第1話:北の岐れ
――初平二年(一九一年)、冀州。
冀州の土は、潁川の土より、黒くて、肥えていた。
麦は、荷を下ろすたびに、その土を見た。荀家の一族が、潁川を捨てて北へ来て、もう二年ちかくが過ぎていた。この地を治める袁紹は、荀彧を上の客として迎え、丁重にもてなしていた。戦は、まだここまで来ていなかった。蔵には穀があり、井戸の水は澄んでいた。
ここなら、また麦が蒔けるかもしれない。
麦は、ひそかに、そう思っていた。潁川に置いてきた田の代わりに、この黒い土に、また種を下ろして、根を張れるかもしれない、と。
だが、荀彧は、落ち着かなかった。
袁紹の屋敷へ呼ばれて、酒や馬を贈られて帰ってくる。そのたびに、荀彧の顔は、もてなされた者の顔ではなく、何かを見極め終えた者の顔になっていった。麦には、それが分かるようになっていた。潁川を捨てると決めたときも、荀彧は、こういう顔をしていた。
ある夜、荀彧は、一族の主だった者と、麦を呼んだ。
「ここを出る。曹操どののもとへ移る」
一族の者は、ざわめいた。
ここは、いまの世で、いちばん安んじて暮らせる地ではないか。袁紹どのは、四世にわたって三公を出した名門、河北の版図を抱え、兵も穀も、誰より多く持っている。その袁紹どのに、これほど厚く迎えられていながら、なぜ出ていくのか、と。
荀彧は、静かに答えた。
「袁紹どのは、多くを持っておられる。土地も、兵も、名望も。だが、その多くを、使えぬ。賢い者を集めるが、その言を用いぬ。決めるべきときに、決められぬ。多くを持ちながら何も成せぬ人と、わずかしか持たぬが、その持てるものを使い切る人と――この乱世で、最後に立つのは、後のほうだ」
麦には、政のことは分からなかった。
だが、荀彧の言うことの、芯のところは、なぜか分かった気がした。袁紹という人は、蔵いっぱいの種を持ちながら、それを蒔かずに眺めている人なのだ。荀彧は、種をわずかしか持たぬが、その一粒を、必ず土に下ろす人のところへ、行こうとしている。
そして麦は、また、この黒い土に種を蒔けぬのだ、と悟った。
荷を、また担ぐ。根を張りかけた地を、また離れる。麦は、何も言わずに、荷をまとめ始めた。荀彧に従うほかに、麦の行くところは無かった。
曹操は、東のほうで、まだ小さな兵を率いて、賊を討っているという。
その曹操のもとへ着いたとき、麦は、門の外で荷を守って待った。下人の麦は、中へは入れない。日が傾く頃、中から、人の沸く声が聞こえた。あとで聞けば、曹操は、荀彧の手を取って、こう言ったのだという。
「わが子房を得た」
子房とは、その昔、漢の高祖を助けて天下を取らせた、張良という軍師の字だという。荀彧を、その張良になぞらえたのだ。
麦は、門の外の土を見た。
ここの土が肥えているかどうかは、麦には分からなかった。ただ、荀彧が、ようやく、種を下ろす相手を見つけたらしい、ということだけは、分かった。




