豫は、帳面を閉じ、低い城壁の上に立って、暗い野を見た。
野には、もう、旗の一本も無かった。




