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三国志 ―正史群像―  作者: ソリトん
第五章 客将

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第3話:降らぬ雨

 ――初平四年(一九三年)、幽州薊(けい)。


 鮮于輔(せんうほ)は、劉虞の従事として、薊の府にいた。

 従事とは、州牧の下で、書類と使いを預かる属官である。漁陽の生まれで、少年の頃から塞の内と外を行き来して育った。外の言葉も、いくらか分かる。劉虞が上谷に市を開いたとき、族長たちのもとへ幾度も使いに立ったのは、鮮于輔だった。

 その府の空気が重くなった始まりを、鮮于輔は、二年前の一件だと思っている。

 劉虞の子の劉和(りゅうか)が、長安の朝廷に仕えていた。天子は、董卓に西へ連れ去られたまま、東へ帰りたいと願っていた。そこで、劉和を密かに武関から東へ出し、父の劉虞に兵を率いて迎えに来させようとした。天子が、自分の足では帰れず、幽州の宗室の兵を頼んだのである。

 劉和は、途中で、袁術に抑えられた。

 南陽で足止めされ、そのまま人質になった。袁術は、劉虞に書を送った。兵を寄越せ、そうすれば劉和とともに西へ向かう、と。


 劉虞は、兵を出す気になった。

 鮮于輔は、そのとき、府の広間の隅にいた。公孫瓚が、止めに来ていた。


「袁術は、返しません。兵を送れば、兵ごと取られます。あの男の言葉を、信じてはいけない」


 まっとうな諫めだった。

 劉虞は、それでも、兵を出した。子のためではなく、天子のためだ、と言った。公孫瓚は、深く頭を下げて、退がっていった。

 その公孫瓚が、同じ日のうちに、いとこの公孫越に千の騎をつけて、南へ発たせていたことを、鮮于輔が知ったのは、ずっと後のことである。

 公孫越は、袁術のもとへ、密かな言伝を運んでいた。

 劉和を捕えよ、そして幽州から来る兵を、そちらで奪ってしまえ――そう、教えてあった。袁術は、そのとおりにした。劉和は繋がれ、劉虞の兵は、袁術のものになった。天子を迎えに行くはずだった兵が、淮南の陣で消えた。

 その日から、薊の府と、公孫瓚の陣とは、同じ州の中で、互いに背を向けた。


 初平四年、劉虞は、ついに兵を挙げた。

 集まった兵は、十万に近かった。北辺の民が、これほど動いたことは無かった。市で助けられた者、塩と鉄で食えるようになった者、南から逃げてきて畑を分けてもらった者――政と徳で鎮めてきた十年が、そのまま人の数になって出てきたようだった。

 鮮于輔は、その列を見て、胸が熱くなった。

 この人は、兵を持たないのではなかった。持たずに済んでいただけだ。持とうと思えば、これだけの人が集まる。

 だが、劉虞は、陣を敷くと、全軍に、こう触れさせた。


「傷つけてよいのは、伯珪(はくけい)一人だけだ。ほかの者には、手を出すな。家を焼くことも、許さぬ」


 伯珪とは、公孫瓚の字である。

 鮮于輔は、その触れを伝令に渡しながら、指先が冷たくなるのを感じた。十万の兵に、狙いは一人だけだと告げる。逃げる者を追うな、火をかけるな、と告げる。それは、戦の下知ではなかった。裁きの言葉だった。この人は、これを戦だと思っていない。州牧が一人の罪人を捕らえる、政の続きだと思っている。


 攻めは、進まなかった。

 公孫瓚の館は、薊の東に構えられた小さな城の中にある。囲んだ十万は、その周りの家並みを焼くことができない。焼けなければ、押し込む道も作れない。兵は狭い路地に詰まり、互いの背に当たって、命令を待った。待つあいだに、日が暮れた。

 鮮于輔は、囲みの外から、それを見ていた。

 十万が、数百を、囲みきれない。人が多いということと、戦ができるということとは、別のことだった。


 二日目に、風が出た。

 公孫瓚は、その風を待っていたらしかった。城の中から、精鋭を数百選び出した。白馬義従の生き残りも、その中にいた。数百は風上へ回り、火のついた束を抱えて、囲みのいちばん薄いところへ突っ込んだ。

 風が、火を運んだ。

 劉虞が焼くことを禁じた家並みが、公孫瓚の手で燃えた。炎は路地を伝い、詰まっていた十万の背へ回った。逃げ道は細い。押し合いになった。倒れた者の上を、後ろの者が踏んだ。

 鮮于輔は、馬を、火の壁の手前で止めた。

 徳で集めた十万が、焼かぬという一つの禁だけで崩れていく。武の兵法は、その禁を、はじめから見抜いていた。焼かぬと決めた者を破るのに、焼く以上の手は要らなかった。


 劉虞は、北の居庸(きょよう)へ逃げた。

 妻子と、わずかな供と一緒だった。公孫瓚は、追った。居庸の城は、三日で落ちた。劉虞は、妻子ともども捕らえられ、薊へ引き戻された。

 引き戻された劉虞は、それでも、州牧のままだった。

 公孫瓚は、劉虞に、州の書類を扱わせ続けた。捕らえた者に、印を押させたのである。命令は公孫瓚が決め、州牧の名で州へ流れる。鮮于輔は、その書類を、これまでどおり運んだ。運ぶたびに、劉虞の手が、以前と同じ速さで筆を置くのを見た。手は、震えていなかった。震えていないことが、いちばんこたえた。


