第1話:草創
――光和七年(一八四年)、徐州下邳。
程普が下邳の県庁の前に着いたとき、そこは市場のような騒ぎだった。
黄巾の乱が起こり、朝廷は各地で兵を募っていた。下邳の県丞――県の次官だという男が、自分の財産を投げ出して、近郷の若者や、淮水のほとりの商人くずれや、行き場のないならず者を、片端から集めている。その男の前に、長い列ができていた。程普は、列の後ろから、男を見た。
歳のころは三十手前か。背は高くない。だが、一人ひとりの顔を覗き込むようにして名を訊き、ひとことふたこと交わしては、肩を叩いて列の脇へ送る。叩かれた者は、なぜか、もう逃げない顔になっていた。
その男が、孫堅だった。
孫堅の名は、程普も聞いていた。
呉郡富春の、県の小役人の家の生まれだという。家柄は低い。だが十七のとき、父と船で銭塘を下る途中、岸で略奪していた海賊の群れに出くわした。父が止めるのも聞かず、孫堅は岸に上がり、刀を抜いて、あちらへ回れ、そちらを塞げと、ありもしない兵に下知するふりをした。海賊どもは官軍が来たと思い込み、奪った物を捨てて逃げた。孫堅は、その一人を追って斬った。十七の小役人の子の名が、それで郡じゅうに知れた。
のちに会稽で、許昌という者が皇帝を名乗って叛いたときも、孫堅は千余の兵を自ら集め、これを平らげる側に立った。それからは、塩のほとりの県、淮のほとりの県と、小さな県の次官を渡り歩いた。
低い家に生まれ、刀ひとつで名を上げ、いまだ大きな官には届かぬ男。それが、程普の知る孫堅だった。
列が、程普の番になった。
孫堅は、程普の顔を覗き込み、それから、手を見た。剣だこの位置を見たのだ、と程普には分かった。
「北の生まれだな」
孫堅は言った。
「幽州で、郡の役人をしていた」
「県の次官より、よほど上の官だ。なぜ、おれのような者の下に来る」
「上か下かで人に付くのは、やめた」
孫堅は、笑った。歯を見せて、子どものように笑った。それから、程普の肩を強く叩いた。
程普は、自分の顔が、さっき見た男たちと同じ顔になっているのを感じた。もう、逃げない顔だ。北の幽州から流れてきて、この地で孫堅の募兵に応じた。ただそれだけの身だった。なぜこの男に付くのか、理屈は何もなかった。ただ、顔を覗き込まれ、手を見られ、名を呼ばれた。それだけのことで、人は付く。低い家から起つというのは、こういうことなのかもしれなかった。
数日のうちに、孫堅は千を超える兵を集めた。
朝廷の将、朱儁が、孫堅を佐軍司馬――軍の下役の将に取り立てた。賊は、南の荊州で、宛という大きな城に拠っているという。
孫堅は、集めたばかりの寄せ集めを率いて、南へ向かった。程普は、その後ろを歩いた。




