第4話:范と東阿
――興平元年(一九四年)、兗州范。
残る二県、范と東阿を任されたのは、程昱だった。
この地の生まれで、剛胆で知られた男である。荀彧が鄄城を締めるあいだ、程昱は、自分の郷里の二県を守りに走った。
范の県は、揺れていた。
県を預かる令――長官の靳允のもとへ、呂布の側から、使いが来ていた。降れば悪いようにはせぬ、と。しかも、呂布の側は、靳允の母と、妻子とを、人質に取っていた。従わねば、家族が殺される。靳允は、板挟みになって、動けずにいた。
程昱は、その靳允のところへ、まっすぐ乗り込んだ。
「呂布のような男に、母御を預けて、末永く無事だと思うか。あの男は、丁原を斬り、董卓を斬った。仕えた主を、二人までも殺した男だ。人質の一人二人、気の向くままに斬る。従っても、母御は還らぬ」
靳允は、涙を流して、うなずいた。
うなずいてから、しばらく、顔を上げなかった。
母は、この県の家で、長く暮らしてきた。目がよく見えなくなって、麻を績むのをやめた。やめてからは、日の当たる縁に坐って、通る者の足音で誰かを当てるのが、日課になっていた。靳允の足音は、いちばんによく当てた。
その耳が、いま、どこで、誰の足音を聞いているのか。
靳允は、袖で顔を拭いて、立ち上がった。
程昱は、呂布の使いを、その場で斬らせた。范は、留まった。
次に程昱は、東阿へ走った。
城の兵糧は乏しく、人心は揺れていた。程昱は、まず倉亭津という渡し場を押さえ、呂布の兵が河を越えて来られぬようにした。
東阿には、先に立って城を締めている者がいた。
県の令の、棗祗である。兗州の役所から来た薛悌という属官も、その傍らにいた。呂布に応じよという声が県の内で上がったとき、この二人が、まず、それを抑えていた。程昱が着いたのは、そのあとである。
三人で、城の中の蔵を、一つずつ検めさせた。
残っていたのは、三日分であった。
程昱は、県の吏を集めて、蔵の底に何が残っているかを、一人ずつ言わせた。粟がいくら。豆がいくら。去年の麦の、殻を落としきれずに隅へ寄せてあった分が、いくら。言い終えると、それを全部、出せと言った。
吏の一人が、種にとってある分だけは、と言いかけた。
「これを食うては、来年が」
「来年は、城が残っていれば、来る」
程昱は、それだけ言った。
棗祗は、何も言わずに、蔵の鍵を外させた。自分の県の、来年の種であった。その日のうちに、粥になった。
城を出ようとする者も、あった。夜のうちに荷をまとめ、家族を連れて、東の門へ回る。程昱は、門ごとに兵を置き、出ようとした者を、門の前で斬らせた。斬った者の名は、翌朝、城の中に貼り出された。
それきり、出ようとする者は、いなくなった。
剛胆で、苛烈な男だった。
迷う者を、言葉で励まし、それでも動く者は、刃で止めた。范と東阿は、その苛烈さで、辛うじて保たれた。鄄城の荀彧の沈着と、范・東阿の程昱の苛烈と。二つの県を守る二つのやり方が、曹操の残り三県を、かろうじて支えていた。
もし、この三県までもが裏返っていたら。
曹操は、徐州から戻っても、帰る土地を持たぬ、呂布と同じ、流れ者になっていた。三県は、そうならぬための、最後の杭だった。程昱は、その杭の二本を、自分の郷里の土に、深く打ち込んでいた。