 その府へ、都からの使いが着いた。

 段訓(だんくん)という者である。長安の朝廷が、詔を持たせて寄越した。

 詔の中身は、劉虞の領地を増やし、六つの州の軍事を劉虞に統べさせる、というものだった。

 鮮于輔は、その文面を読んで、しばらく動けなかった。

 都は、何も知らないのだ。北の果てで十万が焼かれ、州牧が捕らえられて印を押させられていることを知らないまま、その州牧に、六州を任せると書いて寄越した。返事を出す力を失った都が、返事の代わりに、位だけを送ってきた。位というものは、いつも、いちばん遅く届く。


 公孫瓚は、その使者を放さなかった。

 段訓を陣に留め、幾日か置いた。そして、劉虞が袁紹と通じ、みずから帝を称そうとした、と言い立てた。

 鮮于輔は、それを聞いて、声を上げそうになった。

 二年前、袁紹たちが帝位を差し出したとき、それを突き返したのは、劉虞である。突き返した、まさにその一事を裏返して、罪にした。断った者を、断らなかったことにする。これほど雑な作りごとを、誰も正せなかった。正す者は、みな、火に焼かれるか、逃げるかしていた。

 段訓は、幾度か、公孫瓚に何か言おうとした。

 言おうとして、そのたびに口を閉じた。都から来た使者の背には、公孫瓚の兵が二人ずつ立っていた。詔を持ってきた者が、その詔の相手を斬れと言われている。断れば、自分が斬られる。段訓の手の甲は、白くなっていた。


 斬るのは薊の市だ、と公孫瓚は言った。

 牢の中ではなく、人の集まる市の真ん中で、と。鮮于輔は、そのとき、この将が何をしようとしているのかを、はじめてはっきり悟った。殺すだけなら、どこでもよい。市を選ぶのは、見せるためだった。

 その頃、幽州は旱だった。

 畑は割れ、井戸は底を見せていた。市に集まった人々は、雨を待って、幾日も空を見上げていた。その市の真ん中に台が組まれ、劉虞が引き出された。破れた衣も、縄の履も、そのままだった。

 公孫瓚は、台の下から、人々に向かって声を張った。


「聞け。この人は、天子になろうとした人だ。もし本当に、天の選んだ人であるなら、天が黙って見ているはずがない。いまここで雨を降らせて、この人を助けるだろう。――待ってやる。待って、それから斬る」


 人々は、空を見た。

 鮮于輔も、見た。乾いた、白い空だった。雲は、無かった。市の端で、誰かが地に額をつけた。子どもが泣き出し、母親がその口を押さえた。日は真上にあり、影は足元で縮んでいた。

 半刻、待った。

 雨は、降らなかった。

 公孫瓚が、段訓を見た。段訓は、うなずくとも見えぬほど、わずかに首を動かした。刀が上がった。

 漢の宗室の首が、市の土の上に落ちた。

 人々は、声を立てなかった。逃げもしなかった。ただ、上げていた顔を、一人ずつ下ろしていった。旱の日の、乾いた土の匂いだけが、市に残った。


 鮮于輔は、その場を離れながら、天を呪うことすら、できなかった。

 天は、何もしなかったのではない。天は、はじめから、そこにいなかった。血筋も、徳も、集まった十万も、上谷に開いた一つの市も、この将の刀の前では、何の重さも持たなかった。宗室の重みとは、規範の上でだけ重い、ということだった。そして規範は、雨を降らせない。


 首は、都へ送られることになった。

 長安の朝廷へ、賊の首として届ける、という。塩をして箱に納め、南へ向かう車に載せた。

 その車を、道の途中で、一人の男が襲った。

 尾敦(びとん)という。劉虞の府で長く下働きをしていた、名も知られぬ老いた属官である。刀も持たぬ男が護送の者に組みつき、箱を奪って山へ逃げた。追手は二日探して、諦めた。

 尾敦は、その首を抱えて帰り、葬った。

 鮮于輔は、その頃、薊を出ていた。

 従事の印を府に置き、荷も持たずに、北の山へ抜けた。噂は、山の中の村で耳に入った。府にいた者のうち、いちばん位が低く、いちばん物を言わなかった男が、たった一人で、主の首を取り返しに行った。市の隅で顔を伏せていただけの自分と、その男とを、鮮于輔は、並べて考えないようにした。考えれば、進めなくなる。


 その年のうちに、都から、また使いが来た。

 こんどは、公孫瓚へである。

 前将軍とし、易侯に封じ、節を与えて、青州・幽州・并州・冀州の四つの州の軍事を統べさせる、という詔だった。節とは、天子の代わりに人を裁いてよい、という印である。

 鮮于輔は、北の山の中で、その報せを聞いた。

 宗室を市で斬った男に、その宗室の朝廷が、位と領地と、人を裁いてよい印とを与えた。都は、北辺を裁く力を失ったのではない。裁く力を失ったことを認めて、勝った側に、裁く権利のほうを渡したのだった。

 鮮于輔は、山を下りた。

 漁陽へ帰り、州の兵を集めはじめた。閻柔(えんじゅう)という、塞の外で育った男が、烏桓と鮮卑(せんぴ)の騎を連れて加わってきた。市で助けられた者たちが、次々に名乗りを上げた。政と徳で集めた人が、主が死んだあとになって、はじめて兵になった。

 旗には、劉虞の名を掲げた。

 仇を討つのに、六年かかることになる。鮮于輔は、まだ、それを知らない。知っていたのは、一つだけだった。あの日、市に集まった者は、誰も声を立てなかった。声を立てなかった者が、いま、こうして馬に乗って集まってきている。


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