↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志 ―正史群像―  作者: ソリトん
第一部 漢の崩壊 / 序章 漢が割れる前夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/136

第5話:残り火

 ――中平元年(一八四年)、潁川。


 その年のうちに、黄巾は、おおかた潰えた。

 東の張角は、戦いの最中に病んで死んだという。頭を失った布の群れは、各地で焼かれ、散らされた。年号が改まり、中平という名になった。世が改まる、とは、こういうことだったのか。麦には、やはり分からなかった。改まったのは、年の名と、村から人が消えたことだけのように思えた。


 禁が、解けた。

 あの日、縁先で老人たちが話していた、あの禁だ。かれこれ二十年、官の門を閉ざされていた者たちが、また世に出てよいことになったという。賊が出たいま、賢い者を遊ばせておく余裕は、朝廷にもなかったらしい。

 名のある人々が、次々と、官に戻っていった。そのひとり、劉表という人の名を、麦は荀家の下人から聞いた。誰のことか、麦は知らなかった。ただ、締め出されていた者たちが、いま、世に出ていく。それだけは分かった。


 世に出たのは、名のある者ばかりではなかった。

 賊を討つために、名もなき者たちも、各地で起っていた。郷里の若者を集め、手弁当で兵を組み、黄巾に立ち向かう。そういう小さな群れが、いくつも、できた。北の涿郡(たくぐん)のほうでは、漢の帝室の血を引くと称しながら、藁の履物や敷物を売って暮らしていた男が、そうして起った、という噂が、どこからか流れてきた。帝の一族の末が、藁を売る。本当かどうかも、その男が誰なのかも、麦には分からなかった。ただ、その一片が、なぜか耳の底に残った。


 荀家の若い人々も、世を見はじめていた。

 荀彧は、相変わらず、庭の枯れた畑の向こうを見ていた。けれど、その目は、前よりも遠くを見ているようだった。賊は潰えた。だが、賊を潰した将たちが、それぞれに軍を持ち、地を持って、もとには戻らない。荀彧が、誰かに、低い声でそう言うのを、麦は聞いた。


「賊は消える。だが、賊を討った者たちの軍は、消えない」


 意味は、麦には分からなかった。ただ、その声が、火を見た夜より、なお冷たく聞こえた。


 麦は、焼けた畑をまた耕しはじめた。

 納める家は、まだ丘の上にあった。耕す麦も、まだ生きていた。死んだ者は、もう何も納めない。生き残った者が、残りの世を耕す。麦は、それだけのことだと思おうとした。

 東の空に、もう煙はなかった。けれど、麦には、それが消えた煙には見えなかった。地の下で、まだ燻っている火のように思えた。世が改まる、と道士は言った。改まりかけて、まだ改まりきっていない。その途中の、白く乾いた天の下で、麦は鍬を振った。

 名のある人々が、世に出ていく。その背を、麦は、ずっと下から見ることになる。まだ、それを知らずに。



序章 漢が割れる前夜 ――完。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。